79.〈砂痒〉星系外惑星系―13『前夜・祭―2』
「まったく……!」
正体不明の打撃音、地を這う呻き声、唐突に消えた背中の密着感。
ほとんど同時に、ぐいッ! と身体を後ろに引かれて姿勢をくずす。
襟首を吊られていたから、床に倒れこそしなかったけど目が回った。
すぐ目の前に見えているのは、いかにも体幹強そうな凜とした背中。
女性らしさに満ちた……、でも、堂々とした、軍士官らしい後ろ姿。
〈あやせ〉全乗員から、艦の良心と目されている難波副長の姿だった。
腕組みをして、(多分)口をへの字に曲げ仁王立ちしていらっしゃる。
艦長の魔手からわたしを救い出し、かばってくれているのであった。
「いい齢をして、しかも仕事中の部下に一体何をやってるんですか!」
雷鳴のような一喝が、鞭打つ響きで汚部屋の中をビリビリ震わせる。
わたしが怒られてるわけじゃないのに、思わずビクッと身が竦んだ。
が――怒鳴りつけられた当の相手は、まるで平気の平左だったよう。
「ブッたわね。このフネで一番エラい、アタクシ様の頭をブッたわね」
頭を抱えてうずくまり、目には涙を浮かべているものの強気で傲岸。
難波副長を睨みあげ、臆面もなく逆恨みな文句をならべたてていた。
しゃがんでいても、お尻が濡れないよう留意しているあたりが流石。
(潮干狩りに行った時、下着まで濡らす失敗なんかしないんだろうな)
なんとなく、そんな場違い、かつ、どうでもいい事をボンヤリ思う。
つい最前まで当事者だった筈なのに、今は一傍観者なわたしだった。
「大体、ナニ、あんた!? 上官の頭をドつくに事欠いて、その凶器は!?」
顔中を口にし、片手は頭頂をさすり、片手は矢印にして艦長が喚く。
指さしてる先は、わたしからは見えない副長が手にされている何か。
「張り扇モードにしなさいよ! 角でぶったら頭に孔あくでしょが!」
ああ、なるほど。タブレットの角っこで、副長は艦長をぶったのか。
さすがは軍の支給品と言うべきか。それでも壊れたりしないのよね。
角でぶとうが、張り扇にしようが、使い方が変なのは一緒だけども。
「硬いまんまで頭をぶって、馬鹿になったらどうしてくれるのよさ!」
へぇ。形状を張り扇にすると、材質の硬さも変えられるんだ。へぇ。
以前、御宅曹長が得々と語ってた気もするけど、無意味な雑学だぁ。
と、上官二人の応酬をぼんやり眺め、何とも言えない気分になった。
いや、モチロン絶対的に副長が正しいとわたしも思ってるよ。でも、
「そしたら私が責任もって面倒みるに決まっているじゃあないですか」
優しげな、でも凍りつくほど冷たい声で宣告されたらぜったい怖い。
どうしたって先日の拷問――『まんじゅう怖い』を思い出しちゃう。
護ってもらっているのに、生存本能がビンビン危険を告知するのよ。
それは艦長も同じだったのか、唇は尖らしたままだたけど、黙った。
きっと、副長にされるお世話の内容を考え、ビビッてるんだと思う。
「それはもう一から十まで躾け直して……、お世話させて頂きますわ」
逃げられないように鎖でつないで、朝から晩までキッチリと、です。
――艶然とした口調、厳格な家庭教師を思わせる態度で言うんだもの。
堪えきれず、ひぃと艦長がちいさく悲鳴をもらすのを確かに聞いた。
ウン、怖い。すごく怖いな、ウチの副長。地獄の獄吏もかくやだわ。
「田仲深雪一等兵?」「は、はいぃッ!」不意に声をかけられ硬直する。
こ、心を読まれた!?――すみません! ご勘弁下さい。ゆ、許して!?
