17.巡洋艦〈あやせ〉―8『主計科-2』
「うわぁ……」
思わず深雪は、そんな呻きとも感嘆ともつかない声をもらしていた。
後藤中尉にうながされ、「ここに掛けて」と指示された席に着いてのことだ。
幅五メートル、前後三メートルほどの巨大な机が目の前にある。
樹脂と金属からなる重量感、高級感ともにあふれたものである。
これからの深雪の仕事場(の一つ)だ。
天面はコの字の形に深雪をかこみ、制御卓兼用となっているのだろう手前側は透明な黒水晶の透明さを湛え、奥側は自動車のウィンドシールドのようにディスプレイ画面が横一列に立ち上がっている。
行政府の長官か大企業の社長クラスの人間ならば使いそうといった豪壮きわまりない外見、
学術機関の学者か研究施設の技術者といった人種であれば、きっと必要とするだろう機能。
――見るからに周囲を圧倒するものだ。
机に見合うかたちで椅子もゴツい。
座面の幅は二メートルを超え、一体化されたオットマンは足底までもをカバーする長さとなっている。頑丈そうなフレームとは裏腹、背もたれや座面は見るからにクッションがきいていそうなふかふかした感じで、まるでソファベッドのような感じであった。
そんな巨大な椅子が机に対して反転し、深雪を迎えるように座面の側を見せている。
床と接する部分にキャスターが取り付けられているわけでなく――と言うより、完全に据え付け状に設置されてあるため、使用者がそこに着座をしたら机にむかってグルリと回転するのだろう。
(なんか……怖いんですけど)
おっかなびっくり、深雪は腰をおろしてみたが、案に相違し、別段なにも起こらない。
「シートベルトを締めて」
予想がはずれて、頭の上に「?」マークをとばしている深雪に後藤中尉がアドバイスしてきた。
「あ、は、はい」
慌ててシートベルトを締める深雪。
ベルトと言い状、それはほとんど掛け布のような上半身を覆うくらいに幅広のもの。
それを締めると、それがスイッチだったのだろう――椅子が机に向かって一八〇度の回転をする。同時に座面や背もたれ部分のクッションが、ぐねぐねざわめくように蠢いた。
「ひ、ひゃッ?!」
深雪が思わず悲鳴をあげる。
反射的にぴょんと跳び上がりそうになった。
着座方向の回転はともかく、背中やお尻、股の裏側にかけてを椅子にマッサージされることになるとは、まったく予想もしていなかったのだ。
グッグッグッ……という感じで小刻みに椅子が動いて、机に対する前後位置や座面の高さ、背もたれの傾き角度、クッションの硬度等々を次々変化させていく。
どうやら机も椅子も人間の手では動かせないようになっているため、着座者が最適な姿勢をとれるよう機械が自動的に調節するようなっているらしい。
が、これは、別に贅沢仕様なワケではない。
航宙船――それも戦闘目的で運用される戦闘航宙艦の什器である故そうされている。
主として自艦が交戦状態にある時――加速度変化が突発的に、激甚なレベルで起きるかも知れないことへの対処である。
固縛、あるいは固定されていなかったがために、艦内で物が吹き飛び、ぶつかり、要らざる被害が生じてしまう――そのような事態をなくすため、そうなっているのだった。
とまれ、
そんな机と椅子が三セット、L字型――正確に言うと、艦首方向を前面とし、左側面後方に出入り口が設けられた部屋のなか、前方に二台、後方に一台が、向きをおなじに揃えて配列されている。
ほかには窓も、装飾もない、なんとも殺風景な部屋が、深雪の職場――すなわち主計科室なのだった。
「な、なんかコレ、凄いですね……」
子供の頃から何かと経営に苦労していた実家の家計を知る深雪である。
(うわぁ、高価そう。これって、もし傷をつけたり壊したりしたら、一体いくらの弁償金?)
