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第一幕・第七話 玩具じゃなくてお気に入り

 ついに恐れていたあの時が訪れてしまった。幾度となく言い訳をし、その機会を先送りにしてきたが、もうこの運命からは逃れられない。

 私は覚悟を決めて左腕を突き出した。

「そんなに決死の覚悟で腕を出さなくても…。ただの採血ですから怖くありませんよ」

「クロロにそう言われても安心できないの!最初はただの採血とか言って、いつの間にか解剖されてそうだもの」

「いくら何でもそれは偏見ですよ。私を何だと思っているんですか。まぁ、あなたが解剖をお望みならやってあげないこともないですが」

 私の腕に注射を刺しながら嬉々としてネクロマンサーは答えた。

 今私とケルはクロロの研究室に来ている。

 何故ここに来ているのかというと、先日人間の街に行った時に作ってしまったクロロへの借りを返すためである。城で出会う度散々逃げ回ってきたのだが、昼間ついに捕まって研究室に強制連行されてしまったのだ。

 クロロは慣れた手つきで2セット分血液を取ると、適切な処置をして私を開放した。

「では、血が止まるまで五分ほど押さえておいてくださいね」

「は~い。あぁ、私の血。一体何に使われるのやら」

 左腕を押さえながら、私は複雑な表情で血の行方を追った。

「そんなに心配しなくても、この世界の人間と異世界の人間で持っている抗体とか遺伝子情報が違うのか調べたりするだけですよ。あと、星の戦士に見られる何かが分かればなお良いですね」

 取った血を見たこともない装置にセットし、機械で調整を行いながらクロロは言った。

 私は血を抜かれた腕を押さえながら、改めて研究室の中を見て回った。前回来た時は怪しいホルマリン漬けや手術道具を見て、回れ右をして逃げてしまったから、きちんと研究室内を見るのは初めてである。

 研究室には五つの大きな机と一つの手術台があり、五つの机にはそれぞれ違う分野の研究資料や材料が置かれている。電子部品が置かれているものや、化学薬品、解剖途中の謎の生き物、見たことのない鉱石、明らかに毒を持っていそうな花や茸などがあった。壁一面にある棚には分厚く難しそうな本が並び、鍵付きの棚には危険そうな薬品やホルマリン漬けが収納されている。

 なんだか色々なものがありすぎて、よくわからない空間になっている気がする。

「お姉ちゃん、お注射終わった?」

 隣にある仮眠室の掃除をしていたケルがパタパタと駆けてきた。

「うん、終わったよ。ケルちゃんは頼まれたお掃除終わったの?」

「うんうん!もうピッカピカ!」

 偉いでしょ、と尻尾を振ってくるケルに、私は頭を撫でて褒めてあげる。

 研究室を一通り見終え、そろそろお暇しようかと思ったところ、仮眠室とは真逆の壁に位置するところに見るからに厳重そうな扉を見つけた。ついつい私は好奇心から足を止めてしまう。銀色の鉄製の扉だが、特にドアノブは見当たらない。

 私が不思議そうに扉を見つめていると、いつの間にか背後に立っていたクロロが声をかけてきた。

「おや。えりさんは銃火器に興味がおありですか?」

 驚いてビクッと体を飛び上がらせた私は、扉から身を引いて彼を振り返った。

「じゅ、銃火器?」

「えぇ。ここは私が開発した武器を格納している武器庫です。せっかくですから見てみますか?」

 クロロが扉に手をかざすと、空中に小さな赤い魔法陣が現れた。そして魔法陣の周りの見たこともない文字や図式がクルクル回転すると、やがてカチッと音を響かせて止まり、魔法陣は消えた。それとほぼ同時に、閉まっていた目の前の扉が音もなくスライドして開かれる。

(ま、まさかの魔法式自動ドア!?一体どんな仕組みの魔法なの)

 クロロが狭い個室に足を踏み入れると、部屋の照明が自動的に点灯した。

 個室には壁一面に武器が飾られており、この空間だけとても近代的に思える。自分の世界の銃火器とデザインは多少違うが、大体の性能は恐らく同じようなものだろう。クロロは狭い個室の一番奥まで行くと、クルッとこちらを振り返って両手を広げた。

「この部屋にある武器は人間界にある『魔晶石』を動力に使用しておりますので、魔力を持たない人間でも十分戦える兵器ばかりです」

 目を輝かせてイキイキ話すクロロに、私は早くもドン引き顔で部屋を見回した。

「魔晶石って?初めて聞く言葉だけど」

「魔晶石と言いますのは、魔力を持たなない人間に星が与えたもので、魔界には存在しない特別な鉱石の一種です。魔晶石には様々な属性が存在しておりまして、水・火・雷・風・氷・大地・光・闇の八種類があります。その属性の宿った魔晶石を用いて、人間は今までたくさんの発明品を作って文明を発達させてきました。魔力を持つ魔族からしたら、空を飛ぶなど造作もないことですが、人間は複数の魔晶石を使って飛空艇を作り、初めて空を飛ぶことができました。魔力を持たず、魔法が使えない人間にとって、魔晶石はなくてはならない存在なのです」

「ふ~ん。その魔晶石を使って作った武器たちがコレなわけね」

 私は壁にかかっている武器を一つ一つ眺めた。

 ゲーム好きの私は、ホラーゲームも昔からよくやっていた。ゲームでよく見るようなサブマシンガンやショットガン、火炎放射器や手榴弾のようなものが飾られていた。ゲーム上ではなくリアルで見ると、さすがに危険な凶器であると認識し、自分の手の届くところにあると怖くなってくる。

「コレなんかオススメですよ。私が開発したもので、弾込めがとてもスムーズにできるよう改良した特別製ロケットランチャー!威力のほうも魔王様からお墨付きをいただいております。女性でも扱えるよう軽量化にも取り組みました。どうです、おひとつ?」

