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第一幕・第五話 人間界の街へ

 気持ちのいい青空が広がる昼下がり、私とケルは魔王城の正面庭園でおじいちゃんと共に談笑を楽しんでいた。橋に腰掛け釣り糸を垂らすおじいちゃんに習い、私たちも橋に腰掛け足をブラブラさせている。話のタネは専ら私の世界の話で、ケルはもちろんおじいちゃんも興味津々で聞いてくれた。

「いや~、いくら聞いてもお嬢ちゃんの世界の話は興味が尽きないのう。本当にこの世界とは根本的に違うようじゃ」

「まぁ、まず魔族自体が存在しないし。もちろん魔法や星の戦士みたいな特殊能力が使える人もいないからね。私からしてみたら、お城が空を漂ってるなんて今でも信じられないよ」

 私の言葉に、おじいちゃんは楽しそうに笑った。

「フォッフォッフォ。この城は特別じゃからな。世界広しといえど、空飛ぶ城はこの魔王城だけじゃろう。他の者には到底真似できん。この城は歴代魔王の魔力が溜め込まれておってのう、それらの魔力と魔王様、あと儂の魔力もちょこっと使って飛んでおるのじゃよ」

 立派な口ひげを撫でながらおじいちゃんは自慢げに言った。



 その後も私たちは話に花を咲かせていたが、しばらくすると城の玄関方面からクロロが走りながらやってきた。

「まったく、こんなところにいたんですか。ずいぶん探しましたよ」

 クロロは息を整えながら、橋に腰掛ける私たちを見下ろした。

 おじいちゃんは普段ここで座っていることが多いので、おそらく探し相手は私かケルなのだろう。

「どうしたの~。ケルたちに用事?」

「はい。正確にはケルではなく、えりさんにですけど」

 モノクルの奥の瞳が一瞬怪しく光り、私はもはや嫌な予感しかしなかった。

 私は橋から立ち上がると、いつでも能力を使って逃げれるよう意識を集中させた。

「私に用事って、何?」

「魔王様直々のご命令です。働かぬ者食うべからず!ということで、ずっとタダ飯を食べているので、たまには働けと」

「………いや、もとはと言えばそっちが私をこの城に幽閉しているから悪いんでしょうが!タダ飯食らいが嫌なら喜んで出て行きますけど!?」

 突然の魔王の言い草に一瞬思考が停止したが、私はすぐさま逆切れした。興奮する私をよそに、クロロは楽しそうに淡々と話を続ける。

「はいはい。ではとりあえず目立たない服と靴に変えるのと、コレをつけてください。迷子防止です。今日はこれから私の任務の補佐をしていただきます」

 クロロは魔法で私の服と靴を、清楚なワンピースとサンダルに変えた。

 そして、話しながら私の首に変わった首輪の装置を取り付ける。あまり首周りに余裕がなく、少し息苦しく感じた。

「クロロの補佐ぁ?先に断っておくけど、私難しいこと頼まれてもできないよ」

 突然変わった服に驚き、私はワンピースをチェックしながら答えた。

「あぁ、ご心配なく。あなたにそんな過度な期待はしていませんよ。子供でもできる簡単なお仕事です」

 馬鹿にしたような微笑みを向けるクロロに、私のこめかみはピクピク苛立った。

「私と共にちょっと人間の街に同行してほしいんですよ。情報収集をしている部下の報告を聞きに行くのですが、魔族だと怪しまれないよう連れの振りをして一緒にいてくださるだけで結構です」

「に、人間の街!?ってことは、ついにこの城の外に出れる~!」

 私は思わず万歳をして喜びの声を上げる。私につられてケルもよく分からず万歳をして飛び跳ねた。

 私のあまりの浮かれようを見て哀れに思えたのか、クロロは早々に残酷な現実を突き付けてきた。自分の首元を人差し指でトントンと叩く仕草をする。私はそれを見て、先ほど取り付けられた首輪の装置に手を触れた。

「その首輪には色々な機能がついていまして、私の魔力が凝縮されているので、たとえあなたを街で見失っても魔力探知をすればどこにいるのかすぐに分かります」

(……早い話がGPS機能ってことね。コレをつけている限り、逃げても居場所がすぐばれちゃうわけか。隙を見つけて逃げたらこの首輪を能力ではずさないと)

「更にその首輪には星の戦士の能力探知機能がついている優れもの。もしあなたが星の戦士の力を発現させた場合、我々魔族に反逆の意志有りとみなし、自爆プログラムが発動するようになっています」

「じ、ばく、プログラム……?」

 今までで一番良い笑顔を見せてにっこり笑うクロロに、私は口の端を引くつかせて呟いた。

「はい、自爆プログラムです。星の戦士の力を使う際、戦士は体内から星の高密度エネルギーを放出します。それを感知すると、首輪に込めてある私の魔力を暴発させて首輪が吹っ飛ぶ仕掛けを作ってみました」

 モノクルに手を当ててドヤ顔をするクロロに、私は無意識に拳を握り、腹パンを繰り出していた。残念ながらパンチは掠ることもなく、クロロはひらりと身をかわして私をおちょくった目で見てきた。

