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遊離

 どうすれば涙を止める事が出来るのかな?どんだけ泣いても、溢れてくる苦しみと悲しみがあたし達をボロボロにしていく。ケイトと圭人の思惑が複雑に絡まりながら、運命の輪がゆっくりと動き出していくの。


 『貴方の言う通りにしただけよ、私は…』


 そう呟きながら、白衣が煙を吸って変色していく。まるで移り変わる人の心のように。悲しく、冷たく、信じたくない現実を見てる。


 「私はケイトに言ったはずだろう?言う事を聞くのは絶対だと、裏切るつもりなのかい?」


 圭人は気だるそうに溜息を吐きながら、壁に凭れ掛かりながらケイトの言い訳を聞いている。怒る事もせず、ゆっくりと、まるで子供を問いただすように。


 『…貴方はいつもそう、あの子の事ばかり…どうして?』

 「あの子?」

 『…私にそれを言わせるの?』


 ギュッと唇を噛みしめながら、震える心を誤魔化しながら、煙草を吹かす。脳にニコチンが行きわたらないように、口の中でその余韻を楽しみながら、嫉妬という感情に押しつぶされていく。どうして私がこんな想いをしなくちゃいけないの?なんて雰囲気が語りあいながら、空気の淀みと重なり、新しい色を創造している。


 『…夕月はただのガラクタ。でもゆちは貴方にとって特別なのよね?』

 「分かりきった事を聞くのか…失望させないでくれ」


 ケイトの言葉は一方通行、消して圭人には届かない想いのカケラ。心の震えと体の震えがリンクしていく。誰にも見せたくない感情の渦がケイトを支配しながら、涙に変わる。


 「ケイト…何を泣いている?」


 圭人の感情も少しずつ変化していき、哀れみと落胆へと堕ちていく。女のケイトの姿を見て一言呟くのは冷酷な言葉。


 「ビジネスだろ?」


 その一言がどれだけ相手を苦しめるのか分からずに吐き捨てる。結局ゆちにしか興味のない圭人は幻想を見続けながら、亡骸を抱き続ける。自分が解体したゆちの両手を愛おしく、優しく。


 『こんなのはビジネスではなくて、ただの人殺しよ?圭人、優しいあの時の貴方に戻って?』

 「そんな自分忘れたね、私にはゆちさえいればいい」


 ゆちさえいればいい…。その続きの言葉は想像出来る。他は何もいらない。ケイトに入り込む隙間なんてないって事。勿論あたしにもその隙間なんてない。本物のゆちだけが入り込める特権なのかもしれない。


 『私はどうでもいいの?あの時貴方を助けたのは誰?』

 「…ははっ。そんな昔の事忘れたよ」


 圭人にとっては過去でも、ケイトにとっては現在も続く運命の輪。誰にも止めれないからこそ、この輪の中心人物の圭人に自覚してもらう方法しかないのが現状。


 『お願いだから…ケイトって呼ばないで。私の名前を呼んでよ』


 行動で縋り付く事が出来ない立場のケイトは、言葉で縋り付く。それは研究者の顔ではなく、一人の女としての顔。それが苛立ちの始まりなの。一番圭人が、嫌う行為だから。それを幼馴染のケイトは理解しているはずなのに、言葉を吐く事をやめる事はなかった。


 『苗字で呼ばないで…。昔みたいに遊離って呼んでよ…お願いだから、まだ間に合う』

 「ただの研究者の一人を呼び捨てで呼ぶ必要もないし、名前でも呼びたくないな。私にはゆちしかいらないのだからね。それを理解して私に協力をしたのだろう?」

 『…圭人を止める為よ。私が傍にいれば、少しでも気づけると考えての事。私の性格を知ってる貴方なら、分かるんじゃないの?』

 「…君に呼び捨てに呼ばれる筋合いはないな」


 その言葉は終わりの始まり。圭人とケイト…いや遊離の関係の崩壊の序章でしかなかった。


 「私が呼び捨てで呼べば君は言う事を聞くのかな?それなら呼んであげるよ。遊離」

 『……私はそんな事…』

 「君は望んでいる事だろう?」


 そんな事望んでない、そんな続きの言葉を発する勇気などない遊離は、零れ落ちる涙を止めようと我慢する方法しか分からない。


 「満足かい?遊離」

 

 ねぇ聞こえる?

 私の遊離としての想いが、心に響いてる?

 誰の声もしない、誰も必要としていない遊離の姿を圭人は認めてくれたのに。

 そんな心の呟きが風を伝達しながら、あたしの心へと舞い散る。

 それは朱に染まる桜のように美しく、人の血のように残酷に響いている。

 もう誰にも止めれない


 裏切りは裏切りだろう。あたしの脳にインプットされていた本物の記憶を奪い、圭人の望むシナリオを壊したのだから。雪兎を金で雇い、圭人の元からあたし…ううん、ゆちを奪ったのは彼女でしかないのだから。あんな芸当、彼女しか出来ない。圭人の部下であり、ゆちを作り出す実験の責任者である遊離にしか出来ない。怒鳴り声をあげたい状況を押し破りながらも、冷静に対処し、恐怖を与える。それが圭人のやり方なのだから。


 「雪兎を動かして、研究所をパニックに陥れたのは遊離…君だろう?」

 『…私だという証拠はあるの?』


 悲しく呟く遊離の姿は捨てられた野良猫。ご主人を待ち続けて、やっと振り向いてくれた『この時』を待ちわび続けた衰弱した野良猫。


 「君の操作データーは保存しているし、監視をしていた。監視カメラにも残っているから、調べたらすぐ分かる事だ。遊離…君には残念だ」

 『……私は貴方の為に』


 愛しているから。だから貴方の傍にいる。止める為に、欲望をすり替える為に、ここにいたのに。崩れる輪廻の音は止まらない。


 『……私は』


 言葉に詰まり、感情に溺れる遊離は、もう研究者ではない。失格者。何も言い返せない、何も止めれない、そこに残るのは沈黙と傷つく心。あたしはその状況を見れずに、雪兎の腕で眠り続けるの。子供のように。




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