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15.巡洋艦〈あやせ〉―6『兵員室』

「ここよ」

 やがて、後藤中尉、深雪のふたりは、とある扉の前で足を止めた。

 乗員居住区画の中である。

 艦長室から出て、後藤中尉が最初に案内したのは、これから深雪がそこで寝起きすることになる兵員室だった。

 扉の脇には部屋の住人たちの名前が表示されていて、手回し良くと言うか早々と深雪の名前もそこにあった。

 自動ドアがスライドし、室内の様子が目にはいれば、そこは狭い。左右の壁にベッドが上下に二つずつあるタコ部屋のような四人部屋である。

 勤務外の時間――食事やリラクゼーション関連は共用施設を利用するから、兵員室は基本、睡眠をとるためだけにしか使わない。だから、これで十分ということであるらしい。

「まずは自分のベッドスペースで私物の整理をしていらっしゃい。ベッドの割り当ては、()()の名札の並びの通り。間違えないでね? 就眠区画(ベッドスペース)は、艦内で唯一、個人の占用が認められている空間だけれど、緊急時にそなえて使用者が任意で施錠(ロック)することはできないの。だから、個人のプライバシーは同室者同士で注意するしかないのよ。

「深雪ちゃんのベッドには、軍服一式を支給してあります。船内服も入っているから、あわせて着替えもしてきてね。私は、ここで少し仕事をチェックしているから、そんなに急がなくても大丈夫よ」

 深雪に気を遣わせないための配慮か、それとも真実忙しいのか、後藤中尉はそう言いながら、ズボンの大きなポケットからくるくると筒状にまるめたタブレット端末を取り出し、起動させた。

「はい。ありがとうございます」

 深雪はペコリと頭をさげると室内に足を踏み入れる。

 ここに来るまでに、『着替え』は下着までひっくるめてのものだと説明されていた。

 つまりは、制服を着るためには一度全裸になる必要があるわけで、いくら同性とはいえ、会ったばかりの赤の他人が目の前にいてはやりにくいだろう。――後藤中尉が深雪に本当に伝えたかったのは、つまりはそういうことだと理解をしたからだった。

 中に入れば幅四メートル、奥行き五メートル程の部屋である。

 造りこそ寮の相部屋ぽかったが、窮屈さは比較の段ではない。

 容積制限がシビアな、いかにも軍艦らしい造りの部屋だった。

 同室の人間たちは全員勤務中なのか、部屋には誰の姿もない。

 当然のように窓はなく、出入り口からみて正面の壁面は、上部がインフォビジョン、そして下部は(多分)住人共用の持ち物を入れる戸棚になっているようだ。

 部屋の両サイドに設けられたベッドは、作り付けと言うより、いっそ押し入れを上下に二分割したような構造である。

 三方が壁で囲まれ、部屋中央に面した側はプライバシー保護だろうか、(フロ)(ステ)(ッド)仕上げをされた樹脂製パネルで密閉されていた。

 一部が横スライド式に開閉する扉になっていて、出入りはそこからおこなう設計である。

 深雪は、自分にあてがわれたベッドに近づくと、スライド扉を開いて、さっそく内部にもぐりこんだ。

 二段ベッドの上段である。

 さすが軍艦と言うべきか、立て掛けられた短い梯子も、ベッド自体の骨組みも、深雪の体重がかかった程度の荷重ではミシリと(きし)むこともない。

 しかし、寝台の無骨さとは異なり、寝具はふんわり弾力に富み、寝心地は決して悪くはなさそうだ。

 今日からここが――ここだけが、唯一、自分専用の空間である。

 だから、

 ヘッドボード近くに半透明の樹脂製ケースが置かれてあったが、

 そして、それは一見しただけで衣装ケースなのだとわかったが、

 深雪は、だから、まずは寝具の方から先に確かめることにした。

 掌で表面をそっと()でると、それはサラサラと滑らかで清潔そのものな手触りである。

 保温や吸湿性能については実際に休んでみないことには判断のしようもないが、そもそも艦内自体に空調が行き届いているのだから、そう気にする必要も無いのかもしれない。

 軍艦の中でお蒲団(ふとん)を洗ったり干したりというのも、あんまり想像できないしなぁと思って、深雪はクスリと笑みをこぼす。

 蒲団は掛けと敷きの双方共に内側がやわらかな面ファスナーで(おお)われた一種の寝袋式(シュラフ)になっていた。睡眠中に急な加速度変動が生じても、乗員が蒲団から放り出されてどこかに身体をぶつけ、負傷したりすることのないための工夫だろう。

