回想と鶉と私
そうあれが始まりだったのだ『鶉』の序章が始まりをつげた瞬間だった。当時の私は何も分からず、その空間と雰囲気に流されてしまった。何も理解出来ず、あがく事も、否定する事も、何もしなかった。
正直驚いていた。死んだとされる『ミオ』をどうして雄介は大切そうに、まるで生きているように扱うのか、不思議でたまらなかった。今までの雄介からしたら、利用価値がないものはいらないからと、簡単に切り捨てるだろう。
優しそうに見えて、かなり冷酷だと思うのだが、あの時の行動は私からしたら不可解。
私はもう一度、確かめるように問いかける、同じ言葉を……。
『その子、息してないんだよな?』
「そうだよ」
サラリと答えるその表情は微笑んでいる。その光景がより恐怖を掻き立てるのだ。ゾクリと背中に電流に近い感覚の寒気が走ったのは内緒だ。
私と雄介はあくまで『対等』なのだから、弱さを見せる訳にはいかないのだよ。
次の言葉を、頭の中で整理していると、そんな私を見透かしたように、口を開いた。
「不思議に思うか?」
『……ああ』
雄介からの言葉はある意味『麻酔』と同じだ。他者からすれば普通の言葉、そして私達の間の会話は日常の呟きに聞こえるだろう。
しかし、そこに罠があるのが事実なのだよ。
最初は普通に会話をしているように錯覚をさせて、徐々に言葉の道筋を創り上げていく。まるで魔術を使っているように、不思議な力に操られているように、簡単に技法を使って、私達を試そうとする。
雄介がいつもやっている事じゃないか……。そんなのこんな身近にいれば分かる事なのに。
いまだ、慣れない。
「どうしたんだい?そんなに不思議かい?」
見透かしている言葉には、余韻がある。その先に深い深い『闇』が見えたのだ。私は見たくないものは見て見ぬふりをする。だが今回は雄介がそれを許さない。
「いつまでたっても変わらないな。お前は。そんな怯える事でもないだろう?」
微笑んでいるはずなのに、瞳は全然笑っていない。口角をあげて笑顔を作っているだけ。これはカモフラージュにすぎない。
『怯えてなんか……』
続きの言葉を口にしようとした時だった。遮るように、私自身の心を否定するように、雄介は崩壊の言葉を呟いた。
勿論、その声は無表情。
「逃げたかったらにげればいい……分かっているよね?」
ふふふと首をカクンと右に動かす。それを見ていると、自分は逃げる選択肢を失った事に気付いたのだ。
(まあ、後悔はしてないがな)
そのおかげで楓と出会う事が出来たのだから、どちらかというと感謝しているよ。
――犠牲者達には。