66.〈砂痒〉星系外縁部―22『Trick Art of War―8』
「畜生……!」
鳥飼砲雷長が、もう何度目とも知れぬ罵声を吐き出した。
もっとも、声量自体は呟きにも満たないちいさなものだ。
自尊心をズタズタにされ、堪えきれずに漏れた声だった。
罵りの言葉や怒気は、むしろ自分自身に向けられている。
己の不甲斐なさがやりきれなくて漏れた嘆きの声なのだ。
先に、羽立情務長が見せたのと、ほぼ同様の反応である。
埴生航法長、大庭機関長たちも相似た感じで腐っている。
〈あやせ〉の艦橋内部――自艦防御戦闘において、直接的に戦闘行為に関わる面々が、全員へこんでいるのだった。
「畜生……!」
鳥飼砲雷長が、また呟いた。
現在、
〈あやせ〉は、自らの周囲を十重に二十重に重囲していた機雷堰の包囲から脱し、虚空を思い通りに航行する自由を取りもどしていた。
〈あやせ〉に乗り組んでいる乗員誰もがこれまで経験したこともない長時間、拘束され続けた星系入域審査を無事にクリアできたのだ。
乗員たちの大部分は、ホッと安堵したものであったが、しかし、艦橋に位置するコマンドスタッフたちの反応はそれと異なっていた。
入域審査をクリアした途端、〈あやせ〉を警戒対象と見なしていた〈LEGIS〉が対応を一変。保護対象と認定して動くようになった。
折しも敵性の小型飛翔体――〈砂痒〉星系に侵入した敵の残置したと思しき機雷が、〈あやせ〉目がけて次々に襲来してきつつあった。
それらの機雷――〈USSR〉宇宙軍のmk.26を〈LEGIS〉は、当事者に代わって全て屠ってみせた。――完全に撃退してのけたのだ。
その有様は、〈あやせ〉を取り巻いていた索敵機雷の物量を思えば、当然至極なパーフェクトゲームで、自分の両肩に自艦や全乗員の生命がかかっていると息巻いていた砲雷長が、いっそ哀れに思える水際だったものだった。
航法長、機関長――〈LEGIS〉が入域審査をすすめている手前、〈あやせ〉に積極的な回避行動をとらせるワケにもいかず、控えにまわっていた二人も呆気にとられるしかなかった程、徹底した殲滅ぶりだったのだ。
そして、
その挙げ句に、〈砂痒〉星系入域審査――精確には、ナルフィールド展張以降の展開は、すべからく村雨艦長の意図通りだったと知った……、知らされたのである。
肩すかしと言うはおろか、正直、自我が崩壊してもおかしくないと思えるほどの衝撃だった。自分たちのあまりの滑稽さに、全く可笑しみのない嗤いしかでない。
よくぞ逃げずに、全員がその場に踏みとどまったものだった。
まったくもって、
迷惑極まりない上官――村雨艦長。
日常茶飯の奇矯きわまりない言動。
上官として仰ぐに不安な指揮采配。
何一つとしてなかった事前の説明。
そういった要素を加味してなお、これ幸い(?)とばかり、積もりに積もっていた憤懣をふくめ、陰に日向に悪し様に言い、さんざんこき下ろした後の大逆転である。
それはない、と言うか、まったくもって立つ瀬がない。
かてて加えて、なかば(以上?)蔑みの対象に堕した、その当人の掌の上で、実はいいように踊らされていたと知ったのだ。
それで、なおかつ平然と澄ましていられる厚顔無恥な者などいないだろう。
唖然としたのは皆おなじ。
愕然とし、項垂れている。
憤然とし、逆上している。
反応は様々であったが、いずれにしても平静を保てていないところは共通だった。
……一方の、自艦防御戦闘には間接的な関与にとどまる面々――難波副長をはじめの、羽立情務長、後藤主計長、狩屋飛行長たちは、沈黙していた。
一連の仕掛け、絡繰りについて、彼女たち――羽立情務長、難波副長は、ほんの僅かに先んじて気づいたが、それを誇る気持ちなどはない。
(してやられた……!)
