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43.Collateral Damage Report―5『被害者が埴生航法長、大庭機関長の場合―2』

「ハ~イ、ぽっきん金太郎♪」

「太郎……」

「もひとつオマケに金太郎♪」

「ろう……」

 なにやら妙な節まわしで埴生航法長が唄う度、なかば透きとおった乳白色の円柱が、ぽきん、ぽきんと小さな音と一緒に折れてゆく。

 テーブルの上、宙に立体投影されている立方体(グリッド)の中のことである。

(なんなの、コレ……?)

 埴生航法長に唱和しながら……、もとい、させられながら、深雪は首をひねりつづけていた。

 埴生航法長いわく、〈授学〉の映像教材との()()であったが、そう言われても、やはりさっぱり要領を得ない。

『ほンじゃ、コレ見て~♪』――注目を告げる言葉と同時に、すぐ目の前にあらわれた一辺が一メートル程のグリッド。全面にわたりジャングルジム様に切られたマス目はスケール目盛り。淡いグレーで満たされたボックス状の内部空間は、そこに立体像を映示するための投影領域。

 立体映像を表示するための仮想映示野――埴生航法長が、自分のタブレットに表示させ、深雪の目と鼻の先に唐突に湧いて出たグリッドの正体はそれだった。

 そんな立体表示野は、湧き出た(はな)から直径二〇センチほどの渦状肢銀河――ネガとポジとが反転をした黒い陰画の銀河をその真ん中にぽかりと浮かべていた。回転軸に対し直交方向から見る構図で表示をされた銀河の像を唐突に深雪は目にすることとなったのだ。

 しかし、

(――?)と疑問に思う(いとま)など、まったく与えられはしなかった。

 ほとんど間髪入れず、件の銀河が背景からまるく、キューッと円形に切り取られていったからである。そして、銀河系をちょうどその内側におさめる真円(サイズ)に囲うと、カットされたエリアは、色をグレーから乳白色に変化させ、形も徐々に変えていったのだ。

 真円から楕円へ……、細長くなる向きへと輪郭を変化させていったのだ、が、表面に描かれている銀河系の図に、それまでは無かった遠近感が生じたことに気づいて、深雪はそれが、形状変化ではなく表示角度の変化なのだと見て取った。

 見立ては正しく、楕円の(へん)(ぺい)率が徐々に大きくなるにつれ、二次元平面だった図には厚みが生じ、奥行きが感じられるようになってゆく。

 円柱形――()()に銀河系の()()を貼り付けた、それは円柱だったのだ。

 ゆっくり回転していったその円柱は、いったん真横――直方体に見える角度にまで向きを変えると、再び色彩が変化。乳白色が半透明に薄まって、天面に描かれていた銀河系が、実は円柱内部をおそらくは底面に至るまで貫通しているらしき様を映してみせた。

 つまりは銀河系模様の金太郎飴なのだと、その実体を明かしてみせたのだった。

 それを『ぽっきん♪ ぽっきん♪』唄いながら、埴生航法長は任意の場所でポキポキへし折りつづけていたのである。

 まぁ、何と言うか、深雪が首をかしげてしまうのも、当然といえば当然すぎる仕儀ではあった。


「ってなワケで、コイツがねぇ~え、〈授学〉が教えるところの〈重畳宇宙(Omniverse)〉論。私たちが生まれたこの宇宙――〈常空間〉を含む宇宙連続体の構造を考える『大・宇宙論』の模式図っつーか概念図? なのね。

「無限に連なる階層で、宇宙群が不可分密接に連続しているとする考え方を絵にしたものなワケなのよ」

 深雪が戸惑っているのをわかっているのかいないのか、埴生航法長が言う。

 タブレットを操作したのだろう、仮想表示野(がめん)内部にカーソルが出現し、金太郎飴の軸に沿って上下にツツッと動いた。

「ほらほら、海の中では深度が増すごとに音の伝播速度があがっていくってゆーじゃない? この模式図もそう。〈始原の巨神〉、〈造物主の夢〉――なんでもいいけど、とにかく、この〈重畳宇宙〉も海と同様、その()へむかって潜っていくほど光の速さが増すって了解をして? イメージしにくいようなら、深度と共に流速が増してく海流で満ちた海でもいいわ。でもって航宙船は、そんな海の中を泳ぎまわる()()()()ね」

