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壊命

 フサッと被せるコートの色は茶色。俺の一番好きな色であり、人生の中で一番『愛する人』の選んでくれた、最後の『プレゼント』なんでだろう、懐かしい匂いがする。もう15年経ったのに、また『あの時』の事を忘れられない自分がいるんだ。俺は死んだ、死んでしまったんだ。『啓介』から『雄介』になった。『弟』から『兄』になったんだ。俺の身代わりで『この世』を去ったのは兄の『雄介』誰も知らない現実であり、ストーリーでもあるんだ。俺達は『一卵性』主語を『僕』から『俺』に変えて別人に成りすまして生きている。だから『事件性』のある事には首を突っ込まないようにしている。じゃないと自分を守る術を失うからな。いつもの俺なら、放置している。冷酷な時を生きて、自由に動き出せるようになったのは15年間の努力があったからだ。あの時の俺は、まだ学生で、心も身体も彼女以上に『幼子』そんな脳内の議論など、お構いなしに彼女は呟く。


 『…ありがとう、お兄さん』


 怯えより、コートに包まれて、人の温もりを感じたのか、少し安心している様子が伺える。


 (この子…しおりに似ている)

 「いいんだよ…寒いだろ?」


 ついつい口調が柔らかくなりそうになる自分は『演技者』になれていない。『雄介』としてではなくて『啓介』として彼女と会話をしている自分がいる。これは多分懐かしい『匂い』のせい。幼子から微かに香る『キンモクセイ』の匂いが鼻を刺激する。


 俺が愛した人と同じ『匂い』

 懐かしく、苦しく、悲しい結末の『匂い』

 俺の…『啓介』の命は壊れた。

 俺は『壊命』

 もう元には戻れない『壊命』

 誰にも届かない『壊命』


 この子に向けても、重ねても、何も変わらないのに。手を掴む自分。


 「君の苦しみ、悲しみ、僕が背負ってあげる」


 これは『啓介』の言葉。隠せない、隠しきれない。無理なんだ、この子は『しおり』と似すぎている。匂いだけじゃない、姿も、存在も、何もかも、生き写しなんだよ…。まるで俺が幽霊になって、傍を付きまとっているみたいだ。


 『お兄さん?』

 急な口調の変化に戸惑う『幼子』の彼女。俺は僕じゃないのに、僕と呟いてしまう。これは『啓介』としての心が、まだ『生きている』証拠なのかもしれない。この子だけには…君だけには見せてもいいと思ったんだよ。


 (本当の僕を……ね?)

 「君の名は?」


 優しく聞くと綺麗な名前を教えてくれた。


 『うちの名前はゆち』


 癒やしの智と書いて『癒智』


 「そう…よろしくね、癒智。僕の名前は啓介でいいよ」


 本当の名ではなく、兄の名を使うべきなのに、感情の制御が出来ず僕の名を教えてしまう。


 『じゃあ啓ちゃんて呼んでいい?』


 僕はニコリと微笑みながら「勿論」と言葉を発すると、癒智の小さい身体を持ち上げ『お姫様抱っこ』をする。


 『…え、何して』

 「体力ないだろ?俺が飼ってやるよ」


 こうやって『啓介』と『雄介』を混ぜてでしか『関われない』なんて悲しい現実。それでも、半分でもいいから、本当の自分を見せたいと願うからこそこうやって癒智の未来を背負っていく。


 (しおり、まだ会えないみたいだ)


 壊れる命

 壊命

 カイメイ


 あの時の…過去の事が今では思い出の写真みたいに保存されている。しおり…君を迎えに行くまで、僕は死なないよ。


 (待ってろ)


 寒空を見上げながら、捨て子の癒智を拾って、マンションに連れていく。僕の体温も感じれるように、ギュッと抱きしめて。壊さないように。この壊れた『人形』を……。




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