壊れ始めた旋律
欲しいと思ったものは必ず手にする。今もっとも欲するのはあの方の信頼ではなく三笠自身だった。是露として覚醒させる為に、人間の器が必要なのだ。しおりはその手助けをする為に研究に研究を重ねている。
正直しおりが味方だとは思えなかった。彼女にはもっと別の目的があるようで、隠すように、逃げるように心の奥底を呑み込んでいるような感じがしたからだ。
『もう少しよ……後少し』
その言葉を信用していいのか分からないが、あえて利用するのも一つの手だろうか。私は彼女の横顔を見つめながら、目を細めた。
三笠の体は薬に馴染んでいった。少し前までは普通の人間と同じだったのに、少しずつ崩れて醜い化け物へと変貌を遂げ始めた。私の願い通りになる、やっと、その体を自分のものとして扱えるのかと考えてしまうと、頬が綻んでしまう。
『そんなに楽しみ?』
私の表情の変化に気付いたのだろうか……しおりの背中には見えない『目』がついているのかもしれない。面白い女、飽きる事のないゲームを提供してくれる危ない存在でもある。
「期待しているわ」
女王として気高くとまっていると、そんな私の態度が面白いのか笑いながら、話を続けた。
『三笠の今までの記憶は消える事になる。覚醒の時まで彼女は人間として生きるわ。でもその時が来たら……』
『私が支配する』
『ふふ……そうね。彼女の体はあいつらを殺す生きた凶器になる。そして私達の理想通りの結果を出してくれる』
『……思い出す事はないのか?』
『ないわね、はっきり言うわ。目覚めた後の彼女はもう三笠ではなくなる。ゆちの複製品として完成するの。それも人の血を浴びて進化する……最高傑作へとね』
『趣味が悪いな』
『是露、貴女が言うのは説得力にかけるわよ』
しおりの言う事は間違いではない。三笠と共に過ごしたのもなれ合う為ではなく、馴染ませていく為だ。自分の考えと共感するように、警戒心を解くように仕向け、思考そのものを同じにする事が目的。そして薬で体を変異させる事により、違和感を消していく。
『目覚めた三笠はもう人ではない』
『そうだろうな、それでも名を奪う事はしたくない』
カタカタと操作続けるしおりが横目で私を視界に入れると、ふっと微笑んだ彼女が眠っている三笠とリンクする。
『ミカサ……名前はそのままでいい』
『それが是露……貴方の望みなら』
チカチカ光る液晶が私達の顔を照らして止まない。そしてゆちを滅ぼす旋律も動き出すのだ――
『必ず……手にする』