「女性のくせにまったく野蛮な人ですね。いきなり殴りかかってくるとは」

「な、何が野蛮よ~!野蛮なのはそっちでしょ!なにが首輪が吹っ飛ぶ仕掛けを作ってみました、よ!笑顔で言うことじゃないっての!今すぐこの危険な装置を外しなさいよ」

 私は首輪をいじって外そうとするが、案の定ビクともしない。

「あぁ。まだ言ってませんでしたが、無理矢理外そうとしても自爆しますから気を付けてくださいね」

 私はピタッと手を止めると、怒りのこもった目でクロロを睨みつける。しかし彼は涼しい顔で私にニコッと笑いかけた。

 私が再びクロロに殴りかかりそうな勢いだったので、ケルが間に入って私をなだめてきた。

「お前さんも人が悪いのう。そんなにお嬢ちゃんをイジメて遊ぶもんじゃないぞ。可哀想じゃろう」

 ケルに泣きつく私をよそに、おじいちゃんがクロロをたしなめる。

「イジメるもなにも、私は事実を言っているだけなのですがね。さて、説明がまだ途中でしたが、その首輪には逆探知機能もついています。なので、同じ魔力を持つ私との距離を常に感知しています。まぁ早い話が、この機能は私から一定距離離れると逃走を図ったと瞬時に察知し、自爆プログラムが」

「また自爆か!どうなってんのよこの首輪は!最初言ってた迷子防止と全然主旨が違うんですけど」

「迷子防止より逃走防止に重きを置いて作りましたからね。人質をこの城から一時的にでも出すんです。それ相応の準備はするに決まっているじゃありませんか」

 さも当然のように言ってくるクロロに、私はがっくりとうなだれる。

(…確かに、クロロの言う通りなんだけどさ。でもそれにしたって対策が万全すぎない?星の戦士の力を使うことができないんじゃ、もし隙をついて逃げることができても、私の能力で首輪を外すことができない。首輪を外せなきゃどっちみち遠くまで逃げれないし、隠れても居場所はバレる。………詰んでる)

 私が肩を落として静かになってしまったので、ケルは不安げな声を漏らした。

「お、お姉ちゃん……。クロロ、ケルがいるからお姉ちゃんにこんな危ないのは必要ないよ。ケルがちゃんと傍についてるから」

 私を気遣ってケルが抗議の声を上げてくれるが、優秀な参謀はケルが私にとても甘いことを知っていた。もちろんケルの意見はその場で却下される。

 そもそもクロロが言うには、今回の任務では私とクロロの二人で行くらしく、ケルは始めから頭数に入っていないそうだ。ケルがいないからこそ、首輪をつけて私を監視するのだと言う。

 久しぶりにお出かけできると思っていたケルは、私同様ショックに打ちひしがれる。

「フォッフォッフォ。二人は似たもの同士じゃのう。……危険はないと思うが、お嬢ちゃんがいるんじゃ。あまり無茶はせんようにな」

「えぇ、心得ています。さぁ、そろそろ行きますよ。待ち合わせに遅れてしまいますからね」

 ネクロマンサーと二人きりになりたくない私は、必死にケルにしがみついて抵抗を試みたが、最終的には引きずられるようにして連れて行かれた。



 魔王城のメインストリートから続く一番端、十数段の階段を上った先にある舞台には、以前おじいちゃんに聞いた特別な転移魔法陣が描かれていた。

 クロロに言われ、試しに魔法陣に乗ってみたが何の反応も起こらない。続いてクロロが魔法陣に足を踏み入れ身体から魔力を放出させると、突然足元の魔法陣が明滅した。

 クロロの話によると、この転移魔法陣は、あらかじめ設置してある魔法陣間もしくは魔王城の真下に位置する地上にのみ転移できるそうだ。今のところ魔界の各領域と人間界の幾つかの地に魔法陣が設置されているらしい。

 クロロが転移する先の魔法陣を設定すると、ずっと明滅を繰り返していた魔法陣が青い光の柱を上げながら私たち二人を包み込んだ。私はまぶしさから目を閉じると、数十日ぶりに地上へと降り立つのだった。




 小さな風が頬を撫で、足元からは柔らかい土の感触。私はそっと目を開けると、辺りに視線を彷徨わせた。どうやら見晴らしのよい小高い丘の上にいるようで、丘の下は草原が広がっている。小さな小川も流れており、草原を少し歩いたところには大きな街があるのも見えた。おそらく今日の任務の目的地はあの街なのだろう。

「どうですか、人間界の地上に降り立った気分は?」

 丘の下を見下ろしていた私の真横から、クロロが興味津々に聞いてきた。

「…見渡す限り草原で、開放的な気分かな。…この首輪がなければだけど」

「それはそれは、素晴らしいご感想で。では早速参りましょうか。目的地はあそこに見える『ディベール』という人間の街です」

 私は先を歩き始めたクロロに仕方なくついていく。街へと向かいながら、クロロは簡単にディベールの特徴について教えてくれた。

「あの街は宗教思想の強い街で、街の奥には大きな大聖堂があります。ほら、ここからでも目立つあの一際大きな建物ですよ」

 クロロの指さす方向を見ると、確かに遠くからでも分かる白い大きな建物が見えた。

「あの街は王がいない代わりに、大司祭という人間が強い実権を握り街を統治しています。あと、教会関係者も強い権力を持っているので、聖職者とトラブルを抱えないよう気を付けてください」

