指と血だまりの声
リンクした音と叫び声があたしの全身を伝って『闇の音』に変換されていく。雪兎はあたしが寝ているからこそ、声を抑えているけど、声の震えを聞いていると、本当は発狂したい位の恐怖に襲われているのだと感じる事が出来る。箱の中には何が入っているのだろう。ここで起きて、見たい衝動に駆られるけど、両手両足が上手く動かせないし、感覚もしない。映像にしか見えない自分のパーツを思い通り動かす事が出来ない以上、彼はあたしの目の届かない所に隠して、曖昧な返答をするに違いない。
(ここは、もう少し様子を伺った方がいい……)
そう思いながらも、恐怖と隣り合わせの『好奇心』を抑えるのに必死だ。誰でもいいから、あたしに今何が起こっているのか教えてくれないのかな?そんな答えも掻き消していくのは雪兎の呟きだった。
『あの人……本気なんだ……な。夕月の為……にどうし……て』
あたしの為?何の事なのか理解出来ない自分がもどかしく、歯がゆい。
小さなものを見つめながら
見えるものは
切断された指と血だまり
私にはそれが何か理解出来なかった
闇は続く…。あたし一人を取り残して。夕の明かりに照らされながら月が見え隠れする。夕月は本当にその言葉のように幻想的で神秘的な存在。言わば『ミステリアス』好みにも分かれるが夕月を好む人とゆちを好む人は正反対なのかもしれない。僕は先にゆちに惹かれたけれど、光しか見ない彼女は『夢物語』しか呟かない。それに反し、夕月はいつも冷静で『夢物語』を実現へと近づかせようとする努力家。そのけなげな頑張りが凄く眩しくもあり、少し寂しそうに闇に包まれた彼女だからこそ、惹かれたのかもしれない。電話の相手はどんな風に僕と接触してきたのか分からない正体不明の人。与えられた情報はこの研究所の本当のトップと言う事と、雄介と言う名だけ。
色々な人を使いながらも姿を隠す雄介は、まるでカメレオン。変幻自在に変化する時の人と言った感じが取れる。自分も色々な人間に騙されて、闇に堕とされ圭人から逃げる事が出来ずにいる、弱虫。圭人を裏切る事はどうも思わないけど、人質のいる僕には彼を裏切る事に『リスク』しかない。なのに……、何故だろう。雄介の言葉には説得力があるし、今まで出会った事のないタイプの人間だから、興味を抱くのは当たり前。それとどうしてか分からないけど、彼の抱える闇は僕の抱えるものと似ているような気がして、断る選択肢などないと実感してしまった。箱の中に入っていたのは、雄介の言葉通り『切断された指』異臭などしない所から見ると、まだ新鮮なもの。まるで生きている人間から切り落としたような美しさがある。勿論、自分の指と言うふうに、観察してみると『男性の指』に見える。
そして最後に言われた事。確かめたいのなら『甲斐』に鑑定してもらえばいいとの事。何故雄介が『甲斐』の事を知っているんだ?僕の事もどうやって調べたのか分からない。圭人から流れる情報が彼に行く場合も考えたが内容を聞くと、圭人にとって雄介の考える計画は邪魔だし、否定すると思う。何故かって?それは『ゆち』を選んだ人間だからこそ、夕月が犠牲になろうがどうでもいいって事だろうな。自分の愛する女を『あんな目』にして存在そのものを無にした張本人が『愛している』だなんてどの口が言うのだろう…。その愛情に巻き込まれた僕と夕月はどうやって逃げ出せばいい?僕だけが犠牲でもいい。せめて夕月だけは、前の『当たり前』の環境に、幸せに戻してあげてほしいと願う僕はただの偽善者かな。そんな自分の中で色々な疑問と言葉が行き交いながら、暗闇に溶けていく。僕の心のように。
そんな空間を嘲笑うかのように『存在』しているのが、雄介が送ってきた『新鮮な血』と『切断された指』
闇が微笑んでいる気がした。
どうするのか……と。