閉幕・平和の調停者編 平和の押し花
魔族と人間が同盟を結び、七年にも及ぶ戦争に終止符が打たれて早半年。至る所で戦争の爪痕を残していた人間界は、人間と魔族双方の働きにより、順調に復興が進んでいた。
一番被害の大きかった最後の決戦地である王都シャドニクスでは、ユグリナ騎士団と獣人族が中心となり、壊れた家屋や割れた石畳、大砲で崩れた城壁の撤去、および壊れたものの各種修繕を行った。
力仕事が多く、力自慢の獣人族が率先して動き、ユグリナ騎士団を上手くサポートしていた。人間の身でも作業がサクサク進むようにと、早い段階でクロロが工事現場で見られるような重機を開発して導入し、現場でとても重宝されていた。
カイトとレオン、クロロが陣頭指揮を取りながら連携し、通常の倍以上の速さで復興が進んでいった。ちなみに、私の能力でお菓子へと変えた城壁は、比較的被害の少なかった内部のお菓子については、次の日ケルとドラキュリオ、おまけにネプチューンが大はしゃぎで食べていた。
長年ガイゼル王の洗脳の支配下に置かれていた国民については、セイラとメルフィナ、サキュアが協力して少しずつ正気に戻す手助けをした。国民は子供の頃から王が絶対だと教え込まれるため、大人で年配である人の方が強い洗脳を受けており、総じて回復に時間を要した。
正気に戻って心が健全になった子供たちは、ようやく子供らしさを取り戻し、元気に復興した街を走り回れるほどになった。そんな子供たちの姿を見て、元アレキミルドレア国出身のクロロは、珍しく優し気な表情をしていたのを私とケル、セイラは見逃さなかった。直接そのことに触れるとクロロは怪しい笑みを浮かべて危ない注射器でも取り出しそうなので、私たちは心の中にしまっておくことにした。
人間界統一を企てていたガイゼル王の処分については、今尚各国のトップと星の戦士を交えて審議中で、復興作業を優先していることもあり、結論が出るまでまだもう少し時間がかかりそうだった。しばらくはユグリナ王国の地下牢がガイゼルの住処になりそうだ。
次に二番目に激戦地だったヤマトの国では、ネプチューンの側近であるタイガの奮闘と魚人族の活躍により、シラナミ海岸は半年かけて元の綺麗な海と浜辺に戻った。長であるネプチューンは半年の間に数えるほどしか復興作業を手伝わなかったが、タイガを中心として血や火薬等で汚れた海を魚人族が浄化して回り、浜辺の周辺は凪や佐久間たちヤマトの兵も手伝って復興に当たった。
散々命のやり取りをしてきた間柄だったが、復興作業が終わる頃には、タイガにだけは人間たちも少しだけ心を開いたようだった。残忍で気性の荒い魚人族の中でも、タイガだけはまともな感覚を持ち合わせており、何よりネプチューンの無茶振りや周りの魚人族たちを抑えてまとめ上げている手腕を評価されていた。日頃の彼の苦労を見ていると、その不遇さを憐れんでしまうのも無理はない。
人間界の他の戦場跡については、ジャックを中心とした植物人族やニコ、私とケル、おじいちゃんがそれぞれ協力して復興活動に当たった。大地が荒廃したところは植物人の力で大地を活性化させ、植樹をして森を蘇らせたり、戦争が終わったことを理解していない下位の野良魔族については、おじいちゃんがこらしめて人間を襲わないよう説教していた。私とケル、ニコは各戦場で戦っていた兵たちの心のケアや怪我人の手当てを行った。セイラがアレキミルドレア国にかかりきりな分、間に合っていない他国の兵の心のケアや治療は私たちで担当した。
一緒に活動している間、ケルは見た目の年が近いニコと仲良くなろうと積極的に話しかけていたが、見た目に比べ精神年齢が高いニコはあまり打ち解けられずにいた。全然仲良くなれずにしょんぼりしているケルを見かねて、途中でケルベロスが表に出てきて代わりにニコと話した。お互いに精神年齢が高い者同士になると話が弾むのか、それからすぐにニコは打ち解けたようだった。その後ケルに人格が交代しても話が弾んでいるようなので何の話題で盛り上がっているのかと確認してみたら、主にドラキュリオとフォードの愚痴だった。お互いに似たようなことで苦労して通じるものがあったらしい。
そして復興作業に欠かせないものとして、物資の運搬がある。各地に支援物資を運ぶのに、サラマンダー軍とフォード軍が手分けをして行った。
大将同士の仲が少しずつ深まってはいるが、サラマンダーの戦闘気質的にそうことは簡単に進まない。今回の物資運搬についても、ただ荷物を運ぶだけではつまらないと言って、勝手に両軍対抗のレース形式にしてしまった。荷崩れしないよう細心の注意を払い、速さを競って目的地に支援物資を運ぶ。お互いに最短ルートを練り、時には針路妨害をしながら熱い戦いを繰り広げた。最初こそ魔王とロイド王双方から注意を受けていたが、両軍共に正す気配が見られないので、もう諦めて放っておかれている。
二人の恋はまだまだ進展しそうにないが、心の中は通じ合っているようなので温かく見守ることにした。
人間界の復興活動も大事だが、魔界の治安維持も重要である。魔王はクロウリーが治めていた領域の調査をドラキュリオ軍に命じた。最終決戦の日、アレキミルドレア国から複数の三つ目族が逃走したのを確認している。ドラキュリオは正気に戻った従弟のドラストラを連れて、配下たちとクロウリー軍の残党処理と洗脳が解けた魔族たちの保護に向かった。
クロウリーの治めていた領域は異常気象地帯と言って、気候の安定しない不安定なところらしい。雪や雷、暴風、雹、豪雨等、法則性なくコロコロ天気が変わるので、普通に住むには適さないところなんだそうだ。そのため、環境の変化にあまり左右されないスライム族や機械魔族がこの領域に住んでいる。三つ目族はというと、領域内で唯一環境が安定しているところに建てたクロウリーの城にみんなで住んでいるそうだ。
ドラキュリオ軍は逃走した三つ目族が潜伏しているであろうクロウリーの城に突入し、激しい抵抗を受けながら残党を捕縛し城を制圧した。しかし魔法に長ける三つ目族は空間転移での逃走が得意らしく、全員を捕まえることはできなかった。ドラキュリオ軍は治安維持を兼ねた巡回を続けながら、今なお逃走した三つ目族を追い続けている。
最近は巡回に飽きたドラキュリオが私にしょっちゅう会いに来ているが、その度にケルに追い返されていた。そんな二人のある意味仲の良いやり取りを見るのも私の密かな楽しみの一つになっている。
クロウリーに強制的に洗脳されていたメリィは、クロウリーを倒したことで無事に洗脳から解放された。最終決戦で魔王の力になれなかったことをずいぶんと悔いていた様子だったが、魔王本人に何か言われたのか、今は以前にも増して城の雑務全般に力を入れて取り組んでいる。
そんな気合の入ったメリィに触発され、魔王城の門番を務めるジークフリートも毎日入念に城の警備に当たっている。クロウリーの残党の奇襲を警戒し、城の周囲を定期的にペガサスに乗って巡回していた。
メリィとジークフリートが朝も夜も関係なくずっと働き続けるので、魔王は苦い顔をしながら二人によく説教をしていた。真面目で仕事が大好き過ぎるのも困りものである。
そんなあっという間な半年を各々過ごし、世界は大分落ち着いてきた。力を使い果たし弱り切っていたこの星ラズベイルも、少しの間だけだが言葉を交わせるくらいに回復した。
私はこの世界に召喚された時にしか星と話したことがなかったのだが、カイトからの要請を受け、魔王と一緒に以前訪れたスターガーデンに行き、久しぶりに星と対話した。よくゲームで出てくる世界樹のような木から発せられる言葉は、確かにこの世界に来る際に聞いた声だった。
星との対話から数日後、私はケルとメリィと一緒に自室の大掃除をしていた。私はケルに脚立を支えてもらい、天井から下がっている照明ランプの傘を拭いている。ここに来てからここまで本格的な大掃除をしたのは初めてなので、埃がたっぷり積もっていた。