「と、トラブル…。とりあえず下手なことせず大人しくしてれば問題ないんでしょ」

「そうですね。あなたがトラブルを起こしても、魔族と感づかれたら面倒なので、基本的に見捨てる方向でいきます。最後はその装置で首が吹っ飛ぶので注意してくださいね」

 悪意ゼロで言い放つクロロに、もはやいちいち怒るのも面倒になってきた私は、無視して黙々と丘を下ることに専念した。

(あのネクロマンサーはどうしてあんなに嫌味なのか。あの笑顔が私の神経を逆撫でする~!どうせだったらおじいちゃんやジークとお出かけしたかったよ)

 不安定な斜面を下りながらため息をついた瞬間、足元の小石に右足を滑らせた。私は小さい悲鳴を上げてお尻から地面に転びそうになったが、咄嗟にクロロが右腕を掴んでくれたおかげで転ぶことはなかった。

「気を付けてください。この辺りの斜面は小さな石が転がっていますから、踏むと滑って転びやすいですよ」

 もう片方の手で私を抱え起こしながらクロロは忠告した。

「あ、ありがとう…」

(…絶対転ぶと思った。それで転んだところを見られてクロロに馬鹿にされると思ったのに、まさか助けてくれるとは。……意地悪で薄情な人だと決めつけて。うぅ、私の良心がチクチク痛む。ひねくれてるのかなぁ私)

 忠告通り慎重に進みながら、私は悶々と考えるのだった。



 丘を下り草原を抜けて、私たちは無事街の入り口へとたどり着いた。

 途中下位魔族と何体か遭遇したが、クロロの殺気にビビり何もせず立ち去っていった。本来のRPGならば街に着くまでに雑魚敵と何度も戦って地道にレベル上げが必要なものだが、最後のボスである魔王の側近と一緒なので、道中敵とのエンカウントすら発生しない。

「ここが人間の街かぁ。聖職者の街って言っても、活気はすごいありそうだね。人も多いし」

 私は街の入り口のアーチをくぐりながら、通りを行き交う人々を見回した。

「ディベールは交易の街としても有名ですからね。ここで作られるシルクはとても良質で、高値で取引されるんですよ。聖職者の身につける法衣にも使われています」

「へぇ~。ところでさ、ふと思ったんだけど、私今回ついてきた意味ある?別にクロロって普通にしてれば十分人間に見えるじゃない」

 私は隣を歩くクロロを見上げた。彼は通りに構える店先を眺めながら気のない返事をする。

「えぇ、まぁ~…。確かに私は『元人間』ですからね。普通の魔族と比べて姿は人間のままです。街に溶け込むだけならば問題ないでしょうね」

「ほら、やっぱり私いなくても問題ないんじゃ…ん?元、人間?」

 クロロの口からサラッと重要そうな単語が飛び出したが、あまりに自然に話すので右から左へ流すところだった。

「元人間って、何?昔は人間だったのに、突然魔族になっちゃったってこと?」

 表情を強張らせる私に、クロロは自嘲気味に笑って答えた。

「勘違いせず。誰もがそんな病気にかかるみたいに魔族になったりしませんよ。私は……、なるべくして魔族になったのです。自分から人の道を外れて、人間をやめたんですよ。人間など…、ロクなものじゃないですからね」

 最後の言葉を呟いた時、クロロの瞳はまるで氷のように冷たかった。街中のため魔力こそ帯びていなかったが、背筋がゾッとする冷たさだ。

「……あなたを連れてきたのはただのポーズですよ。魔王城から連れ出したという事実が欲しかっただけです」

「ど、どういうこと?」

 声のトーンが普段の調子に戻った彼に問いただしたが、もう答えが返ってくることはなかった。

 私は珍しい物が溢れかえる人間界の街中を見ながら、黙ってクロロの隣を歩くのだった。



 ディベールの街は一番奥に大聖堂が建てられており、その周りに聖職者たちの住居区や育成学校、教会などがある。街の中央には工業施設や各種商店、一般の者の住居区があり、街の入り口に宿屋や自警団の詰め所、露店などが並んでいる。

 私たちは街の中心地からは少し外れ、人通りのない裏道へと入った。この世界の文字を読むことはできないが、表に下がっている看板の絵を見る限り、ここは飲み屋が軒を連ねているようだった。おそらく夜ならばそれなりの人で賑わう場所なのかもしれない。

 中央で賑わっている街の喧騒を遠くに聞きながら、私は前を歩くクロロに黙ってついていく。何度か曲がり角を曲がり、ようやく小さなパブの前でクロロは足を止めた。

「ここが部下との合流場所です。人払いはしてあると思いますが、念のため下手な発言は控えるようにしてください。あなたはいつでも隙だらけですから」

「必ず嫌味なことを言わなきゃ会話できないのクロロは」

 特徴的なノックをしてパブの扉を叩く彼を見ながら、私は口を尖らせた。ノックをしてから数秒後、扉の内側についていたベルをカランッカランッと鳴らしながらパブの扉が開いた。

