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夢語り

 最後に感じたのは包み込む温もりと啓ちゃんの焦り声だった。リンクし続ける脳は、刺激を齎し、身体へと繋がろうとしている。体中に電流を流しているみたいに、痙攣し続けるあたしの身体。包まれる匂いが少しずつ移り変わりながら、『キンモクセイ』の香りが鼻を刺激してくる。


 この匂いは雪兎の匂い。

 あたしがこの世で一番嫌いで、大嫌いで……。

 大好きな香り。


 あたしはどうしてこの香りが嫌いなのか、反対に好きなのか分からない。そんな事を考える余裕もないはずなのに、頭の中にもう一人の自分がいるように思えてあたしに囁きかけてくるの。


 《キンモクセイの香りは崩壊の香り》


 あたしの心が人間の形へと形成されながら、その言葉の主……もう一人のあたし…なのかな?分からないけれど、もう一人の影を感じるの、凄く、あたしと良く似た。あたし「ゆち」とよく似た…。


 『あんたはゆちなんかじゃないよ、偽物だから』


 頭の中で声が響いている。意識はあるのに、この現状から逃げる事を許さないのか、逃がさないという『執念』さえも感じる。


 「あたしはゆちだよ。あなたは誰?」

 『……あたしは……ゆ……づ……き』

 「え?」

 『つっ……何で声が届かないのっ…?』

 「聞こえるよ、だけど大事な所だけ聞こえない」

 『……聞こえないじゃなくて、聞きたくないの間違えじゃないの?』

 「え…?」


 もう一人のあたしらしき声の主は、溜息と吐きながら、苛立ちの感情を抑え、冷静に説明しようとしている。何度も何度も、同じように試してみるけど『重要』な情報になると声が途切れて、何を言っているのか聞こえない。まるでラジオのノイズ音。テレビで言えば砂嵐と同じレベル。何度試しても、繰り返し。この状況を打破するのは、今の所一つの方法しかないと思うの。それは『諦める』事。するとね、楽だし、苛々もしないよ?人間の黒い部分に飲まれたりしないし、だいぶ楽になると思うからさ、それでいいじゃない?そんな感じで、この声の主に提案をしてみるとさ、クリアしているみたいで、声がクリアに聞こえるの。勿論、情報として重要な部分になると、モザイクがかかっているみたいになるけど。この会話自体は大丈夫みたい。必要な情報で、過去のあたしに関わる部分になると、会話さえも出来ない状態になる。まるで誰かが、脳にプログラムしているみたいに…。反応している自分の身体が恐ろしくなる。


 『……ま、あんたがどんな選択しようとしても、あたしにそれを止めれないから、好きにして』

 「…う…ん」


 不安が心を支配しながら、そういう回答の仕方しか知らない自分がいる。『分からない』から『うん』としか頷けない、なんて言えない。


 口で言わなくても、全て理解しているように感じるけれど、それを認める『勇気』なんてない。今のあたしが持ち合わせている代物じゃないんだ。もう一人のあたしとの会話は、ゆっくりと消えていく。色がついていたはずなのに、急に白色で塗りつぶされたみたいに、何もなかったように日常に戻る。元から真っ白な画用紙に色をつける作業ではなく、複数色に染まっていた色を元に戻す為に使う『技法』の一つでもある、塗りつぶす行為。色のついてしまったもの、消せないものは、無理して『消す』必要なんてない。白色を何重に重ねる事により、色のついていない白よりも、深みのある白になる。それは人間の心の形と似ているように思うのは、あたしの気のせい?例え消えてしまう『記憶』だとしても、必ず身体には残るもの。ただドアに鍵がかかっていて、厳重に保管されているだけ。まるで開けてはいけない『パンドラの箱』一番人間が興味を抱く部分でもあり、恐れる部分でもあるから。人の目線によって、受け取り方は人それぞれと言った所かな?


 『忠告はしたから、聞こえてかどうかは抜きでね』


 風に包まれながら、全身を包み込む声はあたし自身の声。雪兎に…啓介に…包まれている『あたし達』は漂いながら、夢を渡る。まるで夢語り。


 何も変えれやしないのにね。




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