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73.〈砂痒〉星系外惑星系―7『未来のプロフィル―1』

「発着艦管制室より報告アリ。随偵全機の発艦作業完了との事です」

「報告します」と難波副長に呼びかけた飛行科次席指揮官、野越中尉がそう言った。

〈あやせ〉艦橋内部である。

「了解」

 難波副長は頷いてみせると、一拍おいて、ふぅと小さく息をつく。

(いよいよか)

 今更なようだが、そう思っていた。

 搭載していた随偵を全力発艦させた事で、司令部から〈あやせ〉が受けていた命令――〈砂痒〉星系調査の任は、ようやくその端緒に就いたことになる。

 くぐり抜けてきた……。まさしく、くぐり抜けたと表現するべき星系主権領域境界空域――そこを守備する機雷堰との件を出すまでもない。もうハッキリ『黒』と断言できる状況なのだが、どの程度にまで黒いのか、詳細把握の作業はこれからなのだ。

 この先、自分たちを待ち受けているのは、わずかな錯誤が命取りともなりかねない、シビアさと過酷度の増した未来であるに違いなかった。

 そして……、

 それに加えて村雨艦長。

 考えようによっては、自艦を取り巻く外部状況よりも深刻だろう、指揮統制、また要員の士気を不全としかねない内部要因。

『コイツ、おかしいんじゃないか?』

 極論すればそう思っていた――思わざるを得なくなりつつあった(にん)(げん)に関する問題があった。

 その当の相手に、自分の評価がいかに短慮かつ浅薄なものであったか思い知らされた。

『鮮やか』程度の評では足りない手際で危地から脱し、それどころか『敵』の罠さえ逆手にとって、不利(ピンチ)(チャ)(ンス)に置き換える様をまざまざ見せつけられたのだ。

 以来、一八〇度真逆に(くつがえ)されてしまった現実および認識は、難波副長のみならず、〈あやせ〉の指揮中枢にある者全員をへこませ、その心にトゲのように刺さって(さいな)みつづける苦のタネと化してしまっている。

 (こう)(かん)に流布されてあるドラマの用語を借りるなら、『ざまぁ』された気分とでも言うのだろうか――村雨艦長が特段なにを言うわけではないが、自分はできる人間だとの自負心(プライド)を撃ち砕かれたコマンドスタッフたちの士気は低かった。

 そもそも常日頃の言動がアレであったし、指揮采配に、明確な意図があるならあると、なぜ部下である自分たちに明かさないのか等、言いたいことが無いではない。

 が、

 抱えこんでしまった負い目がゆえに、弱くなった立場の、しかも部下である身が、能力と実力の程をあかしてみせた上官に、そんな注文をつけられる筈もなかった。

 国家戦略にかかわる高位情報をあつかう逓察艦隊所属艦という〈あやせ〉の立ち位置を考えるなら、その指揮官は、自分自身、また部下たちの生命はもとより、極論、祖国の命運さえをも担っていると言っても過言ではない。

 であるならば、その自覚をもって人、物、事にあたってほしい――そう思うのであるが、至らない身の、どの口が言う、と忸怩(じくじ)たるものを感じて、とても言えない。

 しゅんと項垂(うなだ)れるより他ない現状であったのだ。

(『難波ちゃん、羽立情務長(はだっちゃん)には、テストをします』か……)

 難波副長は、状況が真逆に激変する直前――村雨艦長が自分に向けて言った言葉を思い出す。

 部下に対する指示出しだとは到底おもえぬ駄弁、()れ言オンパレードの長広舌に紛れこまされていた一言。

 あらためて思い返せば、あの時の指示、言葉の羅列は、要するに私たち部下……、いや、()()自分は信用していないという態度の表明であったのか。

(いったい何が気に入らないっていうのよ)

 祖国、軍には当然のこと、艦長にだって忠誠、献身を尽くしているという確信はある。

 能力的な不足についてはともかく、それにしたところで陰にこもった対応をされる()われはないはずだ。未熟と不満をおぼえるのなら、〈リピーター〉として、再度の生をたまわるほどの『英雄』なのだ――後進の教育に力を割いてもいいではないか……。

 なんともやりきれない気持ちになって、難波副長は、唇をきゅと噛みしめる。

「情務長」

 ()()りかけた気分を振り払うように、羽立情務長に呼びかけた。

「〈運気予(ウィジャー)報図(マップ)〉を出してちょうだい」

 座席の背もたれをおおきく後傾(リクライニング)させながらそう指示をする。

 自分の指示が反映されるまでの手待ちの間に、身体を仰向けにし、伸びをするようにくつろげた。

 天井――より正しくは、その直下のシーリングスクリーンが形成されるエリアに目をやりながら息をつく。

(『次』こそは艦長を失望させたりしない。ぜったい期待値を上まわってみせる!)

 内心に決意し、ほぼ間髪入れず、自分の指示に応じて羽立情務長が投影してきた〈運気予報図〉の内容を吟味(ぎんみ)する姿勢にはいったのだった。

「あ、あの……」

 ためらいがちな声が、ほそく小さく聞こえてきたのはその時である。

「わ、わた、しも〈運気予報図〉の検証、をご一、緒させても、らってよ、よろし、いですか?」

 辿(たど)(たど)しい口調、ためらいがちな物腰であったが、羽立情務長が難波副長にお伺いをたててきたのだった。

「え? ええ、もちろん。もちろん、いいわよ」

 難波副長はうなずいた。

 頷きながらも、心の内には、ほんの(わず)かに驚きがある。

 羽立情務長は吃音(どもり)で、コミュ障である。

 吃音だからコミュ障なのか、それともコミュ障だから吃音なのか――それはわからない。

 が、故にだろう――これまで任務をふくむ種々の局面において、彼女には、ややもすると積極性に欠ける傾向が見受けられた。

 聯合艦隊の任務部隊旗艦、それから逓察艦隊の諸艦にしか配備されない情務科の、それも科長(トップ)が務まるほどの人間であるから、能力的に優秀なのは疑いもない。

 いずれ指揮官として部下また戦闘航宙艦(フネ)を率いるか、それとも参謀として指揮官を補佐する道をきわめるか――彼女が将来、確実に担うこととなるだろう役割でさえ、能力面では現時点においても不足はないのだ。

 足りてないのは、性格、気質に由来する協調性や統率力。

 立場に即した気構えを持てるか否か――それだけだった。

 それさえクリア出来れば、彼女の宇宙軍士官としての前途は大きく拓ける。

 それだけに、何とももったいない、惜しい――難波副長は、常々そう思っていたのである。

 そんな羽立情務長が、今回はだれに促されるまでもなく、すすんで発言してきたのだ。

 まず間違いなく自分と同様、先の一件が堪えてのことだろうが、動機が何であるにせよ、そうした変化は好ましいものである事実は変わらなかった。

「是非、あなたの見解をきかせてちょうだい。そして――」

「はい」

『次』は艦長の鼻を明かしてやりましょう――難波副長が、その一語を口にするまでもなく、言わんとするところを汲み取った羽立情務長がコクリとうなずく。

〈纏輪機〉越しにふたりは顔を見合わせると、それぞれに後傾させた椅子に身体をあずけ、頭上にひろがる〈運気予報図〉の仔細をチェックしはじめた。

 そして……、

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