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49.〈砂痒〉星系外縁部―5『防空識別圏―1』

「本艦前方に新たな赤外線反応を探知。数量、三。感度、いずれも極微弱。小型宇宙機の(エン)(ジン)反応と判定。熱紋照合中……、該当を検出。大倭皇国連邦宇宙軍、八九式()()()()と認む」

 艦橋内部に稲村船務長の声が響いた。

 事務的な調子を意識的に保とうとしていることがわかる声。しかし、淡々とした口調のなかに、隠しきれない緊張と不安を(はら)んだ声だった。

 そうした声と同時に艦橋前部の壁面、そのほぼ全面を占める多分割ディスプレイの中――自艦を中心として、周辺空間をつごう八つの象限に区分し、リアルタイムで航行環境を表示している表示部分で点滅していた三つの輝点がレッドからイエローへ、その色彩を変える。

 艦の進行方向をモニターしているセンサー群が未確認物体を捉えた。その未確認物体を主に熱紋――航宙船が主機から吐き出す噴射炎の痕跡、推進剤の残余等から熱の拡散パターンまでもを含めた赤外線像の特徴を解析することで、探知対象を味方と判定した結果である。

「了解。新規探知対象をマーク。以降、当該対象を〈NP-126〉、〈NP-127〉、〈NP-128〉と呼称する」

 羽立情務長が応答し、三つの輝点のいずれにも、そのすぐ(かたわ)らに割り振られたばかりの識別符丁が表示をされる。

 付与されたばかりの符丁が通し番号になっていることから察せられる通り、同じ画面の中には他に百二十五個の輝点が既に存在し、てんでの場所で瞬いていた。

「をいをいをい……」

 そう呟いたのは誰だったのか。

「いくらなんでも多すぎやしないか」

 呻くような口調で、そう言った。

 いま、〈あやせ〉の艦橋内部には、難波副長……、と、もとい、()()()()以下、艦橋要員全員が勢揃いしていた。

 村雨艦長が戦闘配置を発令したから、というわけでなく、各科の長たち――コマンドスタッフ全員が、()()()()()()()を無視して自発的に艦橋に参集していたのだ。

 理由は、もちろん、現在進行形で今もなお、その探知数を増やし続けている索敵機雷の存在故のことである。

 生存本能に駆られてと言うか、誰もが()()に我が身を置いておかなければ、どうにも不安が抑えきれなくなりそうだったのだ。

 自分の当直番にこうした状況を見た村雨艦長は、「どいつもこいつも、デカい()()して、ホント、()()()なんだから」と呆れたような顔をしていたが、誰もがすすんで時間外出勤したがるこの傾向は、艦橋のみにとどまらず、〈あやせ〉艦内各処においても共通であった。

 なにしろ、〈あやせ〉において村雨艦長を除いて実戦経験のある人間はいない。それに加えて逓察艦隊所属艦艇は、その任務の性格上、作戦行動中は、ただ一隻だけでの行動を強いられる。だから、味方が撒布(さんぷ)したものと出自が明らかであるにもかかわらず、索敵機雷の一基目発見が報じられてからというもの、当直者は時間の経過とともにその人数を増す一方となった。

 今や〈あやせ〉は、実質的に臨戦態勢にあると言ってかまわないような状態になっていたのだ。

――索敵機雷。

 それは、任意の空間領域に多数をバラ撒くことで航宙船の往来を制限し、当該の空間を封鎖するべく運用される阻塞装置の一種。

 機雷敷設艦によって撒布された特定の空間領域を漂遊し、そこへ接近、進入しようとする航宙船の有ル無シを見張る監視装置であり、当該の目標を発見したなら、それを撃退、もしくは撃破することを目的とする小型無人の宇宙機である。

 通常の機雷とくらべると、索敵機雷は探査装置や演算装置、通信装置が強化されたものがほとんであるが、大倭皇国連邦宇宙軍のそれは、更に加えて超光速移動を可能とする常軌機関までもが搭載されている。

 受動的な警戒線構築にとどまらず、能動的かつ柔軟な対敵行動が可能なように造られていた。

 中でも〈砂痒〉星系に優先配備されている八九式索敵機雷は、現状、最新鋭と言って差しつかえない機種であり、整備途上にある中期防衛計画――恒星系()自動()警戒()管制()網様()体(Boarding Area Dragnet Garrison Engine)システムの要とも言うべきものでもあった。

「……そもそも〈BADGE〉システムって、索敵機雷を(A)(E)(W)(Area Early Warning)の代わりにあてがうことで、()()()早期警戒網を構築しようって防衛計画だった筈だろ?」

 先程の声――鳥飼砲雷長が再びブツブツ呟いた。

 思い切りよくベリーショートに切りそろえた髪をガリガリと()(むし)るようにしてなおも続ける。

「それが、一所(ひとところ)にこれほど数いるとかだったら、一体、全部で何兆億万基いるんだっての。いくら単機の値段が安くて維持運用にも金かかんないったって、(トー)(タル)でみりゃ、全然、(リー)(ズナ)(ブル)でも何でもないじゃん」

「――だろ?」と、〈纏輪機〉越しに同意を求めた。

 特段、誰を相手にというわけでもない。

 最悪の場合、自機を誘導弾(ミサイル)と化して自爆攻撃を仕掛けてくる索敵機雷の迎撃(あいて)をしなければならない役職(たちば)であるため、()()の余りの多さにウンザリした気分になっただけのことらしい。

