51.〈砂痒〉星系外縁部―7『防空識別圏―3』
接近中の〈コールバード〉各機が、〈あやせ〉に対し、船籍要求――身元確認の問い合わせをしてきている。
「情務長、主電算機より演算区画および記憶区画を三ブロック、これよりセパレート作業を開始します。現在、分割処理中……。作業完了まで、あと四〇秒」
間髪入れず、そう告げてくる稲村船務長に短く「了解」と応えると、羽立情務長はコンソールの上で忙しなく手指をはしらせた。
「全受信装、置、作、動状態はグ、リーン。――確認。通信情報解析電算機構成変更スタン、バイOK。――チェック。機能増、強部分は予備にて接続運用。――チェック。電子戦準、備。攻撃/妨害/防御/修復分離、す、べて良し。――チェック」
八八式装着型情報投影端末機が視界の中に映しだすデータを読み取りながら、対応状況を口にする。
箇条書き的に羅列してゆく内容のうち、敵性の航宙船が接近しつつあるのならばともかく、味方の機雷が相手であるのに、まず必要ないだろう電子戦における攻勢準備まで整えているあたりが、羽立情務長らしいといえば羽立情務長らしい。慎重、懐疑的、完璧主義……、自他がくだす評価は種々あるが、なんでも、『こんな事もあろうかと』という言葉が彼女の座右の銘であるらしいから、性格というより何か職業的なこだわりの類なのかも知れない。
そして、
「艦長!」
一方、難波副長もまた、稲村船務長が接近中の索敵機雷から自船に対し、船籍要求信号を送ってきていることを告げるのと同時に村雨艦長に声をかけている。
「ただちに総員戦闘配置発令を願います!」
瞳の中に、『この段階でおちゃらけやがったら、只ではおかない』――言葉よりも雄弁な意志を爛々とたたえ、目を開けたまま寝てるんじゃないかと疑うくらい存在感を薄くしている上官を〈纏輪機〉越しに眼差した。
声量を大に叫んだのではない。
しかし、声の響きに鞭打つ鋭さがこめられていた。
声音はまるで刃物のようで……、しかし、まことに残念ながら、その斬撃によってシャンと居住まいをただしたのは村雨艦長でなく他の人間――現状、艦橋内で仕事の無い狩屋飛行長、後藤主計長の二人であった。
(まずい……)
何があったか知らないが、いつにも増してシャレも容赦も一切皆無な上官の声に、時を同じくして二人は思った。
次いでチラリとそれぞれ目をやった先――〈纏輪機〉画面のその中で、まるで呆けたかの如く、ひたすら、ぼ~~っとしている村雨艦長の姿を確認し、危機感をいよいよ強くせざるを得なかった。
嘘か芝居か(狩屋飛行長も後藤主計長も、本当に素だとは思ってもいない)、村雨艦長の妖精のように整った顔に浮かんでいるのは能面の無表情さで、その生気の無さは、まんま生き人形のそれである。口もとが微かに動いていたから、集音器の感度を最高に上げ、スピーカーの音量もさりげなく上げして、耳をすませば、「おなかへったおなかへったおなかへったおなか……」と際限なしに繰り返されている呟き声が伝わってくる。
……過日の会議の席上で、難波副長が激怒した一件以来、酒保や食品庫まわりの警備が艦内最奥部に秘められてある機密情報保管庫並みに厳しくなった。
あらかじめ乗員個人に割り当てられてある分量以外、つまみ食いが事実上不可能となって、銀蠅常習者ほどダメージが大きいこととなっていたのだ。
村雨艦長の現状は、つまりはそれが、如実にかたちとなったものなのだった。
(このフネの最高責任者のくせして、一体どンだけ犯罪してたのよ……)
自業自得だ、ざまぁみろ。――二人ながらにそうも思いはするのだが、このまま放置はヤバすぎる。
上官が使い物にならないと見て職務を代行してくれれば良いが、人一倍規律遵守に厳しい難波副長はまずそうしない。作戦現場の同一箇所に、指揮系統上、自分より高位の将官が居合わせている限り、依怙地なまでに、その人物が応分の職責を果たすことに拘るはずである。
(そもそも、艦長の虚け者ぶりはフェイクじゃないかって話が持ち上がってもいるしなぁ……)
チャンスがあれば、それを逃さず真偽を確かめようとするに違いない。
(やれやれだ……)
難波副長はどうだか知らないが、正直なところ狩屋飛行長や後藤主計長などは、それはそれで艦長を過大評価しすぎでは? とも思っている。
しかし、現時点における問題点は、その事について狩屋飛行長や後藤主計長がどう考えているかには無い。
あくまで問題とするべきは、〈あやせ〉のナンバー2たる難波副長が、その事をどう考えているか――ただ、その一事に尽きると言えるのだ。
つまり、
現状を放置したままだと、結果として訪れるであろう阿鼻叫喚の修羅場を鎮める役割――火中の栗を拾うどころではすまないその役割が、現状、手すきの自分たちに、ほぼ確実にまわってきてしまうのである。
――冗談ではない!