羽立情務長が臍を噛んだ、その悔恨が、まったく同じだからであった。
自艦防御戦闘に、直接携わる人間は、ただでさえその事で手一杯になるものだ。
自分の生命、自艦の安危、任務の成否――それらが掛かっている以上、戦闘態勢の構築、状況への対応や変事の処理に追われて、能力を限界ギリギリまで絞り出さねばならないからだ。
一時的にであれ、近視眼的に視野が狭くなるのは致し方のないことで、本来、それを支援すべき立場にあるのが、すなわち、戦闘行為には間接的にしか関与しない、情務科や副長なのである。
……適切なタイミングで、適切なサポートをなし得なかった――その一点のみでも、自分たちには、この件について何事かを語る資格がない。
難波副長、羽立情務長らが、自責の念とともに、そんな自己嫌悪の泥濘に沈んでいるのは、だから、まぁ、仕方がないと言えば仕方がなかった。
総じて、艦橋に位置するコマンドスタッフたちは、全員が虚脱した状態にあったのだ。
「〈香浦〉に微弱な熱反応」
そんな、敗北感に打ちのめされ、沈んだ空気のなかで稲村船務長が言った。
〈あやせ〉に先行するプローブ群が送ってきた情報を口にしたのだ。
「反応の規模は極微弱。低緯度域に、おそらくは複数アリと思われる。有意味成分は確認されず。反応は、有人施設生活行動の排熱に近似」
「え!?」
「マジ!?」
「虚探知ではないのよね!?」
それまで意気消沈していた艦橋内部は、にわかに色めき立った。
もしかすると生存者がいるかも知れないのだ――当然であった。
だから、間髪入れず、
「飛行長、プローブに――」
難波副長が、言いかけた時、
「アクティブセンサ、対地センシングの輻射量を最大に設定。熱反応の発生源をターゲットにして、明々、照らしたんなさいと送ってねン」
それに被せるかたちで、きいろい声が指示をとばした。
いつの間にやら(と言うか、〈あやせ〉が機雷堰の包囲をパスしてから、それなりの時間が経過しているのだから、むしろ、そうでなければオカシイが)村雨艦長がお目々を覚ましていたようだ。
「あ、アイアイ・アム」
すこし腰が引けた感じに狩屋飛行長。
横目で難波副長の顔色を窺いながらも頷いた。
そして、さっそく指示を実行しようとする矢先に、また艦長から声がかかる。
「あ、そ~だ、まぁちゃん」
「は、はい」
同僚を含め、艦内で他に誰も使う者などいない(勝手につけられた)渾名で呼ばれて、狩屋飛行長は、反射的に、ピンと背筋を直立させた。
「このフネに先行してるプローブは全部、通信中継用のアクセスポイント設定だったよね? 誰かがいじって変更してたりなんかしないよね?」
「はい。モード変更はなされておりません」
「それは結構結構、コケコッコー♪」
澄ましていれば天使とも見紛う造作をにちゃりと邪悪に歪め、村雨艦長は満足げに言う。
あたかも獲物を目の前にした肉食獣が、舌なめずりしているかのようである。
「そんじゃ、追加で命令ね。プローブを経由し、熱源に向けて通信を送ってちょうだいな。――送信内容は遭難者救助用のテンプレート文。あと、プローブ全機に、順次減速噴射を実行させること。OK?」
「お、オー……、と、りょ、了解しました」
指示の末尾をオウム返ししかけて、飛行長は、あわてて言葉遣いを改めた。
指示内容については吟味しない。
一見して(一聴して?)妥当と思えたからだし、なにより、味方の機雷堰を利用しての敵機雷排除の手練手管を目の当たりにした直後だ。
これまで〈あやせ〉……、特に艦橋内部に満ち満ちていた、艦長に対する一種、反抗的とも思える空気は、消し飛ばされてしまっていた。
その上で、なおも『No, Mom』などと対応しつづけるのには勇気がいる。
現状を思えばいっそ、掌返しで唯々諾々と艦長に盲従する方が楽だろう。
未だブツブツ不満を呟き続ける鳥飼砲雷長。
憮然とした顔を隠そうともしない難波副長。
