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24.裏宇宙航法―2『艦橋―2』

「やぁ、悪い悪いッ」

 そう言いながら、艦橋に入ってきたのは、まだ初等学校に通っているのが似合いとも思える童女であった。

〈あやせ〉幹部ミーティング参加人員の最後の一人……と言うより、発起人であり責任者である村雨艦長その人である。

()()に寄ってたんだけど、おやつの調達に手間取っちゃってさぁ」

 言葉とは裏腹、まったく悪いとは思ってもない口調でそう言いながら、艦橋最後部に設けられてある自分の席に腰をおろす。

 どれ見てもみんな美味しそうなんだもん。選ぶのに迷っても仕方ないよねぇ♪ と両手にギッシリ山盛りに抱えこんでいたお菓子をコンソールの上に積み上げた。

(銀蠅……?!)(銀蠅してて遅刻って、マヂかよ)(うわ、最悪! ギンバイだよギンバイ)

〈纏輪機〉の画面に新登場した子供艦長の姿を目の当たりにし、部下たちが一様に心の中でそう叫ぶ。

――銀蠅。

 軍隊の(スラ)(ング)であるそれは、ほとんどの場合、食品泥棒、もしくは窃盗行為そのものを指し示す語だ。

 ハエが食べ物にたかる様子からきたとされるが、いやしくも艦のトップ自らがやることではない。普通(?)は下級の兵たちが犯す禁忌であり、紳士淑女であることを自らに課し、武士は食わねど高楊枝な士官の所業ではあり得ない。

 なにより軍隊としては例外的に将兵の生活環境の充実に熱心な大倭皇国連邦宇宙軍において、それはおよそ耳にされることもないほど(まれ)な犯罪であった。……と言うか、部下たちの誰ひとりとして、村雨艦長がまっとうな手段でお菓子を入手したとは思ってもないあたりが逆にすごい。

 とまれ、

「さぁて、それじゃあ、とっとと始めてちょうだいな」

 部下たちのそうした思いもものかは、まったく気にした風も、ましてや反省の色など毛ほども見せず、村雨艦長はいけしゃあしゃあとそう言ったのだった。

 さっそく持ち込んだお菓子の袋をバリバリ破り、ムシャムシャばくばくやりはじめる。

 冬ごもりの準備にいそしんでいるリスみたいに両方の頬を膨らませつつ、さぁさぁ早くと催促した。

 ノリは、ほとんど、これからドラマを鑑賞しようという観客めいて、どこか他人事風味な無責任さただよう態度である。

「…………」

 そうした一部始終を見ていた難波副長の怜悧な顔から、まったきまでに感情が抜け落ち、怖いくらいの無表情となった。その心中まではわからないが、それを見ていた部下たちの顔が一様に『うわぁ……』と一歩引いたものになり、かつ、難波副長自身は周囲のそうした反応にまったく気がついていない様子であったから、きっと平静だったり冷静だったりはしないのだろう。

 (しば)しの沈黙の後、全艦通達をしようとマイクを握りしめていた難波副長の指がゆっくりとほどける。

「後藤主計長」

 部下の名前を口にした。

「は、はい!」

「酒保ならびに食品庫のセキュリティの見直しを至急お願いね。どうやら頭の黒いネズミが艦内に蔓延(はびこ)っているようだから。……退治はひとまず後まわしだけれど、これ以上の被害は防ぎたい。

「在庫状況の見直しも忘れないように。――なお不足が判明した場合、その全額は村雨艦長の俸給から補填(ほてん)しておくこと」

「ちょ、ちょっと難波ちゃんッ?!」「了解しました」

 難波副長の指示に悲鳴と了解の返事が交叉する。

「備品の棚卸し内容と消費財の使用経緯を全乗員分つき合わせた上で出た差異は――特に使途不明かつ数量マイナス分については、最終的に本艦管理責任者たる艦長の落ち度となると考えます。悪しからず、ご了承ください」

 目を()く上官に向かって、ふッと冷たく()()うと押し切った。

 まぁ、悲鳴をあげた人間には自業自得としか言いようがないが、それで難波副長の気分はすこし晴れたようだ。よけいな仕事を増やされた後藤中尉こそいい面の皮だが、これはもう必要な犠牲と諦めてもらうしかないだろう。

「では諸君、全員が揃ったことだし、これよりミーティングをはじめることとする。それぞれが担当するセクションについて、現時点での状況を各人から報告してほしい。

「まずは()()航法長、頼む」

 溜飲が下がったのだろう、難波副長はスッキリした顔で言うと、ふと思いついたようにコンソール上にふたたび手指を滑らせ、機械をなにやら操作した。

 すると、ひとつの画面の中で『精神安定剤』と名付けられたフォルダが開き、内部にあった実行ファイルがRUNされる。

 副長席の〈纏輪機〉画面が変化した。

 自分自身を除く艦橋要員すべてを映し出している画面の中で、村雨艦長の分だけ突然画像が変化したのだ。

 電子的に合成された架空の部屋で、ミーティングの参加者たちがズラリと居並ぶ列の中央――そこで子供艦長が、ふくれっ面で口を大きくあ~んと開け、今しもシュークリームをぱくっとやろうとした――その瞬間に、映像がパチンと切り替わり、ローティーンの少女の像が、途端、威風ただよう四〇代半ばと思しき女性士官に変身したのである。

