捨てられた子供
おいでから始まるのは『快楽』の言葉。黒い渦に飲まれた『人間』は簡単に抜け出す事など出来ない。だから面白くもあり、悲しくもある。そんな俺の気持ち、理解出来る?
「…おいで、癒智」
お姫様抱っこを嫌がる癒智の我儘で、仕方なく降ろしてやった。それでも、それだけでは足りない自分がいて、別人のように感じたんだ。ニコリと微笑みながら、癒智の手を取り、ギュッと握る。
「体…冷えてる。寒くないか?」
『…大丈夫、うち子供やないから』
へぇーとニヤリと微笑む、俺の表情の変化が読み取れず、まだ癒智自身の感情の火照りを感じる。感情の火照りは体へとリンクする。心と体はイコール。目で見えない鎖で繋がれた『因果』
「大丈夫さ。ガキなんぞにゃ興味ねぇよ」
吐き捨てる言葉には『毒』がある。バラのトゲのように貫き、毒薬のように心を殺す『破滅音』
『うち、ガキやない!』
俺の一言で感情的になる時点で『ガキ』だっつーの。ほくそ笑む、俺の心情なんて見えていないんだろう?それもそれで楽しい『宴会』
「…見た目、ガキだろ?まぁ体は育ちいいみたいだがな」
ほれ、と近づき、泥まみれのタンクトップを捲り上げ、凝視する。
「まぁまぁじゃん。ガキにしては上出来だな」
『…やめてよ、なんで』
「そんなモン見ても、何も感じねぇよ。俺恋人いるし」
『……いるの?』
少し驚いた表情をする癒智の姿が、あどけない。迷路に迷い込んだ羊のようで、少し震えているのがわ分かる。そんな対応で理解出来るのは、俺の事を『男性』として意識していると言う事実。
(生意気な奴、大人になりきれねぇくせに)
本音と表の表情は正反対。そうする事により、相手に勘違いを起こさせない為の手法でもあるからな。本気で愛する女には、こんな事言わないよ、普通。ない脳みそで考えても、分かる事だと思うんだけどね。
「俺、もてるから。困ってねぇよ、女には」
俺の吐く言葉は癒智には刺激が強いらしく、顔色がどんどん悪くなっていってる。
「…どうした?ガキ、誘惑出来ると思ったか?」
甘い、甘すぎる。俺を落とせる奴はしおりなんだよな。でもしおりと同じ匂いを纏う癒智に興味があるのは事実だから、自分でも何がしたいのか分からない。一つ言える事は、あの手足のみの死体の山と関係があると思ったから。「飼ってやるよ」と言葉を吐いて、誘導しただけ。あの時の気持ちに嘘はないから、余計に。自分らしくないんだな、これが…。毒素にやられたのは『俺』自身なのかもしれない。花が咲き乱れる前の状態の『蕾』の香りに、蟻地獄に落ちたのは、俺自身かもな。
『……うちも女なんよ?16になったし』
「16なのか?癒智。どう見てももっと幼く見えるぞ?」
『…コンプレックスなんよ』
少し不機嫌になる癒智を見つめながら、頭をポリポリと掻きながら、深いため息を吐く。頭を撫で、すぐに手を放す。そして、キッチンへと向かおうとすると癒智が呟いた。
『うちを…捨てるん?』
その続きの言葉を吐きたい癖に、飲み込みながら、震えている。多分、この言葉の続きは『また…』かな?何度も何度も、繰り返し『捨てられた』子供。それが癒智の正体なのかもしれないな。