「お待ちしておりました、クロロ様。どうぞお入りください。…おや、今日は珍しく連れがいるんですね。しかも人間、ですか」

 クロロに促されて店の中に足を踏み入れた私を、部下の男はマジマジと見つめてきた。私は居心地が悪くなり、サッとクロロの背に隠れた。

「……人払いはできているようですね。彼女は例の人質です。状況変化のために今回城から連れてきました」

「あぁ!彼女が異世界から来た星の戦士なんですか。…確かに、このところずっと成果が出ていませんから。これで何か動きがあればいいんですが」

「やはり、今回も有力な情報は得られていませんか。敵もなかなか慎重でボロが出ませんね。どちらか一方でも釣れればいいのですが」

 テーブル席に腰掛け情報交換をし始めた二人の様子を窺っていたが、会話を聞いても肝心なところがよく分からない。おそらく会話から察するに、敵である星の戦士もしくは人間側の主要人物二人をマークしていて、魔王軍に有力な情報を引き出そうとしているのだろう。

 しばらくして退屈し始めた私は、狭い店内を見て回ることにした。店の中は窓が一切なく、照明も今は必要最低限のところしかついていないため、とても薄暗く感じられる。

 店内はテーブル席が三つ、カウンター席が八つあり、カウンターの奥には色々な酒瓶が並べられていた。小さい店ながらも酒の種類は豊富なようだ。

 私がボーッと酒瓶のラベルを眺めていると、クロロから帰宅のお声がかかった。

「用事は済みましたので、城に帰りましょうか。それでは、引き続き情報収集を頼みますね」

 クロロの呼びかけに、部下の魔族は大きく頷いた。その時ちょうど部下の男が照明の真下に立ったのだが、私はその顔を見て思わず引きつったような声を出してしまった。

「ん?あぁ、驚かせてしまいましたか。すみません。この後魔界の領域に戻るつもりだったもので」

 そう言って、部下の男は自分の腐りかけた顔に手をやった。

 男は酒場のマスターみたいな普通の人間の恰好をしていたが、よく見ると剥き出しの皮膚のところどころが腐り落ちていた。先ほどまでは薄暗かったため気づかなかったが、照明の真下の今はよく見える。

「何を今更驚いているんです。私の部下なんですから不死者に決まっているでしょう」

 さも当然のようにクロロが言うので、私はまた少し苛立ち彼の横腹にパンチを繰り出した。しかし、案の定簡単に防がれてしまう。

「彼はずいぶん前に死んだ人間ですが、未練があるため『星の輪』に戻れず、転生できずに魂だけで現世を彷徨っていたんですよ。そこで私の秘術で死んだ肉体に魂を戻して、部下として働いてもらっているわけです」

 聞きなれない単語に、私は首をかしげて説明を要求する。

「星の輪というのは別名ですね。宗教上の言葉でよくそう表現されます。この世界では人間は死ぬと星に還ると言われていて、そして再び星に命を吹き込まれて現世へと転生すると聖書に書かれています。人の命は輪のように巡り、死んでもまた生まれ変わる輪廻転生の輪のことを、聖書では星の輪と表現するんです」

「ふ~ん。じゃあ彼は生まれ変われずに幽霊になっちゃってたわけだ」

 私が怖がったため、部下の男は薄暗がりへ今は移動している。結局幽霊からゾンビへ変わったわけだが、その選択がいいのか悪いのかよく分からない。

「非科学的に言うならばそうですね。ですが、魂だけでは人間は長くは生きられない。器がなければ短期間で魂は消滅してしまうんです。魂が消滅してしまえば転生することもできません。それに、魂を喰らう魔族もたくさんいますからね。結果的に、彼は私の部下になるしか生存の道はなかったでしょう」

「……ゾンビになって生きる道、ね…」

 私は何とも言えない気持ちで呟いた。

 未練があって現世に残っていたのなら、ゾンビになってその未練が叶えられるのならばゾンビになる価値は確かにあるのかもしれない。しかし、目の前の彼の姿を見るとそう簡単に割り切れるものではなかった。

「あぁ。勘違いしているようですから言っておきますが、普段からこの姿のわけではありませんよ彼は」

 驚いて目を丸くする私に、部下の男は簡単に説明してくれる。なんでもクロロの管轄している領域に、不死者に特別な生命エネルギーを充填する魔法陣があるらしい。その魔法陣を定期的に利用していれば、肉も腐らず腐臭も防げ、人間に近い生活を送れるのだという。