 鳥飼砲雷長は無類の射撃好き、名手として知られていたが、どちらかと言うと大物狙いで、一発必中を期す狙撃兵(スナイパー)気質(かたぎ)な傾向が強く、チマチマ射点を動かす(せわ)しない射撃は性に合わないと日頃から公言していた。だから、まぁ、単なるガス抜き、ちょっとした(うっ)(ぷん)晴らしをしたかったということなのだろう。

 それが証拠に、口では愚痴めいた文句を吐きつつも、手の方はコンソールの上で高角砲――艦のいたる所に据え付けられてある防御用火器、高角度可動砲群の準備を完成すべく、休むことなく動きつづけている。

 独り言とはいえ、とてものこと士官にふさわしいとは言えない口調の吐露に、難波副長はじめの他の要員たちが何も言わなかったのもそのためだ。

「えい、もう! とっとと符丁(かんばん)を〈NP〉から〈AP〉に掛け替えてくンないもんかな!」

 あとは機械が射撃を開始するだけという状態にまで設定を仕上げ終えたのか、タン! と最後にキーボードを指で叩いて入力を完了させると、鳥飼砲雷長は、またぼやいた。

〈あやせ〉の針路上に展開している索敵機雷――それらに付与された符丁の『P』はPicketの略だが、『N』は『中立』(Neutral)を示し、『A』は『味方』(Ally)を表している。

 つかんだ種々の特徴から、それが味方の撒布したものだとはわかったものの、だからと言って、こちらが攻撃されない保障はない。

 それ故、絶対的な安全が担保されるまで、味方(Ally)であっても(仮初めの)敵(Neutral)としてあつかう――その事に鳥飼砲雷長は、なんて面倒な事と、ウンザリしているのだった。

 現時点、〈砂痒〉星系の不可解かつ唐突な沈黙は、公式には、依然、その原因は不明のままとされている。しかし、その報にふれた者たち――なかんずく軍人たちは、そこに〈USSR〉の関与があるを疑っていない。いや、確信してさえいた。

 だからこそ、『もしかすると』、『いまだに』〈砂痒〉星系内部に潜んでいるかも知れない『敵意ある何者か』に〈あやせ〉の進入が気づかれないよう心の底では願っていて、つまりは(コマンド)(スタッフ)たちにとって鳥飼砲雷長の呟きは、内心頷けるところ大なもの。

 索敵機雷がこちらを敵性侵入者と見なして警報発報などしでかしたなら、まさしくそれはオウンゴール――あたら『敵』を利するのみで、文字通り味方に足を引っ張られる結果となりかねない。

 いや、それどころか、更に悪くころんで索敵機雷が、その機体に内蔵している常軌機関を作動させ、短距離遷移で一気にこちらとの距離を詰めして自爆攻撃など仕掛けてこようものなら、状況は最悪以外のなにものでもなくなってしまう。

 苦労して目的地に辿りついた早々、(フレン)(ドリー)(ファ)(イア)の砲火を喰らう可能性など、欠片たりとも考えたくない――そうした思いが、その場にいる者すべてに共通していたのだ。

「〈NP-15〉、〈NP-34〉、〈NP-41〉、〈NP-77〉、〈NP-91〉、〈NP-96〉に大なる赤外線反応を感知。ドップラー偏位を計測。本艦に向けて加速を開始した模様」

 稲村船務長の声が、状況の変化を告げる。

 見れば戦術ディスプレイの中で六つの輝点が、こちらに接近中との意味を込め、その輝度を上げて強調表示されていた。

「え? う、嘘……」

 それに対してそんな言葉を発したのは、今度は情務長の羽立大尉だった。

 見れば、表情筋が装備されていないに違いないと影で囁かれている顔をあるまいことか驚愕に歪めている。

 実際、睡眠中以外は常に身につけていると噂のビン底の厚いグリグリ眼鏡が今にもずり落ちそうになっていることにも気づいていない様子なほどだ。

 まあ、もちろん、視力矯正は、究極、眼球組織そのものの交換手術にて対応することも可能であるから、羽立情務長が着けている眼鏡は、その為の補正器具ではない。

 羽立情務長が掛けているのは、軍制式の(ty)(pe)(88)(Ub)(iq)(ui)(to)(us)( I)(nf)(om)(at)(er)

 一つには、ヘッドマウントのディスプレイであり、通信機能をもった装着型小型情報端末機。そして、もう一つが、電子機器類と長時間向き合うといった職掌柄、どうしても避けられない有害放射から身を守るため身に着けている防護ツールなのであったが、それはともかく、

 羽立情務長は、それまでおこなっていた作業の手を止めると、すこし慌てた様子で稲村船務長から告知された内容の精査に取りかかろうとしている。

「〈(コー)(ルバ)(ード)〉が六基もですって? ありえない。一体どういうことなの……?」

 ブツブツ呟きながら、コンソール上に手を走らせ、自分が予測してなかった事象に解を見いだそうと焦っているようだった。

「情務長、なにか? 可能であれば意見具申して」

 そうした部下の様子にかるく眉をひそめるようにして、難波副長が言う。

「は、はい」

 その呼びかけに、ハッと我にかえると羽立情務長はうなずいた。

 (あご)をすこし引き、眼鏡の弦を指先でトントンと軽く叩いてわずかの間、考えをまとめている風であったが、すぐに口をひらいた。

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