「やっぱり見えないところには埃が積もってるねぇ~。しっかり綺麗にしとかないと。しばらく留守にしちゃうからね」
「…む~。本当に来週にはお姉ちゃんいなくなっちゃうんだね。ケル、……寂しいな」
雑巾を動かす手を止めてケルを見下ろすと、彼は俯きながら耳をぺたんと伏せ、尻尾を寂しそうに小さく揺らしていた。
私は困ったような笑みを浮かべると、一旦脚立を下りてケルの頭に手を乗せた。
「そんな顔しないでケルちゃん。元の世界に帰るって言っても、私の能力を使えばこっちの世界には来れるんだから。またすぐに顔見せに戻ってくるよ」
私は頭を撫でながら、少しふて腐れているケルに言い聞かせた。
星と対話した日、星から元の世界に戻してくれると申し出を受けた。もう一年ほど元の世界に戻っていない私は、来週行われる魔族と星の戦士の親睦慰労会の次の日に早速元の世界に帰ることに決めた。
一度元の世界に戻ったら自力でこの世界に戻ることができない佐久間と違い、私は自分の妄想の能力を使えば再びこっちの世界に来れるとラズベイルから説明を受けた。そのため、私は特に迷いなく元の世界に戻ることを決めたのだ。もしもう二度とこっちの世界に来れないと言われたら、きっと帰るまでに相当な葛藤を要したに違いない。
私が元の世界に帰ることを決めた日から、ケルはずっとこの調子でご機嫌斜めが続いていた。
「すぐってどれくらい?三日後?それとも一週間?」
「エッ!?い、一週間はさすがに無理かなぁ。私も元の世界の生活リズムをまず取り戻したいから、最低でも一か月はかかるかな。やりかけの仕事とかまず思い出さないと。かなり日が空いているからすっかり忘れちゃってるよ」
「い、一か月……!?」
ガーンッという音がどこからか聞こえてきそうなほどショックを受けているケルに、私はもう苦笑いするしかなかった。
「全く。ケルを始め、多くの魔族たちに気に入られたわね。一体いつの間にそんなに人気になったの?見た目通り抜けているところがあって手がかかるから、ほっとけない魔族が多いのかしら」
メリィはカーペットをクロロが開発した専用の掃除機で掃除しながら言った。
「ちょっとメリィ。見た目通り抜けてるってどういうことよ。サラッと悪口混ぜないで」
私は雑巾片手に再び脚立を上ると掃除を再開する。
「でも私が帰ることを決めてから、みんなわざわざ会いに来てくれて嬉しかったな。話すだけじゃなくて外に連れてってくれたりもしたし」
私はここ数日間のその時のことを頭の中で順々に回想していく。
『おいえりよ!そなた元の世界に帰るというのは本当か!この妾に断りもなく勝手に決めるとは良い度胸じゃのう』
一体どこから嗅ぎ付けてきたのか、ネプチューンは突然魔王城にやって来ると私の自室に突撃してきた。
『えぇ!?断りもなくって言われても。ネプチューンと私ってそんなに仲良かったっけ』
『なんじゃと!?一緒に戦場で連携して戦った仲ではないか!もう忘れたのか!?それにその後もジャックの家で何度も茶をした仲であろう』
『そ、それはそうだけど。でも、私と仲良くするよりケルベロスと口喧嘩してる時間の方が長かった気がするな』
『それはそこの犬っころがいちいち妾を刺激するから悪いのじゃ』
『は?僕に責任転嫁するのは止めてもらえます?いつも刺激してくるのはあなたの方じゃないですか』
そこからはネプチューンとケルベロスの口喧嘩の応酬が始まり、私はネプチューンに部屋を水浸しにされる前に魔王に助けを求めに行くのだった。
(ネプチューンはいつも暴走しがちだけど、出会った当初よりかは話しやすくなったよね。なんだかんだ私を気にかけてわざわざ会いに来てくれたし)
全ての照明ランプを拭き終えた私は、脚立を下りて雑巾をバケツの水で洗う。
また別の日、今度は最早日課になりつつあるあの人物が私を訪ねてきた。
『えりちゃ~ん!元の世界に帰っちゃうって本当!?ボクとのデートの約束はどうなっちゃうのさ!それにボクのお姫様になる約束も!』
『……うん。デートはまぁいいとして、キュリオのお姫様って話は初耳なんですけど。どさくさに紛れて適当なこと言わない』
『エェ~!おっかし~な~。確かにえりちゃんと約束したはずなんだけど。そんでもって嬉しそうに笑顔でオッケーしてくれたんだけどな。毎日えりちゃんの夢ばっかり見てるから、現実と夢が混同して勘違いしちゃったのかもネ☆』
ドラキュリオはウィンクを飛ばしてアピールしてきたが、私は深いため息を吐いて頭を押さえた。いつもならばケルという強い味方がいるのだが、残念ながら朝からレオンにお使いを頼まれて今はいなかった。もしかしたらそれを見越してドラキュリオは訪ねてきたのかもしれない。
『ねぇねぇ!せっかくだから今からデートしようよ!えりちゃんが帰っちゃう前にさ!うるさいケルもいないことだし!』
『エッ!?デートって、また任務サボったら魔王に怒られるよ!逃走した三つ目族を捜す任務、まだ終わってないんでしょ』
『ヘーキヘーキ!魔王様に怒られるのが怖くて七天魔が務まるかっての!えりちゃんと思い出を作る方がボクにとっては最優先事項だヨ!さ、行こう!今日はボクが完璧にエスコートしちゃうから!』
ドラキュリオは私の腰に手を回すと、止める間もなく浮遊魔法で空を飛んであっという間に私を城から連れ去った。
(あの日は魔王が差し向けた追手のサラマンダーがやって来るまで色々遊び回ったなぁ。注意する立場なのに、結局キュリオに乗せられて私もデートを楽しんじゃったし。強引なところはあるけど、キュリオは私のことを第一に考えてはくれているからね。憎めないんだよなぁ。…それにしても、まさか追手でサラマンダーが来るとは思わなかったな。さすがのキュリオも驚いてたし。スイッチが入った戦闘狂のサラマンダー相手じゃキュリオも分が悪いよね)
あえなくサラマンダーに捕獲されたドラキュリオは、私と一緒に魔王城に戻ってその後魔王にキツイお説教を喰らった。私は頭に大きなたん瘤を作ったドラキュリオを思い出して苦笑すると、洗った雑巾をきつく絞った。
脚立を片付けるようにケルにお願いした私は、ベッドサイドに置かれた小さな棚とドレッサー周りを拭き始める。
『昨日は散々だったな嬢ちゃん。キュリオに誘拐されたんだって?ケルベロスを使っちまって悪かったな』
『レオンさん。いいえ、元々ケルベロスはレオンさんの配下ですからお気になさらず。それに連れ出されはしましたけど、結局私も一緒に楽しんじゃいましたし。キュリオばかりを責められませんよ』
西の庭園でケルと一緒に噴水に浮かぶ花びらを取る掃除をしていると、定期報告がてら私の顔を見に来たというレオンが話しかけてきた。
『もうすぐ元の世界に帰るんだってな。やっと復興作業も落ち着いて平和になったっていうのに、帰っちまうなんてなぁ。いっそのことこのまま魔王城に住んじまえばいいのに。ケルたちも嬢ちゃんのことを気に入ってるみたいだしよ。魔王様もお前さんだったら文句は言わないだろうぜ』
この世界の移住を勧めるレオンに、ケルは目を輝かせながら隣でコクコクと頷きながら賛同している。よほど私をこの世界に留まらせたいようだ。
『う~ん。気持ちは嬉しいけど、私にも元の世界に家族がいるし。それに、元の世界でまだまだ見たいものや読みたいもの、やりたいことやイベントが目白押しで。幸い星が召喚した日時にそのまま戻してくれるみたいだから、漫画やゲームの発売日、イベントを逃したりはしなくて済みそうだから良かった』
最後の方は独り言のようにブツブツと言ったため、レオンとケルは揃って首を傾げていた。
『まぁまた戻ってくるとは聞いてるし、その時までにとっておきの木彫りでも作っておくぜ!獣化した等身大のケルとかなぁ!』
『わぁ~!楽しみです!帰って来たらぜひ見させてもらいますね!』
私が笑顔で答えると、レオンは豪快に笑いながら獣のモフモフの手で私の頭を撫でた。
(私が帰る頃には、レオンさんの木彫りコレクションがまたいっぱい増えてそうだな。今から見るのが楽しみ)
