25.裏宇宙航法―3『艦橋―3』
〈あやせ〉に乗り組む乗員たちは、その担当する業務において、以下の七つの科に区分され、それぞれ課業に従事している。
すなわち、
航路算定、また操艦を任とする航法科。
搭載機器類の運用管理をになう機関科。
艦体の維持管理を主任務とする船務科。
情報収集、また伝達を担当する情務科。
対敵戦闘及び兵装管理が任務の砲雷科。
艦載機、要員の運用管理が任の飛行科。
補給業務、また乗員管理を行う主計科。
――である。
以上、七つの兵科に編成され、乗員たちは業務を遂行するのだ。
巡洋艦〈あやせ〉の幹部たちが集ったミーティングは、埴生大尉をその長とする航法科にはじまり、機関科、船務科、情務科、砲雷科、飛行科、主計科と順に報告をおこない進んでいった。
〈あやせ〉が、その目的地へと向け、出撃するにあたって、艦の現在状況を確認し、情報を共有することを目的としたものだ。同時に問題点を洗い出し、対処するための予備作業でもある。
やがて最後の報告者である後藤中尉が、「主計科からは以上です」と言葉を結ぶと、すこしの間、沈黙がながれた。
ミーティングに出席した各人が、いま耳にした情報を咀嚼し、把握につとめるための間であった。
「後藤主計長、ここで拾った新人の見立てはどう? ざっとで構わないから、あなたの所感を聞かせてちょうだい」
難波副長が最初に口をひらいた。
報告を終えたばかりの後藤中尉に呼びかけると返答をもとめる。
直属の上司の目から見た配属されたばかりの新兵――田仲深雪一等兵の程度の確認だった。
必要に迫られてのことだったとはいえ、作戦行動中のフネに練度も不明な……、いや、ここはハッキリ不十分と言おう――満足に訓練もほどこされていない新兵を乗り組ませたのだ。新兵自身の身の安全もだが、艦全体のそれの方がはるかにまさることは言うまでもない。身近に接し、直接言葉をかわした人間の評価を聞いておきたいのは当然だった。
「はい。身体機能は見た目よりも頑健ですね」
後藤中尉は答えた。
「周知の通り、田仲一等兵の故郷である〈幌後〉には軌道橋がありませんでした。ですので、彼女は召集令状が要求する出頭期日に間に合わせようと、かなりな強行軍を強いられ、最終的には弾丸便なる化学燃料ロケット利用によって地上を離れています。
「その際、短時間ではあれ一〇G前後の加速度に晒されていますが、生理的な異常は認められませんでした。数日間とはいえ道中にこうむったであろう肉体的な負荷と、こうした加速度耐性を勘案すれば、これはかなり優秀なレベルです。
「現地の『予備役兵・兵補記録簿』に記録されていた通り、過去に重度の傷病を患ったこともないようですし、体組織の改変もおこなってはいません。現在時での薬物、ナノマシン類の体内残留も検出されませんでした。――身体面の健常性については問題ナシでしょう。
「気質的な面も良好。生真面目すぎるくらいに実直な性格であると見ました。御宅曹長が数回チェックを入れてくれましたが、いずれもナチュラルかつ良好な反応を示しています。人事局編纂の新兵教育マニュアル、『適性類別』と照らし合わせてみても多分おなじ結果が得られるものと判断します。
「閉塞環境下での生活等、長期にわたる宇宙空間勤務に対する耐性は未知数ですが、練兵団における初年兵の平均値を下回る可能性は低いであろうと思います」
また、飛行科のパイロットたちにも、主として心理的な抵抗力は必要十分な程度にあるようですと付け加える。
「なるほど」
難波副長はうなずいた。
素質面での不安がなく、その上、飛行科のデブ……と、もとい、男たちと接するのにもなんとか耐えられるようであれば問題なかった。訓練が足りてない部分は、これからの道中で補えばよい。
「私が直に接した時にも、不慣れな様子ではあったが、天球図の縮尺から本艦予定針路の総延長と所要時間を算出しようとしていたようだったし、利口な子でもあるようね。それならば大丈夫かな」
ふむと頷いた難波副長は、
「埴生航法長、大庭機関長」と、今度は別の部下たちの名前を呼んだ。
「この星系から離脱するまでに全乗員を対象として各種訓練を数回おこなっておきたい。ふたりで相談して訓練計画をたてるように」
乗員勤務割一巡後までに報告のことと命令する。
それから思い出したように、
「それでよろしいですね、艦長?」と上官に許可をもとめた。
……返事がない。
「艦長?」
耳を澄ましてみても何も聞こえてこない。マイクの集音レベルを上げても同じこと。お菓子を食べている音を拾うでない。……いや、今しがた、むにゃむにゃとか寝言のような声が聞こえなかったか……?
