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11.巡洋艦〈あやせ〉―2『乗艦-2』

「まずは艦長に着任の申告に行かなきゃね」

 短艇から降りると、後藤中尉はそう言った。

〈あやせ〉短艇格納庫の中である。

 深雪の傍らに立っているのは後藤中尉ひとりだけ。

 御宅曹長は、短艇の船倉に積み込んである補充の需品を〈あやせ〉内部に移すべく、さっそく作業に着手したため、ここにはいない。

「また後でな!」と深雪にむかって手を振ると、早足で短艇の奥へと消えていったきりである。

 それまでの狭い操縦室から、広大と言うべき格納庫内に歩を踏み出した深雪は、身震いするような寒気を感じて思わず自分の身体を抱きしめた。

 実際に寒かったわけではない。たぶんに不安感からくるものだ。

(これが〈あやせ〉……、宇宙軍の軍艦の中なんだ)

 おおきく深呼吸をし、片方の()を胸に当てがい気を落ち着ける。

 そうして、はじめて目にする戦闘航宙艦の中の様子をおおきく(こうべ)をめぐらし、自分の前後、そして左右、つぎに天井と、周囲をぐるりと見まわしてみた。

 背後には、見るからにゴツくて頑丈そうな機械の腕に固縛された短艇の姿があり、艇体の周囲(ぐるり)を取り囲むようにしてはしるデッキプレート上には、整備にかかるのだろうか、早くも数名の姿がある。

 酪農を営む実家、学校やアルバイト、そして陸上競技に関わるあれこれといった、深雪がこれまでの人生で見聞きしてきた光景に含まれない、それはまったく見知らぬ世界の点景だった。

 格納庫の外扉は(すで)に閉ざされ、今まで自分を取り巻くようにしてあった宇宙の闇は、もうどこからも(のぞ)きようもなく存在しない。

 ごぉん、ごぉん……と重たく低く響きわたって伝わってくる重低音は、一体どこで、どんな機械が動いてたてているのだろうか……。

「ついてらっしゃい」

 後藤中尉にそう声をかけられて、深雪がはたと我にかえると、かく言う中尉は、はや数メートルも前にいる。

 格納庫から外――おそらくは艦内へと通じるのだろう扉の方へ踏み出した歩を中途に留め、振り返ってこちらを見ているのだった。

 (あわ)ててその後を追い、深雪が後藤中尉につづいて扉をくぐると、すっと断ち切られるようにして、それまで聞こえていた(けん)(そう)が消え失せる。

(えッ?)と、思わず深雪は後ろを振り返ったが、そこには『短艇格納庫』と記された自動扉ののっぺりとした表面があるばかり。

 一見、何の変哲もなさそうな扉と見えるのに、抜群の(しゃ)(おん)(せい)をもっている。

 短い通路を抜けて、ふたたび扉をくぐる。

 後に知ったが、その短い通路は、予備のエアロックなのだった。

 扉は防爆仕様の、途轍(とてつ)もなく頑丈きわまりないもの。

 開閉の動きが滑らかなので気付かずスルーしていたが、もしも深雪がその厚みを見ていたら、思わず「うわぁ!」と叫んでいたに違いない。

 格納庫は、直接、宇宙空間と接する構造的に脆弱(ぜいじゃく)な場所であるから、保安防護の観点から複数の対策が講じられているのだった。


 しろく塗られた艦内通路を深雪は後藤中尉に従い、その後を歩く。

 平均的な地上世界と同程度とまではいかないものの、艦内には人工的に重力が作り出されていた。

 どれほど無重力環境に適応しようと、生物として発生進化してきたのが惑星上である以上、いざという時の咄嗟(とっさ)の対応は、どうしても重力があることを前提のものになってしまう。

