人質
「ほらよ、雄介」
そう投げかけられる言葉とスマホ。まだ新品なはずなのに、なんと言う扱いだ。俺が受け止めれないと弁償しなくてはいけない。
「危ねぇよ、親父。買い換えたばっかだろ、落としたらどーすんだよ」
すぐさま、キャッチしたからよかったものの。気づかずに地面に落としていたら、後が面倒臭そう。どーせありえもしないような無理難題でも押し付けて、俺を困らせる遊びを始めるつもりだったのだろう。自我がないと言っても『リハビリ』をしている設定になっているから、親父からしたら毎日の確認作業なのだろう。正直、やめてほしいのが本音。今回はまだスマホだからいいけど、この前はダイヤの指輪だ。俺は落とさない。絶対にプライドにかけて。なんだかんだ言いながら、そんな遊びをしている俺と親父は仲がいいと周りの人に言われる。まるで本当の親子のようだと。それを甲斐の目の前でもお構いなしに口に出すから、ハラハラするし、嫌になるのは全て俺なのに、いい加減にしてほしい。
「そんな無駄口叩いている暇あるなら、早く雪君にかけたら?」
「そうだな(ムカつく)」
少しの感情が表に出ると親父は決まって微笑む。まるでおもちゃにいたずらをしている子供のように。他の人からしたら息子に見せる表情だと言うのだが、俺から見たら茶化しているようにしか見えない。心の中ではムカつくと思いながらも、表では冷静に振る舞っているはずなのに、オーラーとして溢れているのかもしれない。考えると余計ループになるような気がするので、思考をシャットダウンする事にしよう。それが一番の安全策だと思うんだよな、これ。小さな溜息がふと出ると、親父の方をギロリと睨んだ。
「かけるから、向こうに行ってくれないかな?邪魔なんだけど」
「おお、こわ。はいはい。終わったら戻ってこいよ」
「分かっているよ」
呟きは静寂へと消えて、闇の一部へと変貌していく。親父の背中が遠ざかる度に、まるで心音を奏でているように足音が遠くへと消えていく。黒いスーツは闇と一体化しながら、俺の心へと浸透されていく。光が消え、闇に埋もれる。この瞬間、一人の瞬間が一番好きなのかもしれない。俺も親父も、きっと似た物同士なんだと直感で感じるんだ。瞳の奥が黒く染まった俺は、親父に渡されたスマホから雪兎へと電話をかける。勿論非通知で。俺と親父が繋がっている事自体も、彼は知らないから。何も知らない方が身の為だと思うし、余計なトラブル回避の為でもある。そこは親父も了承してくれているし、俺の始めているゲームやビジネスも喜んでくれているのが事実だから。そこは変な行動をする事はないだろう。それは予測であって絶対的ではないから。だからこそ親父の仕事の半分以上を俺が占めて、人質として捕えているのが事実。
安心感は否めないがな……。
心の情報と脳の情報をドッキングしながら、雪兎へとコールを鳴らす。俺の鼓膜にいつまでもいつまでも鳴り響いている。