44.Collateral Damage Report―6『困惑、懸念、疑心』
「……やれやれ、やっと落ちてくれたわね」
突然スイッチが切れて、ことんと寝入り、今はすぅすぅ寝息をたてている埴生航法長を見ながら、大庭機関長が吐息をもらした。
テーブルに置きっ放しのタブレットを操作し、投影されたままの仮想表示野を消すと、「お疲れ様、田仲一等兵。どうも、ありがとうね」と深雪へねぎらいの言葉をかけてきた。
「あとでロボ子に自室まで運ばせるから、とりあえず、このまま寝かせてやって。ここのところ、あんまり寝ていないのよ、彼女」
『ロボ子』――艦内外における極限環境作業から日常生活補助にいたるまで、様々な用途で使われている半自律式人型汎用作業機械を迎えに呼ぶから、ちょっとの間だけ大目に見てと拝まれた。
「は、はい。それはいいんですけど、でも……」
完全に正体をなくしている埴生航法長に、深雪はチラチラ視線をはしらせる。
「んん?」
「あの……、急性アルコール中毒とか、大丈夫なんでしょうか?」
なにしろ、昏倒まがいの寝落ちをすぐ目の前で見せつけられたばかりだ。
同じお酒を似かよったペースで飲んでいたし、何より慌てた様子を大庭機関長がぜんぜん見せていないから、多分、大丈夫だろうと思いながらも深雪は訊かずにいられなかった。
「ああ」
そんな深雪の心配を聞いて、大庭機関長は、ふっと表情をやわらげる。
「大丈夫よ。このお酒はね」と言って、琥珀色の液体が揺れるグラスを掲げ、
「確かに酒精度数はそれなりだけど、それよりもね――このお酒を醸す樽に魔法があるの。樽は、バブバブという大樹から作られるんだけど、お酒を熟成させる長い年月の間に、その成分がお酒に溶け込んでいくのね。で、その成分は、きわめて強い向精神作用と、それから体調を整える薬効をたっぷり含んでいる。つまり、『酒は百薬の長』と言われる通りの効能をもつ、これは一種の薬酒でもあるワケなのよ」
どう? 田仲一等兵も飲んでみる? と勧められたから、深雪はあわててブンブン手と首を振り、謝絶した。そして……、
「ははぁ、そんなことが……」
しばらくの後、呆然と、深雪は呟くことになったのだった。
大庭機関長に請われ、ひとりで飲むのも味気ないからと、ジュースでご相伴しつつの事である。
大庭機関長、そして、埴生航法長が、ここ〈デイルーム〉へ足をはこぶに至った経緯を溜め息まじりに聞かされて、そうして、つくづく二人の立場や境遇に同情してしまった結果であった。
「……星から星へ渡っていくのは、それが、たとえ常空間のみの移動であっても航路は三次元の軌跡を描く――田仲一等兵にも、それは了解できるわよね?」
大庭機関長からそう問われ、深雪は、はいと頷いたものだ。
直径が一五万光年にもなんなんとする巨大な〈ホロカ=ウェル〉銀河系は、その厚みもまた、平均数千光年におよぶ深さや拡がりを有している。
つまり、恒星Aから恒星Bへ、銀河系内部を水平方向に移動していく航宙船は、当然、xyzの三座標系中、垂直軸を上下に――銀河系内部を斜め上(もしくは斜め下)に移動していくこととなる。
恒星Aと恒星Bが、まったく同一の座標平面上に位置していることなど(まず確実に)無いからだ。
「常空間を移動するだけでもそうなのに、それに加えて超光速移動――遷移がからむと、航路の設定はもっと複雑化して、難易度があがってしまうのよ。さっき航法長も言ってた通りに、ね」
『空間常軌圧』とか、『遷移後の減速率』とか、『乗員保護の狂度制限』とか――これまで聞いた事もない専門用語 (なのだろう)をわめきちらしていた埴生航法長の様子を思い出して、深雪はうなずく。
「で、そんなプレッシャーはあるし、航法長は職人肌で生真面目だしで、とにかく無理をしちゃうのね。とどめにあの艦長からの嫌味で煮詰まって、ほとほと参ってたみたいだから問答無用で酔い潰しちゃった♡」
これで起きたら、心身ともにリフレッシュされてる筈だから、まぁ、あなたが心配する必要はないわよと、大庭機関長は深雪に微笑みかけたのだった。
そう言われて、やっと安堵し、肩から力が抜けた深雪も、ふぅと息をつく。
そして、
「でも、どうして艦長は、そんな課題を出されたのかしら……?」
気が緩んだせいか、気づけば、そんな呟きをぽろりと唇からこぼしていた。
