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二日目

 二日目、波乱が起こった。玉武蔵と豊後富士の結びの取組。立ち合いから、玉武蔵は、豊後富士の顔面を張りまくった。美貌の力士、豊後富士はその美貌への攻撃をいやがるかと思われたが、そんなことはなかった。玉武蔵の豪腕をかいくぐり、なんとか懐に飛び込もうとする。そうはさせじとさらに突っ張る玉武蔵。

 激しい攻防が続いた。古老の中には、昭和三十年夏場所千秋楽、伝説の栃錦―大内山戦を見るようだったと振り返る人もいた。

 豊後富士がようやく組み止めたが、両上手を引きつけ、玉武蔵は一気に土俵際に攻め込んだ。ここで豊後富士は、玉武蔵の巨体を腰にのせ大きく右から下手投げを放った。左の上手から潰そうとする玉武蔵。ふたりは同時に落ちたかとみえたが、玉武蔵が一瞬、早かった。豊後富士は顔面から飛び込んだ。

 勝ち名乗りを受ける豊後富士の顔面は玉武蔵に張られ、真っ赤になっていた。左の顔面から流血。乱れた大銀杏で勝ち名乗りを受け、すっくと立ち上がる豊後富士。

その立ち姿の美しさ。

 颯爽、少年美剣士、豊後富士照也。男一代の晴れ姿。

十八歳六ヶ月。金星獲得最年少記録である。


 玉武蔵は、西の支度部屋に引き上げた。一番奥にどっかりと座る。一番負けたくない相手に負けてしまった。悔しい。記者連中が、玉武蔵を取り囲み、色々と質問を浴びせかけてくるが何も答えたくない。


 その記者の集団の後ろに、大柄な相撲取りの姿がのぞいた。弟弟子の関脇荒岩である。見ると彼の付け人も全員付いてきていた。

横綱は、いつものように四股名ではなく、荒岩の本名で呼びかけた

「荒井か。何をしている。お前の支度部屋は東だろう」

「大将、残念でしたね。」

「おお、お前が仇をうってくれ」

「はい、豊後関とは序盤で顔が合うでしょう。必ず、勝ちます」

「頼むぞ。それを言うためにわざわざ残ってくれていたのか」

「いえいえ。大将、今夜は行かれるんでしょ」

「うん?」

「負けた時はベルサイユですよね」

「ああ、あそこのポンパドール夫人は、慰め上手だからな。またやる気にさせてくれる」

「行きましょう、ベルサイユへ。不肖荒岩亀之助、お供させていただきます」

「よし」

玉武蔵は、自分の付け人のほうを見やった。

「おい、ベルサイユに予約の電話を入れろ」

玉武蔵と荒岩の付け人全員から歓声が起こった。

横綱も荒岩関も、そこに行くときは、付け人全員に個室をおごってくれる。今夜は超高級ソープだ。


「横綱。今夜も吉原ですか。いいですね」

「おう、記者さんたちも一緒に行きますか」

「いえ・・・私たちはこれからが忙しいので、ちょっと」

とはいえ、サラリーマンの身の上では、とても行くことなど不可能な超高級ソープ様である。

もし、横綱がおごってくれるというのなら。仕事だって、締切だって、あとは野となれ山となれ。

行きたい。

 だが、相撲取りは「ごっつぁん」である。

おごられるのが当たり前で、おごる、という生活習慣を持っている相撲取りなどいないはずだ。

この話はあぶない。

 集まった記者たちは、暗黙の内にお互いの眼と眼を交わし、横綱の誘いを見送った。が、最近、相撲担当になり、そういう相撲界の慣習をきちんと教わっていなかった二人の若い記者が、「仕事は待合室でやればいいや」と、この大男たちの一行に参加した。

 ニッポン新聞の清水記者と、さくらスポーツの野口記者である。


 この種のお店で、客が、身分と本名を名乗って入店と言うことはあまり考えられないのだが「ベルサイユ」は、伝統のある一流店で、ファンの間では安心できるお店として定評があった。

お馴染み様で、身分のはっきりした人には、つけもOKであり、各種特典が用意されているのであった。

 だが、名にし負う吉原の超高級ソープ「ベルサイユ」も、近年はなかなかに経営環境が厳しい。

一流店の格式も擲って「延長時間については、料金50%オフ」「新規お客様をお連れいただいたお馴染み様の入浴料の30%オフ」の二大キャンペーン実施中である。

 今期の業務目標は、「売掛金の迅速な回収」である。その目標を達成するための具体的な行動指針として掲げたのは「ことのあった翌日に、お客様に請求書を送ろう」であった。この行動指針に従って、「ベルサイユ」から、ニッポン新聞の清水記者と、さくらスポーツの野口記者宛に、力士の分も含めた総額が等分された額面の請求書が送付された。

 尚、二大キャンペーンについては、前者は一行の全員がその適用を受けたが、後者は記者二名と、力士の中で、最近入門した一名の計三名が、新規お客様なのであったが、当の連れてきたお馴染み様が、受付へのその旨の書面提出を怠ったので、適用はされなかった。


 作者は、先程、不正確なことを書いた。

横綱も荒岩関も、そこに行くときは、付け人全員に個室をおごってくれる。という箇所である。

おごるのは、横綱と荒岩に同行する、そのときどきの後援者である。

 横綱も荒岩も、後援者と付き合い、その種の場所に行くことになった場合は、後援者から渡されたご祝儀から、その分に相当する金額を付け人頭に渡し、お前たちも遊んで来い、と言ってくれる。あるいは後援者に、付け人たちもみんな遊ばせてあげないといけない、という気持ちになるような会話をする、と書くのが正しかった。


 二日目の取組結果(数字は幕内での対戦成績)

 勝                    負

近江富士(一勝一敗)1(上手出し投げ)0 満天星 (一勝一敗)

金の玉 (二勝)  1(押出し)   0 吉野川 (  二敗)

荒岩  (二勝)  3(押出し)   0 神ノ山  (  二敗)

緋縅  (二勝)  4(寄切り)   1 獅子吼岩 (  二敗)

伯耆富士(二勝)  7(はたき込み) 2 白根山 (  二敗)

早蕨  (二勝)  8(突出し)   1 若飛燕 (  二敗)

若吹雪 (二勝)  3(寄切り)   3 曾木の滝(  二敗)

羽黒蛇 (二勝)  1(寄切り)   0 竹ノ花 (  二敗)

豊後富士(一勝一敗)1(下手投げ)  0 玉武蔵 (一勝一敗)

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