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71.〈砂痒〉星系外惑星系―5『戦闘空域哨戒、あるいは豚の放牧/機材篇―2』

「……基本装備は、長()()()()型のCパッケージ、と。モードは哨戒。武装はノーマルのままで、追加装備に給養物資充填の増槽(サイレージ)を一つ接続、ね」

 一度見、二度見――九四随偵の今次出撃仕様書を見返しながら、実村曹長は呟いた。

〈あやせ〉艦載機の発着艦管制室――その発艦指揮官の席に着き、艦載機運用目的書、それによって定まる仕様、細目、そして、その準備状況ほかを記したチェックシートに目を通している。

 既にほとんどの準備作業は終えているから確認のための確認にちかいが、それでも、(おろそ)かにしてよいものではない。

 わずかなミスが『死』につながりかねない宇宙空間では必須の手順であった。

 ちなみに発艦指揮官の務めは実村曹長固定ではなく、交代制となっている。

 飛行二科の科員たちの間でローテーションを組み、艦載機搭乗員(でぶっちょ)どもを巣穴から格納庫にまで引率したお当番が、発艦指揮官を務めるものと(お約束(ローカルルール)として)決められてあるのだ。

 誰もが接触を忌避するデブどもをその巣穴から格納庫にまで引率する苦行実行に対する、ささやかではあるがご褒美というワケだった。

 正直、その程度のことで相殺できるかどうかは微妙だが、まぁ、何も無いよりはマシ。

 要員が足りなくなることはあっても余ることはないのが宇宙軍艦船勤務者の宿命だから、所属科の業務は全員がこなせるように教育されてもいるし、誰がその任についても知識面や能力面での不安はない。

『指揮官』という一種、花形的な役どころをあてがう事は、だから、妥当といえば妥当な落としどころではあったろう。


「うん、オッケ」

 チェックシートを確認し終え、実村曹長は顔をあげると、正面の壁――その全面を占有している巨大なディスプレイに目をむけた。

 いくつかの画面に分割され、種々の情報を映し出しているそれの中で、もっとも広く面積をつかっているのは、発着艦管制室の外の景色――艦載機格納庫内部の映像だ。

 壁一枚へだてた向こうというワケではないが、実質、窓の代わりである。

 そこには、

 てきぱきと手際良く発艦準備が整えられていく三機の随偵の姿があった。

 鏑木瀆尉を中に積み込ん……、と、もとい、乗り込ませた一番機は既に発艦準備をほぼ終えている。

 久坂瀆尉の二番機は、宇宙服越しですら伝わってくる臭いに同僚たちが苦労している様子がアリアリながらも、なんとか臭気の根源(デブ)を機内に誘導しようとしている最中だ。

 垂水瀆尉は遅れていた。

(特製の)ヘルメットをかぶり、ぶよよんぶよよん……と、大きく小さく律動的に不規則に、贅肉そのものな全身をあちらこちらへ震わせながら、ようやく格納庫内へと足を踏み入れたばかりのところだった。

 巨大すぎる自重はもちろん、床まで垂れ下がった腹肉や(しり)肉をズルズル引きずりながらの移動となるため、ナ○クジ並みに遅いのだ。(その他、贅肉の固有振動が、前進しようとするベクトルを一部打ち消す向きにはたらいているマイナスも大きい)

(うへぇ……)

 実村曹長はゲッソリとなる。

 毎度と言えば毎度。

 もはやお馴染みともいえる光景なのだが、それでも垂水涜尉が移動した()――床面になすり付けられた脂分が、テラテラ七色に光るのを見ると、やはり顔をしかめずにはいられなかった。

 時計をチラと見やって、渋面をさらに渋くする。

 元より垂水涜尉の遅れは自分が因だし、だから、それを責める気持ちは毛頭ない。(遅れの要因そのものについては、新人教育の一環として、成り行き上しかたがなかったと考えている)

 敢えてマズかった点をあげるとしたら、その教育のサンプルに他の二匹……、もとい二人ではなく、垂水涜尉を選んでしまったことだろうか。

 だが……、

 だが、それにしたところで、こんな……小さな軟体動物の移動速度にも劣る調子では、全機の発艦準備が完了するまで、あとどれくらいの時間がかかることやら……。

 と、

(そうだ!)

 不意に、そこでひらめいた。

(いい機会だから、深雪ちゃんも連中の(はっ)(かん)に立ち会わせたげよう)

 そう思いついたのだ。

 思いついたら即実行である。

「あ、もしもし、深雪ちゃん?」

 実村曹長は、迷うことなく、いまだ(清掃)作業中なのに違いない深雪を発着艦管制室に召喚したのだった。


「勘弁してくださいよ……」

 先の実村曹長と同様、何重もの除染区画を通り抜けてきた深雪が入室後、最初に口にした言葉がそれだった。

 恨めしそうな視線を入口で出迎えてくれた実村曹長に向けてはいるが、身体の方は、置き所がないとでも言うかのように、肩をすぼめて背中をまるめ、おどおど小さくなっている。

 一生懸命ことわったのに、『あんたが世話してる(デブ)どもの働いてる姿(ところ)はまだ見たことないでしょ? 臭いが気になるようなら、〈簡封ハット〉にくるまってでもいいから、とにかくおいで』と、課業関連の知識習得、()()()()()()()()()と、断るに断りにくい攻め手を前に(あらが)いきることができなかった結果であった。