「なんだ、じゃあ普段はちゃんとした姿なんだね。今日はたまたまエネルギー切れってことか」

「まったくあなたって人は。こんな状態で人間の街に店を構え、情報収集ができると思いますか。よく考えれば分かることだと思いますが」

「……クロロは、意地悪な言い方しなきゃ気が済まない人なの本当に!」

 私が両手を振り上げて怒りを爆発させると、クロロはさっさと背を向けて店の出口へと向かいだす。部下の男に見送られ、私たちはパブを後にするのだった。




 裏通りから街の中央地区まで戻ってきた私たちは、人々が行き交う大通りに混ざって歩き始めた。

「さて、無事に用は済んだので城へと帰りましょうか」

「エェッ!!もう帰っちゃうの!?せっかく初めてきた街なのに、私まだ全然観光できてない。お留守番してるケルちゃんにお土産だって買ってないのに」

 帰るなんて信じられないとばかりに私は声を上げた。そんな駄々をこねる私に、半ばこの事態を予想していたクロロは呆れた表情を作る。

「観光って…。そもそも任務で来たので遊びに来たわけじゃないんですよ。それにお土産っていっても、あなたこの世界の通貨など持っていないでしょう」

「それはほら、ついてきたお駄賃としてクロロが買ってくれれば済むことだから」

 私の言い分に、クロロは頭を抱えてため息をつく。

「あなたの中の前提が大きく間違っている気がしますが。今回ただ飯食らいのあなたを働かせるために連れてきているのに、お駄賃を与えていたら意味がないんですが」

「もう~、細かいことは気にしない!つべこべ言わずに観光しよ」

 私はクロロを無理矢理押し切ると、近くにある雑貨店へと小走りに向かった。実は行きに黙ってクロロについて歩いている際、目ぼしいお店をチェックしておいたのだ。

 私の世界で見るような雑貨から、初めて見るものまで色々な商品があった。

 すぐにクロロに連れ戻されるかと思いきや、意外にも彼は私に付き合ってお店を見て回ってくれた。わからないものがあると珍しく嫌味もなしに教えてもくれた。

 しばらくお目当ての雑貨や服屋などを物色していたところ、通りを歩く人々から気になる言葉が聞こえた。

「おい、聞いたか。明日戦地に赴いていた『聖女様』が久々にご帰還されるんだってよ!」

「本当か!だったら『癒しの聖女様』のご尊顔を拝見できるように、明日は前もって場所取りしとかねぇと」

 興奮気味に話す街の男たちを見送る私に、クロロがモノクルのレンズを拭きながら独り言のように話す。

「星の戦士が一人、『癒しの聖女』。この街の生まれで、大司祭の一人娘です。その特殊能力は『慈愛の守護領域』と言い、彼女の捧げる祈りの聖域内ならば、死んでなければどんな怪我や病気も治療する脅威の能力です」

「死んでなければ、どんな怪我でも…?それは、かなり最強な能力だね」

 拭き終わったモノクルを再び付け直しているクロロに答えた。彼は表情を硬くし、参謀の顔になっている。

「彼女の能力は魔王軍もかなり手を焼いています。実は彼女が率いる軍の相手をするのは私の担当でして、私の不死者軍と拮抗している状態なんですよ」

「そ、そうなんだ…」

 初めて聞く星の戦士の仲間の情報だったが、私はただ相槌を打つことしかできなかった。

 今まで城の中にいるばかりで、あまり身近で戦争をしている感覚がなかったが、今の話を聞いて急に戦争を身近に感じてしまったのかもしれない。

「でも、すごい能力だけど、傍で戦う人は良いような悪いような、何とも言えない感じだね。死にはしないけど、何度も痛い思いをするってことだよね。私だったら、嫌だな…」

「それを言うなら私の軍も同じようなものですけどね。まぁこちらはある程度耐久値がありますから、復活するのにも限りがありますが。それを考えると、彼女の軍のほうがよっぽどゾンビみたいですね」

「もはや人間とゾンビをイコールに、う~~ん……」

 私はその先の言葉を続けずに濁した。差別的な表現になりそうで、クロロの前で言うのは憚られたからだ。色々な感情が胸の中で渦巻き、モヤモヤしてくる。

 珍しく私が難しい顔をしているので、クロロは頭を切り替えるように大きく手を叩いた。

「さて、そろそろ気は済みましたか。あとは何かお菓子でも買って帰れば満足でしょう」

「う、うん。そうだね。ケルちゃんが好きそうな甘い物でも買って帰ろうか」

 まだモヤモヤした気持ちが残っていたが、先に歩き出したクロロの後を私は追いかけた。



 お土産を求めて歩き出した私たちは、中央地区と街の出口に繋がる露店通りのちょうど境目に位置する店の前を通りかかった。その店からは微かに甘い匂いが漂っており、人々の行列ができていた。私はその匂いに誘われ、ピョンッと飛び跳ねて店先の品を盗み見た。

「あ!アレ!私の大好きなカヌレだ!ねぇねぇクロロ、お土産ここのを買っていこうよ!行列ができるほどのお店だし、絶対美味しいよ!」

「正気ですか。かなり並んでいますけど。この先の露店にも甘いものなら他にも売っていますし、わざわざこんな混んでいる店で買わなくても」

 心底嫌そうな顔を浮かべるクロロに、私は真顔できっぱり答える。

「却下。ここで決定です」

「………人質のくせにあなたはなんでそんなに強気なんですか」

「スイーツにかける想いは、いくらでも女子を強くするのよ」

「聞いたことありませんよそんな話」

 一歩も譲らない私に、うんざりした表情のクロロは長い列にもう一度目を向けた。

「並ぶのが嫌なら私が一人で並ぶから、お金だけちょうだい」

 右手をひらひらさせる私に、ため息をつきながらクロロは首を振る。

「お金だけ渡したって、何が幾らの通貨かあなたにはわからないでしょう。それに、字が読めないからメニューをみて注文だってできないはずです。……仕方ありません。あなたはあそこのベンチに座って待っていてください。列が長くならないよう、連れは並ばないようにと注意書きされていますから」