塞ぎ込んだ様子の稲村船務長、羽立情務長。
戸惑い続けている埴生航法長、大庭機関長。
兵科でないが故に沈黙している後藤主計長。
艦橋に位置する誰しもが、すくなからぬ傷を心に負ってしまっているのである。
可能なかぎり、自分の言動を後に悔やんで、のたうちまわりたくなるような葛藤を抱えこむリスクは減らしたい――狩屋飛行長が、内心ひそかにそう願っても、それはまったく無理からぬ欲求ではあった。
とまれ、
母艦との距離に応じた時間経過の後、〈香浦〉の目前にまで迫ったプローブ群は、新たな指令に対応しはじめた。
互いに手分けし、〈香浦〉の観測、通信文発信、減速噴射を順にこなしていく。
〈あやせ〉の側は、送られてくるデータを元に、〈香浦〉の状況把握にはいった。
光学センサーや電磁波、重力波他の各種センサー群が捉えた〈香浦〉の映像、データの類いが、時々刻々と、表情や数値を変えながら艦橋各処のディスプレイに表示をされていく。
惑星〈香浦〉の姿が次第次第におおきくなり、先にキャッチした熱反応の発生源が特定され、遭難者救助の信号を送り、機位を反転させて減速し、更に接近していき、一面クレーターに覆われた地表面、ギザギザに割れた底知れぬ渓谷……、地上施設の残骸だろうか、微弱な金属反応。あれはアンテナ? センサー?――鋭利なシルエットをもつ形状物を光学センサが捉え、詳細を確認しようとクローズアップして……、
いきなり画像が白化した。
画面が許容値を超えて眩しく光り、リミッターが問題ないレベルに輝度を落とした。
光学センサー以外の検知器も、示度や数値が、最大限を振り切っている。
すべては一秒にも満たない刹那のことだ。
「な……ッ!?」
艦橋内部で驚愕を声にしたのは誰だったのか……。
「ば、爆発……?」
艦橋内部に呆然とした呟きがただよった。
「ほ、本艦に先行せるプローブ、ぜ、全機との通信が途絶しました。お、おそらくは、今の突発反応に巻き込まれたものと思われます」
狩屋飛行長の感情が抜け落ちたような報告が、それにとどめを刺した。
「置き土産に対艦地雷まで設置していくたぁ、随分ご念の入ったことじゃない?」
ケッケッケ……。
不意のわらい声に、コマンドスタッフたちが〈纏輪機〉画面に目をやると、村雨艦長が不敵な顔でクスクスやっていた。
「た、対艦地雷M18……!」
稲村船務長が呆然と呟く。
「ピンポ~ン。ご名答♡ 先客がアタクシ様たちのために、わざわざご用意してくださった間抜け罠だよ~ん♪」
いやぁ、危うく引っかかるとこだった。あっぶないねぇ~と、ニヒヒとわらった。
対艦地雷M18――通称〈クレイモア〉は、その爆発に指向性をもたされた撒布型の定置兵器である。
高強度の莢体に包まれ、弾丸状に整形されたそれは、宇宙空間にある戦闘航宙艦より射出され、与えられた運動エネルギーでもって目標天体の地殻内部に潜り込む。
莢体は、地表面接触時に自壊し、爆発部位たる弾体とセンサー類が組み込まれた信管部位のふたつに分離。
信管部位は、接近してくる『敵』を探りつつ、同時に欺瞞情報を発して自らの元へと誘引する。
そして、まんまとおびき寄せられた『敵』を撃破するのである。
「爆発規模からして、二、三発といわず、お土産を奢ってくれてたみたいだにゃ~」
地殻深くまで貫入していた地雷の弾体――その爆発により、遙かな高さにまで吹き飛ばされた〈香浦〉の地殻、粉々に粉砕された構成物質の奔騰に目をやりながら村雨艦長。
声もない部下たちを前に、ニヤニヤわらいつづけている。
やがて……、
爆発で生じた粉塵を雲のように上空にかぶった惑星〈香浦〉の近傍を〈あやせ〉は沈黙のうちに航過する。
その地に置かれてあった〈砂痒〉星系防空部隊の司令部は、収束兵器、また爆撃を受け、完膚なきまでに打ち据えられて、その痕跡をとどめることなく壊滅していた。