「は? 課題?」
その独り言を聞きとがめた大庭機関長が、グラスをかたむける手を中途に止めて、深雪を見た。意外な……と言うより、いっそ『変』なことを聞いたとばかりに注視してくる。
「課題と言うか、嫌がらせでしょ? 自分の憂さを晴らしたいからする、部下に向けての嫌がらせ」
用語は正しく使いなさい、とばかり、深雪の言葉を訂正してきた。
「え、い、いや、そ、そんな筈ないですよ。だ、だって艦長なんですし……」
そう言われてもなお、深雪は、へどもど言いつのる。
強情ではなく、心底、そう信じているようだ。
大庭機関長が、コトリとグラスを置いた。
「……なんだか、あなたの中の艦長像が、とんでもなくプラス方向にインフレをおこしているような気がしてならないんだけど……、田仲一等兵」
「は、はい」
「若いうちに人を見る目を養っておかないと、後々いたい目をみかねないから、手遅れにならないうちに聞いておくわね」
「はい」
「遷移後、あのくそロリ婆ぁが私たちに突きつけてきた嫌がらせを今、あなたは『課題』と表現をした。ずいぶんと善意に解釈しすぎだと私は思うけれど、あなたがそう判断をした根拠は何かしら?」
普段からウンザリ、イライラ、ゲッソリさせられている上官をあるまいことか、尊敬している風情の人間を目の当たりにしたせいか、声音がすこし(?)尖っている。
ビクッと身をこわばらせ、顔を蒼ざめさせた少女に、目力で返答をうながす様は、ほとんど詰問と変わらなかった。
「え、えっと……」
胸から鉛を吐き出すように、深雪は言葉を絞り出した。
「む、村雨艦長は〈リピーター〉ですよね? それも再生処置を二度も繰り返されてる……」
「ええ。そうね」
「このフネに着任したばかりの時、我が国の宇宙軍において、佐官以上の高級将官は、軍人としての功績が大なるを認められ、かつ、本人の希望があった場合に限り、今上陛下直々に爵位を授けられ、貴族に列せられる制度があると、後藤中尉に教えていただきました。
「そうして叙爵された一代貴族の方たちは、〈兵民〉と呼ばれ、人格記憶を採取・記録されることとなる。そして、そうした人格記憶を都度、複製体へと転送をくりかえしていくことで一種の不死人となるのだ、と」
「それで……?」
時に言葉を詰まらせつつ、それでも訥々と言葉をつむぎつづける深雪に、しだいに厭な予感をおぼえながらも大庭機関長は頷いてみせる。
「は、はい。それって、私、『英雄』だなって思うんです。まわりの誰もが認める程の軍功もですけど、死ぬまで祖国のために戦って、死んだらそれで終わりでなくって、また蘇ってきて再び防人となる……。それこそ『七生報国』を地で行く行為ですよね。もしも仮に、私が〈兵民〉になるか否かを陛下から御下問される時がきたとして、それに応じる選択も決断も、きっと出来ない。一生どころか、二生も三生も――永遠に繰り返される生命を他者を護る、そのために捧げ尽くす、そこまでの忠義や愛国心を、とてものこと、持てっこないからです。
「だから、そこまでの覚悟を示され、現在も示されつづけていらっしゃる村雨艦長は、『英雄』とお呼びするのにふさわしい方に違いありません。まるで、ちいさい頃に聞かされた御伽噺そのままな『護国の鬼』そのものな凄い人なんだと私は思っているんです」
「…………」
深雪の説明を聞き終え、しかし、大庭機関長は、なにも言わずに、またグラスを口許へとはこんだ。
『愛国者と言うより、永遠に戦い続ける途を選んだ、ただの戦闘狂なのかもよ?』――喉元にまで出かかった言葉は、グッと呑み込む。
揶揄するつもりは毛頭ないが、そう取られてもおかしくない文句は口にすべきでないと判断したからだ。それに何より深雪の説明に、内心、『なるほど』と得心してしまったからでもあった。
なるほど、事情を知らぬ『外部』から見れば、艦長――村雨杏大佐という軍人は、そういう風にも見えるのか……、つまりは、そういう事だった。
ある意味、呆気にとられてしまったとも言える。
確かに、軍人が〈リピーター〉――〈兵民〉となるための必要条件は、いま眼前の少女が語った通りではある。
そして、そのような存在をただ一言で形容するなら、それは正しく『英雄』と呼び慣わすのが適当なのだろう。
が、
(あの、くそロリ婆ぁが『英雄』……?)