私はドレッサーの鏡を念入りに拭きながら、再びこの世界に帰ってくる日を今から待ち遠しく感じた。
カーペットを掃除していたメリィは、掃除機をケルに渡して続きを頼むと、自分はベットメイキングを始めた。
また別の日。アレキミルドレア国から戻って来たクロロが私を研究室へと呼びつけた。一体何をされるのかとビクビクしながらケルと一緒に研究室へ行くと、意外にも用件は怪しい実験の類ではなかった。
『今度帰って来る時に手土産がほしい?』
『はい。できればこの世界に存在しない精密機器や薬品の類が嬉しいですね。あ、あと各分野の専門書でもいいですよ。そこから色々分析できるので』
『いやいやいや。本なんて持ってきたってクロロ私の世界の文字なんて読めないでしょ。それとも私に一つずつ朗読でもさせるつもり?』
私がじとっとした目を向けると、クロロは意に介さず小馬鹿にしたような目で私を見下してきた。
『私を一体誰だと思っているんです。異世界の文字など私にかかれば一日もかけずにマスターできますよ。言語習得用の参考書を一冊お持ちくだされば事足ります。とにかく、私の見たことのない機械と薬品、専門書を今度帰ってくる時に頼みますね。それが魔王城に泊まる宿賃ということで』
『えぇ~!百歩譲って機械と本はいいとして、薬品って何よ。普通の人が化学薬品なんか買えないよ。市販の薬とかでいい?普段から仕事で目を酷使しているクロロに合う目薬とか』
『目薬って…。普通に私が自分で調合できるんですけど。ジャックも作れますし。もっと変わったのを持ってきてください』
『リクエストが難しいなぁもう!』
その後も私は思いつく限りのものを提案し、クロロにダメ出しを喰らい続けた。途中からはケルも参戦し、絵本が欲しい、異世界のお菓子が欲しいとせがんできたのだった。
(手土産一つでこんな要求されるんだから、もしクロロが私の世界に来るなんてことがあったら、あちこち引きずり回されるところだね)
私はクロロの飽くなき探求心に身震いした。
(魔王の計らいで久々にジークとお散歩したのも楽しかったなぁ。強制的に命令して連れ出さないと本当に休むことをしないんだからジークは)
私は風を切る空の旅を頭の中で思い返す。
『今日はなんだかご機嫌だね~、ウィンス』
私は気持ち良さそうに風を切って飛ぶペガサスの鬣を撫でた。
今日は朝からジークフリートに誘われ、一緒に人間界をペガサスで飛びながら散歩している。何でも早朝に魔王がやって来て、いい加減休みを取れと激怒されたそうだ。城の警備を疎かにしたくない仕事人ジークフリートのために、今日は代わりにケロスが城の警備を代わってくれている。
『任務以外のただの散歩は久しぶりだからな。今日はえり殿も一緒だし、ウィンスも嬉しいんだろう。俺と二人だけじゃ代わり映えしないからな』
『う~ん。でもウィンス、ジークにすごい懐いてるから、たとえ二人だけのお散歩でも喜んでくれると思うよ』
『…フッ、そうか。えり殿がそう言うのならそうなのかもしれないな』
私の後ろに座って手綱を握っていたジークフリートは、そっと相棒の首に触れた。ウィンスはジークフリートの気持ちを理解したのか、返事をするように一度大きく鳴いた。
『ほら!返事した!ジークと一緒ならいつでも嬉しいって』
『そうか。相棒に愛想をつかされないようにこれからも頑張らなければな。…さて、次はどこに行こうか。えり殿が元の世界に帰る前に、今日は好きなところに連れて行ってやろう』
『ありがとう!ジーク!じゃあ次は~、絶景ポイントが見たい!滝とかないかぁ?私の世界だと、滝とか観光スポットなんだけど』
『滝か…。よし、案内しよう。とっておきの場所がある』
ジークフリートは手綱を操ると、方向転換をして目的地へとペガサスを向かわせた。
その後も色々な場所を案内してもらい、私はたくさんの景色や物を目に焼き付けた。
(戦争中はこの世界をゆっくり見て回ることなんてできなかったけど、ジークのおかげでたくさんこの世界の良いところを知れた。いや、ジークだけじゃない。おじいちゃんもだよね)
拭き掃除が終わった私は、雑巾をバケツに入れて部屋の外へと運び出した。私の部屋は窓がないため、換気を兼ねて部屋の扉を開けっ放しにしておく。
掃除機をかけ終わったケルと交代して、私はロールになっている粘着テープでカーペットの細かい汚れをコロコロ掃除していく。ケルは誤って粘着テープに尻尾が巻き込まれないよう、廊下にて待機していた。
『お嬢ちゃん!今日は儂とデートしよう!昨日は人間界を巡ったそうだから、今日は魔界巡りじゃ』
ジークフリートと人間界を満喫した次の日、今度はおじいちゃんから散歩という名のデートに誘われた。
『魔界巡り?確かに魔界は全然行ったことがないから興味あるけど、行っても大丈夫なの?まだクロウリーの残党が全員捕まってないんでしょ。魔王に怒られない?』
『フォッフォッフォ。この儂がついているんだから大丈夫じゃよ。もし残党が現れても一網打尽じゃ。さ、準備して早速出発するぞ。ジークより完璧にエスコートしてみせるわい』
『ちょっと待てよじっちゃん!もしかしてねーちゃんだけ連れていってオレは留守番させるつもりじゃ』
昨日一日城の警備を担当していたケロスは、今日は私に労ってもらうつもり満々でいた。それなのにおじいちゃんが横から突然乱入してきたので、一気に機嫌が急降下している。
『そのつもりに決まっているじゃろう。デートに他の男を連れていくわけがない。儂はお嬢ちゃんと楽しんで来るから、ケロスは引き続き今日も城の警備をしとるんじゃな』
『ふっざけんな!今日はオレがねーちゃんと遊ぶ予約してんだよ!横入りすんなじっちゃん!』
『フォッフォ。もうお嬢ちゃんは来週には元の世界に帰ってしまうんじゃ。それなら老い先短い儂に譲るのは当然じゃろう。生きてるうちにまたお嬢ちゃんに会えるか分からんからのう』
『何が老い先短いだ!間違いなく五十年先もまだ生きてるだろじっちゃん!普通にねーちゃんの方が寿命短けぇから!』
ケロスはおじいちゃん相手にしばらく噛みついていたが、魔王軍最強の魔法使いの方がやはり一枚上手だった。
『仕方ない。こうなったら空間転移で逃げるか。ほれ、行くぞお嬢ちゃん』
『エ?エ?本当にケロス置いてっちゃうの?』
『あ!空間転移は反則だぞじっちゃん!』
ケロスの叫びを無視し、おじいちゃんは空間転移で魔界へと移動した。
私は心の中でケロスに謝罪しつつ、おじいちゃんが案内する魔界巡りを楽しむのだった。
(一番綺麗だったのはネプチューンの領域かなぁ。ジャックさんの領域も緑が多くて好きだけど)
私は粘着テープを定期的に剥がして綺麗なものと取り換えながら、カーペットの掃除を続けていく。
三日前。私が部屋で少しずつ帰り支度を始めていると、遠慮がちに扉がノックされた。私の代わりにケルが扉を開けると、そこには紙袋を持ったジャックが立っていた。
『こ、こんにちは。今、ちょっと大丈夫かな?』
『ジャックさん。この間の任務ぶりですね。大丈夫ですよ。何かご用ですか?』
荷物整理を止めて部屋に招き入れると、ジャックは持っていた紙袋を私に手渡した。
『ここ、これ。えりさんの好きなハーブティー。お気に入りのものをいくつか作って持ってきたんだ。元の世界でもしばらく飲めるように』
『うわぁ!ありがとうございます!ジャックさんのお茶大好きなので、すっごく嬉しいです!』
『ほ、本当!それなら良かった!ついでに傷薬や漢方各種も入れておいたから、向こうで具合が悪くなった時は使って』
『お、おぉ。至れり尽くせりですね』
私はもらった紙袋を覗き込む。紙袋には特製ハーブティーの他に、過保護なほど応急手当グッズが入っていた。とりあえず怪我を始め、腹痛や風邪、頭痛に見舞われても大丈夫そうだ。
『あ、あの、クロロに聞いたんだけど、今度帰って来る時に異世界の物をお土産に持ってきてもらうって。もし余裕があったらでいいんだけど、僕にも植物の種とか持ってきてもらえないかな。異世界の植物に興味があって』