「おっけー?」と、仮想表示野(グリッド)の脇から首をにゅっと突きだし、深雪を見る。

「――で、そのお魚がサ、より速く海の中を移動したいとすれば、どーすれば良いか? ってぇと、そう、その通りぃ! 今いる深度より更に深くに潜ればいい。そうすれば、尻に帆掛けてじゃないけど()()()に背中をおされて自然と速度があがるから」

 カーソルが金太郎飴の下へ向かって降りてゆき、適当な深みでクルクルまわった。

「ま、あんまり深く潜りすぎると、水圧に潰されて死んじゃうけどね~」と、埴生航法長は、またケラケラ笑う。

 かなり酔いがまわってきているようだ、が、深雪は、いま耳にした言葉に思わず、ハッとなっている。

 言動がどんどん怪しくなっている航法長の体調をこれまで少なからずハラハラしながら見守っていたが、それどころではない。

 そんな()()より、裏宇宙航法も、また、更なる『速度』を求めて〈重畳宇宙〉に()()()すれば、〈()()()()〉の『圧』にやられて知性体の自我――『実存』が壊れてしまうという()()なのか……。

 ふ、と、そんな疑念(おもい)が胸に湧き、先の遷移の際にあじわった恐怖もじわりと蘇ってきて、背筋が冷たくなったからだった。

 今の航法長の説明――〈授学〉が説明している『大宇宙論』にしたがえば、光の速さを超えるというのは、裏宇宙……、〈重畳宇宙〉の深みへ潜っていくということ。

 そして、〈重畳宇宙〉――裏宇宙を深く潜っていくということは、すなわち〈()()()()〉の御許へ近づいていくということ。

 限界がくれば劫火の前の水滴のように、ちっぽけな人間存在など、じゅっと(はかな)く蒸発してしまう。

 (この)(うち)(ゅう)において秒速三〇万キロでしかない光の速度は、なるほど、裏宇宙の深みを降れば降るほど増大してはいくのだろう。――秒速数千万キロ、数十億キロ、数兆キロ……、もっともっと……、やがては無限大の速さに至るまで……。

 しかし、それは自らを〈超・存在〉の懐ちかくへ近づける()()でもある。

「自殺行為でしかないわ……」

 深雪は、声を蒼褪めさせて、そう呟かざるをえなかった。

「そうね。まさしく、その通り」

 地獄耳と言うべきか、あえかな声を聞きとがめ、埴生航法長が同意をむけてくる。

 ニシシ……と笑い、

「ま、今の比喩みたく、裏宇宙とは、〈()()()()〉の深淵を()()()に、無限に連なる(うち)(ゅう)が、不可分密接に連続している構造体。私たちがいる常空間よりも()()階層を指して言う語のことで、かつ、それが〈重畳宇宙〉論の考え方ということなのよ。

「でね?――()()方向については、そーなんだけど、ほんじゃ、()()方向に関してはぁ? どうなってるのかしらね、ねぇ、深雪ちゃん?」

 どう? どう? どうなってると思う? と、仮想表示野(グリッド)内の銀河系の図――金太郎飴の表面の絵柄をカーソルでクリクリしながら訊いてきた。

(タテ? ヨコ?)

 深雪は首をかしげたが、

「あ……」

 ふいに航法長の言いたいことに思いいたって、思わず瞳をみひらいた。

 埴生航法長の笑みが深くなる。

「そ。察しの良い深雪ちゃんが気づいた通り、私たちが光の速さを超えるのは、それに縛られたままだと、とかく常空間における移動に時間がかかって仕方がないからに他ならないわね」