血の気が全身からひくのを感じつつ、わたしは副長の御沙汰を待った。
「あなたに宛てて変なメールが届いているでしょう? 見せてくれる?」
「は、はい。どうぞ」ダッシュで腰に貼り付けているタブレットを提出。
艦内連絡網の受信フォルダを開いて、その内容すべてを副長に見せた。
「フム。親展項目に区分されてるのね。転送させてもらって良いかな?」
「は、はい。どうぞ」画面に目をはしらせた副長に問われ、うなずいた。
実際、変なメールだしね。内容は訳わかんないし、差出人も不明だし。
「ありがとう……、と、艦長?」転送を終えた副長が再び前に向き直る。
「いま現在、乗員たちの間で『祭』なる企画告知の件が噂されています」
ご存知ですわよね――末尾に『?』を付けることなく、艦長に問うた。
「な、なななな何のこと?」ハッキリ狼狽えながら、艦長がしらをきる。
「ご・ぞ・ん・じ・で・す・わ・よ・ね」――優しい優しい再度の問い。
でも、コンコンコン……と同時に聞こえるリズミカルな響きは打撃音。
木琴みたいに、タブレットの角で、ふたたび艦長の頭を叩く音だった。
「痛い痛い痛い……!」両の手で頭をかばい、身をもがかせて泣く童女。
絵面はヒドいが、懲りずに仕掛けた悪戯の報いだろうから仕方がない。
「『豚の居ぬ間に生命の洗濯! 集え! 飲めや歌えの艦内大懇親会!』」
わたしの端末から転送した謎メールの文面を副長が淡々と読み上げる。
差出人不明な勧誘だったけど、あぁね、やっぱり艦長からだったのか。
『べろちゅー事件』の時とおンなじかぁ――思わず遠い目になるわたし。
って言うか、『祭』? は? それを艦内の全員に宛ててメールしてた?
もう! こんな非常時に一体ナニ考えてんの? バカなの? 死ぬの?
と、呆れ半分、やっぱりかという納得半分でわたしが内心吐息した時、
『や、やめて! やめてください! お願いします。は、放してぇ……!』
何の脈絡もなく聞こえてくる、わたしの上ずった声……、いや、喘ぎ声。
「な……ッ!?」「え……ッ!?」――副長とわたしは、期せず同時に息を飲む。
声は疑いもなくわたしのもの。でも、発信源は副長の手中のタブレット。
(録音再生だ!)――ピカッと閃くように、その声の正体をわたしは悟る。
つい今の今まで、わたしの胸を揉みまくってたのを録音までしてたんだ。
で、ナニ? それを再生したって事は、艦長、わたしの心を読んだワケ!?
上官に対して失礼、不敬でしょって、オシオキでもしているつもりなの!?
副長も(?)だけど、艦長も、このフネの上官、人の心の中を察しすぎ!
『あッ……! は……、やァん♡』「やめてぇッ!!」我を忘れて絶叫してた。
あんな艶っぽい……、えっちな声は、絶対絶対、わたしのものじゃない。
いくら揉まれてた胸に、変な感覚が生じて戸惑ったのが事実だって違う!
絶対絶対ちがうんだから! わたしはそんな女の子なんかじゃ絶対ない!
違うんです、副長! だから、そんな目でわたしを見ないでくださいぃ!
微妙な(と思える)顔でこっちを見ている副長を必死な思いで見返した。
それがいけなかった――いや、いけなくはないんだろうけど失敗だった。
「案内状が届いた人は全員参加。万障お繰り合わせの上、ご来場ください」
すっとぼけた声が、わたしと副長――ふたりの背中の方から掛けられる。
え? と思って振り向くわたしたちの目にうつるのは小悪魔めいた笑顔。
今しも、人外漢どもの汚部屋から出ていきつつある艦長の姿だったから。
タブレットから流れ出た(わたしの)喘ぎ声に目をはなしたほんの数秒。
その僅かな隙に、気配も感じさせることなく、そこまで移動してたんだ。
「『べろちゅー事件』が再び起こらないよう、アタクシ様は祈ってるわよ?」
最後に一言、にんまりしながら思わせぶりな文句を残し、そして消える。
「部下を脅迫?」――歯ぎしりするように難波副長が唇から押し出した声。
「あ、悪魔……」――身体に残る変な感じと疲労感のあまりに呟くわたし。
取り残された二人の声だけが、ひたすら虚しく汚部屋を漂ったのだった。




