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そのあと

 金の玉征士郎のニュースが流れた翌日。

 出奔していた弘子が、十四年ぶりに又造の元へ帰ってきた。


 又造は、弘子を責めた。

「なぜ、征士郎がこうなる前に戻ってきてくれなかった。あいつはな。入門するとき、四股名をどうするか尋ねた俺に「金の玉」と躊躇なく答えたんだぞ。お前が受け狙いの冗談で思いついた四股名を、あいつは「母さんが考えた四股名だから」と言って、それはそれは大切にしていたんだぞ。俺だってお前が出たあとも四股名は変えなかった。どうして俺たちの気持ちを分かってくれなかったんだ」

「あなたが、私が出て行っても、四股名を変えなかったのは知っていたけど、あのころの私は新しく手に入れた自由な生活に夢中で、あなたの気持ちを考えることはできなかった。

 でも何年かたって、八年前だったと思う。どうしてもあなたたちに逢いたくなって、もう一度一緒に暮らしたくなって、戻ろうと決心したことがあったの。

 お詫びして、お詫びして、許してください、と頼んで。

 許してもらえなくても、そのまま居座ろうと考えたわ。

 でもちょうどそのときに、征士郎が、天才相撲少年と書かれている記事が目に入ったの。

 今、帰ったら、ずっと放っておいたのに、息子が有名人になったら、すぐ戻ってきたみたいであんまりあざとすぎる、と思って、戻ろうとする自分が許せなくなったの。それからも征士郎は、どんどん有名になっていったから」

 あざといのは、お前の持ち味じゃないか。なんで、一番肝心なことに限って遠慮する。


 又造はしばらく黙った。

 「弘子」

 「はい」

 弘子が、緊張して又造を見る。

 「よく、戻ってきてくれたな」

 そうか、この人は、こんな場面でこんな台詞を言うんだ。そう、たしかにこの人はこんな人だった。


 夏場所が終わった。


 相撲協会は、特別な措置として、夏場所の星取表の十四日目に記された、金の玉の不戦敗の記録を抹消すると発表した。

 星取表に関して協会が決めたことはそれだけだったが、十四日目の対戦相手となるはずだった曾木の滝から、協会に対して直ちに、

「私の不戦勝の記録も抹消してほしい」

との申し入れがあった。

 その白星により、曾木の滝は、初めて三役で勝ち越すことになったわけだが、協会は、瀬戸内部屋に入門以来、成長し続ける征士郎少年の、稽古相手をずっと勤め続けてきた男の思いを慮り、この申し入れを受理した。



 金の玉征士郎が、幕内力士としてたった一場所出場した夏場所の翌名古屋場所。

 相撲協会審判部は、その番付に、金の玉征士郎の名前を残した。


 番付表で、息子の四股名の上に記された、自分が届かなかった地位の文字を見て、武庫川親方は肩を震わせて泣いたという。


     力士、金の玉征士郎。


     最高位、   東関脇。

     金星獲得数  二。

     殊勲賞    一回。

     敢闘賞    一回。

     技能賞    一回。

     幕下優勝   一回。

     十両優勝   一回。

     幕内最高優勝 なし。


     生涯通算成績  三十五勝無敗。


              完

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 刹那に懸ける力士たちの思い、不肖中川、感動致しました! 金の玉ばんざあーい! ばんざあーい!
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