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第三幕・平和の調停者編 第四話 盲目の恋

 サラマンダーが無事に魔王軍に復帰して数日。私とケルベロスはジャックの家で、次なる戦いに備えていた。魔界の治安は改善しており、最近はジャックも家で配下からの報告を受ける程度で、実際に現場に駆り出されることはほとんどなくなった。

 以前までなら三人でのんびりティータイムを取って過ごしていたのだが、ここ数日は何故かネプチューンまでこの家に入り浸っている。本来なら自分の領域で謹慎していなければならないのだが、退屈だという理由で毎日ここに通って来ている。

「いやぁ~。えりの異世界の話はいくら聞いても飽きないのう。本当にこの世界とは全く違うのじゃな」

「まぁ、魔法も使えなければ魔族もいないし。ペガサスや星のような存在も実在しないしねぇ。でも、もしかしたら神様とか仏様とかそういう信仰は昔からあるから、私が出会えていないだけで本当に存在するのかな」

「このラズベイルでも、実際に神の加護や星の加護を受けられる人間はごく僅かですから、本来なら加護を受けていない人間は、本当に実在しているか分からないって答える人が多かったと思います。ただ、実際に星の戦士や聖騎士の存在が認知されているから、本当に神や星が実在するのだと信じられるのでしょう」

「なるほどね~。そこが私の世界との差か。私の世界でも神様や仏様から不思議な力を授かった人が何人か現れれば、存在証明ができるということだね」

 私はケルベロスの説明を聞いてうんうんと頷く。

「小難しい話はそれくらいにして、また新しい話を何か聞かせよえり!小槌でお主の世界のものを出すのでもよいぞ!」

 目を少女のようにキラキラさせながら続きを乞うネプチューンに、私は苦笑いしながら紅茶を一口飲んだ。朝からずっと話しっぱなしで、そろそろ喉がカラカラになっている。

「…ていうか、本当にいつまであなたはここに入り浸るつもりなんです?いい加減領域に戻って謹慎してくださいよ。あなたの相手をずっとしているせいで、お姉さんも疲れているんですよ」

 私を気遣うケルベロスは、ネプチューン相手ということもありすこぶる機嫌を悪くしている。

 先日の共闘以降、ネプチューンは私に気を許すようになった。リアナ姫と同じ人間ということもあり、どこか親近感が湧いているのだろう。初めてネプチューンを戦場で見た時は、絶対に仲良くできないタイプだと思ったのだが、気づけばいつの間にか仲良くなっていた。

「なんじゃ。妾がえりを独占しているから気に喰わんのか犬っころ。嫉妬深い男は嫌われるぞ~。いや、そもそもまだお主は子供だから相手にもされておらんか。ご愁傷様じゃのう」

 ネプチューンは口元を隠して笑い、ケルベロスを挑発するような目で見た。私とジャックはまた始まったとうんざりした顔をする。

「……本当にあなたはデリカシーも慎みも教養も礼儀もなってないですね。それでよく女王などと自分から名乗れますね。自ら恥を晒しているようなものですよ。あなたの幼い頃の教育係は一体何をしていたのでしょう。僕が教育係だったら即落第レベルです」

「ぐぬぬ!貴様、また力では敵わないから口喧嘩で妾を負かすつもりじゃな!今日という今日はその手には乗らんぞ!」

 ネプチューンは鼻を鳴らして、ケルベロスのペースに乗らないと宣言した。

 実はこの二人、毎回会う度に懲りずに喧嘩をしている。いつも口喧嘩から始まり、最終的に口では勝てないネプチューンが暴れ出すというのが恒例になっている。私とジャックがいつも仲裁に入るのだが、二日前はそれでも癇癪が治まらず、ジャックが急遽念話でドラキュリオを呼び出す騒ぎにまで発展した。私と弟分であるケルベロスがずぶ濡れになって困り果てているのを見て、ドラキュリオが半ば本気で怒ってネプチューンを宥めてくれたのだ。

「その台詞、ほぼ毎回聞いている気がするんですが。まぁいいです。またキュリオを呼びつけることになったら悪いですから、今日は事実を指摘してあなたを凹ませるのは止めておきます」

「貴様…、その物言いが既に無礼で妾を挑発しているのだと分かっておるのか」

 ネプチューンが口をわななかせながらケルベロスを睨みつけていると、玄関の外に吊るしてある呼び鈴がカランッカランッと音を立てた。ジャックは返事をして椅子から立ち上がると、玄関の戸を開けた。

「あ、あれ。サラじゃないか。どうしたの?」

「お邪魔するわねジャック。星の戦士のえりとケルはいるかしら」

「僕たちに何か御用ですか?」

 ケルベロスは睨みつけてくるネプチューンを放置し、玄関に立つサラマンダーに歩み寄った。

「あらごめんなさい。今はケルベロスだったのね。魔王様から出陣命令を受けたから呼びに来たわ。私と共にサキュアの戦場に今から向かうわよ」

「サキュアの戦場ってことは、おじいちゃんやメルフィナの援軍ってことね。砂漠の戦場だよね?」

「えぇ。今日も良い天気の灼熱の大地ね」

 サラマンダーに良い笑顔でにっこり言われ、行く前から私のやる気はちょっとだけ下がった。

(あの戦場は砂漠の暑さだけじゃなくて異様な熱気もあるから好きじゃないんだよね。魅了された男たちは失礼なやつばっかだし)