ジャックはもじもじして、着ている和装と髪の毛の白い花を揺らしている。その様子が可愛いかったため、クロロよりも吟味してお土産を買ってこようと私に強く決意させた。
『任せてくださいジャックさん!お花や野菜の種をいっぱい買って帰ってきますから!』
『あ、ありがとう!でも、無理はしなくていいからね。最初に頼まれたクロロの方を優先していいから。僕のはついでで』
『いいえ!最悪クロロの分は買えなくても、ジャックさんのだけはちゃんと買って帰りますから!餞別をくれたジャックさんのが大事です!』
『えぇ!?そそ、それじゃあ僕が後でクロロに怒られちゃうんだけど』
『大丈夫です!私がクロロに怒り返しますので。私はジャックさんの味方です!』
私が鼻息荒く言うと、争いを好まないジャックは困った笑みを浮かべた。
その後、荷物の整理を一時中断して三人でお茶をしていると、荒々しく扉を開けて一人の少女が部屋に乱入してきた。
『えり~!聞いたわよ~!元の世界に帰るんですってね~♪これで魔王様に近づく女が一人減ってサキュアも安心だわ☆あとはメリィを牽制しながらじっくり魔王様を攻略するだけ』
『魔王様を攻略って、サキュアじゃ一生かかっても無理だと思うけど。それにお姉ちゃんはまた戻ってくるし。魔王様がサキュアに振り向くことはないよ』
『何ですってケル!このサキュアがこんな色気も素っ気もないえりに劣るって言うの~!こうなったら……』
サキュアに睨まれた私は、嫌な気配を感じ取ってティーカップをテーブルに置く。いつでも逃げられるように退路を確認して身構えた。私の向かいに座っていたジャックも、すぐに防御態勢を取れるように植物を出す準備を整える。
『二度とこっちの世界に戻ってこないようにギッタンギッタンに叩きのめしてあげる!』
『予想通り力技できたー!物が壊れるから部屋の中で鞭を振り回さないでよ!』
『うるさ~い!魔王様をたぶらかす女は全員敵よ!覚悟しなさい!』
『だ、だめだよサキュア!えりさんに危害を加えるなら僕たちが黙ってないよ!』
『そうだそうだ~!お姉ちゃんをイジメるならケルが相手だよ!』
そこからは部屋の中で植物が生え、鞭が飛び、ベッドをトランポリン代わりにしケルが宙を舞った。ドッタンバッタン部屋から騒音が洩れ、最終的に異常事態を聞きつけたメリィのおかげでサキュアの暴走は治まった。
メリィがサキュアを回収した後、私たちはみんなで仲良く汚れた部屋のお片付けをする羽目になった。
(こうやって振り返ると、本当に魔王軍の人は個性的な人ばっかりだよねぇ。み~んなタイプが違って。良い人もいれば、ちょっと問題児もいて。そんな魔王軍をまとめて、これから人間と共存の道を進めていくフェンリスは苦労が絶えないだろうな)
私はカーペットの掃除を終え、ふぅっと一息をつく。
メリィもベッドメイキングを終えたようで、はたきと掃除機を持って廊下へと引き上げていく。綺麗になったベッドに飛び乗りたそうにしているケルを見ると、メリィは目を光らせてケルに釘を刺していた。
スターガーデンで元の世界に帰ることを魔王に宣言してからは、毎日何かと忙しく、あの日以来魔王とゆっくり喋る機会がなかった。そのため、昨夜私は久しぶりに開かずの間の先にある花畑を訪れた。今やすっかり私と魔王の待ち合わせ場所になっていた。
『やっぱりいた~。こんばんは、フェンリス。いつも私が会いに来るとその顔で迎えるね。そろそろ眉間の皺が取れなくなっちゃうよ』
『フン。大きなお世話だ。…それで、何の用だ。他の連中と違って俺が会いに来ないから自ら出向いたか?』
『もう。当たってるけどなんかムカツクなその表情と勝ち誇った言い方』
魔王は余裕を感じさせる笑みで、どこか楽しそうに私を見下ろしている。
戦争が終わってからというもの、魔王が纏う空気は大分柔らかくなった。以前は常に緊張感を持ってピリピリした空気を纏い、魔力と黒いオーラで全身武装することも多かったのだが、魔界を脅かすクロウリーがいなくなり、根が優しい本来の彼の気質に戻ったのだろう。星の戦士の間でも、前より話しかけやすくなったと高評価を得ている。
『毎日誰かしらと賑やかにやっているようだな。ジークフリートはいいとして、キュリオとじいにはこれ以上構うなよ。あの二人はすぐお前を独占して連れ出そうとするからな』
『あはは。まぁボディーガードのケルちゃんがいればキュリオは撃退できるから。というか、おじいちゃんもダメなの?』
『じいをあまり甘くみるな。友達という言葉を上手く利用し、時間の許す限りお前を独占しようとするだろう。あまり懐いていると、しまいには元の世界に帰るのを妨害してくるかもしれんぞ』
『ま、またまたぁ!おじいちゃんはそんなことしないよ!フェンリスの考えすぎだって!』
私は笑い飛ばすが、至って魔王は真剣だった。無言でこちらを見つめてくるので、私はだんだんと不安になる。
『じいの喋りと見た目に騙されんことだ。あいつはまだまだ現役だからな』
『…りょ、了解』
私は魔王の意味深な言葉に首を傾げつつ、ひとまず彼の忠告通りに行動することにした。
『そうだ!フェンリスは何かリクエストない?私がこっちの世界に戻ってくる時にお土産として持ってきてほしいもの!クロロとジャックさん、ケルちゃんからは欲しいもの聞いてるんだけど』
『持ってきてって、異世界のものをか?確かにクロロが好みそうな話だな』
魔王は顎に手を当てると、少しの間考える素振りをした。しかし結局特に何も思いつかなかったのか、首を横に振ると私の目を真っ直ぐ見つめてこう言った。
『俺は別に何もいらん。お前が俺に献上したいものがあるなら勝手に持ってくるがいい。俺はただ……、必ずお前がまたこっちの世界に戻ってきさえすればそれでいい』
『えっ……』
予期せぬ魔王の一言に、不覚にも私はトキめいて言葉に詰まってしまった。魔王には普段意地悪な言葉ばかり言われているので、まさかそんな優しい言葉をかけてくれるとは思ってもみなかった。
『ど、どうしちゃったのフェンリス。今日はすごい優しいよ』
『なっ!なんだと!?何が優しいだ!普通だろ!それとも意地の悪い言葉の方がお好みか!?』
『い、痛い痛い痛い!すぐほっぺた引っ張るんだから!その癖どうにかして!私が帰るまでには治しておいてよ!』
『フン!俺をどうこうするのではなく、貴様が俺に従順になれば済む話だ』
魔王は相変わらずな俺様傲慢ぷりを発揮すると、私のほっぺを指で叩いた。
それから私たちは日付が変わる遅くまで、色々な話をして穏やかな時間を過ごしたのだった。
(最初の出会いは最悪だったけど、今ではすっかりフェンリスと打ち解けちゃったよね。ゲームで言えば魔王はラスボスなのに。でも…、魔王がフェンリスで良かった。魔王軍の人たちも、親しみやすい優しい人で本当に良かった。この年で突然異世界に召喚されて不安しかなかったけど、今ならこの世界に来て良かったって心から言える。みんなに出会えて、本当に良かった)
私は廊下に出ると、換気を終えた部屋の扉を閉める。バケツを手にすると、大掃除を手伝ってくれたケルとメリィを振り返った。
「これでよし!しばらく帰ってこない分、しっかり掃除できたね。手伝ってくれてありがとう、二人とも」
「む~。お姉ちゃんが帰ってくるまでこの部屋に泊まろうかな、ケル」
「やめなさいケル。せっかく掃除したのに、えりが戻るまでに毛だらけになるわ」
「む~~~!」
私は頬を膨らませて拗ねるケルをあやしながら、今やもう住み慣れた魔王城の廊下を歩き出した。
「ほらケルちゃん!掃除道具を片付けてお茶にしよう!あとはゆっくり夕食までお喋りしようよ!」
「いつまでもいじけているとケルベロスに代わってもらうわよケル」
「えぇ!やだぁ!」
私たち三人は笑い合いながら、魔王城の廊下を並んで歩いていった。
