64.〈砂痒〉星系外縁部―20『Trick Art of War―6』
「本艦前方に新たな赤外線反応複数を確認!」
鋭く、切りつけるような口調で稲村船務長は言った。
「対象数は6! 全対象のドップラーは『青』! 全反応の規模は同一! すべて小型宇宙機主機噴射相当! 熱紋分析は、〈EP-1〉同型機と判定!――以降、当該対象群を〈EP-2〉より〈EP-7〉までの符丁付けとし、以降、呼称する!」
コマンドスタッフたちの誰しもが反射的に目をやった〈あやせ〉センサー画面の中に、ぽぅと灯った新たな輝点群に関し、そう告げた。
「――!!」
つい今し方おこった爆発――その原因も理由も、十分な理解、把握をしえない状態での更なる変事。
混乱とまではいかない。しかし、抑えきれない当惑を胸に、コマンドスタッフたちは、ただちに行動を開始する。
自艦近傍に敵性飛翔物体が、それも複数あらわれた。
ならば、それに即した行動をとらなければならない。
当然のことだ。
宇宙における空間戦闘は、寸秒をあらそうということはない。
しかし、同様に経過観察や不要な熟慮に割く時間もまたない。
兵は拙速を尊ぶ――そういう事だ。
舌打ち、罵声、独語、それから呻き声。
音量は然程でもない。しかし、艦橋内部は、にわかに騒然とした雰囲気につつまれたのだった。
そして、
そうした慌ただしい動きの筆頭となるのは、鳥飼砲雷長――自艦防御戦闘の事実上の責任者である。
「船務長! mk.26の諸元をこっちに寄越しておくンない!」
視線を戦術ディスプレイに固定したまま要請をとばした。
自艦針路の前方で生じた熱反応――正体不明の小型宇宙機について、一応の識別結果を得たことで、その詳細を頭の中に叩き込んでおく。
適切な対応をおこなうためには必要な手順だ。
とは言え、それを求めるべき相手が(厳密にいえば)間違ってもいる。
役割分担からすれば、その詳細情報は、船務長ではなく情務長に求めるべきものであったからである。
それが単なる勘違いだったのか、それとも稲村船務長が重度の航宙船オタクであるが故――答が返ってくるまでの時間短縮を見込んだ、効率重視のための指名だったのかは不明だが、
とまれ、
そんな、ご愛敬めいた齟齬に、それを耳にしていた者たちから緊張感が、若干であれ、やわらいだのは事実だった。
砲雷長にならって自艦操艦を任とする埴生航法長、大庭機関長のふたりも当該情報を手許に取り寄せ、精査にとりかかったが、その頬が、わずかにではあるが、ゆるんでいた。
自艦めがけて飛来しつつある敵性飛翔体。
それが機雷であり、機種までも把握できたのであれば、その威力と、自艦におよぼす危害についても分析可能だ。
彼我の針路予測はもちろんだが、当該機雷の弾頭が爆散した際、撒き散らされる弾片群の空間密度――経時変化を加味した上での危害範囲をザッと弾きだし、それが自艦におよぼす脅威の度合いを把握しておく。
交戦状態となる以前に完了させておくべき最低限の事前準備。
それが、鳥飼砲雷長、埴生航法長、大庭機関長たちが現在すすめている事だった。
反射行動的と言うべきか――自艦の安全を維持するためおこなわれる防御戦闘に直接かかわるスタッフたちの反応が、〈あやせ〉艦橋を現在支配している喧噪である。
そして、一方――
声もなく、凝然と身体を硬直させていたのが羽立情務長――こうした状況に、間接的に関わる戦闘支援担当のトップであった。
(してやられた……!)
その一言を、もう何度となく羽立情務長は無言の内に繰り返している。
瞳は虚ろで顔は蒼白。
しかし、常に装着している分の厚いぐるぐるメガネ――八八式装着型情報投影端末機で両の瞳は完全に隠され、平素から不健康なほど肌が白いため、血の気が引いている事実も糊塗されている。
一見すると、常と変わらず平静なよう。
しかし、心の中には大嵐が吹き荒れ、乱れに乱れている。
キリ……と、血が滲むくらいに強く唇を噛みしめていた。
(一体いつから……!? どうして気づかなかった……!?)