 私はいつぞやの魅了された男たちから言われた悪口を思い出しムカムカする。

「ほう。砂漠の戦場か。今度も妾が大活躍しそうな戦場じゃのう。腕が鳴るわい。妾とえりがタッグを組めばあっという間に片がつくじゃろう」

「残念だけどネプチューンには招集はかかってないわよ。それどころか魔王様から領域に戻るようにお達しがきているわ」

「なんじゃと!?何故妾は招集されておらんのじゃ!どう考えても砂漠ならば妾の水魔法が重宝されるじゃろう!」

「さぁ。私に言われてもね。でもキュリオから怒りの苦情が届いていたと聞いたわよ。あの子の大事なお気に入りと弟分を傷つけたからちゃんと領域で謹慎させてくれって。魔王様もその件で少しお怒りのご様子だったわ」

 二日前の件だな、と事情を知る私たちは心の中で同時に呟いた。

「あ、あれは、元はと言えばそこの犬っころがいけないのじゃぞ!七天魔である妾に対して無礼な物言いをするから!妾は悪くない!」

「はいはい。とりあえず大人しく領域に戻ったほうがよさそうよ。あまりに問題ばかり起こしていると、あなたも人間界の海浄化に駆り出すと仰っていたわ」

「なに!?それだけはごめんじゃ!面倒くさいことは全てタイガや配下たちの担当じゃ!面倒事に駆り出されるくらいだったら大人しく謹慎していたほうがマシじゃ」

 ネプチューンは苦い顔をすると、大人しく領域に戻る準備をする。

 魚人族は先日のネプチューンの戦働きが認められ、無事謹慎が解かれていた。今は魔王の命を受け、戦で汚れてしまったシラナミ海岸近郊の海を浄化する作業をしている。本来ならば七天魔であるネプチューンが先頭に立って浄化作業を行うものなのだが、面倒な作業を嫌う彼女がまた問題を起こしては困るので、魔王がわざわざネプチューンだけ謹慎扱いのままにしていたのだ。母親の親友というだけあって、ネプチューンのことをよく分かっているようだ。

「それじゃあ私たちはおじいちゃんたちの援軍だね。今回はサラマンダーもいるし、きっと楽勝だね。他の竜人族の人たちも来るんですか?」

「いいえ、私一人だけよ。他の者たちは来るべき最終決戦に備えて体を休めているわ。ここのところずっと坊やと戦いっぱなしだったからね」

 そう言って手で髪を後ろに払った彼女の頭には、先日フォードに貰った髪飾りがついていた。今は兜を外しているのでちょうどよく見える。フォードが見たらきっと飛び上がって喜ぶことだろう。

「髪飾り、とてもよく似合ってます」

「フフ。どうもありがとう。坊やにしては良いセンスだと思うわ」

 髪飾りに触れて微笑むサラマンダーを見て、私は自然と笑顔になり胸がポカポカ温かくなった。普通の人ならば交流やデートを重ねて恋人同士になっていくものだが、二人は2年以上戦場で敵対しながら、しかも人間と魔族という異種族間であるにもかかわらずお互いの想いを通じ合わせた。まだ正式に恋人同士というわけではないようだが、私が見ている限り近い将来お似合いカップルが誕生するのではないかと思っている。

(サラマンダーの好きなタイプがただ戦うのが強い男だったら望みはゼロだったけど、精神的な強さとか内面も見てくれる人みたいだから、フォードにも十分チャンスがありそうだよね。なんてったって2年以上も戦場でアピールしてたくらいだから)

 私は家を出て行くネプチューンを見送りながら、人の恋愛模様を妄想して楽しむ。

 私がニコニコご機嫌なのを不思議に思いつつ、ケルベロスは私の分まで出発の準備を整えてくれた。主にジャック特製の薬類で、今までも大変重宝している。

「準備はいいかしら。早速出発するわよ。戦場が私たちを待ってるわ」

 サラマンダーは脱いでいた兜を被ると、戦いに心躍らせながら私たちを先導した。

「そそ、それじゃあ二人とも気を付けてね」

「はい!行ってきます、ジャックさん」

 私とケルベロスはジャックに手を振ると、領域の魔法陣へと向かうサラマンダーの背中を追いかけた。




 魔法陣を使って人間界のルナ近郊へとやって来た私たちは、早速灼熱の砂漠と強烈な日差しの歓迎を受けた。一分と経たず体から汗が噴き出し、体温がグングン上昇していく。サーモグラフィーで見たらきっともう真っ赤っかだろう。

 無意味と知りつつ手で顔を扇いでいると、ケルベロスからバトンタッチしたケロスが私用の道具入りポシェットを手渡しつつ、中から水筒を取り出した。

「ほらねーちゃん、戦う前に水分取っといたほうがいいぞ。人間は魔族より軟弱なんだから、すぐぶっ倒れちまう」

「あ、ありがとうケロス。…そういうケロスこそしっかり水分取っておいてね。ただでさえモフモフの毛皮持ってて暑そうなんだし」

 私は水を一口飲んでから、可愛いモフモフの尻尾を持つケロスに注意する。

「今の人型はまだマシだけど、元の姿に戻ったら確かにあちーんだよなぁ。でも戦うなら元の姿のが暴れやすいし。ま、いざって時はじっちゃんに水魔法でもぶっかけてもらうか」