 私は大人しく返事をすると、指定されたベンチに座って彼を待った。



 クロロを待つ間、行き交う人々の人間観察でもして私は待つことにした。聖職者の街だけあって、法衣を着ている人やシスター、見習いの聖道女がよく通りかかった。

「なんかお城の中にいた時は別世界って感じだったけど、街中は外国に来たような雰囲気って感じだなぁ。そこまで元の世界とは……、ん?何か後ろが騒がしいな」

 私はベンチに座りながら後ろを振り返ると、騒ぎの元を辿った。そこにはそれなりに位の高そうな服を着た司祭と、小さな六歳くらいの男の子が立っていた。

 漏れ聞こえる野次馬の声を聞く限り、どうやら男の子がよそ見をしていて出合頭に司祭とぶつかったようだ。司祭の男はここまで聞こえるほどの大きな声で男の子を叱りつけている。

「おい、聞いているのか小僧!お前のせいでこの私の法衣が汚れて皺になったじゃないか!どうしてくれる!お前じゃ一生かかっても払えないくらいの上質なシルクが使われている聖なる法衣なのだぞ!」

「ご、ごめんなさい司祭様。僕、急いでて」

「謝ってすむ問題ではないわ!私の法衣と貴重な時間を奪っておいてタダで済むと思うな!キッチリ取り立てさせてもらう!家はどこだ」

「!!!ごめんなさい司祭様!お願いですから家やお母さんには!」

 二人の会話からただ事ではない状況を感じ取った私は、ベンチから立ち上がって二人の近くまで向かった。

 その間に男の子は地面に手をついて土下座をして司祭に謝っていたが、司祭が無理矢理立ち上がらせてどこかに連れて行こうとしている。

「あ~あ、あの子供やっちまったな。よりによって上位の司祭様を怒らせるとは。一家全員干上がっちまうぜ」

「可哀想だけど、運が悪かったと思って諦めるしかないね」

(な、何なのみんな。あんな小さな子がひどい目にあってるのに見て見ぬ振りするわけ!?確かに私も元の世界では声かける勇気が出せなくて、寝てる振りして電車の席譲ったりできない時もあるけど、それとこれとはさすがに話が違うでしょうよ!)

 我慢できなくなって騒ぎの中心地に一歩足を踏み出した時、ある言葉が私の脳裏をよぎった。


『教会関係者も強い権力を持っているので、聖職者とトラブルを抱えないよう気を付けてください』

『あなたがトラブルを起こしても、魔族と感づかれたら面倒なので、基本的に見捨てる方向でいきます。最後はその装置で首が吹っ飛ぶので注意してくださいね』


(………。マズイ、このままだと確実に首が吹っ飛ぶ。かと言って、見て見ぬ振りをしたら男の子がもうアイツに連れて行かれちゃう。どうする!?)

 しばし躊躇した後、私は覚悟を決めると思い切って男の子と司祭の間に割り込んだ。

「ちょっとおじさん!いくら何でもこんな小さい男の子相手にひどすぎるんじゃないの!さっきからこの子謝ってるじゃない。いい年した大人が恥ずかしくないの」

「なんだお前は!いきなり横から口出ししてきて!女のくせに生意気な!」

(あ~~~。死んだ、もう死んだ。今からもれなく首が吹っ飛ぶ。この司祭に口答えして罰を受けるより前に首輪で首が吹っ飛ぶ~)

 私は司祭をキッと睨みつけ、男の子をかばって両手を広げて仁王立ちしていたが、心の中は絶望で泣き叫んでいた。

「お前もしやこの街の人間ではないな。馬鹿な女だ。この街では聖職者に無礼を働いた者は厳罰に処されるのだぞ。旅の者、巡礼者など例外なくな。覚悟はできているんだろうな!」

 すごい怒声で凄んでくる司祭を目の前にし、私はビビることなく真っ直ぐ司祭を睨みつけた。

(なんだろう。昔の私だったら絶対怖くて足が震えてそうなのに、あの心臓を鷲掴みにされたような鋭い魔王の睨みをしょっちゅう受け続けたせいで、ちょっとやそっとじゃ動じなくなったのかも。人間の順応力とは恐ろしいものね)

 死を目前にしながら、私は己を冷静に分析してしまった。

 ちっとも怯む様子を見せない私が癇に障ったのか、司祭は私の頬めがけて右手を振り下ろした。私は身体を強張らせると、ギュッと目を閉じて痛みに備えた。

「おっと。上位司祭様がこんな公衆の面前で暴力沙汰は、さすがにまずいんじゃありませんか」

「な、なんだ貴様は!医者、か…?」

 見知った声にゆっくり目を開けると、いつの間にかクロロが駆けつけてくれていた。私たちの間に割って入り、司祭の振り下ろした手を受け止めて守ってくれている。いつも城で彼の白衣を見ると条件反射で逃げ出しているが、今はとても頼もしく感じる。

