62.〈砂痒〉星系外縁部―18『Trick Art of War―4』
「機雷堰――厳密に言うと定置機雷堰は、その名の通り、定置兵備だという性格上、単独運用が大前提となっているわよね?」
同僚たちの認識の程を確認するような感じに稲村船務長は言った。
『うん』と呟く者、うなずく者、積極的に声をあげ、『その通りだけれど、だからナニ?』などと明確な意思表示をする者……まではなかったが、問題はない。
沈黙は、すなわち肯定の返事だからである。
実際、稲村船務長は、同僚たちの反応が薄くとも、予想通りだったか、気にする様子はなかった。
淡々と続ける。
「とは言え、構築場所の環境他、イレギュラーな要素は多々あるでしょうから、すべての堰がそうなっているとまでは言わない。でも、今、本艦を包囲しているもののように星系最外縁に築かれてあるものの場合は、その運用面についてそう見立てても、まず間違いないものと考える」
ふたたび、同意が沈黙として返るなか、船務長は説明の言葉を繋いでいった。
〈ホロカ=ウェル〉銀河系にあって特定の国家に属する恒星系の主権領域――国境とも言える境界線の線引きにまつわる諸事項は、一般に国際法の規定に則り策定されている。
ほとんどの場合、主星から噴き出す恒星風と星間空間に存在する星間物質とが衝突し、結果、当該の恒星系をすっぽりくるみ込むように、繭状に形成される圏界面をそれとするものだ。
『公宙』→『星系塵雲』→『排他的経済空域』→『接続空域』→『領宙(主権領域)』
誰のものでもない『外』の領域から、特定集団による占有を認められてある『内』の領域へ――国際的なコンセンサスのもと、銀河系内部の空間は、その性格と帰属が定められているのである。
主権領域の範囲をどう定めるかについての約定は、そうして性格付けされた各種の空間のなかでも、その設定に関し、もっとも意見が戦わされるものだった。
現行規定に(一応)落ち着いているのは、その設定が、ブラックホールのような一部例外的な天体はあれ、もっとも目で見てわかりやすいという理由によるものだ。
また、ワープ航法、裏宇宙航法――光の速さを超えるために用いる航行技術は違えど、双方いずれも圏界面を素通りするかたちの遷移は不可能という、航行技術の限界からくる制約も理由のひとつに挙げて構うまい。
一旦、圏界面の手前――深宇宙から恒星系にはいる直前で、超光速航行状態にあったいかなる航宙船も〈常空間〉への復帰を余儀なくされる。恒星系への進入は、光速度以下の速度にて〈常空間〉経由でなければおこなえないとなれば、それを法整備の根拠とするのは当然と言えた。
そして、
主権領域を定める論拠の一つとしてのこれ――星系内部へ進入しようとする航宙船のこうむる制約が、自国防衛に携わる人間たちには、恒星圏界面をある意味、神聖視させる潮流、思想の元ともなったのだった。
すなわち、恒星圏界面こそが、何がなんでも護りぬくべきもの――その内側に『敵』の侵入を許さないことこそが、星系を護ることなのだとする意識であり、また、主張である。
『絶対防衛権』構想とも呼ばれ、その実現を声高に叫ぶ者たちの声は、決してちいさなものではなかった。
専門的な知識を有する職業軍人たちよりも、一般人――専制国家においては君主、貴族層、民主主義国家においては国防族と呼ばれる議員たちに、それは顕著にみられる傾向で、したがって、戦闘航宙艦をはじめの正面戦力整備とならび、国境防衛に関する技術開発および予算の投入は、国家、またその体制を問わず、政治的な案件の筆頭として手厚く遇されるのがほとんどだったのだ。
「国境警備に限らず軍事力整備というのは、すべからく予算との戦いよね」
稲村船務長は言った。