「おぉ!それは良いアイデアだね!」

「お喋りはそのくらいにして、そろそろ向かいましょう。だいぶ白熱した戦いを繰り広げているみたいだし、乗り遅れた分派手に暴れないとね」

 サラマンダーは前方に見える戦場に目を凝らした。サキュア率いる魔族軍とメルフィナ率いる人間軍が、ここまで届くほどのすごい熱気で戦っている。その異様な熱気はこの戦場特有のもので、魅了された者たちが発するものだと私は嫌でも覚えている。

(前回来た時は散々な目に、というか散々な悪口を言われたからなぁ。思わず本気で怒りかけるほどに。今度は魅了に動じないようにしないと!)

 流れる汗を拭いながら決意を固めていると、私たちの前におじいちゃんが空間転移で現れた。

「よく来たのう、みんな。お嬢ちゃんは久しぶりじゃ。元気じゃったか?」

「おじいちゃん!うん、ジャックさんのところで良くしてもらってるよ」

 おじいちゃんは私の頭を撫でると、いつもの飄々とした笑い声を上げた。

 おじいちゃんを最後に見たのは魔王城が襲撃された日だったが、その時は酷い怪我をして地面に倒れていた。ケルからピンピンしているとは聞いてはいたが、実際に元気な姿を見てようやく安心した。

「三人に援軍に入ってもらう前に、まずはここの戦況や暴走を続けるサキュアについて説明しようかと思ってのう。一旦戦場を抜けてきたんじゃが」

「戦況もなにも、同盟を結んでいる人間軍に味方して敵を屠ればいいんでしょう。あとはおいたをしているサキュアにお仕置きね。機械魔族やクロウリーに与する魔族相手だし、手加減は一切無用でいいわね。全力で行きましょう」

「おい、サラ!儂の説明を聞いてからに……て、行ってしまったか。全く根っからの戦闘狂には困ったもんじゃのう」

 おじいちゃんは髭を撫でながら、矛を構えて戦場に突っ込んで行ったサラマンダーにため息をこぼした。

 嬉々として戦場に向かったサラマンダーに影響されたのか、ケロスも獣化して早くも突撃態勢に入っている。

「じっちゃん!オレももう行くぜ!じっとしてると暑さでクラクラするし。小難しい話は後でケルベロスにでもしてくれ!」

「ちょ、待つんじゃケロス!お前さんには特に注意する点が……、年寄りの話はそんなに聞きたくないのかのう。別に説教とか長話するつもりはないんじゃが」

「そんなに落ち込まないでおじいちゃん!私はちゃんと話聞くからね!」

 ケロスにまで逃げられ、おじいちゃんはしょんぼりと肩を落とす。

 暑さで顔を真っ赤にしながら励ましの言葉をかけていると、おじいちゃんが魔法を使って私の周囲だけ陽射しの暑さを防ぎ、気温も涼しくしてくれた。砂漠の真ん中だというのに一気に室内にいるような快適さだ。

「ありがとうおじいちゃん!すごく涼しくなったよ」

「フォッフォッフォ。大事な友達のお嬢ちゃんが暑さで倒れでもしたら大変じゃからのう。さて、戦況の説明はもちろんじゃが、ケロスには戦う前に釘を刺しておきたかったんじゃが、こうなってはもう無理じゃのう」

「釘を刺すって、何に?」

「サキュアの魅了じゃよ。獣人族は魅了の耐性が低いからのう。本来なら悪魔族と戦闘するにはあまり相性が良くないんじゃ。魅了の耐性が低い自覚は元々あるじゃろうが、今のサキュアの魅了を知らないからのう」

「今のサキュアの魅了って?」

 私は首を傾げて続けておじいちゃんに質問をする。

「今のサキュアは傍から見ても分かるほど正気ではない。会話が上手く噛み合わなくてのう。己の感情に振り回され、時折魔力を暴走させているんじゃよ。魔力が暴走した状態での魅了がこれまた強力でのう。本来肉体が耐えられない力でも平気で出してしまうんじゃ。そのせいで敵味方ともにすごい被害が出ておってな、とにかく魔法で戦闘不能に追い込んで肉体を酷使しないようにしているところなんじゃよ」

「へぇ~。それはすごい危ないね。魅了されている間は体が壊れるのも無視して戦っちゃうってことでしょ。じゃあ獣人族のケロスは特に注意しなきゃいけないんだ」

「そうじゃ。魅了耐性が低いから、強力になったサキュアの魅了などきっと一発でかかってしまうぞ。だから釘を刺しておきたかったんじゃが」

 おじいちゃんは恨めしそうな声で戦場に目を向ける。私の武器の巨大化を使うことなく、ケロスはもう元気に戦場を駆け回っていた。

「もうああなったら仕方ないね。なんとか戦場で捕まえて注意するしかないよ」

「ケロスは昔から落ち着きがない子じゃったから、薄々こうなるんじゃないかとは予想しておったがの。それじゃあ儂らも行くか。ここ最近の戦況の説明は、今日の夜にでも改めて話すとしよう」

