やじろべえ
私にはね『二つ』の体が存在していたのだ。普通の人間のように見えて、気付く者は殆どおらず、私自身が『異質』な存在と言う事に……。
一つの体は勿論『人の体』だ。私の髪の色は『金色』なのだよ。そう死んだ『ゆち』と同じ髪の色。不思議だろう?染めてもないのに、生まれつきだなんて。ゆちは元は『黒髪』で私とは違うけれど、無意識に私に近づこうとしていたのは、自分で気づいていたのかしらね?
蜘蛛の糸のように、私はゆちに絡みついた。最初見た時に、すぐ気づいたんだよ。長い間生きているとね、魂を、記憶を永遠に繰り返しながら、そのまま『人』として、色々な時代を見ているとね、気付かなくていい事も、知らなくていい事も、あるのだよ。
――ゆちは私の分身であり、駒の一つと言う事実にね。
私のこの体は年老いた。しかも、病気で植物人間になっていたのだから余計だ。使い物にならないと感じたよ。夢の中なのか、はたまた『あの世』へ続く三途の川なのか分からない場所に辿り着いた。
そう、それがあの世界。私より先にゆちが辿り着いたみたいだけど、何の問題もなかったのよ。だって、あの場所に、白兎に出会って、二人の魂がシンクロした時点から、ゆちを浸食する土台は作られていたのだからね……。
赤い心臓と青い心臓、二つの果実。そして白兎から『影法師』の名を奪い、私自身が喰らいつくしたのだから。
私は雪兎と白兎の親の『ユチ』でもあり、夕月の義姉の『ゆち』でもあるのだから。
(……これだから都合がいい。この興奮を感じても、やめられない)
ほうっ、と光悦に頬を赤らめながら、唇を舐める。まるで狼が獲物を求めるように、しっとりと、じっくりと。
「幕開けは近い。白兎。遊離から食べるのだ」
自分の息子……私と白兎は現実世界から消えた状態で、何も苦しんでいない、もう一人の息子雪兎だけを置いて、私達が逝くと思うかい?
私は心の中でほくそ笑みながら、これから起こる『ゲーム』の続きを期待している。
――次は誰の首が飛ぶのかしら?そしてどんな血の色を彩ってくれるの?
「ああ、そうか」
『どうしました?影法師』
白兎が私の事を『影法師』と呼ばず『母さん』と呼んだ瞬間、私は白兎の魂に牙をたてた。
「私の事を母と呼ぶな。影法師と呼びなさい」
『……』
「返事はないのかい?」
『分かりました』
親子の天秤は歪みながらも、まだ『やじろべえ』のように、軸を保っている。しかし、この軸が崩壊するのも時間の問題だろう。