一人目
一人目
私のものにする
この女は若く、いい匂いがする
私は影法師から人へと戻るのだ
女の魂だけを置き去りにして
痛いと唸り声をあげる遊離は、私の知っている有能な主任ではなくなっていた。両目を見開き、口元からは涎をダラダラと垂らしている。その姿から想像できるのは『人』と言うよりも『狼』に近いように思うのだけど、どうして急に遊離はこんなふうになってしまったのか、理由が何も分からない。
ガシャンガシャンと両手が千切れんばかりに、無理矢理『拘束具』を破壊しようとしているようだ。女性の力でもここまで動かす事は出来ないはず、念には念を押して、精巧に作り上げているのだから、何も心配なんてしていなかったの。
これ以上、遊離が暴れたら、自由になってしまうかもしれない。錯乱のようで、それ以上に感じているのよ。
――嫌な予感がするの。凄く。
私達の見えない所で、何者かが糸を引いているような感覚が否めない。しかし私達は、他の研究者達が行動する前に、動き、拘束する事も出来た。だから、誰も計画を邪魔出来ないはずなのに……なのに。
『痛いよ……かげほうしぃいいいい』
遊離の口から洩れた言葉、名前は『影法師』
その名前を聞いて、おとぎ話を思い出したわ。幼少の頃、祖母が土地に伝わる伝説を、昔話として広めていた事を思い出した。
『いいかい?しおり。『影法師』様は、生きておられる。目を付けられたら戻れなくなるのだよ』
当時は、ただの昔話で、眠りにつく前によく聞いていたのよ。そうねあれは、私の両親が仕事で出張で一週間開けるから、祖母の家に預けられた時だったはず。
(……まさかね)
所詮は昔話、人間が作り込んだ物語なのだから、それが実在するなんてあり得ない。そう自分自身に言い聞かせながら、納得させようとしていたの。
その時だった。
私の瞳は見開き、ある光景を目にしたの。遊離の後ろに髪の長い女の影とそして男の影。男の方は女よりも若い感じがした。なんだろうか。綺麗な空気を纏っている。直観がそう囁くの。反対に女の方は、ドス黒く、闇そのものの存在。
『『『ふふふ。外に出れる。やっと……』』』
三色の声色が合わさりながら、私に威圧をかけてくる。一つは遊離の声。もう一つは男性の声、少し幼さを感じる。
そしてもう一つは……。
――女の憎しみの声。