 試しに掛け布団を手でめくってみると、面ファスナーはスンナリと逆らうこともなく()がれ、また密着する。肌触りも悪くはない。なるほど良く出来ていると感心した。

 ふと思いついて、スライド扉を閉じてみる。

 すると微かに伝わってきていた外からの音がスパッと断ち切られたように消え、自分がたてる物音のほか、何も聞こえなくなった。

 と同時に、完全に外界と隔絶されたベッドスペースに、シューッと冷たい空気が深雪の頬をなぶるようにして噴き出してきた。

 酸素だ。

 ベッドごとに空調――酸素供給をおこなう設備が備えられている。

 ベッドスペース内部に人間が入り、スライド扉を閉めると、自動的に酸素供給がはじまる仕組みのようだ。

 視線を転じ、ノックする要領で半透明の樹脂製パネルをコンコンと叩いてみると、かなりな厚みをもたされていることがわかる。

 いかにも頑丈そうで、少々のことでは破損し、気密が破れてしまいそうな感じではない。

 これなら寝ている間に減圧事故がおこっても、目が覚める前に窒息して死傷するような事態は避けられるだろう――そう思えた。

 ベッドの奥側の壁面には、数ミリ幅の細い切れ込み線が目地のようにして縦横にはしり、壁面パネルをいくつかの長方形に分割している。

 その目地――どの長方形の輪郭線にも、二センチくらいに溝幅を拡げた箇所が、およそ一〇センチ程度の長さでかならず一カ所は設けられていた。

 引き出しか何かの取っ手だろう。

 そう判断した深雪が手を差し込んでみると、案の定、曲げた指先に引っ掛かりを感じて、そのまま手前に引くと(りん)(かく)線に沿ってパネルが割れて扉が開く。

 私物を収納するキャビネット空間が、そこに現れた。

 そして宇宙服が。

「うわぁ……」

 それを目にして、呻きとも感嘆ともつかない声を思わず深雪は漏らしてしまう。

 使用可能な状態で、宇宙服が寝室に備えられている理由を即座に理解したからである。

 つまり、

 このフネは軍艦であって、一般人が乗る客船や貨物船ではないということ。

 もし万が一、睡眠中に空気が漏れ出す減圧事故が起こっても、誰かが助けに来てくれることを期待し、ただ待っているようではダメなのだということをだ。

 自分でなんとか助かる努力をしなければならないのである。

 その為にこそ各ベッドスペースには気密を保ち、酸素供給をして生存を維持する設備が備えられており、自力で脱出するため宇宙服が用意されてあるのに違いない。

 そうして、パチンパチンとパズルのピースがあるべき場所に収まるように、この部屋の中で見聞きしたすべてをトータルすると見えてくる。

 事故発生の確率と、発生事故への対処方法。

 それらの事物が示す、ただ一つのこと。

 すなわち、この宇宙船が()()()()()であるという事実。

 今更ながらにこれからの生活が、文字通りの意味で常に死の危険と隣り合わせであることを深雪はベッドスペースに備え付けの宇宙服を目にすることで、思い知らされた気分になったのであった。

(ホントにわたし、兵隊さんになっちゃったんだな……)

 端的に言うと、そういうことだ。

『うわぁ……』と嘆息するのも(今更ではあるが)無理はなかった。

「あ、あ~っと、中尉殿を廊下にお待たせしたままだよね~」

 どこか呆然とそう呟きながら、設備について一通りの確認を終えた深雪は放置したままでいた半透明の樹脂製ケースに手を伸ばした。

 衣囊(いのう)と呼ばれる軍用のドレスバッグである。

 ケース然としてカチッと硬そうな外見とは裏腹に、さわってみるとそれはくんにゃり柔らかい。

 中身が空なら、きっとペチャンコに潰れてしまうことだろう。――そう思えた。

 半透明の素材であるから、蓋を開けなくても中に何が入っているかは透けて見える。

 その名の通り、支給品の着衣一式が、洗い替えも含めてだろう何着も、きちんと畳まれ、個別にパッキングされて詰め込まれていた。

 表面には内容物証明書が貼り付けてあり、深雪の名前と梱包物の明細が記されている。

 軍装(第三種(フォーマル))、艦船勤務(オーバー)者事業服(オール)、下着その他がズラリとそこには列記され、内部に収納されてないハーフブーツ等の在処(ありか)は、イラスト入りで収納場所が説明してあった。

 軍隊という組織は、暴力装置であると同時に一種のお役所でもある。国民の血税でもって運営されている以上、税金で購入した物品をキチンと管理し、証して見せようという几帳面さは、だから、まぁ当然のことではあるのだろう。しかし、それにも程度はあろうというもので、(しゃ)(くし)(じょ)(うぎ)というより、いっそ異様なまでのきめの細かさに、深雪は思わず唖然としてしまった。

 中を開ければ、その呆れ――いや、感心の度合いは更に増す。

 一番上に入れられていたのは、深雪が現在身につけている私服(下着含む)の回収袋。

 そして、それをめくると同梱衣類の()()()()()が出てきたからだ。

 服に取扱説明書(とりせつ)

