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42.Collateral Damage Report―4『被害者が埴生航法長、大庭機関長の場合―1』

「さぁさぁさぁさぁ、そーゆーワケでぇ、よッく見てぇ~~♪」

「あ、は、はい」

 自分の方に身を乗り出すようにして言う埴生航法長の言葉に、深雪はコクンとうなずいた。最前からの相手の異様なハイテンションに、すこし腰がひけている。

 目の前には一抱えほどのサイズの銀河天球図。ただし、通常設定の球状ではなく板状の表示野――銀河系の黄道面に水平に、ある程度の厚みをもたせて(ディ)(スク)状に輪切りにされた星図が宙に浮いていた。

(『本艦現在位置を曝露処理。視認可能域まで現表示をx-y座標平面水平方向に()()()()』……だったっけ)

〈ホロカ=ウェル〉銀河系全体の姿をその天頂方向から見おろす格好となった深雪は、自分が〈あやせ〉に着いた当日――着任を申告すべく出頭した艦長室で、たまたまそこに居合わせた難波副長から受けた説明のことを思い出す。

 銀河天球図が読めるか訊かれ、そうして見せられたのが、いま目にしているのと同じ絵図だった。

(あの時も見せられたのは、このフネの予定航路だったけど……)

 ふたたび相似た状況下に置かれ、あれから、どれほど日にちが過ぎたのかなどと、ふと思う。

 知らず、感慨に(ふけ)りかけ、そうして、天球図越しにこちらを覗きこむように見ている埴生航法長に、ハッと気がつき踏みとどまった。

(いけないいけない。集中、集中!)

 背中に冷たいものを感じながら、気を引き締める。

 普段よりいささか(かなり?)陽気なものの、いつも通りに温和柔和な埴生航法長だったが、しかし、その手には、なみなみと酒精(アルコール)を注がれたグラスがあるからだった。

 大庭機関長の(もち)(こみ)らしき高級酒――〈ヴァレンタイン〉の二一四年もの、である。

 数ある蒸留酒――(Aq)(ua)( V)(it)(ae)の中でも最上級とされる逸品だ。

 日頃から節制を心がけているアスリート、成人したばかりという年齢もあって、深雪はほとんど酒類を(たしな)んだ()()がない。だから、〈ヴァレンタイン〉と銘柄を告げられても、その無知さ故、感慨も昂奮も何も抱くことはなかった。

『星砕き』とも呼ばれるバブバブの大樹で造られた(たる)――その樽中で、もっとも若いものでも二一四年以上もの歳月熟成された原酒を複数、練達の()()()()()が調合することで産み出された芸術作品(いのちのみず)

 そんな価値()評価()など知る由もない。

 が、

 大庭機関長に指示されるまま、とろりと金色がかった琥珀(こはく)色の液体をグラスに注ぎ、それを上官ふたりにそれぞれ手渡すまでの過程で漂ってきた酒の香――スモーキィな薫り(フレーバー)鼻腔(びくう)をくすぐられた時点で、

(あ、コレって、とても強いお酒。そして、メチャクチャ()()いお酒だ)

――ほぼ反射的、本能的に、その(グレ)(ード)をただしく把握できていた。

 そんな()()なお酒を深雪の恋愛相談(?)が一段落してからこの方、埴生航法長は、いったい何杯干したろう……。

 大庭機関長が、『(ウチ)の嫁ちゃんが持たせてくれた(もの)なんだから、もっと大事に、味わって飲みなさいよね』などとブツブツ言うのも()()吹く風で、ひたすらグラスを(あお)りつづけていたのである。