「い、いやいやいや!なに飲み屋でもう一杯勧める気軽さで言ってるの!?いらないよそんな危ないの!」

 ロケットランチャーを壁から取り外して爽やかな笑顔で差し出してくる彼に、私はものすごい勢いでブンブンと左右に首を振る。

 クロロは実に残念そうな顔をすると、渋々ロケットランチャーを壁に戻した。

「残念ですねぇ。武器を一つ提供する代わりに、今度は髪の毛か皮膚片でももらいたかったのですが」

「そんな魂胆だろうと思った!てか髪の毛か皮膚片て怖いわ!もう二度とクロロには借り作らないから」

 私とクロロが武器庫内で騒いでいると、隣の研究室で待っていたケルが大声を上げて私たちに呼びかけた。

「ねぇ二人とも、ちょっと来て!外で何かあったみたい!」

 研究室の窓から外の様子を見下ろすケルにならい、私も窓から正面庭園を見下ろした。下には数人の魔族が倒れており、ジークフリートやおじいちゃんがいち早く対応にあたっていた。

「一体、何があったの!?」

「あれはキュリオの軍ですね。彼には先日新しい任務を依頼したのですが、どうやら星の戦士に返り討ちにされたようですね」

 クロロはそう言うと、現場に駆け付けるべく研究室から出て行く。

 遠目からだが、ジークフリートに抱え起こされている人物は確かに、以前西の庭園で出会った吸血鬼の男の子のようだ。

 私はケルと共に、急ぎ外の現場へと向かうのだった。




 正面エントランスまで駆けつけると、そこには先ほどの面々以外に魔王とメリィ、サキュアの姿もあった。

 外で倒れていた魔族たちをひとまず城内に運んだようだが、ドラキュリオ以外は全員痙攣して意識がなかったり、吐血して咳き込んだりしていた。一目見て命にかかわる危険な状態であることがわかった。

「みんなしっかりして!サキュアの声に耳を傾けて!サキュアが傍についててあげてるんだから、こんなところで死んじゃダメよ!」

 サキュアは魅了魔法をかけて無理矢理意識を繋ぎ止めようとしているが、もはや苦しむ魔族たちの耳に彼女の声は届いていない。

 倒れている者や咳き込んで血を吐き出す者を観察すると、皆一様に肌が緑色に変色していた。

「何…?あの肌の色…」

 あまりの惨状に立ち尽くす私に、先に到着していたクロロが近づいて言った。

「おそらく強力な毒に侵されたのでしょう。それも、相当性質の悪いね」

「毒!?毒のせいであんな肌の色に?……ヒドイ。これを、あたしと同じ星の戦士がやったの?」

「……これはお前と同じ星の戦士、『神の子』と呼ばれる小童の仕業だ」

 息を引き取った魔族の頭に手を置いたまま、後ろ姿の魔王は続けた。

「奴は『ダイスフィールド』という特殊能力を持ち、その日ごとに変わる特殊なサイコロを振って、出た目の能力を発動させる。今回はおそらくトラップ系・一発系のどちらかの出目でやられたのだろう」

「え…?サイコロ……?サイコロで、こんなになっちゃうの?」

 私は一人、また一人と目の前で息を引き取っていく魔族を見て、もう何も言葉が出てこなかった。

「うぅ、クソッ!…あの、クソガキめ!よくも、ボクの眷属と、部下を……!ゴホッ、ゴホゴホッ!」

「無理に喋るでない。いくらお前さんとてこれ以上悪化すれば死にかねんぞ。ジークよ、キュリオを部屋に運んでくれんか。メリィは急ぎジャックを城に呼ぶ手筈を。解毒で一番頼りになるのはジャックじゃからのう」

「私も体内にある毒を採取して解毒方法を調べてみましょう。ジャックさんも今は別の任務中で、すぐにこちらに来られるか分かりませんからね」

 それぞれ慌ただしく動き始める中、私は動くことができず黙って皆を見送った。

 その場には息を引き取った仲間に付き添うサキュアと魔王、ケルが残される。

「女、お前はもう今日は牢で大人しくしていろ。同胞を殺されて怒り狂った魔族に襲われても面倒だからな」

 言うだけいうと、魔王はサキュアと共に遺体の移動に取り掛かった。

 この世界に来て初めて目の当たりにした『死』というものに、私の頭は混乱して何も考えられなくなっていた。ケルに何度も声を掛けられたが、耳に入るだけで内容まで入ってこない。

 最終的にケルは私の手を掴むと、半ば強引に地下牢へと歩き出すのだった。




 ケルに連れられ地下牢に戻ってきて1時間後。ようやく冷静さを取り戻してきた私は、最後に見たドラキュリオの身を案じていた。他の魔族たちと違ってまだ肌が緑色に変色してはいなかった。七天魔の一人に数えられるほどの強い魔族のため、毒の進行がいくらか遅いのかもしれない。

(クロロやジャックさんが解毒の方法を探るって言ってたけど、本当に大丈夫なのかな。もし解毒できなかったらドラキュリオも……)

 私は服をギュッと握りしめて考えると、意を決して立ち上がった。

(成功するかどうか分からないけど、私の力でドラキュリオを救えるかどうか試してみよう!失敗したとしても、何もしないよりかはマシだよね!)