 色々と諦めてしまったおじいちゃんに苦笑しつつ、私は彼と一緒に熱気溢れる戦場に参戦した。




 戦いを終えたその日の夜。私たちはルナの街にあるメルフィナ邸にお邪魔していた。メルフィナの家は街の中でも豪邸に入る部類で、星の戦士として丁重に扱われているだけではなく、踊り子としても前々からたくさん稼いでいたようだ。

 私たちは使用人が夕食を用意してくれている間に戦況説明をおじいちゃんから聞く予定だったのだが、先ほどからケルがぐずっているため話を始められずにいる。

「うぅ~。痛いよう。体中痛い~。ケロスのバカ~。いつもケルやケルベロスにばっかり痛いことを押し付けて~。サラもバカバカ~」

「け、ケルちゃん。泣かないで。ジャックさんの薬塗ったから、きっとすぐ良くなるよ!」

「うぅ~。ジンジンするよ~」

 床暖房ならぬ床冷房の上で丸まっていたケルは、私が傍に腰を下ろすとすぐに寄って来て膝に抱きついてきた。ずっと目をウルウルさせているので相当痛いに違いない。

「全く、男のくせにだらしがないわね。あの体たらくでよく魔界の番犬が務まるわ」

「むぅ~!おじいちゃんだったらもっと優しく魅了を解除してくれるのに、サラはやり方が乱暴すぎるんだよ!力任せに矛で何度もぶん殴って!挙句の果てにはあちこち突いてくるし!」

「突いたっていっても、矛の先でちょっと切れたぐらいでしょ。貫通しないように加減はしたもの。私を責めてばかりだけど、元はと言えばケロスが考えなしにサキュアに突っ込んだのがいけないのよ。そのせいで簡単に魅了の餌食になったんだから」

「むぅ~!…それでももう、サラ嫌い!」

 ケルはリビングの椅子に座るサラマンダーからプイッと顔を逸らすと、わたしの膝に頭を乗せたまま眠りについた。どうやら少しでも眠って体力と魔力回復に努めるようだ。私が優しく頭を撫でていると、すぐに小さい寝息が聞こえてくる。

「やはりサキュアの暴走した魅了は危険じゃのう。ケルの体を軽く見たが、他の魅了された人間同様、体が限界以上に酷使されておった。サラが早急に対処し、無理矢理魅了を解いたから体が痛い程度で済んだが、一日操られておったら下手したら再起不能に陥るわい。ましてやそれが人間だったならば間違いなく命を落としておる」

「やっぱりそんなに危険なんだ。良かった。ケルちゃんの体が壊れなくて」

「…そもそも、いつからサキュアはあんなに魔力が暴走するようになったの?魔力コントロールが下手な子じゃなかったはずだけど。魔王様の命令を無視して戦い続けているのと何か関係があるのかしら」

 兜を脱いでいるサラマンダーは、深紅の髪を後ろに払いながら言った。

 メルフィナの家は魔晶石による冷房が完備されており、他の家に比べるととても涼しいらしい。ここに来た時は汗で張り付いていたサラマンダーの長い髪も、今ではすっかりサラサラに乾いている。

「うむ。それについて戦う前に話しておこうと思ったんじゃが、儂の話を聞かずにお主は飛び出して行きおったからのう」

「あら。それはごめんなさいね。敵を目の前にすると細かいことは気にしていられない性質で」

「フォッフォッ。それはそれは困った性質じゃのう」

 サラマンダーの向かいに座るおじいちゃんは、昼間の仕返しとばかりにじとっとした視線を彼女に注ぐ。しかし胆の据わっている彼女は妖艶に微笑むだけで、おじいちゃんの視線を平然と受け流している。

 そんな彼女の隣に座っているメルフィナは、鎧を着ながら踊り子の自分以上に色気を放っているサラマンダーを見て、密かに対抗心を燃やしているようだった。

「それで、サキュアがおかしくなった原因は?聞く前からろくな理由じゃないことくらい想像がつくけど」

「直接的な理由はまだ分かっておらんが、どうやら何かに洗脳されているみたいじゃの」

「洗脳?悪魔族のあの子が?それは余程強い精神魔法ね。悪魔族は精神系魔法の耐性が強いから、かなりの実力者じゃないと洗脳できないでしょ。それこそ、クロウリーとかね」

 私はこの戦争の元凶となった男の名前を聞き、思わず顔を上げてサラマンダーとおじいちゃんを交互に見た。

「儂も一番にその可能性を疑ったんじゃが、今のところクロウリーに魔法をかけられている様子はない。魔力の残滓も探ってみたが、サキュアがそもそも精神魔法をかけられた形跡自体がないんじゃよ」

「え…、それって、サキュアは誰にも洗脳なんかされていないってこと?」

「いや。精神魔法をかけられていないってだけじゃ。確実に洗脳の類は受けておる。思考や感情のコントロールを乱す何かをな」

「ここ数か月はずっとあの子と戦っていたけど、ちょうど魔王軍と星の戦士が同盟を宣言した日あたりから様子がおかしくなり始めたわ。アタシはてっきり同盟宣言をしたらあの子の軍は撤退するものだとばかり思っていたから、変だと思ったのよね」