翌週の魔族と星の戦士の親睦慰労会当日。私は魔王軍のみんなと一緒に、開催場所であるスターガーデンへとやって来た。
次の日に私が元の世界に帰るということもあって、ケルは先ほどからずっと私と手を繋いで離さない。そのケルの態度に触発され、対抗するようにドラキュリオが空いている左手を繋いできたが、二秒と経たずに魔王とおじいちゃんに腕を叩き落とされていた。今は魔王に命じられ、ジークフリートが私の左隣を固めている。
「ん~!今日は天気もいいし、絶好のピクニック日和だね~!花畑に囲まれながら青空の下でみんなと一緒にご飯を食べる!親睦慰労会にバッチリだね!」
「メリィがいつも以上に張り切ってたくさん美味しい物を作ってたから、食べるのが楽しみだねお姉ちゃん!」
「あまり食べ過ぎないように注意するんだぞケル。お腹を壊したら大変だぞ」
「大丈夫だよジーク。いざとなったらジャックのお薬もあるもんね~」
ケルは私の腕にしがみつきながら尻尾をパタパタ振る。ご機嫌のケルとは対照的に、斜め前を歩くドラキュリオは悔しそうに奥歯を噛みしめていた。
「ボクもえりちゃんの隣を歩きたかったのに~!なんで魔王様の隣なのさぁ!」
「フン。俺の右腕ポジションにいられるんだ。光栄なことだぞ、喜べ」
「右腕っていうか、正確に言えば左腕だけどネ!右腕にはクロロがいるじゃん!」
「おや。不服なら交換しましょうか。私は別に右でも左でも構いませんので」
「ボクだって正直それは右でも左でもどっちでもいいヨ!どうせ交換するならそこのポジションじゃなくてジークと変えてよ!ケルばっかりズルイよ!」
ドラキュリオがワーワーと騒ぎ立てていると、先に星の宿り木の下に集まっていた星の戦士たちが笑いながら声をかけてきた。
「皆様、お待ちしておりましたわ」
「うむ。元気そうでなりよりでござるな」
「本当に、相変わらず騒がしいね吸血王子は。うるさいからうちのフォードとセットで欠席扱いにしたほうがいいんじゃないの」
「あぁ!?おいクソガキ、今なんつった?今日という今日は容赦なく泣かすぞコラ!」
沸点の低いフォードはニコの一言で簡単に切れ、胸倉を掴みそうな勢いだった。
「ふ~ん。じゃあ僕は泣かないに一千億賭けるよ」
「は、ハァ!?ちょ、賭けるって何だよ!?お前がそう言うってことは絶対泣かないに決まってんじゃねぇか!」
「え?そんなことないよ。天変地異が起こるくらいの確率で、奇跡が起きれば泣くかもしれない」
「んなの限りなくゼロじゃねぇか!ふざけんな!」
フォードはニコに吠えたが、視界の端にサラマンダーを捉えた瞬間、すぐに怒りを忘れてご機嫌になった。スキップでもしそうな勢いでサラマンダーへと駆け寄っていく。
「待たせたな。ロイド王と星の戦士たちよ。約一名が時間を守らないものでな、少し遅れた」
ユグリナの国王と星の戦士たちは疑問符を浮かべたが、特に訊ねる間もなく遅刻者は判明した。
「ちょっと待て!その一名とはもしや妾のことではなかろうな!?言っておくが、遅刻の直接的原因は妾ではないぞ!タイガが妾を起こすのを怠り、支度の準備に手間取ったのが悪いのじゃ!妾は悪くない!鈍くさいタイガが悪いのじゃ!」
「うわぁ。またタイガのやつパワハラされてるよ。俺の世界だったら一発でネプチューンは訴えられてるな」
「タイガ殿はいつも不憫でござるなぁ。とても有能なのだが、その分ネプチューン殿に頼られ過ぎて」
「いや、もうあれは頼るとかいう範囲超えてますよ。俺だったら絶対あんな人の側近にはなりたくないッス」
佐久間は魔王に噛みつくネプチューンを苦い顔で見た。心の中では凪の側近で良かったと実感していることだろう。
「コホン。…とにかく今日は、人間と魔族双方の働きで人間界の復興作業が一段落し、その労いとこれから先の親睦を兼ねての集まりだ。ラズベイルは失った力を回復中で今日は声を聞くことはできないが、きっと星の宿り木を通して我らのことを見守ってくれているだろう。これからも人間と魔族の友好が保たれるよう、今日は」
「あぁ~、わかったわかった!今日は堅苦しい挨拶は抜きにしようぜ!正式な同盟を結ぶ会合や式典とかじゃねぇんだ!みんなでさっさと酒飲んで飯でもつまもうぜ!」
大きな酒樽を担いだレオンはネプチューンを押しのけると、魔王とロイド王にニィッと笑ってみせた。早く担いできた酒を飲みたいと目が訴えている。
魔王は呆れたため息を吐くと、すまないとロイド王に謝罪した。
「レオン殿!王様のお話を遮るのは無礼です!いくら七天魔だからと言っても位的には」
「よいのだカイト。今日は親睦慰労会。彼の言う通り堅苦しいのは無しにして、早速皆で食べようじゃないか。お腹を空かせている子もいるようだしな」
ロイド王はお腹を鳴らしているケルを見てくすくすと笑った。
私とケルはメリィと一緒に最後の料理の仕上げを手伝っていたため、実はみんなよりお腹が空いている。メリィの作った美味しい料理を前にお預けを喰らった状態なので、一刻も早く先ほど見た料理を食べたいと思っていた。
「隠密殿様よ!今日は上等な酒を持ってきたんだろうなぁ!こっちは魔王様に頼み込んで一番貴重なやつを持ってきたんだぜ!」
「ほう!それは楽しみでござるな!拙者も今日はレオン殿と約束した通り国で一番上等な酒を持ってきた。早速飲み比べるでござるよ」
レオンは背負っていた酒樽を下ろすと、凪と一緒に近くのレジャーシートに腰を下ろした。
「フォッフォッフォ。それじゃあ料理も広げるかのう。シートの上にどんどん置いていくから、各自取り皿を使って好きなものを取っていくんじゃぞ」
おじいちゃんは収納魔法からメリィの詰めた重箱のお弁当を次々取り出すと、レジャーシートの上に置いていった。色鮮やかな美味しそうな料理を見て、星の戦士たちは歓声を上げる。
「うわぁ~!どれも美味そう!これ誰が作ったんスか!?」
「えり殿とケルも手伝っていたが、ほとんどメリィが一人で作っている。昨夜から仕込みを頑張っていたからな」
「魔王様から人間たちに劣らない最高の料理を提供するよう仰せつかっていたので。この程度、魔王城の家事全般を担う者として当然よ」
ジークフリートが視線を投げると、メリィは取り皿を配りながら淡々と言った。
「最初にこんな料理を出されちゃうと、こっちの用意してきた料理を出すのが憚られるわね」
「そっちは誰が料理を作ってきたの?」
「メルフィナさんだよ。こっちはもうメルフィナさんぐらいしか料理を作れる人がいないから。昔は料理がすごく得意な星の戦士がいたんだけどね」
私の質問に、ニコはいつも通りのマイペースさで答える。昔はいたということは、今はもう亡くなっていないということだ。
私がなんとなく気まずそうにしていると、横からサキュアが会話に割り込んできた。
「踊り子ぐらいしかいないって、聖女は料理作れないわけ?」
サキュアの素朴な疑問に、セイラを除いた星の戦士たちの間で戦慄が走った。何故かみんなが一様に視線を逸らしている。
「わたくしも料理は作れるんですけど、皆様に水仕事をすると手が荒れるので止めたほうがいいと言われまして。ねぇ、カイト様?」
「あ、あぁ!そうだな!セイラは星と神に仕える身だからいつも清くなければならない!水仕事とかは控えたほうがいいと思う!」
「そ、そうね!料理なら踊り子家業しかしてなかったアタシでも作れるわけだし、セイラは無理して作らなくて大丈夫よ!」
全力でフォローする周りに気づかず、セイラはその言葉を鵜呑みにして笑顔を返している。私たちだけは異常を察知し、何となくセイラの料理が危険なものだと理解した。
「…私の配下からの報告によりますと、以前聖女の手料理を食べた者が二名、この世のものとは思えない味に卒倒したそうです。そのことから、聖女の料理は殺人的な腕前であることが分かっています」
「クロロ知ってたのね!?セイラちゃんの腕前!」
「えぇ。もし聖女が今日料理を作ってきていたら、皆さんの命を守るために魔法で残らず消し飛ばすつもりでした」