 そう言いながら、金太郎飴の表面をカーソルでツーッと横になぞって、ついで、棒状の飴の軸に沿い、滑らせた。

「でも、どれだけ〈重畳宇宙〉を深く潜ってみても金太郎飴の()()は変わらない。

「深雪ちゃんが質問した、『ど、どうして、遷移は、裏宇宙っていう別の宇宙に移動するのに、この常空間の天体配置や構造なんかが影響、関係するんでしょうか!? 出発点から目的地まで、いっきに跳んじゃうことって出来ないんですか!?』の答は、つまりはそーゆーことなの」

 先の深雪が苦し紛れに捻り出した質問の口真似をしながら、そう言った。

「よ~するにぃ、〈授学〉において、〈存在〉というのは一種の『むすぼれ』なのね。それがどうして生じるのかはわからない。でも、その『むすぼれ』が、いったん宇宙連続体のどこかに生じると、それは即座同時に〈重畳宇宙〉すべてに(あまね)く存在することとなる――〈重畳宇宙〉の連続体を()に貫いていく案配に」と、金太郎飴の軸をカーソルの先でグリグリやった。

「だから、裏宇宙をどれだけ深くもぐっても、航宙船から見る水平方向の『地形』は皆おなじ。どの階層にあっても、(うち)(ゅう)の配置に変化はない。航宙船をあやつる者にとり、航路策定時点のコース設定は、常空間だけを行くのも裏宇宙を経由していくのも変わらない――そーゆーことになってしまうワケ」

 そこで酒精を一気に(あお)り、ターン! と音高く、干したグラスでテーブルを叩いた。

「き、聞くからに、大変そうですね……」

 なにをどう言って良いかもわからず、しかし、沈黙したままでいることも出来ずに、おずおず深雪が合いの手をいれる。

 と、

「そうなのよ!」

 それまで大人しかった(?)埴生航法長が、いきなり()えた。

「大変なのよ! そうなのよ! ただでさえ空間常軌圧やら、遷移後の常空間航行に備えての減速率やら、乗員保護の()度制限やら、考慮にいれなきゃいけない項目がわんさとあるのに、今回はそれに加えて最終目的地までの時間短縮までもが課されるムチャ振り追加ときたもんだ!」

 獲物に襲いかからんにも似た勢いで立つと、仮想表示野越しに、深雪の肩をぐわし! と掴んだ。

「ンでも状況が状況だから、私がんばった! ほんッとぉ~~に頑張りまくったの!」

「そ、そうですよね」

「ウン!」

『わかる!? わかる!? わかってくれる!?』とばかり、思いッ切りガクガク前後に揺さぶられながら、深雪は一生懸命うなずいてみせる。

 酔っ払いのこととて一切の加減がないから、今にも(のう)(しん)(とう)をおこしそうである。

「それなのに、あのくそロリ婆ぁ……! そんな私に一体なんて言ったと思う!?――『無能な働き者』よ、『無能な働き者』! 言うに事欠いて、『今のあんたは、ほとんど無能な働き者並みよ』よ! それで、罰として反省文をレポートにまとめて提出しろとか()かしやがった! ッざけンな!! ほんッと、心底ふざけんな! ど~せ、違法にガメたお菓子か何かがダメになったのを、あの遷移の()()だとか何とか逆恨んだんでしょうけど、それこそ知ったこっちゃねぇんだ、バカ野郎! ぜんたい、ざっと八〇〇〇光年なのよ、八〇〇〇光年!――大艦隊司令部のク○野郎どもから、大至急行けって命令された作戦地までの距離がなぁんと八〇〇〇光年! 遠いでしょ~? 遠いよねぇ? なのに作戦地(そこ)までの移動にかかる時間を全然考えてもないのは、一体どーゆー了見なんなのよ! それで、知恵を絞って不可能任務をなんとかクリアしたらば、今度は現場指揮官からダメ出しを喰うとか、畜生、どーゆー罰ゲーム!? ほんッと呑まなきゃやってらンないッつ~の!!」

『深雪ちゃん、おかわり!!』と雄叫(おたけ)びながら、埴生航法長はグラスを突き出し、そのまま前に突っ伏した。

 バンザイをするような姿勢でテーブルの上にでれんと伸びると、そのまま()()。意識を手放し、くぅくぅ寝息をたてはじめたのだった。

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