カプセルと蓋と血の匂い
月夜に映し出されたゆちは美しかった。是露は彼女に恋い焦がれながらも、潰してしまいたい衝動に駆られてしまう。
美しいからこそ自分の手で壊したい……そう思うのも愛情の一つだから仕方ない。
『貴様、のこのこと現れて何のつもりだ』
私を守る下辺の一人が声を荒げ拒絶反応を示す。
「……黙りなさい」
その一言を吐くと、ハッと我に返った下辺は、慌てながらも、言い訳を呟いてきた。
そう汚い『言い訳』をね。
『是露の言う通りよ』
「……」
一瞬の時間が私達に静寂を与えた。それも美しい崩壊の旋律の一つなのかもしれない。
「何しに来たのですか?」
私は気付かれないように溜息をつくと、彼女に問いかけた。待っていたと言わんばかりのゆちは、ニヤリと微笑みながらも、この歪んだ、空間を満喫しているみたいだったの。
『様子を見に来ただけ。あたしの細胞から作られた凶器が、どんなふうに育っているかをね』
その言葉は残酷そのもの。だけど、彼女の言う通りなのだから、何も言えない私達『ツォイス』がいる。作られた命の源、それが私達なのだから――
『いいカモを見つけたわ。美味しそうだから、食べさせたいと思ったのよ。そのついでに来たのもあるけどね』
クスクスと雑音が耳を霞む。私を中心とする人工細胞『ツォイス』は複数体の塊。一つ一つが意思を持つ、特殊な存在。そして主の命により、女王の私、是露が全てを操っている。
「それはそれはご苦労様。だけど私達には特別な存在がいる。他は興味がないのよ」
そっけない態度でひくような人間ではない、彼女、ゆちは私達が知る中でも恐ろしい悪魔の化身。関わりたくないのが本音だった。勝手に研究所に来て、主も不在の時間を選んだのだろう。
確信犯――
『この匂いを嗅いでも、同じ事が言えるかな?』
懐から小さなカプセルを取り出した。ふたを開けると、甘い匂いが部屋中に充満していく。下辺達は、見る見る内に、自我を保てなくなり、ゆちに飛び掛かろうとする。
確かに魅力的な血の匂い、だけど私には効果がない。下辺達は別だけど、私の存在は特別だもの。
両手に見えない鎖がある、私は手綱をひくように、思い切り引っ張ると、下辺達の身体を締め付けていく。
「こんな事で私が揺らぐとでも?」
『あはは、こうでなくちゃ面白くないわよね。試してみないと分からないでしょう?』
彼女は美しい金色の髪をなびかせながらも、闇に埋もれて、私の前から姿を消した。
「逃がしたか」
今日の事を主に報告しなくてはいけない、そう思いながらも、床に転がった血に塗れたカプセルを拾い、舐めた。
――美味しい。