「いや!そもそも私たちにも事前情報を入れておいてよ!一人で勝手にそんな決意してないで!」
それから私たちはメリィとメルフィナの料理を皿に取り分け、ジャック御手製のお茶をいただきながら、人間と魔族関係なく座って親睦慰労会を始めた。
大きな星の宿り木の木陰に入りながら、みんなは談笑しながら思い思いに食事を楽しむ。お酒が強い者たちは集まって固まり、お酒を飲まない若者たちはみんなでワイワイ食事を囲んだ。
「へぇ~!なかなか美味いもんだな!殿様が持ってきた酒も!俺好みの辛口だ!」
「レオン殿は辛口が好きだと言っていたからな、辛口の中でも度数の高いものを持ってきたでござる」
「さっすが分かってるじゃねぇか~!」
レオンはご機嫌で酒を煽ると、隣に座る凪のおちょこに酒を注ぐ。
凪の向かいに座っているおじいちゃんも、ちびちび酒を飲みながらメルフィナの作ったつまみを食べていた。
「坊や。せっかくだから勝負をしましょう。どっちが先に酔いつぶれるか。レオンが張り切って持ってきてくれたおかげで、酒なら浴びるほどあるわ。もしなくなってもおじいさんが空間転移ですぐ取ってこれるしね」
「おいおいサラ。勝手に儂をあてにするんじゃない。ほろ酔い気分じゃから儂も動かないぞ」
「うっし!その勝負受けて立つ!言っておくが、空賊団は事あるごとに酒を飲んで騒ぐからな。俺様もメチャクチャ酒に強いぜ!悪いが今日はぶっちぎりで勝たせてもらう!」
「あら。いつになく自信満々ね。でも残念だけど、私も魔王軍の中で一、二を争うほどの酒豪よ。坊やの実力で勝てるかしら。ジーク、審判はあなたに任せるわ。飲み残しがないよう公平にジャッジをお願いね」
「構わないが、くれぐれも飲み過ぎには注意してくれ。特に彼は人間だからな、危険な場合は止めるぞ」
ジークフリートは不測の事態に備え、隣のグループで食事をしていたジャックを急遽呼び寄せる。
「フォード~!ここいらでガツンと勝って男上げなさい!でないといつまで経ってもキスすらできないわよ!」
「き、キキ、キス!?おま、展開が早ぇんだよメルフィナ!嫌われたらどうする!?」
「……アンタって、見かけによらず純情よね。空賊団のリーダーのくせに。アタシより年上の男とは思えないわ」
「ああ、あの、フォード君。勝負に熱くなって限界を超えて飲まないようにね。具合が悪くなるだけじゃすまなくなるから」
凪とメルフィナ、レオン、おじいちゃんは、酒の肴にちょうどいいと、二人の勝負を観戦することにしたようだ。お酒組は早くも出来上がり、すっかり盛り上がっている。
フォードとサラマンダーは隣り合って互いにジョッキを持つと、ジークフリートの合図で一斉に酒を飲み始めた。
お酒組が隣で大盛り上がりする中、私たち食事組は和やかに料理を楽しんでいた。
「メリィ様の作った料理はどれも美味しいですわね!下味もしっかりついていて」
「本当!どれも美味いッス!これならいくらでも食べれますよ!」
「ちょっとカウンター君!一人で食べ過ぎ!こっちはボクの領土だから入らないで!」
「食事に領土の概念なんかあるの?二人とも食い意地張り過ぎ。ていうか、吸血王子はしょっちゅうメリィさんの料理食べてるんじゃないの」
ニコは好物だというフルーツをちゃっかり自分の皿に回収し、パクパク食べながら二人の醜い攻防を観察している。
「しょっちゅうってほど食べてないよ。ボクは城勤めじゃないからネ。基本的に自分の領域にいるし。…ていうか、さっきから神の子はフルーツ食べ過ぎ!もう最後に食べるボクたちの分のデザートがなくなっちゃうじゃん!」
「そんなことないよ。神谷さんとセイラさん、人魚の女王、ケルの分のフルーツは残してあるから」
「ケルと女性陣のしかないじゃん!」
「諦めろ。ニコのフルーツに対する執念はすごい。俺は端からデザートは諦めている」
「そんなかっこつけて言ってもボクは納得しないからネ、カウンター君!いいも~ん!あとでえりちゃんにあ~んして食べさせてもらうから」
男性陣がそれなりに仲良く食べている横で、私もケル、セイラ、ネプチューンと一緒にご馳走にありついていた。
万能な側近が今日はいないため、私が仕方なくネプチューンの食べたいものを取り分けてあげている。
「うむ!やはり肉より魚料理が美味いのう!えり、次はあれを取ってくれ。あと隣のキノコ料理もな」
「もう!いい加減料理ぐらい自分で取りなよ!お姉ちゃんがゆっくり食べれないでしょ!それかお酒組の方に行ってよ!」
「フン!誰が酒臭い方などに行くか!酒など飲んでも舌が馬鹿になるだけじゃぞ。せっかくの美味い料理の味が半減してしまう」
「私もお酒はそんなに飲まないからなぁ。ジャックさんのお茶とメリィの料理で十分」
私はネプチューンに取り分けた皿を渡すと、メリィ特製ピザを頬張った。
「そう言えば、えり様は明日元の世界に帰られるんですよね?しばらくお会いできなくなるので寂しいですわ。またこちらに戻られましたら必ずディベールに来てくださいね」
「うん!もちろん!大聖堂に会いに行くね!…佐久間君は、本当に元の世界にはもう帰らないの?」
ドラキュリオと争うように食べていた佐久間は、私の問いかけに一旦食事の手を止めた。
「えぇ。俺はもう凪さんの側近としてこっちの世界に残ります。神谷さんと違って、俺は一度元の世界に戻ったら自力でこっちには戻れませんし。それに……、あっちに未練は別にありませんから」
「そう……」
佐久間は同じ異世界人だが、今まで彼の身の上話を聞いたことはない。凪からなんとなく元の世界で良い境遇ではなかったと聞いたため、あまり突っ込んで聞くのは憚られた。本人が納得して帰らないと決めたのなら、これ以上私からとやかく言うのは止めておいた。
(国民からの人望が厚い殿様の凪さんと一緒なら、生活に困ることもないだろうから安心だしね)
ピザを食べ終わり、口直しにサラダでも食べようかと皿に手を伸ばそうとした時、隣に座っていたネプチューンを押しのけてドラキュリオが横に乱入してきた。
「え~りちゃん☆神の子にデザート食べられちゃったから、えりちゃんの分のフルーツちょうだい!あ~んして♪」
「キュ、キュリオ…」
「この!キュリオ!妾を押しのけるとは何様じゃ!同じ七天魔でも妾の方が古株じゃぞ!」
「七天魔に上も下もないよ~。自分だってえりちゃんに甘えてたくせに。そろそろボクと交代してヨ。本当だったらボクだってえりちゃんにお料理取り分けてもらってイチャイチャしたかったのに」
「お主のイチャイチャと妾の甘えを一緒にするでない!お主は動機が不純すぎるわ!」
ネプチューンとドラキュリオの低レベルな喧嘩が勃発したので、私はケルに促されてセイラとケルの間に場所を移した。
それぞれ賑やかに親睦慰労会を楽しんでいるのを見守りながら、両陣営の王たちは側近と共に寛いでいた。
「全く。騒がしい奴らだな。…特にうちの連中が」
「ははは。楽しめているようで良かったではないか。人間と魔族が揃って酒を酌み交わし、一緒に同じ料理をつつくなど、少し前までは考えられなかったことだ。直接声を聞くことはできないが、きっとラズベイルもこの光景を見て喜んでいることだろう」
ロイド王は大きな枝を伸ばす立派な木を見上げる。そよそよと風が吹き、星の宿り木は小さくその葉を揺らした。
「こうして魔族と人間が同盟を結ぶに至ったのも、全て星の計算通りだったのかもしれませんね」
「星の、計算?どういうことだ、参謀」
カイトはロイド王の空いたグラスに酒を注ぎながら、クロロの発言の真意を訊ねる。
「元々私たち魔王軍も、人間と同盟を組めればと考えてはいました。クロウリーを倒すうえで、人間側の協力は不可欠だと。しかし、戦争が長引き、もうまともに人間と話し合いの場を持てる状況ではなかった。一方、この星ラズベイルも星の戦士を生み出し続けてきましたが、ついに素養を持つ人間がいなくなり、尚且つ力を与え過ぎたせいで星自体の力も弱りきっていた」
