回想
『なんであんたがいるのよ。出て行きなさい。あんたの顔なんて見たくもない』
そう言って泣きじゃくる母の姿と黒服に包まれた人達の間に私はいた。何も言葉が出て来ず、自分の心に残ったのは後悔と憎しみだった。
「母さん‥」
誰でもこの状況を考えれば自分が間に入るしかないと悟るだろう。奴らの前に立ちはだかり庇うしか出来ない。男の一人が言う。君には関係のない話、大人の話だから。と耳元で囁き、ニヤニヤ嘲う。(わらう)大人達はいつもそうだ。都合のいい時には大人なんて持ち出して、私の介入を拒むのだ。それが昔から気にくわない自分は、後に引く事なんて考えもせず、煩いと囁き返した。
『いい根性してんなあ。兄ちゃん』
「‥‥」
『返して貰わないとこちらとしても困るんでね』
「額はどれくらいだ」
『兄ちゃんには関係ないだろ、他人のあんたが払ってくれるのかい?』
「母さんは他人なんかじゃない」
『親父さんが聞いたら泣くだろうな。あんなあばずれに骨抜きにされたのかって‥。自分の立場を考えたらどうだい?』
男は試すように、言葉の鎖で私を雁字がらめにしようとする。なんとなくだが、こいつの考えてる事が見えつつある私は、何も気付かない振りをし、自分を作り替えてゆく。演じるのだ。こいつらの求める答えを演じて、逃げ延びる。それしかないと感じた。
『持ち逃げした金の回収とその女を親父さんの前に連れて行かないと、俺らがえれぇ目にあっちまう。兄ちゃんの親父さんは恐ろしいからねぇ‥』
「うるさい」
ギロリと睨むとその場の空気が澱んだ気がした。このまま時が止まってしまうのではないかと言う不安を抱えながら、その後の状況を考えていると、その空間を破ってくる一人の女が私の目の前に現れたのだ。
『あんた達、いつまでこんなとこにいるつもり?一つの要件で時間を取らせないで』
そう言うと、胸ポケットに入れていた煙草を取り出し火を点け、一服する。ふうーと口から吐かれる煙が空間を辿って、みるみる内に空気が変わってゆく。
「‥‥」
またあいつかと言わんばかりの目で声の主を見ていた男達と一緒に同じ方向を見て、驚いた。私と同じ年齢にしか見えない女はこちらを見ると、あっと小さく叫ぶ。
『久しぶり』
遠くから大きな声で私のいる方に向かって走ってくる女。私は感情的になっていたので、それどころではなく、女の声が入ってこない。
『ちょっとシカトはないんじゃない?』
その声に気付いたのは、私の目の前に立ちはだかってからだった。それが私とケイトとの再会だったのだ。あの容姿では気づけなかったケイトの成長ぶりには言葉を失ってしまう。それが全ての始まりで、終わりだったのかもしれない。