もしかして……?
思わずむりやり身体をねじまげ、後方の艦長席を仰ぎ見ようとするのは何とか堪えた。
素早く艦橋にいる者すべての生体情報をチェック。念には念の確認をする。
そして、
(一、二、三、四、五、六……)
深呼吸しながら声には出さずに数字をカウント。
しかし、そうした気を落ち着けようという努力と裏腹、額に青筋が浮かんでくるのは抑えようもない。
コンソールを操作し、〈纏輪機〉の会話モードを通常の不特定多数から一対一の秘話モードに変更した。そして深呼吸でいっぱいになった肺に更に空気を吸い込み膨らませると、
「寝るなぁーーーーッ!!」
力いっぱい怒鳴りつけた。
「わぴゃッ?!」
難波副長の背後で奇妙な声があがると同時に、ガタン! と何かがぶつかったような音がする。そして、「イッタ~~い!!」と艦橋内に響きわたる苦鳴が。
村雨艦長の声だ。
思った通り、やっぱり眠っていたようだ。怒鳴り声に驚いたはずみで、身体のどこかをぶつけでもしたのに違いない。いい気味である。
気分がすこしスッキリしたせいだろう――部下たちが一斉に自分の方にふりかえり、目をまるくしているのが見えたが気にもならない。
村雨艦長が怒声をあげた。
「な、な、なによ、イキナリ馬鹿声だして! ビックリするじゃない! 心臓が止まったらどうしてくれんの?! せっかく人がいい気持ちで寝てたっていう、の、に……」と言ってしまってから、「あ……」と慌てて口を噤む。
「語るに落ちましたね、艦長。大事な会議中に責任者ともあろうお方が居眠りとはなにごとですか」
底冷えのする声で難波副長が詰問する。
「あ、あ、あんたが黙ってろなんて言うからじゃない! お菓子も全部食べちゃったし、することも何にもないのに、その上お喋りまで禁止されたら死んじゃうでしょ!」
「四六時中、口を動かしてないと死ぬとか、ネズミですか、あなたは?!」
「子供だ! 見ての通りのな! まだ小ッさいんだから、よく食べよく寝てよく遊ばなきゃ、ちゃんと大きくなれないでしょうがよ! はやくオトナになりたぁ~い! ってか、こんな子供を働かすとか虐待だ! 義務労働だとかアリエナイ! なにそれどこのブラック企業?! 宇宙軍は一体いつから強制収容所になったのよ?! ってか義務教育なんて苦行もモチロン、ヤだけどね! 遊び遊ばせ朝風呂昼寝三時のおやつに好物onlyの夕食をしこたま口にしてこそ子供はスクスク育つのよ! そんなことさえわからないなんて労基は何をやってんの?! 我々は~労働環境の~改善を~要求する~! あ~~、もぉ! 退屈! 退屈! 退屈なんだよ! アタクシ様にも何か喋らせろ! もしくはアタクシ様に食べ物を貢げ! あんたたち、部下のくせして上官に対する敬意が足りないぞォ……ッ!」
癇癪か駄々か――手足をバタバタさせながら(なのだろう)喚くと、その余勢を駆り、鬱憤を晴らすかのように村雨艦長は猛烈な勢いでまくしたてはじめた。
難波副長が止める隙もあらばこそ、居並ぶ部下たちを逆ギレ気味に一人一人名指しで呼んで、おばちゃん語りをかましだしたのだ。
「はだっちゃん!」
情務長をつとめる羽立大尉を妙な愛称(?)で呼んだのを皮切りに、