クロロがチラッと星の宿り木を振り返ると、それに釣られてカイトとロイド王も木を見上げた。
「この星を衰退させずに世界の秩序を戻すにはどうすればいいか。星の導き出した最適解は、私たち魔族が考えていたものと同じだった。魔族と人間が手を組み、戦争の元凶を取り除くこと。それに必要なピースが、異世界から召喚された星の戦士というわけです」
「勇斗と神谷さんだな。確かに二人がいなければ、今もまだ戦争が続いていたかもしれない」
「異世界の小僧がお前たちの陣営に取り込まれ、次にえりが召喚された。もしここでえりまでもがお前たち星の戦士と合流していたならば、また違う結末になっていたかもしれないな」
「両陣営に異世界から来た者がいて橋渡し役になった、ということか」
ロイド王は納得するように何度か頷いて見せる。
魔王は無言でクロロに空いた皿を渡すと、適当に料理を取り分けるよう目で命じた。
「今回仲介人としての重要な役割を果たしたのはえりさんでしょう。えりさんは最初から魔族に対してあまり先入観、というか警戒心が薄かったですから。曇りのない目で私たち魔族を見てくれました。そして同じ人間が仲介人になったからこそ、あなたたち人間も、少しは冷静に話を聞く気になったはずです」
「うむ。そうだな…。魔族相手だったならば、こちらも何かと勘繰ってしまっただろうからな」
「こっちにはすでに勇斗がいたし、異世界人に対してもあまり抵抗がなかったからな。そう考えると、今回の一番の功労者はえりさん、ということかな。最終決戦でも大活躍だったし。この世界を平和に導いた仲介人。……そうだ!えりさんには俺たちみたいな二つ名がまだありませんし、良い機会ですから称号を授与したらどうですか王様。感謝の気持ちを込めて」
カイトの思い付きの提案に、ロイド王は二つ返事で了承した。
「おぉ!それは良い考えだなカイト!次に彼女が戻ってくるまでに式典の準備をしておこう。…ふ~む。称号の名はどうするか。先ほどカイトが口にした平和に導いた仲介人では不格好だし。平和の、仲介人………。よし!『平和の調停者』ではどうだ?仲介人よりかっこいいであろう」
「えぇ!よろしいのではないでしょうか」
「フン。えりには過ぎたる名の称号だな」
魔王は料理を口にしながら、盛り上がるロイド王たちをつまらなそうに眺める。クロロは少し意地悪そうな顔をするとそんな魔王を茶化した。
「それならもっと似合いそうな称号をこちらで授けますか?魔王の姫君の称号とか」
「ッ!?ゴホッゴホ!下手な冗談はやめろ!変な方に入っただろうが!」
「それはすみません」
むせかえって咳き込む魔王に、クロロは嫌みなほど笑顔で言葉を返した。
魔王はジャックのお茶を飲んで心を落ち着かせると、視界の端でずっと繰り広げられている女同士の戦いについて触れた。
「………それで、アレはいつまで続きそうなんだ。いつにも増して二人の攻防が長いが」
「そうですね~。今日はいつも負けるサキュアが思いのほか奮起しておりまして、あともう少し続きそうですね」
魔王とクロロは少し離れたところで激しい一騎討ちを続けているメリィとサキュアを見た。
親睦慰労会が始まってから、魔王の世話をする権利を賭けてずっと二人は戦い続けている。魔王はいつも通りメリィに頼んだのだが、サキュアが無理矢理割り込んできて仕事を奪おうとしてきたのだ。魔王に極力サキュアを近づけたくないメリィは、実力行使でサキュアの排除に動き、今に至っている。
結局メリィが手を離せないため、参謀のクロロが魔王の身の回りの世話をしていた。
「いい加減倒れなさいサキュア!このままでは魔王様の食事が終わられてしまうわ!」
「倒れるのはそっちでしょ!いっつもサキュアの恋路の邪魔をして~!魔王様にあ~ん☆するのはサキュアなんだから~!」
「……ずいぶんと熱烈な愛だな」
「悪魔族の愛情は執拗で魅惑的ですからね~」
カイトが若干引きながら感想を述べると、にこにこしながらクロロが答えた。
魔王は深いため息を吐くと、グラスに入っている酒を一気に飲み干すのだった。
食事タイムが終わり、みんなが各々寛ぎ始めた頃、私はずっとリベンジする機会を待っていたお花探しを開始した。
「よ~し!今日こそ前回達成できなかった十種のお花を集め、願い事が叶う押し花を作ってみせるよ!準備はいい?ケルちゃん!」
「おぉ~!今日はケルベロスの代わりにケルが頑張って見つけるよ!」
私とケルが空に拳を突き上げ意気込んでいると、ドラキュリオとネプチューンが何を始めるのかと首を傾げた。
セイラはにっこり笑うと、座ったまま近くにある花に手を伸ばして説明した。
「このスターガーデンには見ての通り、たくさんの色の花々が咲いております。色は全部で十種類あると言われ、赤・青・黄色・オレンジ・ピンク・水色・緑色・紫・黒・白があると聞いております」
「へぇ~!ずいぶんとカラフルだネ~!それじゃあそれを全部集めようとしてるんだ、えりちゃんは。そういう事ならボクも手伝ってあげよ~っと☆」
「えぇ。ぜひ皆様で手伝って差し上げましょう。探してみるとなかなか見つからないそうですから。それに、全ての色の花を集めて押し花にして持っておくと、星が願い事を一つ叶えてくれるという伝承があるんですよ」
「願い事が叶うじゃと!?う~む。眉唾もののような気もするが、いいじゃろう。面白そうじゃから妾も手伝ってやろう。それでもって全部集めることができたら妾が押し花にしてもらうぞ」
「いやなんでだよ!えりちゃんにプレゼントするに決まってるでしょ!明日にはえりちゃん元の世界に帰っちゃうし。せっかくだから押し花持って帰ってもらおうヨ」
良い考えだとセイラは両手を叩いて賛同したが、ネプチューンは渋々納得しつつも自分が欲しいという欲が顔から滲み出ていた。
それから手の空いている佐久間やメルフィナを加え、みんなでお花の大捜索をした。花の咲き具合には偏りがあり、比較的白と黄色、赤等、暖色系の色は目につくところに多く咲いている。そのかわり寒色系の色の花がぽつぽつとしか咲いておらず、見つけるのに苦労した。
捜索を開始してから二十分が過ぎた頃、お酒組も酔い醒ましにちょうどいいということで、サラマンダーとフォードを除いたみんなが参加してくれた。ちなみにお酒の勝負はサラマンダーの勝ちで、酔い潰れたフォードは今サラマンダーに膝枕をしてもらって休んでいる。もし本人が正気だったなら、今頃膝枕をしてもらいながら大興奮していることだろう。
植物の専門家であるジャックからアドバイスを受けながら花を探し続けているが、やはり願い事が一つ叶うという言い伝えだけあって、そう簡単に十種類の花は見つからないらしい。残り二つまできたところで花探しは難航していた。
「う~ん。あと二つが見つからない~。前回もあと二つで見つけられなかったんだよね」
「前は確か黒と緑の花が見つからなかったんだよね。今回は黒と紫がまだない」
ケルは私の手元にあるハンカチを覗き込む。ハンカチには今までみんなと協力して集めた花が挟んであった。
「もうさ、ピンクの花十個集めたら紫の花一個分とかにカウントできないの?そしたらすぐ集まるのに」
「伝承にそんな裏ルールあるわけないじゃないッスか。ご利益メッチャ減りますよ」
ドラキュリオの無茶苦茶な提案に、佐久間が呆れながらツッコむ。
「じーさんの探知魔法とかでどうにかならねぇのか?ちょちょいとよ」
「いくら儂でも特定の花を探知するのは無理じゃのう。頼みの綱のジャックでも見つけられないくらいじゃし」
「ご、ごめんなさい。お役に立てなくて。植物と言えば僕の出番なのに」
「そんな凹まないでジャックさん!ジャックさんの助言もすごい役に立ってるから!」
目に見えて肩を落としているジャックに、私は慌ててフォローを入れる。
なかなか花が集まらないため、セイラはロイド王のそばに控えていたカイトに助けを求めた。
「カイト様、もしよろしければお手伝いいただけませんか。あと黒と紫の花があれば揃うのですが…」
