21.巡洋艦〈あやせ〉―12『浴室-1』
「あ~ッ、もう! まずは髪を洗おう! 洗っちゃおうッ!」
両手をブンブン振りまわし、ヤケを起こしたような口調でそう言ったのは御宅曹長だった。
もう、脂がべったりついて、肥臭くって、ヤんなっちゃうッ! と。
〈あやせ〉大浴場に隣接している更衣室の中である。
深雪と三匹のデブ……、もとい、三人の艦載機搭乗員たちとの対面儀式の終了後、主計科員の女性三名――後藤中尉、御宅曹長、そして深雪の三名は、何よりも先にまず大浴場を目指し、ほとんど駆け込むようにして更衣室内へと飛び込んだのだった。
(深雪だけは、事情がよくわかってないせいもあって、ほとんど手を引かれるようにしてではあったが)
軍艦のこととて要員それぞれに割り当てられている居室に浴室はない。
風呂に便所は共用である。
しかし、もし仮にそれぞれの部屋に浴槽があっても、彼女たちは大浴場を目指していたに違いない。
それだけ飛行科員居室で彼女たち三人がこうむったダメージは巨大に過ぎた。
ちいさな風呂では力不足でダメなのだ。ここはゆっくり大きな湯船に身を沈め、穢れを払って、ささくれた心も鎮める必要があった。
禊である。
とまれ、
三人の入室と同時に照明が自動でともったところから、先客はいないようだった。
更衣室は一辺が二〇メートル四方ほどの広さの部屋で、ランドリーをも兼ねているらしい。一方の壁面を占領するかたちで、洗濯機がズラリと横に並べられていた。
反対側の壁は、と見れば、ロッカーと各種飲料の写真が表示されてある無料のドリンクサーバーで占められていて、あとはこれに加えてマッサージチェアでも置かれていれば完璧(?)か。
そんな更衣室の中へパタパタパタッと、ほとんど走るようにして足を踏み入れながら、御宅曹長は同時に衣服を脱ぎすてていった。歩みも止めずにベルトをはずし、ファスナーを開け、袖から腕を抜いて――あっという間に船内服を脱いでしまう。
つなぎ服だというのに実に器用なものである。
なんの躊躇いもなくパパッと下着まで取り去ってしまうと、汚れ物をまとめて手近な洗濯機に放り込み、スッポンポンの姿のまま別の洗濯機の前に移動した。プルンポヨンと胸や尻がはずむように揺れるのを見て、同性とはいえ反射的に深雪は目をそらす。
「せめてタオルを巻くとかしなさい。はしたない」
そう言いながら、後藤中尉が御宅曹長にバスタオルを放ってよこした。
別にもう一枚を深雪の方に寄ってきて渡す。
「ほら、あなたもお風呂にはいる準備をなさい」
「まずは洗髪からな~」
洗濯物を投入したのとは別の洗濯機の前に立ち、その前面から折りたたみ式の椅子を引き出しながら御宅曹長が声をかけてきた。
……いや、よくよく見れば、それは洗濯機ではないようだった。
洗濯機列の脇に並んで数台が置かれたその機械は、人間の身長ほどの高さがあって、腰よりもやや高めの位置に直径五〇センチ程のまるい孔がひとつポカリと開口している。
一見すると超特大のゴミ箱のようにも見える機械である。
しかし、浴室、更衣室にゴミ箱をいくつも並べておく理由がわからないし、そもそもゴミ箱だったら、その前面に椅子を取り付けておく必要はないだろう。
「やり方を見せるから、隣の機械で深雪もやってみ」
首をかしげている深雪の様子に、なにを疑問に感じているのか察したらしく、御宅曹長はおいでおいでしながらそう言うと、
「機械の両脇に把手があるからさぁ」と、深雪が自分の傍に寄ってきたのを確認してから開口部の中に頭をつっこんだ。
『本機をご利用ありがとうございます。これよりメニューを申しますので、ご希望の項目が読み上げられましたら、本機筐体横の把手を押してください。メニューの読みあげをはじめてもよろしいですか……?』
すぐに深雪の耳に、御宅曹長が前かがみに頭をつっこんでいる機械の内部から、そんなメッセージが漏れ伝わってきた。
「髪を洗うための機械、なの……?」
思わず呆気にとられてしまう。
お風呂はお風呂でちゃんとあるのに、にもかかわらず髪を洗う機械が別に用意をされているのだ。軍隊だっていうのに、正気なの?――これであった。
