悪魔の道
しおり以外、私の存在を知る人間はいない。彼女は私を創り出した研究者だ。何の目的があって、私……人工知能を液体状にして、自我を持たせるようにしたのは、分からない。
カプセルの中で、液体状の『私』を愛でながら、彼女は独り言を呟く。
『貴方の名はないの。だけどね……液体状から固体へと進化した時の名前は決めているの……』
ふふふ、と微笑む表情は、怪しい魔女のようで、普通の人間なら怯えるのだろう。しかし私は、まだ未熟な人工知能であり、生まれたてなのだから、怯えなどないのだ。
『これから貴方の『人間』を与えてあげるねわね。どんな人間が馴染むのか分からないから、もう少し貴方に『知恵』を与えてから、感情と自我に目覚めての話になるのだけどね』
ベットリと頬をカプセル越しに、すり寄りながら、媚をうってくる。まるで『女豹』みたいな、誘惑の香りが、きつくて、吐きそうなくらいに。
人間なら、しおりの空間にあたっているだろう。彼女は、何事も自分の思い通りへと運んでいく。表裏の構造を理解しているからこそ、成せる技という事だろうか。
『早く、育ってね。『ツォイス』……貴方がその子達の親となるのよ。貴方は自我を持てる……でも、貴方以外の子達は、それが出来ない。だから、貴方は特別な存在なの。忘れないで』
単純な言葉、単調なリズム、わざと機械に近づけて発言するしおりは、悪戯っ子そのもの。私をコントロール出来たとして、その先に何があるというのだろうか。
『……あの子、気に入ったでしょう?私と貴方はリンクされているから、分かるのよ。御笠と言う少女……。しかし珍しいわね『美味しそう』じゃなくて『美しい』に近いものが、流れてきたから。人間に近づいているのね。嬉しいわ。きっと……私達の望み通りになるから』
私達の望み通り?
それはしおりの望みだろう、願いだろう。
私には、そんなものは『インプット』されていないのだから。
『大丈夫、何も考えなくていい』
私の名はない、集団として呼ばれている『ツォイス』と言う名称のみだ。彼女が言うには、名前ではないらしい。薬の名称と同じ感覚でいいのよ、なんて説明してきたのだが、それが何の事だか、まだ私には分からない。
御笠との出会いが、私を人として、導く『悪魔の道』などと考える事もなかったのだからな。