 私は地下牢を出ると、外で待機していたケルにドラキュリオのところまでの道案内を頼んだ。

「でもお姉ちゃん、魔王様から地下牢でじっとしてるように言われたよ。見つかったらきっと怒られちゃうよ」

「怒られてもいいの!今はドラキュリオを助けるほうが先決でしょ!もしもの時は、ケルちゃんは怒られないように庇ってあげるから」

 お願い、と両手を合わせて懇願すると、ケルは困った風に耳を垂れた。

「キュリオのところに行けば、本当にお姉ちゃんがキュリオを助けてくれるの?」

「か、確実に助けるとは言えないけど…。失敗しちゃうかもしれないし。でも、助けたい気持ちに嘘はないよ!」

 私はケルの目を見て言い切った。私を見定めるようにじっと見上げていたケルは、ゆっくり目を閉じるとグレーの毛色へとその身を変えた。

 ケルベロスは私を見上げ一つ頷くと、背中を見せて走り出した。

「どういった毒かは分かりませんが、敵の攻撃を受けてもう一時間以上経ちます。いくらキュリオといえど、そろそろ限界が近いはず。もしお姉さんの星の戦士の力でキュリオを助けられるのなら、お願いします!キュリオを助けてください!悪戯ばかりの気分屋な彼ですが、ケルと一番仲が良い魔族なんです。それに、魔王様が信頼する数少ない魔族の一人。ここで失うわけにはいきません」

 前を走るケルベロスの顔は見えないが、声からその表情が十分窺い知れる。

 私はケルベロスの気持ちを胸にしまい、自分の中の想いの力に上乗せする。妄想を現実にするには、強い想いの力は必要不可欠。部屋に辿り着くまでの間、私はできる限り強い想いを溜め込んだ。




 魔王城で会議や行事がある際、幹部クラスは全員城に泊まることがある。そのため、幹部は皆城に自分専用の部屋が設けられていた。

 私とケルベロスはドラキュリオの部屋につくと、中の様子を窺いながらゆっくりと扉を開けた。部屋の中にはベッドサイドに腰掛けたおじいちゃんと、苦しそうに息をするドラキュリオしかいなかった。

 私たちは魔王に見つからぬようサッと部屋に体を滑り込ませると、後ろ手で扉を閉めた。

「お嬢ちゃんたち、どうしてここに。キュリオを心配してきたのか?」

 私たちはおじいちゃんの隣に移動すると、ベッドに横たわるドラキュリオを覗きこんだ。

 彼の顔には、先ほどは見られなかった肌の変色があちこちに見られ、時折苦しそうに咳き込んでは血を吐き出していた。今や枕元が自らの血で真っ赤に汚れている。

 私はその血の量に動揺し、ひとりでに体が震え出す。

「お嬢ちゃん、心配で来たんじゃろうが、無理してここにいないほうがいい。キュリオも一応吸血鬼界の王子じゃ。こんな弱った姿人には見られたくないじゃろう」

「ジャック殿やクロロ殿はどうしたんです?解毒方法は見つからないんですか」

「クロロは研究室で色々試しているようじゃが、まだ良い知らせはないのう。ジャックは別の星の戦士に妨害されてるようでな、なかなか戻ってこられんのじゃ。向こうも今戦場だからのう」

 おじいちゃんの話を聞いた今、動揺していた私の気持ちは固まった。覚悟を決めるように深呼吸し、最後に長い息を吐き出すと、私はキッと顔を上げた。

「おじいちゃん、ケルベロス。少し離れて静かにしててもらっていい。集中したいの」

「集中…?一体何をするつもりじゃ」

 私はその問いには答えず、静かに目を閉じると頭の中で妄想を組み立て始めた。しばらくすると、私の身体は蒼白の光を放ち始める。

「星の戦士の力を使うつもりか!?ケルベロス、お前さんはお嬢ちゃんの能力を知っておるのか」

「いいえ、知りません。魔王様から彼女の能力を探るよう命を受けていましたが、結局情報を引き出せなかったので。でも今は、キュリオを救いたいと言ったお姉さんを信じます。僕らは離れて見守りましょう」

 ケルベロスとおじいちゃんは静かに扉の前まで移動すると、青白い光に包まれる私を見守った。

(ここに来るまで私なりに考えてみた。おそらく回復魔法なんてものは今の私にはできない。一度も回復魔法をこの目で見たことはないし、私自身が怪我をして回復魔法をかけてもらったこともない。怪我を治す魔法を現実化するのは失敗する可能性が高い。同様に、ゲームとかである解毒魔法なんてものも無理。だったら今の私ができる確実な妄想は、いつも私が日常的にやっていて慣れている『変化したものを元の状態に戻す妄想』。減ってしまった飲み水を満杯の状態に戻す妄想は毎日やってる。それと同じで、この間会った元気で健康体のドラキュリオに戻す妄想をすればいい!治療するんじゃなくて、戻す!方針が決まれば後は細部まで妄想を広げて……。肉体だけあの時の健康体に戻すイメージで、時間や記憶はあくまでそのままで……。最後は助けたい強い想いと、妄想を信じる心!!!)

 両手の平をドラキュリオにかざし、両目を見開いて私は妄想を現実に解き放った。

『お願い、戻って!!!』

 私の叫びと共に、キュリオの身体が蒼白の光に包まれた。そのまま部屋全体が一時青白い光で満たされる。

 能力の発動が終わり光が消えると、私は逸る鼓動を感じながら横たわるドラキュリオを再び覗き込んだ。緑色に変色していた肌は元に戻っており、呼吸も穏やかなものに変わっている。

 安堵の息を吐くと同時に、私の頬にはひとりでに涙が伝った。

「すごい!本当に毒が治っています!やりましたね、お姉さん!」

 安心してポロポロ涙を流す私に、ケルベロスは彼としては珍しく満面の笑みを向けてくれた。

 おじいちゃんも改めてドラキュリオの体を隅々まで見、毒が完治していることを確認する。

「フム。本当にもう毒には侵されていないようじゃな。フォッフォッフォ、まさかお嬢ちゃんがキュリオを救ってくれるとは。感謝するぞ。あの状態ではあと一時間も持たなかったじゃろうからの」

