研究者《えさ》と餌《エサ》
善と悪って言葉が分かれているけど、それってだれにとっての、善と悪なのだろうか。人間は、感情を手に入れた、そして、言葉を手に入れ、知恵を与えられた。
不思議だよな。私はその当たり前の事を忘れて『ゆち』と言う、一人の女性の為に、自分の人生を壊していったんだ……。
(私が、悪と言うならば、全ての現況の人間は極悪人だな)
自由を奪われ、永遠に繰り返されるであろう『マインドコントロール』から逃げる為に、自分自身で脳と心を守っている。
唯一、守れるなんて、甘く見ていた、私が存在していたんだ。
正常な私と狂った私が、背中合わせで、呟きながら、彼女が来るのを待っている。
そう、私の『えさ』を与えてくれる、可愛らしい殺戮の生命。
彼女の名は『御笠』
私の知っている『ミカサ』ではないんだ。見た目は同じなのに、別人のようで、恐ろしい。
誰かに操られているのかと考えたのだが、それは不可能に近いだろう。
私、圭人と遊離がきちんと彼女の観察データーを確認しているから、間違う訳がない。
辿り着く答えは一つだけ。この子と私達のもののミカサとは別人だと言う事実、それしか残されていないんだ。
同じだとしたら、怖い事だ。
記録データーと全然違うのだからな。まるで『人間』そのものなのだから。
『おはよう。起きたんだね。研究者。よく寝れたでしょう。拷問からやっと自由になったね』
「お前達は……何が目的だ?」
『へぇ、少しエサと水を与えると、思考って回るんだね。面白いー』
クスクス笑うこの子を見ていると、何故かゆちに出会った頃の事を思い出す。純粋な恋心だった。壊れる前の私とゆち。
重なると言うのだろうか、これは。まるで本人そのものと会話をしているようだ。
――彼女は、もういないのに。私が殺した。
そんな心の中を見破るように、御笠は、私の心の問いかけの返答を返す。
『私はねある意味、一番彼女に近いかもしれないね。でも、だからどーしたっての?』
「彼女?」
『研究者がさっき言ってた『ゆち』だよ。私とゆちは同一人物ではないけど、似ている立場なのかもって事。だから重なるんでしょ』
「何故……」
『ああ「私の心の呟きが聞こえるのか?」って。あんたも研究者の端くれでしょうに。まあ、あんたの父親と比べたら、ただの出来損ないなんだろうけどね』
「何を知ってるんだ、君は」
『私はね、君なんて名前じゃないのよ。きちんと『御笠』って名前があるんですけど』
彼女は、私に少量の水と食料を、口渡しで、運んでくる。
――研究者には、これで充分でしょう、有難く思いなさい。