 悠揚せまらぬ物腰で、端然と佇む女性士官。

 身なりがキチンと整っているのはもちろんのこと、仕事時間中、職場で人目も気にせず間食にうつつをぬかすような真似などしない。ちゃんとした大人で&艦長。――士官の鑑のようとも思える女性のそれは映像であった。

 赤の他人の映像ではない……ようだ。

 どことなく、ではあるが、映しだされている人物をよくよく仔細に観察すると、村雨艦長の面影がある。

 より正確を期すなら、子供艦長たる村雨大佐が成長すると、こうなるんだろうなという予感めいたものが見受けられるのだ。

 村雨艦長が〈リピーター〉だという事実から推測するなら、つまりはそれは、艦長の過去世――原初体(オリジナル)、もしくは()()当時の姿を記録した映像であるのに違いなかった。

 どういう経緯でかはわからないが、難波副長は過去世の村雨艦長の個人映像を所蔵していた。そして、それを自分の精神の安定のため、〈纏輪機〉のディスプレイに映る現実の映像と差し替えた。――そういうことであるらしい。

 電子装置を間に介したコミュニケーションであるため可能な裏技ではあった。

 本来は、当人就寝時、また入浴中の緊急通話、会議等で、その個人にとって不都合のない映像を自画像として〈纏輪機〉のディスプレイ上に表示させる機能なのだが、それを悪用(?)したものだ。ほとんどの場合、教科書内の人物写真にイタズラ書きするような用途で使われているのがもっぱらなのだが、難波副長の(うっ)(ぷん)の晴らし方は違った。――そういうことであるらしかった。

「どうして、この当時の艦長にあたらなかったんだろ……」

 難波副長の口から、ぽつりとそんな呟きが漏れる。

 そこはかとなく憧憬と哀愁がそこには漂っていて、心の底からそう思っていることが察せられた。

 まぁ、言動が容姿と釣り合っていたのか否かはわからないが、少なくとも、()()よりはまだマトモであった可能性が高い。なにしろ実績を評価されて〈リピーター〉に推されるくらいだったのだ。

 そして、実際、当時の村雨艦長が、外見通りの物腰の軍人であったとすれば、謹厳実直を地で行く難波副長とは実にウマが合ったに違いない。

「難波ちゃん、何か言った?」

「いえ、なんでもありません」

 一瞬もやすむ暇なく口と手を(せわ)しなく動かしているくせに、耳ざとく聞きつけたか村雨艦長が少しむくれた口調で訊いてくる。実に地獄耳である。

 いなすように答えはしたものの、〈纏輪機〉内の映像とスピーカーから流れ出る音声のあまりのギャップに難波副長は顔をしかめた。

 壮年の女性士官が、キャロリンパとした童女の声質で喋っているのだ。なまじ差し替えた映像が音声と連動して動くよう〈纏輪機〉が自動的に()()()()するため、音声と映像が食い違いすぎていて違和感が半端なかった。

(音声データも、サンプリングするなり何なりして改造が必要か……)

 そう思ったかどうかまでは知らないが、

「……艦長、すこしのあいだ黙っててください」

 難波副長は、上官に対してそう要求した。

「なんでよ~? 黙ってたら打ち合わせになンないじゃん」

「いいですから……!」

「え~~?!」

「そもそも口の中にものを詰め込んだまま、まともに話せるはずがないでしょう」

「できるよぉ。いつもやってんだから心配いらないって」

「心配などしておりません。意味不明な内容、かつ不明瞭な発音で部下たちを混乱させないでくださいと申し上げているんです」

「アタクシ様はいつだって明瞭活発だよ?」

「それを仰るなら明朗闊達でしょう。――ほら、言ってるそばから不分明ではないですか」

「カッタいなぁ、もぉ! 身体はぷにぷにのくせに……。そんな揚げ足取りばっかしてるとモテないわよ」

「大きなお世話です。それにセクハラ発言は慎んでください。だいたい――」

 と、

 しょうもない言い合いが、艦の最上級者ふたりの間で無駄にヒートアップしそうになった時、控えめな咳払いがそれを断ち切った。

「報告をはじめてもよろしいでしょうか?」

 難波副長が慌てて視線を転ずると、すこし多めの髪をふわりとミディアムにまとめた小柄な女性士官が〈纏輪機〉の中で微笑んでいた。

〈あやせ〉航法科の長、埴生大尉である。

 難波副長から指名され、口を開こうとした矢先に艦長と副長が揉めはじめたので、発言を控えていたのだ。

「あ、ああ。もちろんだ。はじめてくれ」

「ありがとうございます」

 一礼すると、埴生航法長は報告内容を口にしはじめた。

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