 思わず、「なんの冗談?」と吹きだしかけたが、内容を一読すると納得だった。

 支給される着衣のすべてが単なるオシャレやステータスシンボルの域にとどまらない、すべからく何らかの機能を付与されたものだとわかったからだ。

 それらは単なる着衣、衣装と言うよりも機械。――およそ生ある者に敵対的な宇宙にあって、人間が生存していくための人体保護の機能や工夫を盛り込んだ一種の機械だったのである。(下着にしてからが、(しょ)(うぶ)という機能素材でつくられた特殊なものだった。緊急時の排泄行為はもちろん、下着をつけることによって船内服の機能が阻害されたりすることのないよう作られているのだと説明書にはあった)

「ふえ~」と(うな)ると、深雪はあらためて真剣に案内文の文字を追い、艦船勤務者事業服、婕布下着、それから二、三の装着具(アイテム)類の包装を破ってベッドにひろげてみる。

 そうしたうえで、躊躇(ためら)うことなく素早い動作で裸になった。

 簡易宇宙服にもなる艦船勤務者事業服――船内服は、その機能を十全に発揮するため、やはり支給品である婕布下着の着用が絶対必要とマニュアルに記されていたからだ。

 グズグズ迷って、いつまでも後藤中尉を待たせておくわけにはいかない。

 とはいえ、そうするまでの決心のはやさ、スパッとした脱ぎっぷりは、いかにも体育会系な思いきりの良さではあった。

 手早く着替えを済ませてみると、婕布下着も船内服も、あつらえたかのようにピッタリである。

 今にして思えば、(まさか、それが現実となるとは予想だにしなかったが)自分の将来と引き替えにして、宇宙軍提供の無料教育プログラムを利用し、宙免を見事ゲットした時、

 受講の交換条件として宇宙軍予備役編入への同意書にサインをしてしまったあの時から後、自分の(主に身体)データは、村雨艦長いうところの予備()役兵()・兵()補記()録簿()に記録され更新され続けてきたのだろう。寸分たりともキツいところもユルいところもない、どこまでも身体にフィットしている船内服の詰め襟型の襟元に指を差し込み、くつろげながら、どこか達観した感じで深雪は思った。

 そして、

「お待たせしました」

 小走りに部屋から出ると、中尉の前に立って敬礼する。

 習ってもなく、ましてや習慣化されてもないから、動作が少しぎくしゃくしているのは仕方がない。

「ん……と、はい。これでヨシ、と」

 着こなしの確認をしたのだろう――深雪の頭の先から爪先までもに目をはしらせ、所によっては手直しをして、後藤中尉はうなずいた。

「似合ってるわよ、深雪ちゃん」

 顔をほころばせてそう言うと、

「次は、私たちの仕事場に案内するわね」

 艦長室で、難波副長が深雪の配属先として指定した主計科――その主計科が置かれてある部屋まで行くよと深雪に告げたのだった。


 主計科は、軍隊の兵科の一つで、民間の企業でいえば総務や経理にあたる部署ということになろうか。

 〈あやせ〉の艦内にあっては、主に経理、衛生、司厨の三つの業務を担当する部署であった。

 つまり、補給、医療、そして給食である。

 もちろん、こなすべき仕事はそれだけではないが、主要な業務はその三つに集約される。

 所属科員は深雪を入れて三人。

 つまり、後藤中尉と、御宅曹長と田仲一等兵の三人だった。

 必要にして不可欠な部署の割に要員が少ないのは、

 ひとつは、宇宙船のこととてキャパシティ(船内容積、酸素、燃料、食料他消費材)に厳しい制約があること、

 ひとつは電脳化、機械化にともなう省力化がすすんでいること、

 そして、ひとつは、主計業務というのが、直接、戦闘にかかわるものではなく、いわば裏方仕事だからということが理由であった。

 特にキャパシティ関連のシビアさについては、御宅曹長はもちろんのこと、主計長たる後藤中尉など、正式な医療資格を有する軍医としての職務を別にこなす――一人二役あたりまえ、といった徹底ぶりである。主計科に限らず、すべての部署人員に関してそうなのだ。

 惑星、衛星といった重力井戸の底への下降また上昇がたとえ無くとも、乗員が一人増えると、それだけで船体構造そのものからの見直しが必要となる。

 宇宙船の設計に携わる者たちの間では、今もってそう言われていたから、必要最低限、ギリギリの人数で仕事をこなそうといった風潮は、特に軍艦において顕著となるのは仕方なかったのかもしれない。

 とまれ、

「ここが主計科室よ」

 どれくらいの距離を歩いたろうか……。ずいぶんと長かったようにも思うし、逆にそうでもなかったように深雪は思う。

 いずれにしても、新しい職場についての説明がちょうど終わったあたりで辿り着いた部屋――とある扉の前で、後藤中尉は深雪にそう告げた。

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