幼子
身体の痛みと心の痛みは常にリンクしている。あたし達はその中で感情の波に逆らいながらも、漂う事しか出来ないのが現実。
(どうして…前に進まないの?)
苦しみと孤独と恐怖しか感じられない。だけど立ち止まる事はしたくないし、出来ないからこそ前に進むの。
瓦礫の音がする。儚く散る命のような破壊音が木魂する…。複数の大人達が何かを担いでいるように見えるのは、俺の気のせいか?コンビニに食べ物を買いに行った帰りに『それ』に遭遇した。黒い闇に包まれながら、見え隠れする大人達からは汚い空気しか感じれない。早く家に帰らないといけないのに、帰ってはダメだという声と、今帰れば『後悔』する気持ちが複雑に絡み合いながら、葛藤している。俺は揺られる『気持ち』とほんの少しの『勇気』の間で立ち止まりながら物陰から監視する事しか出来ない。汚い大人達は何かを捨てると、嘲笑うかのように闇に消えていった。捨てられた『もの』が何かを確認する事が出来ない。頭の中で『警告音』が鳴り響いて、身体の機能を停止させようとしてる。
(なんでだよ…やばい匂いしかしねぇじゃんか)
動けよ、動いてくれよ。後少しの『勇気』で確認出来るだろうし、あんな大人数で運ぶとかやばいだろう。巻き込まれたくない気持ちの裏腹に、もし『死体』だったら?と疑問符しか過らない。それでも、もしかしたら生きている人なのかもしれない、死にかけの状態かもしれない。だったらここで動いて、救出するのが男ってもんだろう。巻き込まれる可能性は99%、でもそれ以上に1%の軌跡に賭けたいと願う自分がいる。
(誰かを救えるのなら、俺が確認するしかないんだ…)
グッと目を瞑り、自分の不甲斐なさに呆れるしかないが、暗闇に埋もれていた『月』が背中を押すように手助けをしてくれる。眩い光の演奏が聞こえながら、俺は瞑っていた目を開き、歩き出す。誰にも気づかれないように、足音を立てないように。暗闇に溶けながら、忍者のように、近づいていく。
『なんだよ…これ』
見えるものは、人間の『足』と『手』の瓦礫。まだ『骨』になれきれてない『それ』はこれから
『骨の瓦礫』になっていく未来を抱えている。
『何人、殺したんだ……』
数えきれない程のごみ処理。多分20人分の『もの』だろうか。暗闇に照らされた月夜の光と目を凝らす俺の視界からは、本当の数を数える事は出来ない。震えよりも、驚きが勝っている。喉に言葉を詰まらせ、悲鳴さえも出てこない。その代わりに、額からは涙が溢れるように、汗が滴り落ちる。ポタポタと地面に染み込む光景を見ながら、想像してしまう、人の断末を。無色透明の汗は、地面に溶けて赤くなる。まるで人間の血潮のように、悲しみを漂わせながら、一体化してゆく。
たすけて……。
身体の持たない『パーツ』は俺の代わりに悲鳴声をあげながら、泣いている。生きている俺は、耐えられず、逃げるようにその場を去った。
(…吐きそう)
そんな事を心の中で呟きながら、吐きそうな口を両手で抑え、我慢するしか方法が思いつかない。だってさ、まさか『手足』のみなんて、誰も思わないだろう?そんな予測なんて出来ないよ。マジで。
(警察に言うべきだろうか…)
警察──もし警察に伝えた所で、テレビで報道されるのが関の山。犯人は捕まえられない気がするんだ。じゃないとあそこまで大量に落ちている訳ないって。落ちてると言う表現は変だな…隠していると言った方が正しいな。まるでコレクションみたいだ…。寒気が走る。もうここには居たくない。寒空の中で雪国じゃないのに、まるで雪国の中、裸で放り出されたくらいの寒気が体を包み込んだ。
(うううう)
何も見なかった事にしよう、あれは悪い『夢』だったんだ。きっと『悪夢』だから…。そう自分に言い聞かせながら、心の中で『大丈夫』を連呼し続け、脳を錯覚させようと試みる。
「…寒い…たすけて」
寒空の中、恐怖に駆られる俺の耳に聞こえてきたのは『呪縛』の声。聞きたくもない『幼子』の声だった。