〈ヴァレンタイン〉の酒精度数は約四〇度。

 それをひっきりなしにグイグイ()れば、結果は当然、言うまでもない。

 ぽぉっと()()色に染まった(ほお)。ややもすれば、しどけない方に流れる物腰。

 やさしく、(てい)(ねい)気味な口調は常と同じでも、呂律(ろれつ)はあやしく、もつれがち。

 理性の光こそ失われてはいないが、その目はどこか危なく、()わっている。

――さしたる時間も必要とせず、典型的な酔っ払いが一人、そこでクダ巻くこととなったのだった。

 以降、深雪はおっかなびっくり()()()()()の相手をつとめるハメとなっている。

 愛妻からの贈り物をあじわうことが優先と、大庭機関長には知らん顔を決めこまれ、誰頼る者もないまま、心の涙を顔には出さず、頑張りつづけていたのであった。(合掌)


「……で、これがぁ、アタシが一生懸命考えたぁ、〈あやせ〉の予定航路だよぉ~~ん♪」

 じゃぁ~~ん! などと擬音を付け加えながら、埴生航法長が言った。

 天球図の上――〈ホロカ=ウェル〉銀河系の星々の間に、線が()()現れる。

 ひとつは直線。

 ひとつは折線。

 ひとつは曲線。

〈ホロカ=ウェル〉銀河系上の二点――〈あやせ〉の航路の始点と終点とを結ぶ、青色に(りん)(こう)をはなつ線である。

「えっと……」と深雪は戸惑った。航法長は、『航路』と自分に告げたのに、どうして、それが()()()もあるのかと。

 直線についてはまだわかる。それは航路というより一種の指標。実際の航路の総延長とスタート~ゴール間の最短距離とを比較するための物差しだろう。

「でも、その直線以外の二本――折線と曲線の方は何だろう? とか思ったでしょ~?」

 深雪の心を読んだか、埴生航法長がウザい感じににんまり笑った。(やっ)(かい)なことに、酔いで理性や自制心は緩んでも、知性や観察力は衰えていないものらしい。

「そんな貴女(あなた)の疑問にお答えしま~す。ど~ぞコレ見て、これこれこれ~」

 言うや折線と曲線の上に、それぞれ輝点がいくつもいくつもポゥと灯る。

 銀河天球図の下に置かれている――その投影をおこなっているタブレットを航法長が操作したのに違いない。正確な数までは拾えなかったが、ザッと見でも、折線上の輝点の方がはるかに多いと深雪は見て取った。

「深雪ちゃんが今見てる輝点群は、遷移――超光速航行一回あたりの始点と終点を集積した全体像。常空間から裏宇宙へ移行し、反対に裏宇宙から常空間に戻ってくる遷移点(ポイント)すべてを示しているの~」

 輝点群を適当に指し示しながら埴生航法長が説明をくわえる。

「遷移は基本、その跳躍回路(チャンネル)の形成は直線状ででしかおこなえない。かつ、恒星系他の障害物を股越(またご)すことも出来ない。だから、銀河系の中を長距離移動しようとする場合、複数回の遷移が必要で、全体的な航路の形状は(ジグ)(ザグ)を描くこととなるん」

 そう言いながら、折線を描く航路の方を始点から終点まで指でなぞった。

「でね? でね?――そうであるなら、いま終えた遷移と次におこなう遷移とでは、全然ちがう向きにフネを進めることになるワケでしょう?」

 折線の『頂点』のひとつで、その『角度』に沿って指をグリッとめぐらせる。

「つまり、裏宇宙から常空間に復帰したフネは、次の遷移に適した針路へ舳先(へさき)をめぐらす修正作業が()()必要なワケなのね。せっかく遷移で移動に要する時間を短縮しても、常空間におけるこの作業であたら時間をロスしているの。