「たとえば、装備の調達にはなしを限定するなら、個体性能を追求して定数を満たすことを諦めるか、逆に定数を満足させる代わりに調達装備の要求性能を引き下げるかなんて二択は、みんなもよく耳にすると思う。中には判断を求められて苦労した経験がある人もいるんじゃない?――なにせ、正解のない選択だもの。これに限らず、やりくり算段が仕事の人は、ホント、大変だと思うわ」と溜め息をついた。
ちら、と目を向けられて、『お気遣い、ありがと』と後藤主計長が微苦笑する。
「故に、兵器をふくむ装備一般の機能、性能は、所期の要求目標を満たし、なおかつ、調達予算を超えることのない範囲――そうならざるを得ないわけだけど」
「定置機雷堰、と言うか〈LEGIS〉の場合は、それで省かれたのが、他機雷堰との協調機能だった?」
「――と、わたしは考えてるわ」
推論の展開が待ちきれなかったのか、思わず、といったかたちで狩屋飛行長が継いだ言葉に更に付け足し、同意し、結論づけて、稲村船務長はうなずいた。
「……恒星圏の形状、を銀河回転方向に長軸をも、つ楕円球と単純化し、考えてみ、ても、〈砂痒〉星系の場合のそ、れは、表面積がおおよそ130兆平方キロにも及、ぶものとな、る。当然、そ、んな楕円球の表面――恒星系の境界域をくまなく護る、だ、などと、そんなことが可能か否かは、正常な思考能力がある者ならば、考えなくともわかるこ、と。だ、から……」
羽立情務長が、独り言というには大きく、会話というには聞き取りにくい音量で、ブツブツ言葉を羅列し、こぼしてゆく。
先ほどとは異なり、多分は、自分が喋っていると自覚してはないのだろう。――その場の会話を静聴し、内容を吟味し、思考しているあたりは同じだが、今は沈思の度合いが強すぎて、黙考できずにいるらしい。
想をめぐらせる都度、唇がうごいて、頭の中身がダダ漏れ状態となってしまっているようだった。
「だから、機雷堰が、その担任空域の至近に位置する『お隣さん』と連携し、協働して状況に対処するなどという事態は考えられない。何故なら、機雷堰が担任するべき境界面は、無人化をはじめの省力化をはかってもなお、あまりに広大すぎるから。――我が国、宇宙軍の上層部は、軍令部も、艦政本部も、そう考えて、〈LEGIS〉を改訂するにあたり、修正、および追加項目には、そうした要素を組み込まなかった。必要ないと判断したものと、わたしは思う」
稲村船務長は、そんな情務長の思考の欠片を巧みに拾いあげ、自分が開陳している推論の一部に利用した。
「こうして、『お役所仕事の掛け持ち』――そうと評するしかない状況が、ここに出来してしまう事となる。どんなに運用負担を軽減しようとも、主権領域の境界であるヘリオポーズに隙間なく機雷堰を構築することなど到底できよう筈がない。たとえ、我が国が〈USSR〉なみに富強であったとしても、そんな事をすれば、たちまち経済的に破綻してしまう」
「……国防というのは、つまりは保険なワケだけど、安心を得ようとするあまり、家計を度外視しては本末転倒。――『保険倒れ』してしまう結果にしかならないものね」
苦笑まじり、溜め息まじりに大庭機関長。
表情や声の調子からして、私生活の面で何かあったのかも知れない。
「そういうこと」
察するとこがあったか、稲村船務長もくすりとわらった。
「とにかく、そうした次第で、機雷堰の設けられる場所は、こちらに侵攻してくる可能性が高い隣接恒星系に面した空域に限られるという事になるのだわ。――侵攻側がとるであろう、もっとも経済的な航路に対して、封鎖効果が高いと考えられる空域に」
「なるほどね」
狩屋飛行長がうなずいた。
「そうして構築された機雷堰であれば、そもそも存在しない筈の友軍部隊と共同戦線を張るというのは、まずあり得ないわね。想定の埒外なわけなんでしょうけど、それをして、改訂作業にかかわった人間たちの手抜きだなどとは、ちょっと言いにくい、か」
