幻聴
ドンドンとドアを叩く、ドアノブを回したのはあたしなはずなのに、どうして開かない?貴方へと続く道はあったはずなのに、あたしの過去が浸食されていく。まるであたしそのものが消える前兆のように。
「出して、誰なの鍵をかけたのは」
怒鳴り続けるあたしがいる。誰にも届かない。もう終わるのだと思っていた。落胆と空虚が心を支配し、雫が蒸発し、心の潤いが消失していく。固まろうとする感情、そして崩れそうになる体はアンバランス。心も体も動かない。
「ふふ。鍵をかけたのはあたしだよ?夕月」
「誰なの?」
「さあ?誰だろうね?」
「……分からない」
「悲しいわね。あたしの声も忘れたの?」
悲しいと呟く声の主は全然悲しそうじゃなく、凄く楽しそうに話している。まるであたしの心を揺さぶって、叩き潰すみたいに。妖艶で恐ろしく、美しい響き。
「あたしは貴女なんて知らない」
「…そう、残念ね。夕月。あたしの声も存在も、もう過去と言う事かしら」
「…分からないものは分からない」
「記憶を失ったのは自分の意思かしらね」
「……だから」
「何度も言わせるなって?逃げてばかりの夕月に言われたくないわ」
「あたしは夕月なんかじゃない…」
「じゃあ誰だというの?」
「わから……ない」
「ふふふ。ほらすぐそうやって考える事から逃げる。あの時から何も変わってないわね」
「貴女は…だあれ?」
「あたしはゆち。あたしこそが本物のゆち」
「あたしは……」
「お前はゆちなんかじゃない。ただのダミーだよ。あたしのモノを奪うなんて許さない」
「奪う?」
「分かっている癖に、これだからタチが悪い」
「意味わかんない」
「圭人はあたしのものだから。お前なんかが出る幕じゃないのよ。邪魔しないでくれないかしら」
「圭人?」
「まだ白を切るつもり?両手両足を切断したあんたの今のご主人ですよ?」
「え」
「あの時、あたしを彼の呪縛から取り戻す為に、潜入なんか警察の真似事したのでしょう?やめてくれないかしら、迷惑なのよ」
「なんのこと…?」
「まさか…忘れたと言うの?」
あははははは。ゆちと名乗る女は現在のあたしに暴言を吐きながら、狂い笑う。何も可笑しくないのに、笑い続けるゆちの存在は奇妙。そのゆちと対等に関わろうとしているあたしも異質。
「忘れたのね、忘れた…あはは。面白いねー。もうあんたは用無しな訳ね。圭人からしても。もう骨の瓦礫のシナリオは完成しつつあると言う訳かぁ。面白い」
「骨の瓦礫?何それ」
「夕月は知らなくていい。もう身を持って知っているでしょう?捥げたあんたはただのダルマ。あははははははは」
「何なの…何なの」
「あはははははは」
「ねぇってば、。ねえって」
「クスクスクスクス」
「聞いているの?」
「ああ、雑音がしたと思ったら夕月か。ごめんねー。ついつい。いる事忘れてた」
「……」
「あたしの両手両足はあたしのもの。お前になどやるものか。一生そのままでいればいい」
あははははは、最高。
『…いい加減にしろ、夕月を追い詰めるな』
「ん?ああ、邪魔が入った。察知するのが早いなぁ。貴方は」
『夕月は私のものだ。ゆちお前などに壊させてたまるか』
「壊す?人聞きの悪い…そんな時間があれば計画を遂行させるわ」
『……骨の瓦礫か』
「さっきも言ったけど、あたしの邪魔しないでくれない?あたし達は貴方が言うように『同類』なのでしょう?圭人に雇われた貴方が、あたしに指図なんて許されない。分かっているでしょう」
『圭人の計画と骨の瓦礫は別物だ。お前個人の欲望だろう。それに夕月を巻き込む訳にはいかない。僕の可愛い夕月を…お前などに崩壊など…その前にゆちを抹殺する』
「あたしを殺すというの?やってみなさいよ。あたしと夕月はリンクしている。あたしを殺すイコール夕月も死ぬ。もう遅い」
知らない二つの声があたしの鼓膜を振動させ、恐怖へと道を作り上げていく。言葉に背中を押されるあたしは迷子の子猫。
「なんなの…これえ。何で幻聴が聞こえるのぉ」
「あたしの声は」
『僕の囁きは』
『「幻聴なんかじゃない」』