赤い涙
私が彼女の言葉を聞き返す。私の耳はイカレタのかもしれない。彼女は自分の事を『人間』だと、そう答えた。
どうして自分の事を人間などと言うのだろうか。彼女は人体実験の中で元の体を一部切り取りハギツギのように繋げたような存在だ。そのデーターは私が管理しているから、間違う事など不可能……なはずなのに、何なのだろうか、この嫌な感じは……。
私の内面を揺さぶるように、ふふふと微笑みながら、以前のミカサとは別人の彼女がそこにいて、私を観察している。
「何だ」
いつもの口調で呟いてしまった私は、自分の現在の立場を忘れ、研究者の圭人として物を言っていたのだ。
すると機嫌よく私の体と心で遊んでいた彼女は、人が変わったように、目を見開いて、私の腕に自分の凶器を突き立てていく……。
『自分の立場、理解してる?そんな口調で答えて生き延びれると思ってンの?はっ!笑うわ。そんなに消えたいのね、貴方は』
「いや、違うんだ。つい」
『つい、何よ?言い訳なんかいらない。あたしはあたしの好きなように貴方を喰らってやるよ。美味しそうな御馳走だからね。雄介もそれを望んでいるわ。そして『しおり』さんもね』
「……今、何と……」
『何青ざめてンのよ。もうお遊戯は終わり。ね、充分生きたでしょう?本望よね?沢山の人間を犠牲にして自分の理想を作り上げようとした罰を『御笠』が与えてあげる』
――あはは、崩れろ、壊れろ、全て、全て。あたしのものになるのよ。貴方の命もね。
フッと口元を歪みながら、俯く彼女を包む空間が急に冷たくなっていく。まるで氷漬けされたように、冷気を私の体へとぶつけてくるのだ。
ゆらりと人影のように怪しく存在する彼女はまるで悪魔そのもの。
それでも、私はその姿を見て、魅了されていくのだ。
快楽の道筋を私に与えてくれる存在が御笠なのだろう、と自分の中で答えを出した。
(私が……ずっと欲しかったものは『ゆち』なんかじゃなくて)
「御笠だったんだね……」
スルリと私を拘束している『拘束具』がパリーンと砕ける。自由にされたのに、どうしてだろうか、硬直して動く事が出来ないんだ。
恐怖を感じているから?それとも、御笠の両手が刃物のように伸びて『人間』とは言えない存在へと進化している、美しさに魅了されたからだろうか。
『さようなら。圭人さん』
初めて御笠に出会った時の事を思い出したよ。私は御笠の何も知らない、見えていなかったのだな。せめて御笠が何者なのかを知りたかった。
それさえも教えてくれないのが、御笠らしいね。
意識は途切れて、痛みを感じる事もなく、私の首は御笠の刃により、床に転げ落ちた。
綺麗な、綺麗な、赤い涙を残して……。