 メルフィナは舞に使う扇を広げてパタパタと扇ぎながら口元を隠す。

「ということは、サラマンダーに魔王城を襲撃するよう情報を流したのと同じタイミングで、サキュアにもクロウリーは何かしたってことなのかな?」

「うむ。儂と踊り子はそう考えておる。ここに援軍に来てから色々と原因を探ったが、恐らく直接サキュアに魔法をかけたのではなく、機械魔族を使って洗脳の類を何か仕掛けたのではないかと儂は結論づけた」

「機械魔族?確かに敵には機械魔族が多くいたけれど、あれの中にあの子を洗脳している元凶がいるっていうの?あの数じゃ虱潰しに当たるには時間がかかるんじゃないかしら」

 サラマンダーは用意されたお酒のグラスを手に取ると、中身をゆらゆら揺らしてから一気に煽った。その飲みっぷりが気に入ったのか、メルフィナはお酒のお替わりをすぐに使用人に準備させる。

「生死を問わないなら、私の竜の息吹で一掃してもいいけど」

「それはダメじゃ。お前さん加減などできんじゃろう。下手したらサキュアはおろか、人間まで丸焦げにしてしまう」

「フフ。時に犠牲はつきものよ」

「いやいや!それは不必要な犠牲でしょう!今回のケロスのことといい、サラマンダーは戦闘になるとちょっと容赦がなさすぎるよ!」

 私は思わず敬語ではなくタメ口で突っ込んでしまう。

「あら。勝負ごとにおいて手加減をするなんて、本来は相手に対して失礼なことよ。いつでも全力で当たらないと。そうしなければ自分の成長にも繋がらないわ」

 サラマンダーは新しく注がれたお酒を飲むと、色っぽく私に微笑んだ。ここにフォードがいたら間違いなく大興奮していることだろう。お酒を口にした彼女は妖艶さが倍増していた。

「ひとまず竜の息吹は却下として、どうにかしてサキュアを洗脳している機械魔族を特定し排除せねばな。この戦場はサキュアの洗脳さえ解除できればそれで終結するんじゃ」

「おじいちゃんの魔法でその機械魔族を簡単に特定することはできないの?」

「うむぅ。儂もずっと探ってはいるんじゃが、クロウリーの仕込みが思いのほか巧妙でのう。ただの魔法なら魔力の残滓を追えば済む話なんじゃが、それに三つ目族特有の機械を混ぜられるとどうも上手く探れなくてのう。クロロの知恵を借りれればまた違うのかもしれんが」

「あら。それじゃあ参謀も援軍に連れてくれば良かったわね。彼はアレキミルドレア国の方に行ってしまったから」

「向こうも向こうで大変じゃろうから致し方ないな。とにかく別の方法を考えんと」

 次々と運ばれてくる夕食を眺めながら、おじいちゃんは低く唸って考え込む。

 サラマンダーは酒を飲みながら遠慮なく料理をつまみ始めると、ふと床に座る私を見て何かを閃いた。

「そういえば、あなた面白い武器を持っていたわよね。彼女の武器を使えば、一時的に機械魔族からサキュアを引き剥がすことができるかもしれないわ」

「えりの武器って…?確か今日金色のハンマーみたいなのを持っていたわね」

 酒で喉を潤しながらメルフィナはこちらに視線を向けてくる。

 私は打ち出の小槌を取り出すと、ひとまずハンマーではないと訂正した。

「これは私の能力で生み出した打ち出の小槌っていうもので、願った物を出したり、対象を大きくしたり小さくしたりできるものなんだ」

「ふ~ん。そのえりの武器を使ってどうするの?」

「機械魔族の影響を受け洗脳されているのなら、わざわざ機械魔族を排除しなくても、サキュアとそいつを引き離せば洗脳を解くことができるはずよ。普通に引き剥がそうとしても抵抗されるでしょうから、彼女の武器で小さくしてから魔王城にでも連れて行けばいいわ。そうすれば魔王様直々にお説教もできるしね」

「ふむ。なるほどな。抵抗できないよう体を小さくしてから連れ去り、機械魔族の影響下から外すというわけか。何度か誘き出し作戦は今まで試みたが、いつもサキュアに抵抗され機械魔族にも阻まれ成功しなかった。しかしサキュア自身を小さくしてしまえば確かに上手くいきそうじゃな!」

 サラマンダーの閃きで、勝利への功名が少しずつ見えてきた。その後も私たちは細かい打ち合わせをし、成功に向けて作戦を詰めていった。

「ひとまず作戦はこんなところじゃろう。敵の足止めは大いに越したことはないんじゃが、ケロスはあまり期待しないほうがいいかの」

「明日は後方で暴れてもらったほうがいいんじゃない?また今日みたいに魅了されて味方に被害が出ても困るわ。それに、また彼女に矛でぶん殴られるのはあの子も嫌でしょ」

 メルフィナは私の膝で気持ち良さそうに眠っているケルを見て言った。ケルの体は所々包帯が巻かれており、まるで虐待でもされたかのような痣もあった。昼間にサラマンダーの矛でぶっ叩かれている現場を私も見たが、あれは痣になって当然の威力だった。