「っ!お、王様。セイラたちを手伝ってきてもよろしいでしょうか」
惚れているセイラからの頼み事とあって、カイトはすぐにロイド王にお伺いを立てる。王もカイトの気持ちに気づいているのか、すぐに頬を緩めて許可を出した。
「ねぇねぇ~。クロロも手伝ってよ~。カイトも手伝ってくれることだし」
「別に構いませんよ。その代わり、私が見つけた場合は対価として一日私の実験に付き合ってもらえます?」
「うん、やっぱいいや手伝わなくて。クロロに頼んだのが間違いだった」
クロロが笑顔で物騒な提案をしてきたので、私も即座に笑顔で依頼を取り下げた。
そしてそのまま魔王に視線を移すと、駄目元で彼にも花探しを頼み込んでみた。
「あの~。花探しを手伝ってくれたりなんか、しませんよね?」
「フン。聞かれるまでもないな」
「ブーー。フェンリスのケチ。カイトは手伝ってくれるのに、こっちは頼んでもどっちも素直に手伝ってくれないんだね」
「ッ!?」
私はへそを曲げていたせいで、魔王が目を見開いて動揺していたことに気づかなかった。
隣にいたカイトの指摘を受け、ようやく魔王の怒りを買ってしまったことに気づく。
「ん?今のフェンリスって…、もしかして魔王の名前か?初めて聞いたな」
「え…?あ。………ま、待って待って!別に悪気は一切なくて!というか、カイトたちに名前出し禁止だったの!?特に二人きりの時しか名前呼んじゃダメとか言われてないよね!?」
「本当に、お前の筋金入りの馬鹿で間抜けで考えなしの行動は一度死なねば直らんらしいなぁ!」
黒いオーラを背負った魔王は、容赦なく私の両頬を潰しにかかった。私は全面降伏で魔王の両腕をバシバシと叩く。
「ごめんてば~!お花に夢中で無意識に呼んじゃったんだよぉ~!」
「花如きで浮かれおって。フン!仕方ない。貴様の餞に一つくらい探してやる」
「!?ありがとう!フェンリス!」
「っ!だから呼ぶなと言っている!」
私は少し顔を赤らめている魔王に怒鳴られ、慌てて両手を口で押えた。何だかんだ文句を言いつつも探してくれる彼は、やっぱり根が優しい面倒見の良い王様だった。
その後宣言通り、魔王なりの視野と魔法を総動員し、彼は黒い花を見つけてくれた。私とケルは揃って大喜びし、残すは紫色の花だけとなった。
そしてみんなで探し始めてかれこれ一時間が経過した頃、そろそろ集中力も限界に達してきた。
「ないッスね~。紫の花。これ、四つ葉のクローバーを探すよりも大変なんじゃないッスか?」
「う~ん。色が違う分、四つ葉のクローバーより探すの簡単だと思うんだけどなぁ。ないね~」
「もう同じところぐるぐる回って疲れたわ。悪いけどアタシはもう抜けるわね」
「酔いも醒めてきたことだし、俺も抜けるか~。また一から飲み直すぜ」
メルフィナとレオンが抜け、それに続くように魔王とネプチューン、凪と佐久間もリタイアした。
残りのメンバーで必死に紫色の花を探すが、時間だけが虚しく過ぎていった。
「もうここ周囲一帯を全て探し終えたと思うが…。えり殿、ケル、これはもう今日中に見つけるのは無理ではないか」
「む~~~!絶対絶対全部見つけるんだもん!今日見つけないと、お姉ちゃんとしばらく会えなくなっちゃうんだから…」
「ケル……」
ムキになってジークフリートに言い返したケルだったが、その目にはうっすらと水の膜が張っていた。
ジークフリートはその姿に心動かされ、ケルの頭を優しく撫でると再び花を探し始めた。
弟分であるケルがシュンと耳と尻尾を垂れさせているのを見て、ドラキュリオは仕方ないとばかりに口を開いた。
「できればご利益が下がりそうだったから使いたくなかったんだけど、これ以上しょぼくれた弟分を見てられないからな。ボクがとっておきの奥の手を教えてやろう!」
「とっておきの、奥の手~!?なになに!?」
ドラキュリオの言葉を聞き、キラキラと目を輝かせるケル。泣きそうだった顔が一瞬で元気になった。
ドラキュリオはもったいぶるように不敵な笑みを浮かべると、自信満々に奥の手を発表した。
「フッフッフ。困った時の奥の手…。それは、絶対に必ず短時間で花を見つけることができるであろう人物に助言を求めること!つまり!ボクたちの奥の手はお前だぁ!神の子ぉ!!」
ドラキュリオは人差し指をのんびり寝転がって寛いでいるニコに突き付けた。
この場にいる何人かが、ドラキュリオの奥の手を聞いてやっぱりなという顔をしている。
ニコの強運があれば簡単に全種類の花を見つけられそうだなとみんなが思っていたが、彼に頼ると反則をしているような気がして、今まであえて誰も花探しに誘わなかったのだ。
「僕が奥の手って、そんなに僕の強運を当てにされても困るんだけど」
「何言ってるんだよ神の子!神の子が見つけられなかったら、もうここには咲いてないと言っても過言じゃないヨ!」
「それは大げさだから」
ニコはかったるそうに起き上がると、ケルの熱い眼差しに負けてキョロキョロと辺りを見回した。そしてある一点に目を止めると、その方向を指さした。
「フォードの寝てる真下とかちゃんと調べた?ここら辺でちゃんと探してないのってあの辺しかないと思うけど」
ニコは酔い潰れてサラマンダーの膝枕でスヤスヤ寝ているフォードを指摘する。その瞬間、ケルとドラキュリオはキランッと目を光らせた。
「神の子の予言は絶対だぁ!突撃しろケル!」
「最後のお花はケルがお姉ちゃんに渡すんだ!」
二人はサラマンダーにフォードをどかすよう依頼すると、すぐにフォードが寝ていた場所をくまなく探した。ほどなくして最後の紫色の花をケルが発見し、無事に十種類の花を集めることができた。
おじいちゃんが魔法で出してくれた押し花セットを利用し、私はカラフルな十色の押し花で大きめの栞を作った。栞ならば持ち運びも便利で、本をよく読む私にはぴったりだった。
「完成~!!これでいつも持ち歩いていれば願い事が叶うね!」
「よし!ではそれは妾がもらおうかの」
「コレ!ちゃっかり横から奪おうとするでない!それは明日帰るお嬢ちゃんのためにみんなで集めたものじゃぞ」
おじいちゃんは杖でネプチューンの手を叩いて説教する。そして癇癪持ちのネプチューンが暴れ出す前に、レオンが無理矢理私たちの輪から連れ出していった。
「それじゃあサキュアがもらっちゃおっかな~☆魔王様と両想いになるように♪」
「あなたは私と戦ってて一緒に花を探してもないでしょう。ネプチューンよりもらう権利がないわ」
「うぅ~!せめて魔王様が見つけた黒い花だけでも~!」
メリィに引っ張られて後ろに連れていかれながらも、サキュアは最後まで未練がましく押し花に手を伸ばしていた。
「そそ、それで、えりさんは星に何をお願いするつもりなの?」
「無病息災でしょうか。それとも恋愛成就?」
セイラはどこかわくわくしながら恋愛成就と口にした。それを聞いて、ドラキュリオがアピールするように自分を指さしている。
「実はね~、探している間に考えたんだ。一番相応しい願い事!」
私は栞を両手で握りしめると、みんなをゆっくり見回しながらにっこり笑った。
明日元の世界に帰る自分のために、魔族も人間も一緒になって花を探す姿を見て、私の願い事は自然と決まっていた。
(今度帰って来た時も、一年後も、十年後も、またこのみんなで楽しく食事して笑っていたい。魔族も人間も種族なんて関係なく、手を取り合って)
私は栞に願いを込めるのと同時に、今の気持ちを妄想の力に乗せて、星の能力の相乗効果で願いが必ず実現するよう祈った。
『魔族と人間がこの先も助け合って、戦争のない平和な世が続きますように』
温かい蒼白の光に包まれながら、私は栞を天に掲げた。
スターガーデンに集まった魔族と人間は、それぞれ平和の調停者の願いを聞いて心に刻み込んだ。そして、同じように心の中でそれを願う。
淡い蒼白の光が宿った押し花の栞は、これから先調停者の願いを叶えて魔族と人間の平和を守り続けるのだった―――。




