貴方が一番美味しそう
私と遊離に『ミカサ』の実験資料を渡していたのは……どの研究者だっただろうか。
檻に入れられ『監禁』されている私には、その研究者に纏わるデーターが不足している。
自分の研究所で、全て把握していたはずなのに、どうして思い出せない?
すっぽりと、そこの情報だけ抜け落ちている。私が意識を失っている間に、脳をいじられたのだろうか。私の知る限りで、その権限を持っているのは、私と遊離だけのはずなのだが、何か大切な事を忘れているような気がする……。
『あれ?忘れたの?自分の下にいた部下の名前を……』
試すように、意地悪く試す御笠は、もう、私の知っている『ミカサ』ではないのだな、と落胆と哀しくなってしまう。
自分でも気づかなかったのだが、いつの間にか、情が移ったみたいだ。ただの創られたモノだった、あの子に対して、こんな思いを抱くなんて、昔の私は、考えただろうか。
『忘れて当然だよね。あの人は貴方達より、遥かに優秀だからさ。ちゃんと自分を守る術を持ってる。見つけれないと思うよ?』
「……御笠、君は知っているのか?」
恐る恐る、聞いてみた。立場が逆転した、現在の状態で私にそれを知る権利も、立場もないだろうが、どうしても聞きたくて、仕方なかった。
『生意気だね。呼び捨てに呼ぶなんて。自分の立場分かってる?』
「……」
『都合が悪いとすぐ黙る。お仕置きしないといけないかな?』
冷たい氷に覆われた彼女の心は、形として産まれ、私の目の前へと、姿を現していく……。
「その姿……は?」
『ふふふ、素敵でしょう?これがあたしの正体』
そう呟き、うっとりする彼女は、人間の手から徐々に針の集合体のような、鉄のような姿に変化していく。その変化に現実感を感じない私は、釘付けになる視線を逸らす事が出来ずにいた。
自分がこんな状況なのに、観察している、見惚れている私がいる。なんて美しいのだ、と光悦の溜息を吐きながら、ゴクリと唾を飲み込む。
――美味しそうな匂いがする。
「この匂いは……」
そう呟くと、耳をピクリと動かしながら、彼女は自慢するように、見せつける。
『ふふふ。気づいちゃった?いい匂いでしょ。血の匂い。貴方の大好物でもある『美味しい』匂い』
「……」
何も返答出来ずにいる。言葉を発しさせたくても、出てくる言葉が見つからない。
まるで言葉を『ゴミ捨て場』に捨ててきたみたいだった。
『この匂いはね、圭人、貴方の部下だった人達の血の匂い。そしてこれから身を持って経験するの』
化け物の手に変化した御笠は、トロンとした瞳で、私を見つめながら、舌なめずりをする。
『貴方が一番、美味しそう』