「そのことなんだけど、私に一つ良い考えというか、試したい妄想があるの。上手くいけば、ケロスが魅了されるのを防げるかもしれない」

「へぇ~。噂の妄想を現実にする能力のお手並み拝見ってとこね。また私がぶっ叩くことにならないようせいぜい頑張りなさい」

「あはは…。ケルちゃんを泣かせないためにも絶対頑張らないとね」

「よし!それじゃあケロスの魅了対策はお嬢ちゃんに任せようかの。後は作戦通りにサキュアを機械魔族と引き離す。儂もサポートするが、明日は頼むぞサラ」

「えぇ。任せてちょうだい。魔王様の歪んだ愛に狂ったサキュアにキツ~イお仕置きをしてあげるわ」

 思わずゾクッとするような怖い光を目に宿したサラマンダーは、景気づけにその後も浴びるようにお酒を飲み続けるのだった。




 突き刺すような日差しが降り注ぐ次の日の朝、私たちは既に砂漠の戦場に布陣してサキュア軍を待ち構えていた。例の如く魔界の番犬はもう戦闘担当のケロスに人格が交代している。

 私はケロスの前に立ちながら精神を集中させると、念入りに魅了対策の妄想をしていた。

「相変わらずあっちいなぁ。なぁ、じっちゃん!オレにもねーちゃんと同じ魔法かけてくれよ!もう汗だらだらだよ!」

 まだ少し痣の残る腕で額の汗を拭うケロス。そんな彼に、おじいちゃんは仕方なさそうに魔法の準備をする。

「全くしょうがないのう。言っておくが、お嬢ちゃんは人間で魔族よりか弱いから魔法をかけてあげてるんじゃぞ。本当だったら魔族のお前さんはこのくらい耐えねばならん」

「耐えろって言われても、オレたち獣人族は毛皮があってただでさえ暑いんだけど。前々から思ってたんだけどさ、じっちゃんてケル坊とオレの扱いにメチャクチャ差がないか?ケル坊にはもっと優しくて甘い気がするんだけど」

「フォッフォッフォ。そりゃあケルは無垢で素直で可愛げがあるからのう。やんちゃで戦い好きのケロスとは違うわい。お前さんは少々礼儀も欠けるしの」

「なんだよそれー!人格差別反対!」

 おじいちゃんはブーブー抗議するケロスをいつもの笑いで誤魔化すと、魔法でケロスの周囲に涼しい風の膜を張ってあげた。

 ケロスは一気に快適な環境になったためか、抗議を取り下げ涼しさを味わっている。

「そういうお前さん自身も、普段はケルを甘やかしておるじゃろう」

「む~。オレはいんだよオレは。ケル坊をイジメるのも甘やかすのもオレの勝手だろ。オレの方が兄ちゃんなんだから」

「ほう~。兄ちゃんとは初耳じゃ。というかお前さんたちは同時に生まれておるから、上も下もないじゃろう。でもあえて言うなら、ケルベロスが長男、ケルが次男、ケロスが末っ子かのう」

「なんでオレが一番下なんだよ!どう考えても甘ったれのケル坊のが弟だろ!」

「ああ見えてケルは意外としっかりしているところがあるからの。ケロスの方が末っ子特有の我儘特性をもっておる」

 おじいちゃんの冷静な分析結果を聞いても、ケロスは納得がいかないとむくれ顔だった。

 二人がそんな雑談をしている間に、私の妄想の準備は整った。体から蒼白の光を溢れさせると、魅了対策の妄想を現実に解き放った。

『出でよ!緊箍児!!!』

 私の声と共に、ケロスの額に蒼白色の輪っかがはめ込まれた。とてもよく見たことがあるデザインで、私の世界の西遊記という物語で出てくる孫悟空がしているものと同じものだ。しかし効力は少し違っていて、わざわざ呪文を唱えたりする必要はない。

「な、なんだ?頭に変な輪っかがついたんだけど。この装備で魅了を防げるのか?」

「お嬢ちゃん、これはどういう効果のあるものなんじゃ?」

「ふっふっふ~。それは緊箍児と言って、前にケルちゃんに話して聞かせた物語、西遊記に出てきたやつだよ」

「西遊記…?ということは、この頭についてるのって!悪いことしたら締め付けられるやつか!?」

 ケロスはハッとした顔で額の緊箍児に触れると、すぐにそれを外そうと引っ張り始めた。

 ずいぶん前にケルにせがまれて私の世界の色々な物語を話して聞かせたが、ケロスやケルベロスも記憶を共有しているので、もちろんその内容を把握している。

「悪い事をしたら締め付けられる?どういうことじゃ?」

「本来の緊箍児の用途は、悪い事をした場合に呪文を唱えてあの輪っかを締め付けて罰を与えるんだ。輪っかが締まるとすごい頭痛で、短時間でも耐えられないくらいなの。今回はそれを魅了対策ということで私なりにアレンジして、魅了されかかった瞬間頭の輪っかが自動で締まり、あまりの痛みに正気に戻るという使用にしています」

