ミオと感情
どれだけ歩いたのか分からない。ここがどんな場所なのかも分からない。
あたしの瞳は景色を見ているようで見えていない。
どうしてだろう、あたしには感情がある。ミカサとも癒智とも違った形を持っている。
――感情なんて君には必要ないのだよ?
あたしの不安を感じているように、知らない声の男性が言葉で壊していく……あたしを。
「やだやだ」
『怖がらなくていい。所詮君は創られた偽物なのだから』
幻聴に近い存在のはずだったのに、あたしの影から這い出て、人型を形成していく。
ぬるりと這い出てくる姿は、凄く凄く、綺麗に感じる。
「あ……」
あたしはどうしたのだろう。
少しずつ心の奥底の何かが崩れていく感覚を覚えた。
これは崩壊の音?
「何……これ」
どんどん崩れていく感情に応えるように、体から力が抜けていく。
「なんで……」
ねぇねぇ、あたしの身体がどんどん固まっていく。これは硬直っていうものなのかな?助けてほしいなんて気持ちはないんだ。ただ、何の感情を持たずに、無意識に彼に触れようと最後の力を振り絞る自分がいる。
届きそうなのに、届かない。
こんな当たり前の事出来ていたのに、現在のあたしは何も出来ないの?この手を掴む事も不可能なの?
『君は創られた人形だよ。ミオ』
あたしの名前を突き放しながら口にする彼はまるで泣いているみたい。
「お……ねがい」
どうしてかな?固まっていくよ。まるで唇同士を糸で縫われているように、徐々に閉じられていくんだ。まるであたしの心みたいに……。
あたしから差し伸ばされた手をこれ以上、伸ばす事は出来ない。
後少しなのに、後少しで彼の手を掴めるのに、あたしに近づいてはくれないんだね。
『ミオ。君はもういらないんだ。その感情を取り出して、癒智にあげよう』
「……え」
『君は、もう必要ないんだよ。癒智と混ざれば『人』に近づく事が出来るんだよ?君の願いだったじゃないか……。忘れたのか?』
「……癒…智」
聞きたくない名前がここにも出てくる。どこにいっても、皆は癒智の事ばかり言うの。あたしは癒智なんかどうでもいいのに、どうしてあたしじゃなく癒智を求めるの?
『もう終わりだよ。ミオ。よくそこまで人間の心を育ててくれたね、君の妹の代わりに礼を言うよ』
そんな言葉なんか聞きたくない。彼は最初からあたしを見ていなかった事には気づいてた。
あたしの心は、感情はあたしのものよ。誰が好き好んであげるものですか。
――君はいらない。癒智と言う名の夕月に明け渡してくれないかな?
残酷な音が聴こえた……。