74.〈砂痒〉星系外惑星系―8『未来のプロフィル―2』
「……当然とい、えば当然ですが、運気は基、ほん、『凶』ば、かりで、すね」
頭上にひろがる〈運気予報図〉のそちこちに目をはしらせながら羽立情務長が言った。
「そうね。私たちが進む先といわず、至る所に落とし穴があいているようだわ」
口をへの字に曲げつつ難波副長が同意する。
今、ふたりが見つめているのは星図――主星〈砂痒〉を中心として描かれた〈砂痒〉星系全体を簡略表示している星図であった。
主星や惑星を小球、惑星の公転軌道を楕円で示し、その上に〈あやせ〉の予定航路を重ね合わせた星図である。
恒星系の黄道面を基準平面として、それと直交する向きにある程度の厚みをもたせ、立体的に表示をされたそれは、大気圏を有する人類居住惑星の気圧配置図――天気予報図にどこか似ていた。
星図の全域が不規則な形状の閉曲線複数――天気予報図であれば等圧線に相当するのだろう線群で覆われているからかも知れないし、それら閉曲線群が、天気予報図の等圧線と同様、ひろい意味での同心円を描き、図中のあちらこちらに散在しているからかも知れない。
加えて、そんな同心円のいずれもが、中心部となるもっとも小さな領域――天気予報図であれば『高(気圧)』、もしくは『低(気圧)』と表示されているだろうところを代わりとばかり、『吉』、あるいは『凶』と記号が付されていたりもする。
閉曲線の線上ところどころにも、『mb』なる単位符号と思しきものを末尾に付された数値が記されていて、それら数値は同一の同心円を構成している閉曲線群であれば中心部から辺縁、逆に辺縁から中心部に向け、大→小、もしくは小→大と規則的に値を変化させていた。
『吉』、あるいは『凶』と記された閉曲線群中心のちいさな領域も、記号の脇に併記されてある同じくmb値を見れば、そこがそうした閉曲線上に配された一連の数値の羅列――変化の行き着く先だと読み取れる。
概して図中に表示してあるすべての要素が、大気圏を有する人類居住惑星の気圧配置図――天気予報図をどこか連想させる略星図。
〈運気予報図〉
それは、任意指定の時空間座標を対象とする走査指定領域内の未来事象予測表示。
図中各処の『運気』の度合いが霊視情報画像変換装置によって映像化されたもの。
大倭皇国連邦、わけてもその宇宙軍のみが運用している――唯一利用可能であるところの、『幸運』/『不運』の空間的偏在を示す 分布図なのだった。
「ふぅ……」
ひとしきり頭上を凝視していた難波副長は、それから目線をはずすと溜め息をついた。
「先の〈御神籤〉も内容が大概だったけど、こっちも非道いものだわね。悪運極点の数もそうだし、運気圧がこれほど全図的に低い状況というのも、およそ目にしたことがない。等幸線上に記された最低数値が907.3mbと言うのは過去にも類がないんじゃないかしら――情務長、どう?」
片方の腕を持ち上げ、指先でとある箇所の閉曲線群を宙でなぞるように動かしながらそう問いかけた。
「これま、での記、録では、〈比律賓〉星、系、で観測され、た870mbが最も低、い、数値です」
言葉はつかえつかえだが、ほぼ滞ることなく羽立情務長がこたえる。
「そ、れと――」
「うん?」
「〈未来時予測概観〉と、〈縁起照覧世界像〉です」
これまでは見逃していましたが、用語は正しく用いてくださいとばかり、上官にピシリと釘を刺した。
「あ、ああ。ウン。そうね」
たしなめられて、すこしばつがわるそうな表情になる難波副長。
そういえば、以前、以降の行動指針として〈御神籤〉……もとい、〈未来時予測概観〉の内容を再確認した際、今と似たやりとりをしたような覚えがある。懲りていないと言われればその通りだが、部署、人員、そして何より情報そのものを管理管掌している部門の長として、羽立情務長が正しい呼称を要求する気持ちはわかる。わかるのだけれど、さしてこだわりが無い身としては、つい、わかりやすさと語呂から通りの良い俗語を使ってしまうのだった。
〈未来時予測概観〉――〈御神籤〉
〈縁起照覧世界像〉――〈運気予報図〉
いずれも大倭皇国連邦宇宙軍に所属の特技兵――〈巫女士〉たちが、その血統に由来する超常の能力により得た未来時情報を無能力者たる一般人に告知するため開発された技術であり、また手段である。
やがて生起すると目される未来事象について、予測対象を絞り、そのぶん未来への時間軸をながくとったものが〈未来時予測概観〉
反対に、未来を測る対象を限定せず、覆域空間を広くする代わりに予測可能な未来が近時日までであるのが〈縁起照覧世界像〉だ。
〈未来時予測概観〉は、その予知内容を〈予言詩〉として具体的なかたち(?)で提示するが、
〈縁起照覧世界像〉は、予知請求空域における『幸運/不運』の度合いを星図に重複させ示す。
すなわち、『運気圧』、また、『等幸線』
特定の空域で何が起きるのかまでは不分明なものの、運気の善し悪し――そこで遭遇するであろう出来事が、自分にとってラッキーなのか、それともアンラッキーなのかをミリバァルなる単位、その数値の多寡にて示すのだ。
〈縁起照覧世界像〉――〈運気予報図〉とは、つまり、技術者の異能によって得られる『幸運/不運』の分布を示した道標なのだった。机上演習表示(Ouija map)と別称されたりするのもその為だ。
(ちなみに、運気のきわまる運極点は、『大吉』から『大凶』に至る一二の段階に区分されている。最幸運である『大吉』から順に、『中吉』→『小吉』→『吉』→『半吉』→『末吉』→『末小吉』→『凶』→『小凶』→『半凶』→『末凶』→『大凶』である)
「〈交遭〉は『末小吉』だわね」
ふたたび頭上に目を向けながら難波副長は言った。
別にはなしを逸らそうと意図しての事ではない。
いま口にのぼした〈交遭〉――〈砂痒〉星系最大の惑星は、また、星系最大規模の軍事拠点であり、〈あやせ〉が次にその動静を把握するよう指示されている地だからであった。
「そ、の先、の小惑星帯には一、部、『凶』が認め、ら、れますが」
上官の言わんとするところを察し、そう言葉をかえす羽立情務長。
難波副長と同様、〈運気予報図〉に視線をもどし、図上に描かれた〈あやせ〉の針路――そのラインとは交叉しない一点を示して言った。
『末小吉』と『凶』
図を単純に、見たままに受け取るならば、次の目的地は、まぁ安全。
危険な場所は、もちろんあるが、その近辺を通り過ぎる予定はない。
が、
そもそも自分の運勢にまったく関係ないのであれば、図中に吉/凶(とりわけ『凶』以下レベル)の表示がなされる道理がないのだ。
〈未来時予測概観〉――〈御神籤〉が、伝達内容の把握に苦しむ〈予言詩〉でしか運命を告知してこないのと同様、
〈縁起照覧世界像〉――〈運気予報図〉も、また、自分の未来を先取りするためには、図の解釈が必要なのだった。
いずれもが未来を知るための足掛かりであり、ヒントではあるが、同時に目安程度のものでしかなく、良い結果を得るのは自分の判断、行動しだい――そういうことだ。
よく当たる占い――無視はできないが、指揮官としてはそうわきまえておくべき、それはそういうものだったのである。
だから、
「難しいな……」
期せず、難波副長と羽立情務長の二人が、共にそんな呻きをこぼしたのも、だから、仕方がないといえば仕方がないと言えたろう。




