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72.〈砂痒〉星系外惑星系―6『戦闘空域哨戒、あるいは豚の放牧/機材篇―3』

「あ、あ、あ、あれ、アレ、あれ、ア……レ……」

 深雪は、震える指先で、自分が今みているモノを指さした。

 どうしようもなく声が震え、カチカチ……と抑えようもなく、止めようもなく歯が小刻みに鳴る。

 顔面は完全に血の気を失い、蒼を通りこして最早(もはや)しろい。

 心の底から怯え、(すく)みあがっていた。

 言葉にならない呻きを唇から漏らしながら、今にも飛び出しかねないほどに大きく見ひらかれた目は、管制室正面の大型ディスプレイに、ひたと向けられ離れない。

 そうして凝視しているのは小型宇宙機の操縦室(コクピット)らしき狭小な空間――同じアングルで映し出された別々の機体のコクピット内部の映像だった。

 つい先刻、射出が完了したばかりの三機の九四式随偵――その各々の機内の映像だ。

 そこには……、

 操縦席に佇立(ちょりつ)している鋳物(いもの)(おぼ)しき、(たくま)しい体付きの成年男性をかたどった像。

 なにやらガス……が充満していて、その()()なのだろうか、黄色く(もや)った無人の操縦室と、そこをフラフラ漂う宇宙服。

 そして、これまた薄黄色の液体に完全に満たされてしまった室内にあって、操縦席に腰掛けている人間の干物(ミイラ)

――我が目を疑う、と言うよりいっそ、自分の正気を疑うような映像が、コクピット内部の()()()()後方(うしろ)と、複数台設置されてあるカメラによって捉えられ、映し出されていたのであった。

 誰に説明されるでなく、そこに居るのは――カメラが捉え、ディスプレイ上に映し出すべきであるのは、鏑木、久坂、垂水の三匹のデブ……と、もとい、三人の瀆尉(パイロット)である筈だ。

 いや、ほんの数瞬前までは確かにそうだった。

 自分自身でさえ持てあまし気味の豚った身体を三者三様にだが、いずれにしてもだらしない姿勢で操縦席にあずけているのを深雪は見ている。

 それが……、

「射出機作動用の電力チャージ、一〇〇パーセントを維持しアリ。撃発回路、動作状態に異常ナシ」

「一番機、カタパルト固縛状態に問題ナシ。加速軌条に異常ナシ。発艦作業要員すべての退避は完了済み」

「随偵射出線上は依然クリア。新たな障害物探知ありません」

「一番機搭乗員は……と、あぁ、コレ寝てるわ。脳波にシータ波が混じりだしてる。一応起こしとく? え? 起きてても変わンないからほっとけ?――了解(りょ~かい)

 といった艦載機発艦手続き――その最終段階を告げる声たち、そして作業が、それなりに緊張した空気のなかでテキパキ進められ、やがて、

「一番機、発艦!」

 大きな警鳴(ブザー)音と同時に、射出機が作動――随偵一番機を虚空へと向け、撃ちだした。

 そんな手順が二番機、三番機と繰り返されて、その都度、深雪は目を皿のようにし、口をあんぐりあける事となったのだ。

 何故なら、

 まるでコマ落としの映像を見ているように、

 一番機に乗る鏑木瀆尉の姿が彫像に、

 二番機の久坂瀆尉の姿が消え失せて、

 三番機の垂水瀆尉の姿が干物(ミイラ)となる。

 思わずでなくとも、目をこすりたくなる変化をまざまざ見せつけられたからである。

「え? えッ!?」と、知らず声がこぼれる。

 まるで手品のようだった。

 いや、むしろ怪奇現象のか。

 ほんの一瞬――まばたきする間も無いほどの瞬間の後、三匹のデブの姿が様変わりした。

 (ドッ)(キリ)目当ての騙し絵(CG)ででもなければ、およそ現実にありえる事でなく、現実であるなら、それは怪奇現象と呼ぶしかない。

 しかし、待っても待っても同室している要員たちの中から、『(もち)(ろん)(ウソ)(よん)♡』と、言ってくれる人間はあらわれず、であるならば、(どんなに認めたくなくとも)それは実際に起きたことであるのに間違いなかった。

