はじまりの崩れた音
君の全てが欲しかった。完璧な君が欲しかった。もう少しで完成する。研究員の男は記憶の糸を操り、ゆちに出会った日の事を思い出す。あれは雨が降りそうな怪しい天気の中で叫びにも似た声で、歌を歌い続けるゆちの姿があった。髪はロングで首を揺らす度、風に靡いて怪しさと美しさを私達に見つけてきた。
(なんて綺麗な子だろう‥)
私は彼女の曲に魅いられて、姿そのもの、いや存在感に圧倒されていた。
大きな瞳のゆちは口を大きく広げ、満面の笑みでありがとうございました、と周りにお辞儀をした。
ふと風が吹き、私とゆちの間に不思議な空間が流れた気がした。私の存在なんてギャラリーの一部でしかないのに、何故だろうか、目があったような気がしたのだ。
それが私とゆちの出会いだった。全曲終わると足早に彼女に駆け寄り、素敵ですね、なんていつもの私では吐きそうもないセリフなんか言ったりして、自分が自分じゃなくなりそうな新しい風が吹いた気がした。トクトクと心臓の音がゆっくり加速してゆく。欲しい。その言葉が頭に巡ってくる。欲しい?何を?その言葉に問いかけるように、自問自答していた。一瞬の風が吹き、去って行く。そして何の変化のない日常に戻っていくのだ。
一晩中考えてしまった。何故だろう‥あの光景が忘れられない。ずっと浸っていたい快楽のように夢うつつ状態の自分。仕事なんて手がつかない。何も出来ないダメ人間になってゆくような気がした。最近は夢にでも出てくるのだ。言葉で表現しようのない感情が全身を走り回り血液と混ざりあって、澱んでゆく。憧れと言うのだろうか?よく分からない感情のピース。頭をグシャグシャとかくと涙が零れた。