「髪を洗うだけじゃなくって、カットから頭部エステに至るまで対応可能な自動美容機よ」
機械の中に頭を突っ込んでいる御宅曹長を見つめる深雪の傍に、後藤中尉が近寄ってきて、そう教えてくれる。
「そうは言っても、けして贅沢装備とかじゃない。なかなか一般の人たちからは理解が得られないんだけどね。深雪ちゃんに教えておくと、まず、浴室では髪を洗うことは禁止されているの。――人工重力を維持できなくなった万一の場合に備えてね。でも、フネに乗っている間、ずっと髪を洗えないだなんて耐えられないでしょ? 身体は清拭でしのぐとしても、髪の方はそうはいかない。だから、そのための機械が導入されたのよ。
「で、洗髪専用に用途を限ってしまうと不経済だから、頭髪、皮膚、顔面――トータルでケアする仕様となったわけ。艦船勤務者に対する福利厚生のひとつというわけね。もちろん、安価なものではないけれど、機械導入による副次的な効果として、入浴をふくめた身だしなみを整えるのにかかる時間の短縮、効率アップ、均質化がはかられたというのが挙げられるかな? 個人に与えられてある入浴時間には制限があるから、作業を機械まかせで自動化できれば、その分タイムオーバーしてしまう人間を減らせるもの」
それに動作プログラムは一流のプロに監修してもらっているから、自分でやるより気持ちいいわよ。――後藤中尉に、そう教えられ、深雪はなんと言って良いやら見当も付かず、「はぁ……」と溜め息のような声をもらす他なかった。
なんというか、宇宙軍を構成する将兵の男女比が、圧倒的に女性多数であるためだろう――兵員室で手にした何種類かの毛髪保護収容具といい、正面装備以外へのこだわりや充実ぶりに気圧され、圧倒されてしまったのだ。
「とはいえ、今回は事情が事情で、特例というか仕方がないけど、この機械を使う時は、通常、服は着たままよ? どうせ、この後すぐにお風呂にはいるんだからって御宅曹長は言うんでしょうけど、洗髪だけ、フェイシャルケアだけの時だってあるんだから」
どこか心配そうに、深雪が勘違いして理解していないか確かめるように、「ね?」と言う後藤中尉に深雪はうなずいてみせた。
もとより、そんな勘違いなどしない。このフネに乗っているのがほとんど同性ばかりといっても、未だ見ず知らずの人間の前で、そうそう裸になる趣味などない。
まぁ、後藤中尉の説明をうけ、なるほど、中尉の言う通り、これが贅沢装備などではないと納得はできた。伊達に宙免を持っているわけではないのだ。
宇宙のような無重力環境で漏水事故がおこったら、それは悲惨なことになる。
液体はぶよぶよと浮かび上がって、あたり一面宙に漂い、それをウッカリ吸い込んでしまうと最悪、溺死してしまう。防水処理のされていない機械にとっても同様である。
めったに耳にはしないが事故例はあり、宇宙での水の取り扱いは注意を要して難しいのだと、宙免の取得過程でそういうビデオを見せられたことがあったからだった。
贅沢装備ではない。
課業にも波及しうる生活動作の効率アップと乗員、および他装備品に対する安全確保、そして福利厚生の充実による士気の維持。
これら三点セットを例に挙げるだけでも、その主張には説得力が十分にある。
なるほど、確かにそれは贅沢装備などではないのだろう。――軍艦の中でお風呂に入るというのが贅沢行為にあたらないのかどうかは置くとして。
と、
深雪がそんなことを考えていると、早くも髪を洗い終わった御宅曹長が、サッパリした~ッ! と言葉と表情の両方で表現しながら、自動美容機から抜いた頭を左右にブルブルと振った。
そして、
「なんだ、まだ髪洗ってないのか。そんなんじゃこれから困るぜ。入浴時間の割り当ては制限があるし、いつも巻き巻きなんだから」
機械の前に佇んだままの深雪を目にして、早く早くと洗髪機の使用を急かしてきた。
背中を押されるように催促されて、深雪は自動洗髪機の中に頭を突っ込んでみる。
……爽快だった。