「ううん、私は自分にできることをやっただけだから。それに、ちゃんと成功したけど、必ずしも助けられる保証はなかったし。本当に上手くいってよかっ、た……?」

 私は突然強い眩暈に襲われ、ぐらりと体が傾いた。咄嗟にケルベロスが支えてくれたが、身長差がありすぎて危うく二人揃って倒れてしまうところだった。

 ケルベロスに寄りかかりながらなんとかその場に片膝をつくと、私はふらつく視界に頭を押さえた。

「大丈夫お姉さん!?もしかして、能力を使った反動?」

「ん、いや。今までこんなことなかったんだけど…。そうなの、かな」

(今まで深く考えずに妄想してきたけど、もしかして現実にする妄想の種類や規模によって、体にすごい負担がかかったりするのかな…)

 私はなんとか立ち上がるが、眩暈が治まらずまだクラクラしている。私が倒れないよう背中をケルベロスが押さえてくれているが、とても歩ける状態ではなかった。

「あまり無理してはイカンぞ。儂が瞬間移動で牢まで送ってやろう。魔王様やクロロにも、キュリオが回復したことを報告せねばならんしの」

「…ありがとう、おじいちゃん」

「なぁに、キュリオを助けてくれたんじゃ。当然じゃよ」

 おじいちゃんは優しく頭を撫でてくれると、一瞬で地下牢へと私たちを送ってくれた。そのまま二人に支えられて地下牢の寝床に横になると、私は夜ご飯の時間になるまでぐっすり眠りにつくのだった。




 神の子と呼ばれる星の戦士との戦いで多くの犠牲者が出た二日後。私はいつものように地下牢で目覚めると、身なりを整えてから日課の朝の体操をしていた。きちんとしたベッドで寝ていないせいで、朝起きて適度に体を動かさないと腰が痛くて仕方がないのだ。

 腰を左右に捻って凝り固まった筋肉をほぐしていると、ふいに扉をノックする音が聞こえた。

「ん?誰だろ。朝のこんな時間に。メリィが来るにはまだ早いけど」

 まさか魔王では、と私は思い、警戒しながら扉を開けた。

 だが扉の向こうに待っていた人物は、二日ぶりに見る元気な吸血鬼だった。

「おっはよー!よかった、起きてて」

「ド、ドラキュリオ!?どうしてここに?」

 予想していなかった来訪者に私は目を丸くする。

 毒を治して以来だが、どうやら体に異常はなさそうだった。初めて庭園で会った時と同じで、ヤンチャで可愛い雰囲気そのままだ。

「ちょっと君に聞きたいことがあってね。正直に答えてほしいんだけど、いいよネ?」

 真剣な眼差しで小首を傾げるドラキュリオに、私は思わず身構えてしまう。

 一体朝早くから何を聞くためにわざわざ会いに来たのか、相手の真剣さに影響され、私も重々しく頷いた。

「二日前にダイス小僧に毒をもらって瀕死の重症だったんだけど、ジャックやクロロの治療のおかげでボクは助かったらしい。……表向きは。目覚めたボクに魔王様はそう説明したんだ」

 ドラキュリオの話に、私はポカーンと口を開ける。間抜けな表情をする私にお構いなしに彼は話を続ける。

「でもその後でね、こっそりじーちゃんが教えてくれたんだ。本当は君が星の戦士の能力でボクを助けてくれたんだって。その後体調を崩して倒れたとも聞いた」

 気遣わしげにドラキュリオは私を見つめた。

 初めて出会った時は私を馬鹿にしたり下に見るような態度だったが、今は以前あったような威圧感や壁は感じられない。怪我の功名というのだろうか、前回は仲良くなれなかったが、どうやら今回は打ち解けられそうだ。

「大方魔王様は、魔族が星の戦士に助けられたなんて話が広まったら軍が混乱するから事実を伏せたんだろうけど、それとこれとは話が別だからね。…それで、じーちゃんの言う通り、君がボクを助けてくれたってことでいいんだよネ?」

「う、うん!良かったよ、キュリオが元気になってくれて」

 私が笑顔で答えると、ドラキュリオはニッコリ笑い返してくれる。

「アハハッ!最初に会った時も思ったけど、君って本当に面白いよネ!人間のくせに魔族を助けるなんてさ。君のことは玩具にして遊んであげようかと思ってたんだけど、気が変わった。特別に君はボクのお気に入りにしてあげるネ☆」

「お、お気に入り?」

 オウム返しで尋ねたが、ドラキュリオはそれには答えず私の真横に移動する。そして左手で私の腰に手を回し、右手で私の手を握ると、八重歯を見せて悪戯っぽく笑った。

「かっ飛ばすから、しっかり掴まっててネ」

「え?え?」

 私は何をしようとしているのか訳が分からず、何も心の準備ができぬまま、ただドラキュリオに身を任せるしかなかった。



 ドラキュリオは己のマントに魔力を注ぐと、まるでコウモリの羽のようにマントを羽ばたかせた。空中にフワッと体が浮くと、そのまま地下牢を出て、一羽ばたきで一気に加速した。ドラキュリオにガッチリ支えられているとはいえ、飛びながら城内を高速で移動するのはとても怖かった。いつか壁に激突してしまうのではないかという恐怖があり、ジェットコースター好きの私でも角を曲がる度に叫び声を上げてしまった。

「し~!朝早いし、誰かに見つかったら怒られちゃうからさ」

 耳元で囁かれた声に驚き、私は先ほどまでの恐怖を忘れて体を硬直させた。

 よくよく冷静になってみれば、かなりの密着度である。前にジークフリートと二人乗りした時の比ではない。見た目は自分より幼い風貌をしているが、自分を支えてくれている腰に回された腕からは力強さを感じる。妙に意識し始めた途端、顔に熱が集まっていくのがわかった。