「嫌だぁ~!今すぐ外してくれねーちゃん!すごい痛いんだろうコレ!」

「フォッフォッフォ。昨日のサラマンダーよりかは痛くないかもしれんぞ」

「じっちゃん!人ごとだと思ってぇ~!」

 ケロスはなおも力ずくで緊箍児を外そうともがいていたが、残念ながら私の許可がないとどうやっても外れないようにしてある。

 ケロスが一人で奮闘する中、戦場に設置された踊り子の舞台でメルフィナと話していたサラマンダーが戻って来た。

「さっき力の発動を感じたけど、ケロスの魅了対策は無事済んだのかしら」

「おぉ~。バッチリじゃぞ」

「全然バッチリじゃない!ねーちゃん!」

「う~ん。でも魅了されたら大変だから、今回だけは我慢してケロス。それとも昨日みたいにサラマンダーに治してもらう?」

「む~。それはそれで嫌だな」

 興味津々で緊箍児についてサラマンダーが聞いてくるので、私は簡単に効果を説明する。

「へぇ~。面白い装備ね。魅了だけに限らず、本来の悪い事をしたら締め付ける効果にすれば、ケロスだけじゃなくて悪戯好きのキュリオにも使えるんじゃないかしら」

「確かに。それは良い考えじゃのう。いちいち叱る手間が省けて助かるわい。お嬢ちゃん、今度キュリオ用も作ってくれ」

「エッ!?う、う~ん。考えとくね」

 まさかの申し出に、私は曖昧に笑って返す。

 無事に魅了対策が済んだところで、正面の砂漠からサキュア率いるたくさんの魔族が現れた。おじいちゃんの話によると、彼らは砂漠の先にあるオアシスを拠点にしているそうだ。大きなオアシスのあるルナとは違い小規模なオアシスだが、魔族が休むには十分なものらしい。そもそも大半が機械魔族の軍勢なので、水などなくても耐えられるからだ。

「敵のお出ましね。さぁ、暴れるわよ!」

「クッソ!こうなったら意地でも魅了に耐えてやる!魅了にかからなければそもそも締め付けられないんだしな」

 サラマンダーは矛を構え、ケロスは獣人化して突撃に備えた。獣の状態になってもきちんと緊箍児はついたままだ。

 私は武器を取り出すと、小槌を振ってケロスを巨大化させる。大きくなったケロスを初めて見るおじいちゃんは、これはすごいと毛並みを撫でて感心していた。

「よし!絶対にサキュアを正気に戻して戦いを終結させよう!」

 こうして、魅了の渦巻く異様な熱気の戦場が今日も幕を開けた。




 メルフィナの魅了で強化されて戦う人間たちの兵を掻き分け、私と魔王軍に属する三人の魔族は大将であるサキュアを目指して一直線に進んでいた。前衛はケロスとサラマンダーが務め、その後ろをおじいちゃん、私の順に続いて前進している。

 敵もサキュアの魅了で強化された魔族たちなので、なかなか一筋縄ではいかない者ばかりだ。機械魔族やクロウリーを支持する獣人族、魚人族、鳥人族は力が強化され、魔法に長けたスライム族と三つ目族は魔法が強化されていた。

 ケロスとサラマンダーは敵が強化されていようとお構いなしで、普段通り思い切り縦横無尽に暴れて道を切り開き、おじいちゃんはそんな自由な二人を攻撃魔法で援護している。

 時折味方の兵がサキュアの魅了に上書きされて襲ってきたりするが、常に全方向を警戒しているおじいちゃんが結界を張って未然に攻撃を防いでくれていた。

 私も三人の役に立とうと武器を構えてスタンバイしているのだが、如何せん三人が有能すぎて今のところ出番がない。私に敵が近づく前に、もれなくおじいちゃんが魔法で全て排除してしまい、敵の攻撃も結界で守ってくれる過保護っぷりなので、本当にただ後ろからついて行くだけなのだ。

「う~ん。私全然出番がないんだけど。なんだか申し訳なくなるくらいに。無理せずに私に任せてくれていいんだからね、おじいちゃん」

 私は砂漠の上を低空飛行しながら、前を飛ぶおじいちゃんに向けて言う。

 実はこの浮遊魔法も、人間の身で砂漠の中を走って移動するのは大変だからと、進軍する前におじいちゃんが事前にかけてくれたものだ。涼しい魔法をかけてくれたりと、本当におじいちゃんは私に甘くて至れり尽くせりだ。

「フォッフォッフォ。無理など全然しておらんよ。この程度の魅了状態の敵などいくらでも捌ける。ただ、もう少し敵陣深くに進んだら、サキュアが興奮して魔力が暴走し、魅了がもっと強化されるじゃろうな。そうなれば敵一人を処理するのにも時間がかかり骨が折れそうじゃ」

「なんとか敵を突破してサキュアに近づかないとね。至近距離までいかないと小槌で小さくできないから」

 私は少しずつ近づいてきた敵陣にある舞台を見つめる。砂漠に設置されている簡易舞台の上には、サキュアが大きな声を出しながら各部隊に魅了による檄を飛ばしている。いつものように可愛い声にぶりっ子の仕草をしているが、少し顔色が悪く、時々頭を押さえたりしている。洗脳の影響で体調に変化が現れているようだ。

 何としてでも突破してサキュアを解放しなければと小槌を握りしめていると、サラマンダーが矛の大技を繰り出して前方の敵を盛大に薙ぎ払った。群がっていた十人近くが一気に吹き飛び戦闘不能に陥る。