 そこまでいかなくとも重力があるのと無いのとでは、主として業務に関わる動作と、それにともなう作業効率が明確に違う。

 だから、人工的に重力を発生させる仕組みに多少の費用がかかろうと、それが多少で済むのであれば、投資する価値がある。――そう見なされているのだった。

 おかげで低重力環境下での行動に不慣れな深雪も、大して苦労することなくスムーズに移動することができている。

 地表→ロケット→宇宙港→短艇→現在地(巡洋艦〈あやせ〉艦内)。

 標準→過剰→弱→無→弱と、短時間に目まぐるしい重力変化を経験したにもかかわらず、

 そして、これまで長期にわたる宇宙滞在の経験など皆無同然なのにもかかわらず、深雪は実によく耐え頑張っている。

 かなりへばり気味ではあるが、レッドカードの要求する無茶振りなスケジュールに間に合わせるため、事実上、不眠不休にちかい最悪のコンディションで移動し続けたことまで考えあわせると、若さ故のタフネスぶりを勘案してなお、実に天晴(あっぱ)れとしか言いようがない。

 よく宇宙酔いを引き起こさなかったものだった。

 気が張っているのか、アクビさえしない。

 時折、二言三言、はなしかけてくる後藤中尉にこたえて歩き続ける。

 実はそんな彼女の様子を〈あやせ〉艦内において医者をも兼ねる後藤中尉は、心身両面において観察していたりするのだが、さすがにそこまでは知る(よし)もなく、察することもまた無い深雪であった。


 艦内通路を行き交い、すれ違いする人影はさして多くはなかった。

 ぽつ、ぽつと、ひとり、或いは数人単位で移動している姿を時折見かける程度である。

 ただ、ドッキングオペレーターのよし子という名の女性が言っていた通り、出港が間近いせいか、誰もが皆、忙しく、気ぜわしそうな様子であるのは共通していた。

 ほんの数回、そうして他の乗員たちとすれ違い、

 後藤中尉の背中に隠れるように()()頭を下げて、

 ふいに深雪は、あることに気がつき、心の底から青くなった。

「あ、あの……ッ!」

 勇気を(ふる)って前を行く後藤中尉に呼びかける。

「どうしたの?」

 足を止めることなく、しかし、後藤中尉は振り向いた。

「あの……、艦長にお目にかかる前に、わたし、着替えなくても良いんでしょうか? その……、軍服に」

 すれ違う乗員たちが後藤中尉と礼をかわし、そして、その背後に続く深雪に視線を移して一様にすこし目を見開く様子から、今更ながらその事にはたと思い当たったのだ。

 まだ支給されてないから当然とはいえ、軍服も着ず、私服姿で軍艦の中をウロウロ歩きまわっていることに。

 後藤中尉がすぐ前にいるから、一見して民間人であることも明らかな、場違いきわまる闖入者(ちんにゅうしゃ)の自分が(きつ)(もん)もされずに済んでいるのは明白だった。

 そうでなければ……、

 たとえば後藤中尉が、「ちょっとお花を摘みに行ってくるから、ここで待ってて」などと中座した際、折悪(おりあ)しく誰かに出くわそうものなら問答無用で即逮捕だろう。

 しかし、

「ああ……」と納得の響きを声に含ませながらも、後藤中尉はニコリとわらった。

「心配しなくてもその格好のままで大丈夫よ。と言うか、艦長ご自身のご要望なのよ――あなたが乗艦したら、そのまま真っ直ぐ自分の所まで連れてきてというのは。

「なんでも、若い女の子たちの間で流行しているご当地ファッションを是非とも間近に見てみたいんですって」

 おかしいわよねぇと言って、クスクスとわらった。

「は、はぁ……」

 言われて深雪は自分の服装に目をやった。

 あらためて見るまでもない、普通の服だ。

 普段着というわけではないが、とっておきの()()行きというわけでもない。

 なにしろ兵隊になるのである。

 めかし込んでオシャレに自分を飾るという選択肢などおよそ考えつきもしなかった。

 と言うより、生来の性格からして、オシャレや女の子らしいあれこれにそもそも興味の薄い深雪であったのだ。

 清潔であれば良い。

 機能的であれば良い。

 丈夫であれば良い。

 貧相でなければ良い。

 衣服については、それらが購入や着用の条件なのだから、ボーイッシュと言うよりいっそ男らしい考え方の主だと言える。

 当然、流行を追うこともなく、誰かが自分を見て可愛い、綺麗、女の子らしい――目を楽しませることなどないと信じ込んでいた。

(それにそもそも、こんなおっきな()()の艦長になるくらいだから、言っちゃなんだけど、結構お歳を召してらっしゃる筈だよね。自分の娘さんとかの参考にでもするのかな? まさかいやらしいオッサンとかじゃあないよね。何にしたって、わたしの私服姿を目にしたところで、何の役にも立たないと思うんだけどな……)