 城内を飛び回り西の庭園に到着すると、ドラキュリオは一気に空へと急上昇した。

「よっし!ここまで来れば、あとは魔法陣目がけて一直線!」

「ま、魔法陣って、あの正面庭園の先にあるやつの、こ?とぉ~~~~!?!?」

 急上昇後、不自然にマントを大きくたなびかせたと思ったら、次の瞬間、今までで最高の加速が私を襲った。再び恐怖をぶり返し、私は空いている左手でドラキュリオの服にしがみついた。

 彼の宣言通り、城内を通らずにショートカットして魔法陣へと急降下していく。魔法が使えたら一度は空を飛んでみたいと夢見るものだが、実際体験してみて恐怖が8割以上を占めている。

「はぁ~い!到着っと!どう?スリルあった?」

 無邪気に訊いてくるドラキュリオに、私は心臓を押さえて何も言葉を返すことができない。やはり人間は地に足をつけて生きるのが一番だと再認識した。

 私が深呼吸を繰り返し鼓動を落ち着かせている間に、ドラキュリオは転移魔法陣の準備に取り掛かっていた。

「ん?キュリオ、もしかして私を連れてどこか行こうとしてる?」

 足元の魔法陣が明滅し始めたのに気づき、私は慌ててドラキュリオに確認する。

「ウン!命の恩人であるえりちゃんを、ボクの城にご招待しようと思ってネ」

 ドラキュリオはウィンクをして人懐っこく笑った。

 どうやら彼は気を許した相手にはとてもよく笑うようだ。以前会った時は笑ってても目の奥から敵意が伝わってきていたが、今は微塵も感じられない。加えて初めて名前も呼んでくれたため、本当に仲良くなれたのだと実感する。

「えっと、ボクの城って、それってもしかしなくても魔界だよね?ご招待してくれるのは嬉しいんだけど、せめてケルちゃんも一緒じゃないと。無断でどこかに行ったら魔王に怒られちゃうよ」

「大丈夫大丈夫!ケルなんかよりボクの方が断然強くて頼りになるから!ボクが傍についてるから心配ないヨ!それに、もし魔王様に激怒されてもボクが守ってあげるからさ」

「いやいや、そういう問題じゃあない気が…」

 不安な顔を覗かせる私をよそに、魔法陣の準備は完了して青い光の柱が辺りを包み込む。こうして、私は二度目の魔界訪問を果たすのだった。




 無事に魔法陣の転移が終わり青い光が止むと、そこには見たこともない景色が広がっていた。

 朝だというのに空は真っ暗で、星一つ出ていない。にもかかわらず暗い印象を受けないのは、辺りを飛び交う夜光虫が淡い光を放ち、幻想的な風景を作っているからだろう。ホタルよりも強い光を放ち、広範囲をカバーしてくれている。

 ようやく目が暗さに慣れてきた私は、先に歩き出したドラキュリオについて行きながら辺りを見回した。

(あそこに見えるお城がキュリオのお城かな。ん…?後ろにあるのは、洞窟…?)

 魔法陣があったところは小さい山の中腹で、山を下りると林が広がっている。その林を抜けた先に目的地である城がそびえ立っていた。山を下る道とは反対方向には、ポッカリ口を開けた洞窟の入り口があった。

 城へと向かう道すがら、ドラキュリオは自分が治める領域について簡単に説明してくれた。

「ボクの家が代々治めるこの地は『暗黒地帯』と言ってね、魔界の中でも一年を通してずっと闇に閉ざされた地域なんだ。だからこの領域には吸血鬼であるボクの眷属たちや悪魔に属する者たちが好んで住んでいるんだ」

「へぇ~。じゃあサキュアはキュリオの部下なんだ。キュリオがここを治める七天魔ってことは、サキュアの上司なんだよね?」

 飛び交う夜光虫に目を奪われながら林道を歩いていると、隣のドラキュリオからの返事が途切れた。

 不思議に思って横を見ると、頭をポリポリ掻いて彼は少し言いにくそうにしていた。

「サキュアは確かにここ出身者だけど、今はもうボクの部下じゃないんだ。サキュア自身の希望で別の領域に移ったから」

「別の領域に?人間でいうところのお引越しみたいなもの?」

「引っ越し…とかとはちょっと次元が違うけど。本来なら自分の種族と離れて別の種族と暮らすのはあまりないんだ。価値観や生活スタイルも種族ごとに全く違うからね。でも稀に、種族間トラブルや領域を治める七天魔とそりが合わないと追放処分されたり、自分から出て行く場合がある」

 ドラキュリオの話だと、サキュアは特に理由を告げずに他領域へと移ったらしい。眷属や部下が自らの意志で領域を出る場合、その者の信頼を得られなかったとして七天魔としての信用や評判が落ちるらしい。そのため、最初に彼は少し言いにくそうにしていたのだった。



 色々と説明を聞きながら歩き、ついに私たちは城の正面階段までやってきた。

 城を見上げると、魔王城よりかはだいぶ規模が小さいが、それでも城というだけあってすごい造りだった。見た目は元の世界にあるシンデレラ城のモデルにもなったとされる、ドイツの城と似ていた。城の周りには無数のコウモリが飛んでおり、上空からキーキーという鳴き声が聞こえてくる。

 階段を上って城の扉にドラキュリオが近づくと、扉は自動で外開きに開き始めた。

(こ、ここでも自動ドア!?また魔法仕掛けなんだろうか)

 重々しい音を立てて開いた扉を私たちは揃ってくぐる。

 城の中に足を踏み入れると、そこは魔王城と同じぐらい暗かった。魔王城でもうそれなりに過ごしたせいか、あまり気にはならなかったが、この世界に来た当初だったら暗さに驚いたことだろう。