そんな、する必要もない心配が先に立ち、身動きするのも怖いような気持ちで、自分のすぐ脇に立つ後藤中尉におずおず言った。
自分にあてがわれた机や椅子が外見の立派さだけでなく、機能の方もこれまで経験したこともないほど奢られたものとわかって、内心ひいていた。
「大丈夫よ。軍艦で使うものなんだから、そう簡単に故障するほどヤワじゃあないわ。御宅曹長のタブレットじゃないけど、かなり無茶な使い方をしても大丈夫。……まぁ、深雪ちゃんは、そんなお馬鹿なマネはしないでしょうけど」
深雪の内心を読んだか、後藤中尉はやさしい口調で微笑みかけた。
前かがみになると机の上で手をすべらせる。
コンソールが息を吹き返した。
闇色の静寂をたたえた天面に、奥底の方から幾つも幾つも光が灯り、瞬く間にそこを宝石箱のきらびやかさで彩ってゆく。
タッチパネル型式のスイッチ、ボタン、コントローラー、インジケーター、メーターその他……。
ツルリと硬質かつ平滑な天面は、とりどりの色彩でさんざめく微光の群で満たされた。
「椅子に座って机に向かうと、正規ユーザーか否かを確認するため、機械が網膜認証をおこなうわ。二、三秒の間、瞬きしないで正面を見るようにしてね」
口頭で見るべき先を示しつつ、後藤中尉の指先は踊るように動く。
「基本画面が立ち上がったら、『チュートリアル』を選択。『基本操作』の項を呼び出して……、ハイ、これでよし、っと――深雪ちゃん?」
「はい」
「否応なしに徴募しておいて、更にその上こんなことを言うのは申し訳ないんだけれど、しばらくの間、深雪ちゃんには食事や睡眠といった時間の他に自由時間はありません。休日もナシ。毎日毎日、座りっぱなしでこの部屋に詰めてもらうことになります」
「はい」
「この機能習熟教材を完全にマスターしてしまうまでは、その状態が続くと思ってね。もちろん、私も御宅曹長も、できるかぎりのサポートはします。起きてから眠るまで、そればかりやらされるのはキツいと思うけど、頑張ろうね」
「はい、わかりました……、って、え? それだけなんですか?」
「そうだけど、なにか?」
「あ、あの……、他のお仕事はしなくて良いんでしょうか? いえ、それは自分が半人前以下の役立たずだとは承知していますけど、でも……」
純朴な田舎者かつ体育会系脳な深雪である。かてて加えて実家の家業が酪農農家だ。
つまり、深雪の中では、働くとは、イコール、身体を動かし汗をかくことという認識であった。かなり機械化されたといっても、いまだに農業が肉体労働という事実は変わらない。とくに幼い頃から家の手伝いをしていた深雪にとって、それは刷り込みに等しい理解となっていた。
デスクワークが仕事ではないと言うつもりはないが、あてがわれた機材の操作に習熟するだけというのを仕事と呼んでいいんだろうか? それでなくとも、ぺーぺーの新人。所属していた陸上部でだってグラウンド整備やら先輩たちの使い走りやらは目下の人間たちがやっていた。それが軍隊――階級社会の最たる組織にあって、上役ふたりに肉体労働、汚れ仕事を押しつけ、自分だけのうのうとしているわけにはいかないだろう。
そんな思いが渦を巻き、深雪は言葉を探して口ごもったのだ。
「聞いた?!」
たどたどしく戸惑いを吐露する深雪に、後藤中尉が、パァッと顔を輝かせて脇を向く。
「聞こえてますよ」
上官に振られ、口をへの字に曲げつつ御宅曹長はうなずいた。
「これよ、これこれ! これ、なのよ! なんて実直、なんて健気! これこそ、あるべき軍人の姿じゃないの。あなたも深雪ちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませてもらったら?」
「ちぇ、大きなお世話っスよ。――ああ、深雪? 言っとくけど、こと宇宙軍に関しちゃ、課業の大部分は、イコール、デスクワークだからな? リモコンで機械を操作することはあっても、要員自身が席を離れてパタパタ立ち働くなんてことは、まず無いの」
「え? そうなんですか?」
「だって、危ないだろ」
――危ない?
軍隊なのに?
さすがに意外そうな顔になる深雪に、御宅曹長は説明をつづける。
「民間船の乗員とちがって、アタシたち兵隊の仕事は戦うこと。乗ってるフネも、空間戦闘にそなえ、不意不規則かつ大きな加速度変化がおこなえるよう造られている代物。そうして、さて敵と交戦するってなって、何十Gもの加速度が、フネの中身ごとシェイクする勢いでかけられるとしたら、乗員たちに何が出来る? いくら慣性を中和する機構が備えられていると言っても完璧じゃない。備えがなければ最悪、死亡。良くて重傷という結果となるのは火を見るよりも明らかだろ?」
だから、と言って、
「戦闘航宙艦乗員の課業は、だから要員席に着座したまま行えるよう色々と工夫がされてるんだ」
深雪がついた机と椅子をそれぞれ交互に指さした。
「――てなワケで!」
と、そこで、ひとつ大きくパン! と手を打ち鳴らすと、にんまり笑う。
「中尉殿、そろそろ決めるべきところを決めてしまいましょうや」
脇から深雪の肩に腕をまわしてそう言った。