「明日には聖女様も戦地よりご帰還されるとか、これ以上あまり騒ぎを大きくしないほうがよろしいかと」

 クロロはそう言うと、白衣の内ポケットから何かを取り出し、周りの野次馬に見えないよう司祭の手に握らせた。司祭はサッと手元を確認すると、二、三悪態を吐きながらも怒りを治めて去っていった。

(賄賂だ。絶対今賄賂受け取ったよあの司祭!とんでもない聖職者だな)

 私は司祭が去っていった方向を呆れた表情で見つめた。

「さてと、では首が吹っ飛ぶ心の準備はよろしいですか、えりさん」

 清々しいほどのブラックな笑顔で振り返ったクロロに、私は即座に90度のお辞儀で全力謝罪した。

「申し訳ありませんでした!」

 社会人になってからこれほど全力の謝罪をしたのはおそらく初めてだろう。新入社員時にやったマナー講座以来かもしれない。

 私がクロロに対して謝っていると、事情をよく呑み込めていない助けた男の子も、なぜか一緒になって謝ってくれた。クロロは大きくため息をつくと、やれやれといった顔で許してくれた。

「仕方ありません。この男の子に免じて今回は見逃してあげましょう」

 私は安堵してお辞儀を解くと、男の子にこれからは歩く時に注意するよう言い含めると笑顔で見送った。

「まったくあなたという人は。あれほど聖職者と揉め事は起こすなと言っておいたのに。この街の人間みたいに放っておけばよかったんですよ。あんな横暴、この街ではよくある話なんですから」

「何それ!よくある話だからって、あんなひどいところを目の前で目撃したらさすがに放っておけないよ!」

 威勢よく噛みつく私の頭を、クロロはなだめるようにポンポンと撫でた。

「確かに強気の発言をするだけあって、先ほどはあの男相手に一歩も引きませんでしたね。しかも、首輪の装置で死ぬ可能性が濃厚であったにも関わらず。その点については、少しだけあなたを見直しましたよ」

「………悲しいことに、日々魔王の睨みを受けているせいで免疫がついたのか、あの程度の怒声や睨みには動じなくなったみたい。全然嬉しくないけど」

 私は斜め下を見て俯いた。クロロはなるほど、と苦笑しながら納得していた。

「では、お土産も買ったことですし帰りますよ。これ以上長居してまた違うトラブルに巻き込まれたら大変ですからね」

 お土産という言葉を聞き、私はクロロの右手に持つ紙袋に飛びついた。受け取って中を見ると、フィルム張りになっている箱の窓から数種類のカヌレが見えた。

「わ~い♪帰ったらケルちゃんとおじいちゃんと一緒に食~べよ!」

 途端に上機嫌になった私に、まるで子供ですね、と横からクロロの嫌味が聞こえたが聞こえないことにした。

 そして、ふと思い出した先ほどの出来事について彼に尋ねた。

「そういえば、さっきの司祭に何渡してたの?やっぱりお金?」

「えぇ。あの手の人間は単純ですから、ある程度の金を握らせれば簡単に黙ります。……ただ、私の渡す紙幣は特別ですがね」

 含みを持たせてニヤッと笑う彼に、私はその先を問いただすか問いただすまいか迷ったが、結局恐る恐る聞いてみた。

「あの紙幣にはジャックが治める領域にある、『ラティーミア』という魔界の美しい花の花粉がべったりついています。綺麗な花には毒がある、とはよく言ったもので、その花にも強力な毒が含まれています。遅効性の毒ですが、花粉が皮膚に付着しただけで、数時間後にはその箇所が毒に蝕まれ腐っていきます。そして腐った箇所からさらに体内に毒が侵入し、最終的には体全体が毒に侵され死んでいく。まぁ、この私から施しを受けたのですから、それ相応の対価は支払っていただかなくてはね」

 そう言って金と青の瞳を怪しく光らせるクロロに、私は久しぶりに恐怖を感じて背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

(ジャックって言えば、この間会った七天魔の一人、翠毒のジャックさんのことだよね。確かお茶会で植物人って言ってたっけ。彼の領域にある毒の花……)

 私が青い顔をして押し黙っているので、クロロは思い出したように言葉を付け足した。

「確かにラティーミアの毒は強力ですが、先ほども言ったように遅効性ですからね。ギリギリ生きてさえいれば、明日癒しの聖女が帰ってきて早々に治されちゃうでしょうね」

 クロロの言葉に、パッと私は顔を上げて彼を見上げた。

(もしかして、最初から殺す気はなかったの…?)