 この城に着く前にドラキュリオからこの領域に住む者は夜行性だから、暗くても昼間と同じようによく見えるのだと聞いたが、もう少し明るさを取り入れてもいい気がする。

「さて、それじゃあ早速一緒に朝食を食べようか。その後はゆっくりお城を案内してあげるヨ」

 朝ご飯と聞いた途端、私のお腹は条件反射のように音を立てた。顔を赤らめる私を見て、声を立ててドラキュリオは笑った。

「アハハッ!お腹が空いてるみたいだネ!大丈夫、前もって爺やに頼んで用意してもらってるから、すぐに食べられるよ。爺や~~!!」

 城内に響き渡るようにドラキュリオは叫ぶ。

 少しその場で待機していると、風を切る音がした後、靴を鳴らしながら足早にこちらに向かってくる人影が見えた。

「お帰りなさいませ坊ちゃん。そちらのお嬢様が先日助けていただいたえり様ですね」

 左通路の暗がりから現れた老紳士は、私の前までやってくると優雅にお辞儀をした。

「わたくしは代々この家にお仕えしております、セバスと申します。この度は我が主をお救いくださり、誠にありがとうございました」

「あ、いえ、そんな、私は当然のことをしたまでで」

 深々と頭を下げるセバスに、私はわたわたとしてしまう。

「爺や~、挨拶はもういいから案内して。ボクらお腹空いたから」

「かしこまりました。朝食の準備は整っておりますので、どうぞこちらへ」

 執事服を身にまとったセバスを先頭に、私たちは朝食が用意されている部屋へと移動した。



 この世界に来てからというもの、私は一度も満足のいく食事を取ったことがなかった。朝食は毎日同じメニューで、パンに日替わりスープ。昼食は日替わりパスタ。夕食は魚料理と肉料理が交互で一品用意され、あとはライスとスープが付くのみ。いくら人質だからといっても、もう少し配慮があって然るべきである。毎食量は少ないし、何より野菜と果物が不足していた。

 だがついに今日、久々にまともな朝食が目の前にある。セバスが用意してくれた朝食は、目玉焼きにベーコン、ずっと待ち望んでいたサラダ、焼き立てのパン、果物が入ったヨーグルトまでついている。至れり尽くせりの朝食に、思わず涙が出そうになってしまった。

「パンのおかわりもありますので、いつでも仰ってください」

「ありがとうございます!」

 見るからにご機嫌の私に、ドラキュリオも嬉しそうに微笑んだ。

 久しぶりのご馳走にパクパクありついていると、ふと向かいの席に座るドラキュリオのグラスに赤い液体が注がれているのが目に入った。

 私は食べる手をピタッと止めると、恐る恐るその液体の正体を問いただした。

「キュリオ。まさかとは思うけど、その飲み物、血、じゃないよね?」

「ウン、そうだよー。よくわかったネ」

 衝撃の事実に、私は思わず持っていたフォークを皿の上に落とした。カランカランッと金属音が部屋に鳴り響いた後、ドラキュリオの無邪気な笑い声が私の耳に届いた。

「アハハハッ!冗談だってば!トマトジュースだよ。朝から健康的でしょ☆」

「………心臓に悪い冗談はやめて」

 私が引きつった笑みをしているのを見かねて、セバスが主をたしなめる。

「坊ちゃん、人間である彼女には笑えない冗談ですよ」

「エヘヘ、ゴメンゴメン。ついつい意地悪したくなっちゃって」

 ペロッと舌を出して謝る彼を見て、不覚ながらも可愛いと思って簡単に許してしまう自分がいた。私は早くも彼のペースに乗せられているのかもしれない。さすがは吸血鬼と悪魔を統べる者だ。

「お嬢様は何をお飲みになられますか?」

 いくつかのピッチャーが並ぶ中、私はオレンジジュースを選んだ。

「そういえば疑問に思ったんだけど、血って鉄の味がして苦くて不味いじゃない。むしろあんなの直接飲んだら体に悪そうだけど、吸血鬼にとってはご馳走なの?」

「う~ん、ご馳走とは違うかな。別に血なんか飲まなくても生きていけるしネ。でも人間や他の魔族たちと違って、吸血鬼は血に関してだけは味覚が違うんだ。ボクら吸血鬼は血を甘く感じる。とりわけ若い女性の血は濃厚で甘い蜜の味だネ」

 ドラキュリオはロールパンにバターを塗りながら吸血鬼事情を語ってくれる。

「吸血鬼はね、血を飲むと己の潜在能力を引き出すことができるんだ。簡単に言うと、血を飲んで潜在能力を開放している間は、最大で通常より200%ぐらい力を引き出すことができる。ただし、溜め込んだ血を全部消費しちゃうと元に戻っちゃうけどネ」

 パンを口に頬張ってもぐもぐさせている主に変わり、続きをセバスが引き継ぐ。

「ですから弱い吸血鬼ほど、己を強化するために血を欲して若い女性を襲ったりするのです。ある程度の強さを持った吸血鬼は、むしろそこまで血は飲みません。いざという時のために、少し嗜む程度ですね」

「へぇ~。てっきり吸血鬼って、血を飲まないと弱って死んじゃうのかと思ってた」

 言いながら私はパンのおかわりを頼む。

「人間界では吸血鬼に血を吸われた被害者の話を元に、ずいぶんと脚色された本が出回っていると聞きます。それに、毎回夜に襲われることから吸血鬼は光に弱いとデタラメが書いてあるそうですね」

「夜に襲われるのは単にその方が忍びやすいからでしょ。確かにボクらは夜行性だけど、光に弱いわけじゃないっての。今度一緒に日光浴する?」

 拗ねたように口を尖らせるドラキュリオに私は笑顔を返した。

「ねぇねぇ、今度はえりちゃんの話を聞かせて。こっちの世界に来てから毎日何をして過ごしてたとか、異世界の話も聞いてみたい!初めて会った後、ボクってばお城の修復や罰で任務をさせられたりとかで、今までゆっくりえりちゃんと話す暇なかったからさぁ」