 これまで育ってきた時間の過半を『先輩の言葉は絶対』な体育会系ですごしてきたという背景もある。

「あ~あ~、心配しなくても(そんなに)臭くない臭くない」

 なだめるように、からかうように、実村曹長は言うと、歳下の少女の肩に腕をまわして部屋のなかへと引き入れた。

「実村ちゃん、若いコいぢめちゃ可哀想でしょ~」

 管制室内に着席していた一人が自分の席から呆れたように声をかけてくる。

 そう言いながら、

「おいでおいで~」と空いた席へと深雪を手招いた。

「は、はい。ありがとうございます」

 実村曹長にもかるく背中を押され、深雪はおそるおそるといった感じに、手招きされた先の椅子に腰掛ける。

 マジメで素直、目上の人間をきちんと敬う深雪は、乗艦に至った経緯もあって、〈あやせ〉乗組員たちの間で、一種マスコットめいて可愛がられているのだった。

「お疲れ~&ようこそ(ぶた)の追い出しパーティーへ♡」

〈纏輪機〉越しだが、深雪に、にっと笑いかけてくれる顔。

 深雪のよく知らない顔である。

 全長が二〇〇〇メートルに達するとはいえ、各種の武装、搭載機器類、推進剤(ねんりょう)をはじめの消耗剤に、放射能からの防護エリア等を引き算すれば、〈あやせ〉艦内において乗員が起居する(ハビ)(タブ)(ルゾ)(ーン)は、決して広いものではない。

 更に加えていうなら、深雪は(キッ)(チン)担当の主計科員である。

 にもかかわらず、深雪は飛行科で彼女を見かけた覚えがなかった。

(でも、会ったことはあるのよね……)

 記憶を探り、さりげない素振りで相手の襟章を見る。

 黒色。

 飛行科ではなかった――船務科だ。

(え? どうして?)

 艦載機の発艦作業の現場に(場違いな)船務科の(にん)(げん)が? と首をかしげる間もなく、解答はすぐに降ってきた。

「そんな不思議そうな顔しなくてもいいわよ」

 やわらかな笑い声といっしょに深雪を手招きした女性は言ったのだ。

「あたしは川原美礼。階級は実村ちゃんと同じく曹長。でもって、所属は船務科よ」

 そうして、

 つまりね、と続けて、

「つまりね、これから艦載機を射出する電磁射出機(リニアカタパルト)って共用なのよ」

「はぁ、共用……」

「そそ、共用。おンなじ一台の機械だけどね、カタパルトとして使う場合は、采配を振るのは飛行二科。だけれど、それを砲熕兵器――()()()()()として使う時には砲雷科員が指揮を執る。でもって、機械そのものの帰属は船務科なのね。設備管理の登録上、船務科の備品扱いになっているから、最終的な管理権限はあたしたち船務科にあると、そういうワケなの」

「だから、砲雷科の俺たちも、ここにいるってワケなのさ。(デブ)どもを追い出したら、整備点検と転用作業をやんなきゃならないからな。――あ、俺は砲雷科の吾妻ゆり。階級は、やっぱ曹長な」

 離れた席から、天井にむかってグルグル腕をまわして自分の所在をアピールしつつ、また一人。

 在室していた面々が、口々に艦載機発艦まわりの仕組みを深雪にレクチャーしてくれた。

 親切心……と言うか、新米に対する親心(?)でもあったろうが、きっと、言葉にせずとも、かなり退屈していたのだろう。

 いや、それとも誰もが再三、艦載機の発艦作業をして、『追い出しパーティー』よばわりしていることから、よほどにそれが待ち遠しいのか、嬉しいものか、精神的に、うかれてハイになっているだけかも知れなかった。

 ともあれ、

「さてさて、深雪ちゃん」と、再び実村曹長が深雪に話を振った。

「は、はい」

「以前にサ――深雪ちゃんが、このフネに乗り組んだばかりの頃だけど、(デブ)たちの待遇をさして、『差別じゃないか』って言ったことがあったじゃない?」

「は、はい」

「その時、それは、『差別』じゃなくて『区別』だよって答えたんだけど、多分、完全には納得できてないと思う――深雪ちゃんは優しいからね」

「い、いえ、そんな……」

 でもね、と続けて、

「でもね、これから始まる発艦作業の一部始終を見たなら、きっと、あたしたちがそう言うようになった本当のところが理解できると思うんだ」

 だから、今回、連中の部屋の掃除が終わってないのに、わざわざここに来てもらったの――実村曹長は、そう言ったのだった。

「悪い夢とか見て、うなされる事になるかも知れないけど、そこは勘弁してね。遅かれ早かれ、我が軍で(デブ)に関わらなければならない人間が、いつかはくぐり抜けてかなきゃならない()()だから」

「は、はい」

 縁起でもない告知に、深雪はごくりと唾をのむ。

「お~~、どうしても寝らンないようだったら、遠慮しないで声かけなぁ。一回、正体なくすまでベロンベロンに呑みゃあ、あっという間に『朝』だからよ」

「おばか。成人ほやほやの深雪ちゃんに、いきなり深酒させてどーすンのよ。そういう時は、やっぱ、ホラーよ、ホラー。ホラー&スプラッター――鮮血がブワ~~ッ! 内臓がドバ~~ッ! そぉりゃもう、ドロッドロッのぐっちょんぐっちょんで血湧き肉躍る阿鼻叫喚の(Bき)(ゅう)(ムー)(ビー)にドップリ()まれば、あんなのすぐに慣れるって」

 そんな深雪に、川原曹長、吾妻曹長がこぞってフォロー(?)の言葉をかけてくれた。

 そのロクでもなさに、なんだか前途に待ち受けるものに対する不安がいっそう増すのをおぼえたが、

 とまれ、

「座席のアームレストにエチケット袋が入ったポケットがあるから、念のため、用意しときなさいね」

 とどめとも言うべき案内を実村曹長からうけ、「はい」と頷くしかなかった深雪なのだった。

 さて――

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