自分の為
口づけなんて優しいものでも、甘いものでもない。
自分の好きな相手からではなく、自分の実験体として作り上げてきたガラクタと唇を合わすなど、拷問と屈辱に近い。
私は、身動き一つ取れないが、少しの抵抗は出来る。
本来ならば、それを実行に移したいのだが、移したとして、自分にプラスになるとは考えれない。
自分の両手さえ、体さえ、自由ならば、簡単に出来る行動でも、今そんな事をしたら食事にありつけないし、絶滅するだろう。
拒絶するように、閉じていた瞼をゆっくりと開けると、御笠の開いた瞳が、ジイッと観察するように、私を見つめていた。
そこには愛情と言う感情などなく、まるで自分のおもちゃにいたずらされているように思った。
――あれは気のせい?
昔の私なら、そう自分に言い聞かせて、何事もなかったように、大人を演じる事が出来るが、今の私は壊れ物。そんな芸当や、人間の思考など持ち合わせていない。
彼女は私の唇を逃がさぬように、両手で頬をグイッと持ち上げ、液体になりつつある食べ物を、私へと流し込んでいく。
「……う」
普通の食事がしたい。固体のものを食べたい、こんな口移しで与えられるものじゃなくて、人間としての普通の食事がしたい。
温かいスープが飲みたい。
大好きだった『コーヒー』で落ち着きたい。
うとうとしながら、いい匂いが漂う空間で、パンの焼きあがる音を聞きたい。
もう一度だけ、もう一度だけ。
やり直したい……。
それは私の弱さであり、脆さの欠片。
あの時は、その環境が当たり前だった。だから、その当たり前の環境の中での幸せに気づく事もなく、身勝手に、我ままに、生きていた。
ほしいものは、何があっても、どんな手を使ってでも、手に入れないと気が済まなかった。
心と言う、形のないものよりも、形と行動を主にしていた。
優しさ、なんてまやかし、人間には本音と建て前があるのだから。
自分をよく見せようとするのがいいだろうな。
優しくするフリをすれば、自分を傷つける事なんてないのだから。
都合がいいよね?そうやって自分の内面に嘘をついて、何でもかんでも相手任せ。
それはズルいよな。
言葉ってさ、何の為にあると思う?
それはね、優しく人の心を癒す為とか、そんな甘いものじゃなくてさ。
現実問題。自分を守る為に、使うんだよ、人間は。
だからこそ、私は生きた人間からパーツを奪って、切り落として、血まみれになりながら、歌ったのだろうな。
チェーンソーで肉を貫き、骨が砕ける音を。
――『骨の瓦礫』は美しい旋律を奏でてくれる。