「ここに来る道すがら小耳にはさんだんだけどさ、なんかまたまた、みこみこがゴネてるそうじゃない? グズグズ不満を言ってンだって? それでなくてもストレス度合いが激上がりって聞いたけど、あんたの管理がわるいんじゃないのぉ? 〈巫女士〉ってのは、とかく取り扱いが難しいんだから、もチっと気をつけてやンなきゃダメだわよ? どうせ、みこみこのことだから、せっかく恒星系に寄ったのに、BL本の新刊が手に入んなかったぁとか、ご当地お耽美系男子のビジュアルがいっこも手に入んなかったぁとか、グズってる理由はそんなとこでしょ? できる上司を気取りたいなら、部下のほしがりそうな物は先回りゲットしといて、それを見せ餌に仕事を山盛るくらいの甲斐性をみせなくってどうすンのさ。ほんとしょーがないんだから。……とりあえず今回は特別大サービス。幸いにも今、アタクシ様の手許にちょろまかし……じゃない、没収したばかりの薄いブツがあるから、後でソイツを下賜てあげましょー。みこみこには読み終えたらコッソリ〈八〇一〉ちゃん……と、もとい、御宅曹長のトコに戻しとくよう伝えること。でもって万が一、曹長に見っかったとしても、誰から借りたかとか言わないよう、くれぐれも念押ししとくのよ。いいわね?……というワケだからイクミンはその援護射撃をやンなさい。あんた〈八〇一〉ちゃんの直接の上官なんだから、適当に理由をでっち上げてでもあの子をキリキリ目がまわるくらいに忙しくさせること。仕事が終わったら何にもする気にならずにバタンQってなるくらいハードなのがベストね。あ、そうそうお菓子で思い出したけど、飛行科の子たちが船外作業の合間にエアロックでつくった宇宙氷菓は、か~な~り美味だったわよ♡。も一度食べたいからマーちゃん、上官のあんたからそう言っときなさい。材料費が足りないようなら、どこぞからちょろまかしていいから、ちゃんと献上させること。忘れずに伝えんのよ? それからねぇ……」と息もつかせずダラダラダラダラ……、まさしく畏怖するしかない無限の肺活量で濁流のごとく戯言どもを垂れ流しまくった。
艦内状況を実に細かいところまでよく見ているものと感心するより、よくもまぁ、そんなしょうもない小ネタを拾ってくると呆れてしまう。いずれ兵たちの間でかわされている雑談や噂話が情報源だろうが、艦の最高責任者ともあろう人間が、どうやってそんな下々の風聞を聞き知ったのか、そのやり口がわからない。
ぜんたい、このミーティングの目的が各科責任者レベルでの情報共有にあるといえ、ゴシップまでもがそこに含まれるのか……? ましてやそれを説教めいた口調で言われるというのは妥当であるのか……?
ちらりほらりと自分のしでかしたことの尻ぬぐいやら個人的な欲求からくるリクエストやらがないまぜられているというのに……?
まぁ、そんなこんなで艦橋内の空気は、しだいに淀み、荒んでいった。
難波副長はもちろんのこと、羽立奈々子情務長、後藤郁美主計長、狩屋雅恵飛行長……、村雨艦長が槍玉にあげた(?)順番に、それぞれの表情がこの上もなく渋いものになっていく。
そして、
「母さん、お茶」
べらべらべらべら……際限なく喋りつづけて、ひとまず満足したのか、喉が渇いたらしい村雨艦長が難波副長に向かってそう言うと、
「誰が『母さん』ですか、誰が?!」「部下とはいっても、人様から無断拝借したものを又貸しするとか非常識にも程があります!」「兵たちが手慰みにつくった菓子が気に入ったからと、それで部下に犯罪をそそのかすとはなにごとですか!」
当たり前だが非難や怒号が艦橋内を埋め尽くした。
それに対して村雨艦長がまた反論し……、かくして遅れてはじまった会議は、その終わりも見えず、いつ果てるとも知らず続いてゆく……。