 クロロはそれ以上何も言わず、街の出口へと歩き出した。私もほっと息を吐くと、彼の後を追いかけた。

「でも、あなたには今回大きな借りができましたから、城に帰ったらすぐにでも払ってもらいましょうかね」

 追いついて隣を歩き出した私に、クロロはニヤリと怪しい笑みを浮かべる。彼がこの笑顔を浮かべる時は、大抵私の身に不利益を被ることを考えている時だ。

「エッ!?な、な、何を要求されるの?」

「では、待ちに待った楽しい採血を実施しましょうか!」

「ぎゃあーー!ついに覚悟を決める時がきたぁ」

 スキップでもしそうなほど上機嫌なクロロとは対照的に、私の足取りは一気に重くなった。

(お土産も買って、さっきまで城に帰るのが楽しみだったのに。今はもう城に帰りたくないよぉ…)

 こうして、初めての人間界の街へのお出かけは終わるのだった。




 行き同様、小高い丘の上に隠されている魔族専用魔法陣を使い、私たちは無事に魔王城へと帰還した。

 お土産を片手におじいちゃんのいつもの定位置に向かうと、出かける前と変わらずケルも一緒にそこにいた。

「ただいまケルちゃん!おじいちゃん!お土産買ってきたよ~」

「お姉ちゃん!お帰りなさ~い!ケルね、良い子にして待ってたよ!」

 私は尻尾を振りながら飛びついてきたケルを抱きしめると、頭を撫でて褒めてあげた。そしてお土産のカヌレの箱を開けると、さっそく橋に腰掛けて二人で仲良く食べ始める。

「フォッフォッフォ。どうじゃった?お嬢ちゃんとのデートは」

 後から追いついてきたクロロに、茶化した様子で老魔法使いは聞いた。

「なにがデートですか。子守りの間違いでは。私の言いつけも守れず、トラブルを起こす問題児でしたよ」

 ローブのフードを目深に被っているため正確な表情は読み取れないが、一瞬驚きに動きを止め、そしてまた愉快に笑い出した。

「フォッフォッフォ、お嬢ちゃんと一緒だと退屈しなさそうじゃのう。………それで、今回は何か得るものはあったかの?」

「……いえ、目新しい情報はありませんでした。ですが、今回えりさんを連れて街へ行ったことで、敵が深読みして動いてくれればこちらとしては楽なんですが」

「ふむ。そう上手くことが運べばいいんじゃが。敵もなかなか狡猾なやつじゃからのう」

 自前の立派な髭を撫でつつ老魔法使いは唸った。

「確かに侮れない敵ですが、今回予期せぬ形で種をまくことができましたから、星の戦士側で近々何かあるかもしれません」

「種?…さっき言っておったお嬢ちゃんのトラブルか?」

「そうです…。タイミングがいいことに、明日戦地から聖女が帰ってくるみたいなんですよ」

 クロロの言葉を聞き、多くは聞かなかったが大体の事情は察したらしい。老魔法使いはそれ以上問いただすことはせず、カヌレに夢中の二人に合流した。

 クロロは今日の成果を魔王に報告するため城に足を向けたが、大事なことを思い出してこちらを振り返った。

「えりさん、それを食べ終わったらあとで私の研究室に来てください。借りを返してもらいますから」

 カヌレを頬張っていた私は、クロロの不穏な言葉に喉を詰まらせた。苦しそうに咳き込む私の背を、ケルが慌ててさすってくれる。

「ゲホッゲホッ。楽しい気分で食べてる時に変なこと思い出させないでよ!」

「変なこととは何ですか。もはや私はあなたの命の恩人ですよ。恩人の頼みを無下に断るのならば、今ここで首を吹っ飛ばしてあげてもいいんですよ」

「もう無茶苦茶だぁ!というか、カヌレに気を取られて忘れてたけど、この首輪いつまでつけてるのよ。もうお城に戻ってきたんだから外してよ!」

 私は立ち上がると、そのままの勢いでクロロに詰め寄った。

「う~ん。いっそのことこのまま飼い殺しにするのも悪くありませんね。そもそも人質なんですし、星の戦士の力を封じておくに越したことはありません」

 爽やかな笑顔で言い切るクロロに、私はもう口をパクパクさせて半泣き状態になる。彼ならば十分やりかねないと悟ったからである。

「うぅ~~~。おじいちゃ~ん!クロロが首輪を外してくれないよぉ~!助けて~!」

 私は追い詰められ考えた結果、おじいちゃんに泣きついて助けを求めた。小さい子供のようにローブにしがみつく私を、おじいちゃんはいつものように笑いながら助けてくれる。

「まったく。いくらお嬢ちゃんの反応が可愛いからといっても、これ以上イジメたら可哀想じゃろう。…ホイ!」

 おじいちゃんが持っている釣り竿を首輪に向けて振りかざした途端、首輪は小さな音を立てて外れ、そのまま地面へと落下した。ついでにおじいちゃんは服や靴も元来ていたものに戻してくれる。

「は、外れた~!ばんざ~い!やった~」

 昼間同様万歳をして大喜びする私に、またもケルがつられて万歳しながら飛び跳ねた。その様子をつまらなそうにクロロは眺める。

「せっかく取り付けたのにこんなに簡単に外してしまうなんて。勿体ないですね」

「相変わらずお前さんは物騒なものばかり発明しおって。もう少し害のないものを作ったらどうじゃ」

「……善処します。では、今度は首ではなく腕が吹っ飛ぶ腕輪にしましょうかね」

 落ちた首輪を回収して今度こそ城へと歩いていくクロロを見送りながら、吹っ飛ぶ部位の問題じゃないんじゃが、と老魔法使いは心の中で呟くのだった――。


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