 もしかしなくとも、これが裏宇宙航法の悪影響――実存としての人間存在の毀損(きそん)、その結果なのか。

 ついには、そう思い当たって、ゾッとなった。

 いや、これまでも別に艦載機搭乗員たちのことを単なる人()()()()()()体と甘く(?)みていたワケではない。そう思うには、あまりにその体格(ふとりかた)や生態は、常軌を逸しすぎていた。

 しかし……、

 ここまで『異常』だとは思わなかった。

 それが、まさしく実感だった。

 いま目の当たりにした一部始終に、あらためてそれを思い知らされていた。

 しかも、悪いことにはアレは、自分にも起こりえたかも……、今後、起こりうるかも知れない変化であるのだ。

 深雪が顔色を悪くするのは当然だった。

 更には、()は、それで終わらない。

「リプレイいっとく?」

「そだね。お願い」

 深雪が理解不能な現象に怯えながらも、頭の上に無数の『?』を浮かべているのを見て取ったのか、室内の誰かがそう言って、それに実村曹長が許可を出したからである。

「んじゃ、スタート、っと」

 かるい掛け声と共にディスプレイ内の映像が、過去にもどる。

 カタパルトにより九四式随偵が、射出される直前の段階の機内が再び映し出された。

 画面の隅には、再生対象となる録画部分のカウントダウンタイマーが表示されている。

 時間にすればほんの数秒の須臾(しゅゆ)の間を観ているのが(イラ)立たしくなる程の超々々々……スロー再生。

 だが、それでも追い切れなかった。

 無様としか言いようのない姿勢で操縦席に座っている(?)三人の()()――それが、カタパルトが作動したその瞬間に、ワラッと変わる、その有様を静止画像で捉える事ができなかった。

「あ~~、1/100,000でもダメかぁ」

 つい今し方、リプレイについて実行するかを訊いてきた声が、あ~あと嘆く。

 記録した映像をどんなに細かく寸断しても、艦載機(デブ)搭乗員(ども)が『変身』する瞬間を掴むことが出来ないんだよなぁと、そう言った。

 そして、

「ま、いま見た通りでね」と、呆然としている深雪に実村曹長が声をかけてくる。

「寝ているヤツもいたくらいだから、アレは意識的なものじゃあなくって、無意識の反応――本能に根ざした反射なことは間違いないんだ。でも、どうしてそうなるんだか、その絡繰り(メカニズム)がわからない」

 そこで溜息をつき、

「とにかく、命に関わる危険に直面すると、連中はああして、それに即した『最適形態』に変態するんだわ。人体の固体化、気体化、液体化が、最適なのかどうかは知らんけど」と教えてくれた。

 なるほど、それは確かにその通りだろう。

 大倭皇国連邦に限らず、随偵のような小型の宇宙機に搭載可能な慣性中和装置をもつ国は、〈ホロカ=ウェル〉銀河系のどこにもない。

 装置そのものどころか、それを作り出す技術が無いのだ。

 だから、たった今、目にしたカタパルトによる発艦のような急激な加速が為される際は、それにともなう殺人的な加()度を搭乗員は生身かつ、まともに喰らうこととなる。

(わたしが〈幌後〉を離れる際に乗ったロケットのそれが、約一〇Gだった。()()()()でさえ死にそうになったのに、あんな勢いで撃ち出されたりしたら……)

 ゾクゾク……ッ、と悪寒に身を震わせながら深雪は思う。

 レッドカードが手許に届き、応召するにあたって自分が〈あやせ〉に到着するまでに味わった地獄を思い出していた。

 あの時……、身動きもとれない(かん)(おけ)のように狭い客室(?)のなか、緩衝剤(クッション)にずっぽり埋まって、ひたすら耐えた――耐えるしかなかった、あの時間。