稲村船務長もうなずきを返す。
「ええ。それに加えて本艦現着時点で情務長が言った通り、ここの機雷堰は既に一度うごいている。――正体不明の航宙船群への対応行動にあたっていたと思われるから、相手が艦隊規模であったのならば、機雷堰複数が本来の定置場所から逸脱してもおかしくはない」
「その上で、事後の再配置等の支援は得られなかった。――いまだにAWACSが姿を見せない事から推して、そう仮定するなら、本艦がここに来た時、複数の機雷堰が、ごっちゃになって漂遊していた理由も説明できることになるワケか……」
ウ~~ンと唸って埴生航法長。
「人間のように感情に左右されることはないにせよ、同様に、人間のようには融通をきかせる機能も持ち合わせないから、新たな不明目標を探知したなら、それぞれが単独で、てんでに対応行動をとろうとする。――それが、本来、もっとスムーズに進められる筈の審査の処理に渋滞をまねいていると、そういうことね」
大庭機関長が、胸の底から吐くような深い溜め息をつきつつ、そう言った。
「さっき情務長に、構成要素が『均一』である事と、要素間序列が『平等』である事を混同しているのではないかと指摘されたけど、以上のような推論をくわえていくと、少なくとも私には、他に妥当と思える結論は導き出せなかった。――本艦が現在、陥っている星系入域審査手続きの遅滞は、
「ひとつには、〈砂痒〉星系が、我が国にとって最重要拠点であるため、何が何でも護ろうという防衛心理が上層部の人間たちの間でつよく働き過ぎた。――機雷堰の構築数をその作戦境界、範囲とマッチさせず、必要以上に盛りすぎてしまったようであること。
「ひとつには、にもかかわらず〈LEGIS〉が最新版に更新されてはいなかった。――ヴァージョンⅣであれば搭載されていた〈結節点〉生成トリガーの条件変更、及びそれに伴う情報処理階層構造の設定、そして何より、非人間運用かつ『外部』の兵備体との連携設定が、未実装のまま放置されていたらしいこと。
「――そうした現実が、いま、本艦が直面している入域審査処理の異常な遅滞に繋がったものと、私は結論するしかないのだわ」
もちろん、『敵軍』の侵攻だなんて、とびきりの災厄に見舞われた直後に来てしまったという不運はあるけれど、と付け加える。
本来、単独で運用される――『集団行動』を想定されてはいない定置機雷堰が、致し方なかったとはいえ、様々な不備がかさなった結果、製作者側から与えられ、装備している能力では対応できない状況に置かれることとなった。
その結果、発生している混乱は、今度は『他の誰か』に被害をおよぼす事となる。
「迷惑の雪だるまかよ……」
誰かが、ぽつりと呟いた。
降り積もった一面の雪の上で雪玉をころがしていけば、しだいにそれは大きくなってゆく――『他の誰か』たる自分たちがこうむっている『迷惑』を雪玉にたとえて言っているのに違いなかった。
「定時報告-八。敵味方識別および認証手続きの経過は依然、順調。現在、進捗率24パーセント。フェイズ2、ステージ4が進行中」
目の前の戦術ディスプレイに目をやり、稲村船務長がルーチンな言葉を口にする。
相も変わらず通信回線はパンパンで、情報処理の速度は亀の歩みより遅い。
骨董品にも劣る演算速度の〈LEGIS〉が、『同僚』との連携など、まったく考慮せず(出来ず)、自分が、自分が、とばかり、要求を〈あやせ〉につきつけてきている結果であった。
仕方がないとは思っても、やはり、どうにもウンザリしてしまう。
と、
「本艦前方に赤外線反応! ドップラーは『青』! 規模は小型宇宙機主機噴射に相当! 熱紋、現在精査中なれど、味方登録データに該当ナシ!」
ふいに目付きを険しくすると、身を乗り出すようにして、船務長は、そう叫んだのだった。




