破壊音
全ての現実を知ったあたしとゆちはただ茫然と立ち尽くす中で雪兎の狂った笑い声が聞こえる。狂ってしまったように、まるで何かを諦めてしまったかのように見える彼の姿は痛々しく思えた。心の叫びにも似た、表情と行動を凝視続ける事しか出来ない、あたし達は彼を元の『雪兎』に戻す術を知らない。
『あはははははあはははあっはあはははっははっは』
まるで彼の心の声が流れ込んでいるようで、涙がポタリと零れ落ちた。落ちる涙を伝ってあたしと雪兎の感情が混ざり合いながら、溶けてゆく。悲しい旋律のようで、後悔の音のように聞こえるのは、あたしの気のせいだろうか…。
何故?
どうして?
こうなった?
雪兎の狂った微笑みは、まるで疑問のように、心に問いかけてくる。痛くなんかない、悲しくなんてないはずなのに、再び瞳から感情が崩れていくように、雫が落ちる。
「…雪兎…、何で貴方が笑っているの?」
あたしの問いかけは、彼にとっては風のようにしか聞こえていないみたいで、切なくなる。現在の状況を作り出したのはゆちなのかもしれないけれど、それを表に出し、あたしを巻き込んだのは雪兎なはずなのに。何故、あたしが罪悪感に駆られないといけないのだろうか…。
『………』
雪兎とは正反対に沈黙を続けながら、壊れそうな心を守っているゆちの姿が、あたしの目の前にある。痛々しくなど感じない。ゆちの場合は空っぽの人形になったみたいで…少し恐怖を感じてしまう位だからね。いつもの明るく、表舞台に立つ『夕薙』(ゆち)とは違う別人のゆちにしか見えない。こんな姉を見たのは人生で初めてで、どう対応したらいいのか分からずに、空間の闇に押しつぶされそうになっている。
(誰か助けて…)
そんな、あたしの声なんて誰にも届かない。唯一届くとしたら、それは悪魔にだけ届く苦しみの叫びなのかもしれない。
『あはははは』
『私は……』
対照的な二人の中で中間に挟まれた、あたし夕月は暗闇に紛れながら、夜の海に溶けて、空気の一部になってゆく。逃げるように、飛び込むように、姿を晦ます人影のように。この悲惨な光景を見たくない、ただそれだけの事で、耳を塞ぎながら怯えていた『昔』を思い出してしまう。あたしもあたしで、二人の闇に引っ張られながら、振り子のように傾いてゆく。
『なぁ、夕月』
狂い笑っていた雪兎が、あたしの方にクルリと首をまわし、凝視する。まるで壊れたマリオネットのようだ。
『ねぇ…ゆうづきぃいいい』
発狂にも似たヒステリックに変貌したゆちが髪を乱しながら、あたしを睨みつけてる。
『『なんで…』』
『貴女だけ』
『君だけ』
『『苦しまないの?』』
重なる言葉は不のメロディー。ここからあたし達の人格と、人間関係と、生き方が変わってしまった。何も出来なかった、あたしを許してなんて言えない、言える訳ないから……。
「責めないで…お願いだから……」
両耳を抑えて父と母から逃げるように拒絶している…そんな幼少のあたしがここにいる。