そんな(艦長の普段の言を借りれば)一円にもならない任務外業務、平時であっても三舎を避けたいところであるのに、今は『総員戦闘配置』が要求される状況なのである。
そこに勃発する艦長vs.副長間の抗争を調停するなど、身銭を切る程度で可能なようなら喜んで誰か他の人間に丸投げしてしまいたい事案。それが不可能であるなら、我と我が身の安寧のため、何が何でも事の起こるを未然に防ぎ、むりやりにでも平穏な未来を招来しようし、してみせる。
そのためには……、
(なんとしてでも艦長に働いてもらわないと)
時間にすれば、ほんの数秒――狩屋飛行長、後藤主計長は、〈纏輪機〉のなかで目と目をかわし、以心伝心にて互いの願いを一とした。
うん、と頷き、そろって〈纏輪機〉の通話設定を一対一の秘話にする。
唾を飲み、んんッと咳払いして、いつしか干上がり強張っていた喉を整えると、まずは狩屋飛行長が口をひらいた。
「そ、そうだ、主計長と約束していた次の休み時間、いっしょにケーキバイキングに行こうって件なんだけど、二人だとイマイチ盛り上がらないだろうから、他にも誰か誘わないか?」
喉にからんだ、すこし掠れて引き攣れた声。場違い、かつ、何の脈絡もない話題である。そして、そのことを重々承知しているが故の声質でもあった。
「え、ええ。いいわね。都合の合う人がいたら、ぜひ声をかけましょ。そ、それと、実は私、個人配給分のお菓子を食べきれないでいるので、欲しい人にお裾分けしようかと思ってるのよ。いまの件とあわせて、飛行長、誰か心当たりはない?」
TPOを無視した同僚の振りに、しかし、後藤中尉は躊躇なく応じて返した。それどころか、自分からも新たなネタを持ち出してみせる。
「ああ、だったら、やっぱり常日頃からの感謝と敬意をこめて、まずは艦長にお声をかけてみるべきかな」
「そうね。艦長が甘いモノをお好きかどうかもわからないし、そもそも間食をされるのかについても不明だけれど、そうすべきだよね」
誰が聞いても、わざとらしいとしか取らないだろう不自然さ大爆発な掛け合い。
そんな前振りを経て、二人はふたたび視線をかわし、まるで事前に申し合わせていたかのように同じタイミングで大きく溜め息をついてみせる。
「まぁ、どちらもこの状況が片付かないことには動きようがないんだけどね……」
大根役者な棒読み口調でそう言った。
途端――
ウ~ガ、ウ~ガ……! と、緊急事態発生を告げる警報音が艦内各処に響きわたる。
「総員傾注! 総員傾注! 現刻をもって本艦は交戦状態に突入せり! 総員第一種戦闘配置につけ! 敵は索敵機雷より成る機雷堰複数!――繰り返す! 現刻をもって……」
これまでおよそ耳にしたこともない激しさで、村雨艦長の声が、そう告げた。
声が黄色いのだけはいつも通りの仕様だが、口調、声音はまさしくまごう事なき指揮官のそれ。――常々、難波副長が、心中に斯くあるべしと考えている(であろう)艦長像にピッタリ適合するものな筈だった。
まぁ、
キュウゥ~~、クルクルクルクル……。
腹の虫がたてるのによく似た、もの悲しい音がそこに混じっていなければ。
そして、
「索敵機雷がなんぼのモンじゃい! たとえ幾万ありとても、ブリキ細工のオモチャの群など相手になるか! 向かってくるならアタクシ様が一基のこらず喰らってやるわさ!」
余計な一言に加え、「ぅわははははは……ッ!」と、どこか箍がはずれたような高笑いが聞こえてきたりしなければ、ではあったが。
なにはともあれ、狩屋飛行長、後藤主計長の二人は、そっと……、そして、深々と息をつく。肩の力を抜くと、ほんの少し脱力して、それから、目と目をかわし、(他の人間には気取られないレベルで)ニッとわらいあった。
予想していた通り、秘話状態での自分たちの会話を村雨艦長は盗み聞きしていた。
〈纏輪機〉設定の裏をかき、内緒話を盗聴するための手口こそわからないものの、とにかく、一見、茫然自失しているようでありながら、それでもご町内のスピーカーおばさんよろしく、艦内のゴシップに目を光らせ、部下達のプライバシーに聞き耳をたてることはやめていなかったのだ。
それ故、その何がしかの手段でもって、部下ふたりが〈纏輪機〉の通話モードを変更したのを察知し、そこでかわされるであろう会話に注目していたのにちがいない。
二度も転生を経験している年古りた〈リピーター〉だし、本人には責任の無い事故の結果らしいから仕方はないが、外見幼女、中身老女(?)な、まったくもって迷惑きわまりないおばちゃんである。
が、
まぁ、いずれにしてもウマくいった。
なにより素晴らしいのは、『正しい』宇宙軍士官たる難波副長には、艦長のこの豹変の理由が(まず確実に)わからない点だ。
品行方正、清廉潔白な軍人であるからこそ、村雨艦長のような奇矯きわまりない変人を理解するのは困難だろう。
狩屋飛行長、後藤主計長が、一時的にであれ〈纏輪機〉の通話設定を一対一の秘話に変更したことには難波副長も気がついたかも知れない。しかし、その部下たちの会話を村雨艦長が盗み聞きした結果、『覚醒』したのだとは、まさかに想像できない筈である。
行動するまで時間を要しはしたものの、艦長が唐突に活動を開始したのは、きっと、自分の要請に応じてくれた結果なのだと自らを納得させるに間違いなかった。
その際、反応にかかったタイムラグから推して、勤務時間中――それも非常事態の最中であるのに、やっぱりコイツ、居眠りかましてやがったな! と、心中に憤激をためた難波副長から、村雨艦長が事後に折檻されるかどうかは、一部下にすぎない二人の与り知るところではない。
……というワケで、
なんとか不可能任務を無事達成し、やりきった感で満たされ安堵する狩屋飛行長、後藤主計長の二人であったが、そのまま日常(?)へと回帰する贅沢にふけることは出来なかった。
(よっしゃ!)とガッツポーズなどキメる間すらなく、村雨艦長が発する(ハッスル?)怒濤の口撃が開始されたからである。