「それってキュリオの自業自得でしょ」

 エヘヘ、と悪戯好きの吸血鬼はまた笑った。

 それから朝食を食べ終え食休みをし終わるまで、私の話で大いに盛り上がるのだった。




 ひとしきり話をし終わると、私はドラキュリオの案内で城の中を見て回ることになった。

 魔王城のように迷子になるほど広くなく複雑な造りではないが、十分見応えのある広さだ。談話室や書庫室、ドラキュリオの先祖が残したコレクター室、そして魔王城にはなかったダンスホールまであった。

 吸血鬼は由緒正しき一族で、ダンスの習得も吸血鬼の嗜みなのだという。一曲踊ろうとドラキュリオにせがまれたが、生まれて一度もダンスなど踊ったことがない私は、全力でその申し出を断るのだった。

「じゃあ次は、ボクの一族に伝わるとっておきの秘宝を見せてあげる。魔王様ですら見たことがないやつ」

「え、いいの?そんな大事なものを私なんかに見せちゃって」

「いいのいいの!えりちゃんはボクのお気に入りだから。王子のボクが特別に許可しちゃう」

 上機嫌で軽くステップを踏みながらお目当ての部屋へと進むドラキュリオに、私は他人ながら防犯意識の低さに心配になった。

(私が悪い人だったらどうするんだろう。王子というならもう少し責任感を持ったほうがいいんじゃ…)

 私は彼の将来を案じつつ、秘宝があるという部屋に向かった。



 ドラキュリオに案内された部屋はとても狭く、畳三畳分位しかない。両脇の壁には蝋燭が灯っているが、その火は青い。正面の壁には楕円形の大きな鏡が飾られていた。過度な装飾はなく、とてもシンプルな鏡だ。

 部屋を見回すと他には特に何もなく、目につく秘宝候補は目の前の大きな鏡くらいだった。

「もしかして、この鏡がさっき言ってた一族に伝わる秘宝?」

「ウン!これは『真実の鏡』って言ってね、この鏡に魔力を通して願うと、鏡にその願った真実が映し出される優れものなんだ!」

 世にも珍しい鏡でしょ~、と自慢げに言うドラキュリオに、私は何とも言えない微妙なリアクションをしてしまう。

(まさに童話に出てくる魔法の鏡と同じ代物ね。これで鏡よ鏡、なんて真面目に聞いた日には噴き出して笑っちゃうかもしれない)

 黙ったままでいると、私が鏡の話を信じてないと受け取ったのか、ドラキュリオは試しにやってみせてくれる。

「それじゃあいくよ!『真実の鏡よ、ボクの本当の姿を映し出せ』!」

 鏡に手を当てて魔力を流し込むと、鏡面が白く輝いた。そしてドラキュリオの願いを聞き届けると、鏡は一人の少年の姿を映し出した。

 鏡の中の少年は大学生に上がった位、まだ少し幼さが残る十八歳ほどに見える。身長は私より少し高く、風貌はドラキュリオが少し大人びた感じの少年だった。私の目が鏡に釘づけになっているのを見て、ドラキュリオは満足そうに微笑んだ。

「どお?ボクの本当の姿を見て惚れちゃった?」

「ほ、本当の姿…?」

 ドラキュリオが鏡から手を離すと、真実の鏡は普通の鏡へと戻ってしまった。そこにはもう私と今のドラキュリオしか映っていない。

「そう。今日はね、えりちゃんにボクの本当の姿を知っておいてほしくてお城に呼んだんだ。ボクは他の吸血鬼たちと違って、持ってる力が強すぎるから普段は力をセーブしてるんだ。潜在能力と一緒にね。その影響で、今鏡に映ってたボクが本来のボクの姿なんだ。少しの間だけだったら戻ることもできるんだけど~…、とっておきの時にしか戻らないんだよネ」

 予想してなかった新事実に、今度はナイスリアクションで私は驚いていた。正直に本来の姿はかっこよかったと告げると、彼は少し照れながらも喜んでいた。



 鏡の間を後にして玄関ホールに戻ってくると、ちょうど一人の少年が城に入ってきたところだった。

 少年は二階から下りてくる私たちに気が付くと、冷たい視線を向けてきた。

「なんだキュリオ。意外と元気そうじゃないか。瀕死の重症だったって聞いたから期待して見に来たのに、残念だな」

「ストラ…。わざわざそんな嫌味を言いに来たの?ご苦労なことだネ」

 二人の間に、冷たい空気が流れる。

 ストラと呼ばれた少年は、どことなく先ほど見た鏡の中のドラキュリオに雰囲気が似ていた。髪の毛や目の色も全く同じで、吸血鬼がよく身につけているマントを羽織っている。

 二人は無言で睨み合っていたが、先に少年の方が視線を外して私をジロリと見上げてきた。

「へぇ~、珍しい。人間がこの城にいるなんて。美味そうな獲物じゃん。オレが美味しく頂いてあげようか?」

 眼の瞳孔が縮まり、まるで獲物を狙う肉食動物のように八重歯を剥き出した少年は、今にでも私に襲い掛かってきそうな殺気を放っていた。

 足がすくんで身動きできない私の前に、更に強い殺気を放つドラキュリオが庇うように立ちはだかってくれた。

「ストラ、彼女に手を出したらいくらお前でも殺すよ?」

「フッ。これまた珍しく良い殺気だな。そんなにその女が大事か?でもいくら女を手元に置いたって、その血が飲めなきゃ意味がないんだ。それとも、その女の血だったら飲めそうなのか。この臆病者の腰抜け王子」