そんな悔恨の思いが頭を支配し、轟々と渦を巻いていた。
『おそ、らくは、わ、たしたちの『前』に〈砂痒〉星系へ侵入した『敵』が、残置し、た機雷だ、と思う。目的は、わ、たしたち、のような、ここ、の状況を調査に来た艦艇をこ、う撃すること。そ、れによって、我が国、我が軍、の対応行動を遅らせ、攪乱をは、かること。い、まの爆発は、〈あやせ〉、に敵対行動をと、ろうとした敵の機雷を味方の機雷、が邀撃した結果、生じた――わ、たしは、そう考える』
つい先刻の……、他ならぬ自分自身が発したセリフが脳裡をよぎり、恥辱と自責――双方の思いに心を炙られて、人目もかまわず、「嗚呼……!」と身悶えしたくなる。
出来うる限り身を縮こまらせるだけではまだ足りない。いっそ消えてしまいたいとさえ思うのだ。
そこまでわかっていながら、どうして!?――そう思ってしまうからだった。
〈USSR〉宇宙軍制式機雷、mk.26。
そうと判明した敵性飛翔体は、仮想敵国……、もはや多分に『仮想』の接頭辞がはずれつつある彼の国の宇宙軍が、開発、装備し、使用している自律型対艦兵器だった。
存在が確認されている先行モデルの同種兵器、mk.25の縮小版であり、実際、それを搭載運用しているのは軽巡、駆逐艦といった小型の戦闘航宙艦である。
つまり、
(つまり、もっと大型の戦闘航宙艦を護衛していた艦艇群がバラ撒いていった――そう考えられる。事実上、〈砂痒〉星系に対する〈USSR〉宇宙軍の侵攻が、この事実によって確認されたと判断すべき)
――そういう事になる。
小型の戦闘航宙艦のみが艦隊を組み、長駆、星間空間を超えて侵攻してくる事などありえない。だから、〈あやせ〉のセンサーが捉えた機雷は、大型の主力艦――たぶんは戦艦の護衛任務にあたっている艦艇群が定置機雷堰を突破した後、置き土産に撒布していったものであるに違いない。
たった今、探知されたばかりの新たな熱源――〈EP-2〉から〈EP-7〉までのそれが、〈EP-1〉と同型の機雷と判定されたことも、この推論を裏付けている。
それら〈USSR〉宇宙軍の機雷は、今まで虚空の闇黒のなか、推進装置はもちろん、内部の電子装置類も、その動作を可能な限りカットし、外部への熱放射を極限まで抑えて無害な空間漂遊物に擬態していた――獲物が付近を通り掛かるのを機械ならではの辛抱強さで、ひたすらジッと待っていたのだ。
そして、
星系最外縁を護る定置機雷堰の入域審査をクリアし、だから、ほんの少しであれホッと安堵し、気が抜けているだろう大倭皇国連邦宇宙軍の航宙船に対して奇襲をかける。
群をなして襲いかかり、それを撃破するべく待ち構えていたものと推測できる。
どこまでも『勝つ』ことに拘泥した、一種、偏執的なやり口と言えるが、もしも自分が『敵』侵攻艦隊の指揮官であってもそうしただろう、絶対に。
掃界作業の強要を含む直接的なダメージはもちろんのこと、大倭皇国連邦宇宙軍に属する、とりわけ戦闘航宙艦の乗員たちに心理面での間接的なダメージをあたえられるからである。
だから、
(そこまでわかっていながら私は……!)
どうして気づかなかった!?――と、羽立情務長は自分自身をなじるのだ。
自分自身の不甲斐なさに、怒りと、それから絶望を感じていたのだった。
これまで彼女は、自分のことをそれなりにデキる軍人だと自負していた。
じっさい、能力の無い人間が士官であり、実戦部隊の、それも科長になどなれる筈がないのだから、決してそれは驕りなどではないだろう。特に、彼女が所属している情務科は、大倭皇国連邦宇宙軍において立ち位置が特殊な兵科であったから、二重の意味でそう言えた。
何故なら、
移動はともかく、通信については未だ光の速さを超える手段がないというのが〈ホロカ=ウェル〉銀河系諸世界の現状である。そこに割拠する国々のいずれにおいても、恒星系を跨いでの情報の伝播に、安全性、確実性、迅速性を確保し、維持し続けることは、ある意味、国家としての死命を制する命題であった。
大倭皇国連邦宇宙軍において、そうした至上の命題を技術的な限界からくる現状と擦り合わせた上で、それを満足させるべく設立され、運営されているのが、すなわち情務科なのである。
その将兵が、無能などということは、およそありえず、考えられもしないことだった。
しかし、
局面がここに至り、羽立情務長は、否応なしに自覚せざるを得なかった。
自分を含め、このフネに乗り組む誰よりも早い時点で、現在のこの状況を予測し、その対策までたてた人間がいること。
『敵』の仕掛けた罠を逆手にとった人間がいることに。
……事前に何らかの情報を得ていたのか、それとも論理、経験等から為した推断か、あるいは単なるマグレ当たりだったのか。
いずれであるかはわからないものの、結果はこうだ。
羽立情務長は、爪の先が掌の皮膚を傷つけ、血が滲むくらいに強く両の拳を握りしめる。
その人物は、『敵』が艦隊戦力をもって〈砂痒〉星系最外縁――機雷堰を突破侵入したと見るや、自艦の入域審査手続き開始の時点でアクションをおこした。
前方に展開している機雷堰が複数と判明すると、当該の機雷堰群――それらを統制している戦闘プログラムの動作設定、その条件付けと限界とを看破。
取り分け、それらが戦術行動要素として、『味方』同士の連携を実装されていないと見抜いて、その隙を突いたのだ。
(そのために実行されたのは二点。――減速噴射の実行にまぎれてコッソリ展張された空間制動と、そして何より、非在場の使用……)
羽立情務長は、艦内の乗員すべてを唖然とさせた愚挙のことを思い出す。
あの時は、何が何だかわからなかった。
あまりに突飛。あまりに非常識で、無意味をはるかに通り越し、ただただ自艦の状況をみずから危うくする、あるまじき所業だとしか思えなかった。
そうすべき、合理的な理由が、まったく思いつかなかったのだ。
だから、
そんな愚かな真似をしでかした理由というのが、ただただ己の飢えを満たさんと――お菓子をたらふく食べたかっただけと知れた時には、正直、殺意さえおぼえたものだった。
それは、なにも羽立情務長に限ったはなしではなく、難波副長をはじめのコマンドスタッフたちの間で共通していたようだ。
ナルフィールドに閉じ込められた二日の間に、件の人物の評価が地の底ふかくにまで堕ちた――コマンドスタッフたちの間で囁かれていた、『あの人には、なにか秘めた思惑があるのでは……』といった期待が一気に霧散してしまった事からも、それは確かなことだった。
(なのに……)
と、思考が堂々巡りしそうになった時、羽立情務長は、彼女の視界――八八式装着型情報投影端末機の仮想ディスプレイの片隅で、呼び出し表示がチカチカ点滅を繰り返しているのに気がついた。