 後藤中尉の説明を受けて、ひとまず安心はしたものの、内心、なんだかなぁ……と、すこし溜め息をつきたくなったのも事実であった。

 深雪は知らない。

 出撃途中に要員を補充するという一種メチャクチャなことをしなければならなかった〈あやせ〉。

 仕方がなかったとはいえ、定数を満足させたメリットとは逆に、練度や乗員間の協調性といった面でのデメリットが生じた不利は否めない。

 艦長の地位にある者が、少しでもそうした不利を減らしておこうと考えるのは、だから当然至極のことだった。

 服装には、その個人の内面が表れる――そう考えたかどうかはさておき、判断材料の一つにしようとしているのは、たぶん間違いないところであったろう。だからこそ、地元の警備府や短艇内部で過ごした時間、そして、乗艦しても深雪は彼女の居室たる兵員室には案内されなかった。

 制服を支給され、着替える機会を与えられなかった。

 そうはさせずに、まずは自分の元へ、何より先に寄越すようにと、後藤中尉に指示が下されていたからだ。

 はじめての軍隊生活、航宙艦勤務、そして、もしかすると実戦の予感に深雪は大きな不安をおぼえている。

 しかし、調律のとれた集団の中に、自らすすんで異物を取り込まねばならない側も不安を感じていたのである。

 そうした不安を減ずるための過程(セレモニー)に自分が置かれていることを知らないままに深雪はひたすら歩いているのだった。


 後藤中尉はずんずん先へと進んでゆく。

 艦内の通路は、さして曲がりくねることもなく、分岐も大して多くはなかったが、来た道をもどりなさいと言われても、ムリだと感じるくらいの距離を深雪は進んでいった。

 気密漏洩に備えてのことだろう、至る所で目にした隔壁扉の周辺には、かならず記号が記されていて、それがどうやら現在地を示しているらしいと気付いたものの、既に手遅れ。

 艦の全体像はもちろんのこと、出発地点との位置関係を把握していなかったから役にはたたない。

 とまれ、

 そうして、一体どれくらいの時間、歩いたか……、

「ここよ」

 とうとう後藤中尉は一言、深雪に言うと、とある部屋の扉に向き直ったのだった。

 扉には、艦長室と表示されている。

 見れば扉のすぐ脇に三〇センチ四方程の正方形の樹脂製パネルが埋め込まれてあった。

 俗に〈ノッカー〉と呼ばれる掌紋認証パッドだ。

 戦闘航宙艦の扉は、その性格上、ほとんどが防爆仕様になっているから、ノックをしても手が痛くなるだけで意味がない。

 ノックの音も振動も、扉に阻まれ、部屋の内部に伝わらないのだ。

 来意を告げる仕掛けが施してあるのは当然だった。

 ただ……、その〈ノッカー〉そのものに、『やさしくさわってネ♡』と可愛らしい字が、明らかに手書きで書かれてあるのが、なんとも場に似つかわしくなく、深雪に首をひねらせた。

 まるで、初めて自分の部屋をもらったちいさな子供の子供部屋のようだったからだ。

 後藤中尉が〈ノッカー〉に掌をあて、用件を告げると、「入りなさい」という返事がスピーカー越しに即座にとどいた。

「覚悟はいい?」

 一体どういう意味合いか――いたずらっぽく深雪に笑いかけると、「後藤中尉、入ります」と口にしながら、後藤中尉が室内に足を踏み入れる。

 意味深な言葉にドキッとしながらも、深雪も後に続いて扉をくぐった。

 部屋の中には二人の人間がいた。

 若い女性と、そして少女が。

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