 少年の言葉を引き金に、ドラキュリオの殺気と魔力がどんどん高まっていく。自然と辺りの気温が寒いくらいに下がっていくのを感じる。

 二人の一触即発な空気にどうすることもできずにいると、尋常じゃない魔力の高まりに気づいてセバスが玄関ホールに駆け付けた。

「ドラストラ様じゃないですか!一体これは何の騒ぎです!?」

「止めるな爺や。先に喧嘩を売ってきたのはストラのほうだ。彼女にも手を出そうとした」

「なんと!えり様にも!…ドラストラ様、いくらあなた様でも大事なお客様に手を出そうとしたのならば、このセバスも黙っておりませんよ」

 二人に挟み撃ちにされる形になった少年は、舌打ちを一つすると大人しく殺気を引っ込めた。

「……ドラストラ様、本日はどのようなご用件で?」

 こちらに背を向けて出口に向かって歩き出した少年にセバスは聞いた。

「別に。死にかけて弱ったキュリオが見れるかもと思って来てみただけ。………ドラキュリオ、自分の力すら満足にコントロールできないから死にかけるんだ。そんな弱いお前を、オレは絶対王子とは認めないからな」

 冷たい眼差しを残して少年は城から出て行った。



 少年がいなくなったことで恐怖の呪縛が解けたのか、私はそのまま階段にへたり込んだ。

「はぁ~~~。怖かったぁ。今の男の子、最初からメチャクチャ喧嘩腰だったんだけど」

 階段を駆け上ってきたセバスは、申し訳なさそうに私に謝罪した。

「申し訳ございませんお嬢様。お客様であるお嬢様を危険な目に合わせてしまうなど、執事失格でございます」

 深々と頭を下げてなかなか顔を上げないセバスに、私は逆に焦ってしまう。

「いやいや。セバスさんがそんな謝ることじゃないですから!元はといえばあのストラ?って人が悪いんだから。死にかけて大変だったキュリオのことをなんか悪く言うし」

 恐怖から解放され今更腹を立てている私を見て、まだ怒りが収まらない様子だったドラキュリオも少し気持ちが和らいだようだ。

「ありがとうえりちゃん。ボクのために怒ってくれて。あいつボクの従弟で三つ下のドラストラっていうんだけど、昔っから何かとボクに突っかかってくるヤな奴なんだヨ」

「エッ!従弟だったの!?仲悪いね…。身内なのに」

「身内でも関係ないよ!ストラだけは例外。ボクあいつだけは大っ嫌いだもん!」

 清々しいくらい言い切ったドラキュリオは、せっかくの楽しかった気分が台無しだ~、とムシャクシャした気持ちを発散するように空中を飛び回った。私はそれを地上から苦笑いして見守る。

「そうだ!いいこと思いついた!このままえりちゃんを魔王城に帰しちゃうのはもったいないし、このままここに一緒に住んじゃえばいいんだ!部屋なら全然空いてるし、えりちゃんも地下牢なんかよりここのがずっといいでしょ?」

 私の前に着地したキュリオは、名案だとばかりに大はしゃぎしている。

 私はと言うと、急な申し出に困惑していた。確かにここに住めば現状より遥かにマシな生活が送れるのは間違いないだろうが、あの魔王がそんな勝手を許すとは到底思えなかった。

「ねぇキュリオ、あなたの気持ちは嬉しいけど、さすがにそれは難しいんじゃないかなぁ。絶対魔王が許可しないと思う。私一応人質扱いだし」

「ヘーキヘーキ!もし魔王様がダメって言っても、ボクがえりちゃんを誘拐して城に連れてきてあげるから☆」

 ウィンクを飛ばすドラキュリオに私が口を開こうとした直後、彼の背後に突然おじいちゃんが現れた。一瞬で姿を現したおじいちゃんに、私は驚きのあまり声が出なかった。

「何が誘拐して連れてくるじゃ。今回がすでに誘拐じゃろうが」

「ゲッ!じーちゃん!いつの間に……イテッ!?」

 おじいちゃんは振り返ったドラキュリオに、いつもの釣竿代わりの金属製の杖で頭をポカッと叩いた。

「お前さんがデタラメに飛び回ってたところからじゃよ。全く、死にかけても問題児なのは変わらぬのう。勝手に人質を連れ出して魔王様がカンカンに怒っておるぞ。なだめるこっちの身にもなってほしいのう」

「…坊ちゃん。魔王様に一言も申さずにお嬢様を連れ出してきたのですか」

 額に手を当ててため息を吐くセバスに、ドラキュリオはばつが悪そうな顔で言い訳をする。

「だってさぁ、魔王様に正直に言ったら絶対ダメって言われるもん。だから朝早くにこっそりとネ☆」

 ネじゃありません、と大きな声でセバスは主を叱りつけると、そのままお説教モードに突入した。おじいちゃんに聞くところによると、セバスは執事でもあるが、昔からドラキュリオの教育係もやっているらしい。

「クッソ~!魔法陣の使用許可を誰も言ってこないから、まだボクが連れ出したって気づかれていないと思ったのに。じーちゃんの転移魔法は反則だよ!」

「フォッフォッフォ。そもそも儂がお前さんに命の恩人の正体を教えたんじゃぞ。すぐにお前さんが連れ出したことくらい分かるわい」

「坊ちゃん!わたくしの話はまだ終わっておりませんよ!」

 ドラキュリオはすっかりセバスに捕まってしまい、しばらくはお説教から開放されることはないだろう。

 私は迎えに来てくれたおじいちゃんと共に、また魔王城へと舞い戻る。

「それにしても、ずいぶんとキュリオに気に入られたのう。キュリオは認めた相手しか名前で呼ばないんじゃ。吸血鬼は元来プライドの高い由緒正しき一族じゃからのう」

 おじいちゃんの話を聞き、私は何だか妙に嬉しい気持ちになった。こうして、私の二回目の魔界訪問は幕を閉じたのだった―――。


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