どうしても、そう思ってしまうのだ。
脊髄反射的に拒否反応が生じてしまうのである。
もし仮に、世に一般的に信じられている〈リピーター〉のイメージ通りの存在で村雨艦長があったとする。とても信じることは出来ないが、もしも、そうであった場合、これまで村雨艦長が自分たちに見せていた言動すべては『お芝居』という事になり、そして、それを真に受けた人間は、つまり、上っ面でしか物事を判断できない無能者ということになるではないか……!
とうてい、容認できる結論ではなかった。
大庭機関長は、知らず、唇をきつく噛みしめている。
世間知らずの少女を教育してやるつもりが、逆に一本とられたかたちになってしまったからだった。
(……可能性はふたつ)
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら、大庭機関長は考える。
(ひとつめは、あのくそロリ婆ぁが、見かけ通りの失格軍人であるケース。
(ただ、そう考える場合の難点は、過去に示した能力や実績と現在の態度が、まったくイコールで結べないこと。〈リピーター〉になれる程の『英雄』が、一体どうして軍人を失格したのかわからないという事ね。
(ふたつめは、考えたくもないけど、これまでの態度が全部『お芝居』であるケース。
(この場合の問題点は、艦長の動機――何故そんなウソを部下である私たちにつかなければならないのか、その理由と必要性がわからないという事だわ)
なおも考えようとした大庭機関長は、鈍い痛みを頭の芯に感じ、酔いを自覚する。
(これ以上は、一人ではムリ、か……)
頭を振ると、ちょうどタイミングよく、「お待たせしました」という機械音声とともに身長一二〇センチほどのロボノイド――ロボ子が、脇にすべりこんできたから、それを汐に引き上げることにした。
「田仲一等兵」
「は、はい……ッ」
いまだ正体をなくしたままの同僚が、ロボ子にひょいと抱えられる様子を見ながら相手をしてくれていた少女に声をかけた。
「あなたもあまり根を詰めないようにしなさいね。先の遷移は新機軸のテストということで、かなりハードな設定になっていた。だから、これから後の遷移は、あんなにキツくはないけれど、それでも目的地まではまだまだ遠いから、つとめてリラックスを心がけ、無用にストレスを溜めないように気をつけなさい」
結局、お説教はすることもなく、ごちそうさまを言って、席を立つ。
〈デイルーム〉から出て行くロボ子の後を追い、深雪に見送られながらも大庭機関長は、念のため、先の気づきを共有情報として、仲間に一報しておくべきだろうと考えていた。
埴生航法長はもちろんのこと、稲村船務長、羽立情務長、そして、とりわけ難波副長に伝えておいた方が良いだろう。
以前からヘンではあったが、ここ最近、それに輪を掛けてヘンな艦長の態度は、実は『裏』があっての事かも知れない。
艦長の『奇天烈』さに慣れ、感覚が麻痺してしまった自分たちは気づかなかった。しかし、『外部』の視点そのままに村雨艦長を見ていた新兵の少女の指摘を聞いて、今更ながら、その『落差』に違和感をおぼえた。
艦は、一路、戦地へと向かっている。
任務と、何より自分たちが生き残ることに注力すべき状況なのだ。
それが何であるかは不明だが、違和感も不信も何一つ、それらの妨げになりうる要素は放置すべきではなかった。
自分ひとりでわからないなら、知恵をあわせる必要がある。
(もとより裏も何も無く、どこまでも艦長がヘンなだけかも知れない。……でも、もしもそうでなかったら……)
大庭機関長は唇を噛んだ。
(一体、『動機』は何なのだろう?)