耳許に機械音声が洗髪メニューを問い合わせてきたから、とりあえず『おまかせ』を選ぶと、後はされるに任せておけばそれで良かった。
知らず、髪の毛にへばりつくようにしてこびりついていた汚臭や脂――穢れがシャンプーで洗われ、清水にすすがれ、機械腕でくしけずられて、元の通りに綺麗に整えられてゆく。
コースに含まれているのだろう――顔表面のマッサージや皮脂の除去、芳香剤の噴霧と、頭部に対するトータルケアが流れるように練達の手並みで施される。
そうして至福の数分が過ぎ、肥っちょどもに穢されてしまった汚穢がスッキリ取り払われて、深雪は清新そのものな気分で後藤中尉と御宅曹長――上官ふたりと相対することができるようになった。
それは他のふたりも同様だったに違いない。
誰もがほっこりとした安らかな顔になっていた。
完全にではないが、厭な記憶を払拭できかけている。
それを見て取り、互いに顔を見合わせ思わず笑った。
そして、
「さ、風呂だお風呂だ入浴だ~い♪」
御宅曹長が先陣切って、次なる禊にかかろうと、はずむ口調で言ったのだった。
洗濯機に着衣を一式、上から下まですべてを放り込むと、深雪たち三人は浴室の扉をくぐった。
いや、正確にはその直前にもう一つだけ儀式があった。
後藤中尉、御宅曹長に続いて、深雪が自分の着衣を洗濯機に投入しおえると、
「これを着けて」と、後藤中尉が直径四〇センチほどの円盤を手渡してきたのである。
「えっと……、すみません。どう使えばいいんでしょうか?」
見たこともない品に困惑しながら、そのディスクをためつすがめつする深雪。
見た感じとしては樹脂製のピザ。
本体の厚みは二センチ程で、周囲をそれよりも太いリングが縁取ったオレンジ色のディスクである。カチッと固いわけでもなく、少し力をくわえるとぶよぶよ撓んで元に戻る。
見れば、深雪に手渡したものと同一仕様のディスクを後藤中尉は自分の頭にのせており、同じようになさいと暗に促していることまではわかる。
だが、それは一体なんのため?
「いざって時に、こうやるのさ」
深雪の疑問に後藤中尉が答えるより早く、御宅曹長が、「ハイ、注目~」と宣言すると、深雪が自分の方を向くのを待ち、その場でふいッとしゃがみこんだ。
頭の上には件のディスクをのせ、両手で端部の左右を握った状態でである。
身体をまるく屈ませながら、その勢いも借りつつディスクを下方に引っ張り伸ばして、足首のあたりまで一気に下げる。
すると、端部を引っ張られたディスクは、抵抗感なくビロ~ンと伸びて、透明な円筒状の筒がズルズル蛇腹のように引き出されてきた。
そのまま御宅曹長の身体をすっぽり覆って包み込む。
仕上げとばかりに御宅曹長が、床面にコロンとお尻をついて両脚をもたげ、爪先の更に向こうで手にした端部を貼り合わせると、そこはピタリと癒着し、それで頭の先から足の先まで全身を包む透明な袋の完成である。
超巨大なシャボン玉の内部にスッポリ(裸の)人間がおさまったかのような案配だ。
「入浴中に万が一、人工重力が喪失した場合に備えての簡易防護服よ」
実演ありがとう、というように、御宅曹長にかるく手を振り微苦笑しながら、後藤中尉が説明をした。
御宅曹長の頭上の円盤からは、微かにプシューッという気体の噴出音が漏れ聞こえており、緊急避難の間くらいは大丈夫なように酸素供給についてもちゃんと考慮がされているようである。
「〈簡封ハット〉っていうのさ。――〈簡易形成気嚢封入円盤帽〉の通称ね。見かけは、まんま風船だけども真空暴露や極低温、耐衝撃性について、ある程度の靱性は確保されているから、そうそう破れたりする事ないよ。風呂に入る時には、必ずこれをかぶるのが規則なんで忘れないようにな。なんてったって自分を守るためなんだから」
袋の内側から御宅曹長が、深雪にそう講釈をして入浴の準備は整った。
ちなみに萬歳をするように、両手をうン! と上に伸ばして頭上の円盤を持ち上げると、円盤とシャボン玉の部分が分離し、装着者(?)は外に出られる仕掛けとなっているそうである。
と、まぁ、それはさておき……、




