管理者
おはようなんて優しい言葉を彼女にあげる訳ないでしょ?
あ、それでも、ニッコリ微笑みながら『おはよう』と呟いて偽善者になりながら、その後に気付く現実に潰されている彼女を見るのも、楽しい遊びかもしれないわね。
今日、久しぶりに彼女に会うの。立場があの時とは違うから、目を覚ました彼女はヒステリックになるのかしら?それもそれでいいわね。
色々なストーリーを作って、そして楽しめるなんて最高よね……ええ。
「それくらいしないと、私の気が済まないのよ」
煙草なんて吸わなかった私が、右ポケットから煙草を取り出して、優しく唇に咥える。まるでキスをしているように……。
銘柄はあの人……慶介と同じ。懐かしい匂いとキスの味。
過去を振り返る事なんてしたくないけど、やっと貴方に近づける選択肢に辿り着こうとしている現段階、このチャンスを逃す訳にはいかないの。
貴方が慶介を捨てどうして慶介に成り代わったのか。
死んだ振りして、私から逃げようとしたのかしら?私は貴方が生きている事を信じてこの15年、待ち続けたの。幸せを捨てて、貴方を信じてた。
あの『手紙』は貴方に届いたのかしら……もう年月が経ちすぎて分からないけど。
あれを読んで、隠れて別人になろうとしていたのなら、私を捨てるつもりだったの?
――忘れるなんて、出来ない。そう書いたよね?
瞳から涙を流す事は永遠とない。過去の私は消滅して、現在にいるのは新しい『神崎しおり』なのだから。
私は悪魔に心を売ってしまったのかもしれない。コツコツと遊離の元へと近づく度に、嫉妬心が暴れ出してしまう。
「いいわよね慶介……あはは。慶介の傍にいられたのだから」
彼の傍にいるのはしおりだったはずなのに……ね?
閉鎖された元隔離病棟を買い取り、ここを研究者の収容所にしている。勿論しおりが管理者。ここでの全ての権限を持っているのは、私だけなのよ。快楽の楽園なのだから。
(誰にも邪魔なんてさせない)
いつしか愛情は憎しみに変わりつつある事に気付く事なんてなかった。例え壊してでも、私は慶介を愛している事に変わりはないの。
だから、私にも見せて?貴方が見てきた『残酷な世界』を。そして共に堕ちていきましょうよ。
心の中の自分自身との会話は誰にも届かないし、聞こえない。
ふふふ、と微笑みが毀れながらドアを開けるの。二人の人物が視界に入った瞬間、私は冷酷な管理者へと姿を変える。