「超光速駆動装置の〈常軌機関〉にしても、作動後はクールダウンの時間が必要だから遷移は立て続けに実行できないし……、これってもったいないと思わない?」

 伏せ気味だった顔をあげると、埴生航法長はどこか訴えるような口調でそう言ってきた。

 深雪が口ごもっていると、酔漢特有の軟体動物じみた身ごなしで、ぬるりとテーブルの上に身を乗り出してきた。

 どうしても、この点について深雪の……、他者の同意が欲しいらしい。

「は、はぁ、そ、そうですね……」

 仕方がない。冷や汗まじりで深雪はコクコクうなずいてみせる。

 いくら、まだ穏やかそうに、理性が残っているように見えても酔っ払いは酔っ払い――機嫌を損ねてしまえばそこで終わる。選択肢など、あるようでいて実は無く、精一杯の愛想笑いを顔に貼り付け、薄氷を踏む思いで相手が望んでいるのだろう答えを返したのだった。

 その際、相手をいなすように、また、自分を守るように、つい両手を胸の前にかざしてしまったことを迂闊(うかつ)というのは酷であろう。

 ただでさえ階級差もあり、年齢差もある相手が、正気を怪しくしているのだ。

 無意識の動作でもあったし、よもやその手を埴生航法長が、ガッ! と掴んでこようとは、予想できよう筈がない。

「だよね!? 深雪ちゃんもそう思うよね!」

 我が意を得たりとばかり、叫ぶように言う埴生航法長。

 同時に、酔っ払いのこととて力加減も遠慮もない強さで腕を引っ張られ、深雪はみじかく悲鳴をあげた。

 あ、と言う間もなく、子供のような満面の笑み、キラキラしい()の――嬉しくてたまらないという気持ちをダダ漏れにさせた埴生航法長の顔がすぐ目の前にくる。

(ち、近い! 近い近い近い~~ッ!)

 ほとんど鼻と鼻とがくっつかんばかり、唇がふれあわんばかりの距離まで超接近して、深雪は一気にパニくった。

 べろちゅ~再び――そんな言葉が頭の中をかけめぐる。

 たとえ埴生航法長にその気がなくとも、事故など起きては(起こされては?)かなわない。反射的に身体をジタバタもがかせた。

 それでも、離せ、などと直截的(ストレート)な物言いが出来ないあたりが身分社会の哀しさか。頭の中はこんがらがったまま、しかし、なんとか穏当に相手の気をそらす方策(てだて)はないかと抜け道をさがしまくった。

「あ、あの……ッ!」

 とにかくその場から逃げたい一心で、口からでまかせ、自分でも何を言っているのかわからないまま、必死で言葉を吐き出したのだった。

「あ、あの……ッ! すみません! わ、わたし、勉強がぜんぜん足りていなくて、今の航法長のおはなしがよくわかりませんでした。そ、その……、えっと……あ、そ、そうだ! ど、どうして、遷移は、裏宇宙っていう別の宇宙に移動するのに、この常空間の天体配置や構造なんかが影響、関係するんでしょうか!? 出発点から目的地まで、いっきに跳んじゃうことって出来ないんですか!?」

 苦しまぎれに我知らず、口から問いがついて出る。今までよく考えてみたこともない、素朴(そぼく)で初歩的な疑問をぶつけていた。

 場合によっては、何をいまさらと叱られかねない質問なのだが、そこまで思いをめぐらす余裕は残っていない。

 さいわい、的は射たようで、とろんとしていた埴生航法長の瞳に(やや)光がもどる。

「え? え? 今更なんでそんな質問をって……、あ、そっか。小型免許(小型宇宙機操縦士免許)持ちだけども、深雪ちゃん、種別が二級(船舶航行速度域、および航行領域制限付き免許)なんだっけ……」

 意表をつかれた風に、目をパチクリしながら埴生航法長がぶつぶつ呟くその隙に、深雪はなんとか両手をとりもどすことが出来たのだった。

 が、

「ほンじゃ、コレ見て~♪」

 酔っ払いは、どこまでいっても酔っ払い。深雪に落ち着く暇など、やはりなかった。

 埴生航法長が、ふたたびタブレットを操作したのだろう――唐突に視界をふさぐようにして、深雪の前に大きな立方体(グリッド)が立体投影されてきたのである。

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