 骨がきしんで、内臓が潰れ、呼吸すらできずに、今にも死んでしまいそうだった。

 振り返ってみれば、ものの数分程度のことだったのだろうが、それを遙かに上まわる、まさしく言葉の通りに殺人的な加速度を最低限でも発艦の都度、()()らは耐えているという事か。

(そんなのって……)

「ちなみに、発艦時にかかるGって、だいたい数百から数千のオーダーね♡」

 深雪の心を読んだのか、実村曹長が、更なる情報(ねんりょう)を追加してくる。

「うわ……」

 思わず呻きが洩れていた。

 随偵の射出状況を映し出していた映像から、深雪が想像していたのを遙かに上まわる危険な数値。

 そこから導きだされる結果のおぞましさには、真実、絶句するしかない。

「そ、そんなの、し、死なない方が」おかしい――(かす)れた声をつむぎだし、どこか(すが)るような目で実村曹長を見る。

 ウンと頷きがかえってきた。

()()()()()()即死でしょうね。でも、あのデブたちは何ともない。だから、あの――」と、スロー再生が終わって、通常状態となったディスプレイの方を実村曹長は指し示すと、

「あの『変態』に宇宙軍は注目していて、その生理現象の謎を解明すべく、せっせと情報集めにつとめてるワケ」

 と言っても、未だ、なんにもわかってないけどね、と肩をすくめて見せたのだった。

「さっきも言った『変態』のメカニズムもそうだし、同一の極限環境に(さら)された結果としての防御反応がバラつくのもそう。とにかく、『常識』が通用しないのよね。まるで、()()から見た場合の裏宇宙航法――〈授学〉みたいだわ」

 にやりと笑って、

「でも、ただ単に『わからない』では(しゃく)に障るのか、〈USSR〉はじめの外国の学者なんかには、あのデブどもの事を〈極限環()境過剰《D》適応型《A》新人類()〉(Awful Disaster Apoptosis Mutant)とか呼んでる手合いもいるようだけれど、さてね」

 そんな、イイもんかな? と付け加えた。

 血の気を失っている深雪の顔が、今度は、『うへぇ……』とばかりに(しぶ)くなる。

 ()()()()が、新人類――ヒトの可能性なのだと言われて楽しい気分になれる者などいない。そういうことだ。

「まぁ、うちらに言わせりゃ、あれは一種の『怪獣』だよね。なにせ、何をやっても死なない、殺せない。およそ生き物だったら死んで当たり前の状況にあっても、常と変わらず喰って寝て垂れてで、平然と生を保ってる」

 実際、誰もがそう思うのか、発艦作業が一段落して手空きになったこともあろうが、要員たちが次々、会話に加わってきた。

「そうだよねぇ。まだ小さい時分、男の子たちが持ってた怪獣図鑑にのっていたのと、アレらがおンなじだって言われりゃ、完全に否定はできないわねぇ」

「言えてるぅ。解剖したら、腹の中にマグマ袋とか、毒腺とか、やおい孔とかが、あるんじゃない?」

「ちょっと! 笑えないからやめてよ! 実際、そうだったら、アタシ吐くわよ! 今でも十分すぎる程なのに、更にゲテモノ度合いが増したら、どうしてくれンの!? 寝らンなくなっちゃうから、フラグ立てるのやめてくンない!?」

――等々々。

 内容はともかく、語調はそんなに深刻ではない。

 仕事が終わり、これから打ち()上げ()♪ といった感じである。

 緊張から解き放たれた反動からか、浮かれて、馬鹿話に興じている風だった。

「ま、そういう事よ」

 そんな中、ひとり取り残されたようになった深雪の肩をいつの間に席を立ったか、実村曹長が背後からポンと叩いた。

「これが、深雪ちゃんに以前に言った、『差別と区別』の答――どうして、艦載機搭乗員(デブっちょ)たちを隔離しなけりゃならないのかの、理由なの」

 わかった?――深雪の顔を覗き込むようにしながら、そう言ったのだった。

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