「でもまぁ今回はサラがいるからどうにかなるじゃろ。炎帝のサラマンダーは魔王軍一の突破力を持つからのう。いざとなったらゴリ押しでも十分いける戦闘狂じゃからな」

「あ、あははは。まさにチート的な強さ。敵の時は苦労したけど、味方だったらとっても心強いね」

「さぁ、この私を止めたければもっと本気でかかってきなさい!全然物足りないわよ!」

「おいサラ!オレの獲物まで取るなよ!右側担当だろ!オレの左側の敵まで倒すなよ!」

 敵を挑発して楽しんでいるサラマンダーに向かってケロスは吠えた。

 事前に交わした取り決めで、二人を中心に前方右側から来る敵をサラマンダーが、左側から来る敵をケロスが受け持つとしていた。

 私としてはただの分担で、そこまで厳密に気にすることはないと思うのだが、戦い好きのケロスとしては譲れない話のようだ。かなりご立腹になっている。

「あら。ごめんなさい。あなたと違って私はちんたら戦うのは性に合わなくて。なるべく一撃でたくさん仕留めたいのよね。その方が回転率も速いし多くの敵と戦えるでしょう?」

 サラマンダーの一言に、ケロスの顔に怒りマークが複数表示されたように私には見えた。サラマンダーは涼しい表情をしており、一切その言葉に悪気はないようだ。だが悪意がない分逆に今は質が悪い。

「ちんたら戦ってねぇわ!攻撃力特化の竜人族と一緒にすんな!オレだって遊ばず全力だっての!クッソ~!獣人族の力と機動力見てろよ~!」

 ケロスは鼻息を荒くすると、牙と爪に魔力を纏って目につく敵を襲い始めた。

 サラマンダーとペースを合わせて進軍していたのだが、もはや隊列を乱して電光石火の如くどんどん前へと先行してしまう。

「全くケロスはケルベロスと違って短気ね。暴れればいいってものじゃないわ。あんなに考えなしに進軍して、サキュアに魅了されても知らないわよ」

「お~い!ケロス!待つんじゃ!いくら機動力があっても囲まれて孤立するぞ!サキュアに近いほど強力な魅了強化されている敵ばかりなんじゃからな!」

 聞く耳を持たない番犬に小さくため息を吐き、サラマンダーは急ぎ敵を屠りながらケロスの後を追う。おじいちゃんと私も彼女が切り開く道に続いた。



 足の速いケロスにようやく追いつくところで、突如そのケロスに異変が起こった。動きが緩慢になり、急激に思考が鈍くなって回避行動が遅れている。その特徴的な症状を見て、すぐにおじいちゃんはケロスに後退を命じた。

「ケロス!魅了の前兆が出ておる!一旦後方に下がるんじゃ!それ以上サキュアに近づいたら危険じゃぞ!」

「う、うる、さい!オレは、オレはまだやれる!」

 ケロスは首をブンブンと振り、必死に正気を保とうとしていた。

 今やサキュアの舞台は親衛隊を突破すれば目の前で、魅了の影響下がかなり強いところまで進軍してきていた。ケロスが影響を受けてもおかしくない。

「戦場でやせ我慢は危険よ。大人しく下がりなさい、ケロス」

「い……や…だ……。………ッ!?!?イダダダダダダ!!!!!」

 ケロスの目が虚ろになり、ガクンッと意識が落ちそうになった瞬間、物凄い大声でケロスが痛みを訴えて飛び上がった。あまりの痛さに全身の毛が逆立ち、すぐに砂漠の上をゴロゴロと左右に転がり始めた。

「あ!あ!頭が痛い~!!!輪っかが!輪っかが締まってるぅ~!!!」

「あぁ。ついに緊箍児が発動しちゃったね。そろそろかなとは思ったけど。想像以上に痛そうだね。生み出した私が言うのもなんだけど」

「魅了されかかったのが一発で解けるほどじゃからのう。相当痛いんじゃろう」

「う~ん。もしかしてサラマンダーにボコボコにされたほうがマシだったのかな。ケロスに悪い事しちゃったかも」

 私が憐みのこもった目でのたうち回るケロスを見ていると、彼は大きい瞳から涙を流しながら助けを求めてきた。

「ねーちゃん!さっさとこの輪っかを外してくれ~!頭が割れそうだ!」

「そ、そう言われても、外したらケロスが魅了されちゃうし。とりあえず痛みがなくなるところまで後退して。そうしたら魅了の心配はないはずだから」

「そうね。痛みが引かないなら、あなたはもう後方で人間のサポートに回りなさい。魅了が強すぎてこれ以上先には進めないってことでしょ。ここまで進軍できれば後は私の突破力でゴリ押しできるわ」

「うぐぐぐぐ!くそぅ!わかったよ!じゃあせめて退路の確保は任せとけ!」

 ケロスは痛みに歯を食いしばりながら後退すると、痛みの鬱憤を晴らすように敵にぶつけながら後退していった。

「あ~あ。逃げちゃった☆あともう少しで落ちるところだったのに。あの頭の変な輪っか、魔王様を裏切ったアンタの仕業ね」

「サキュア!?」

 後方に下がって行ったケロスから正面に顔を戻すと、いつの間にかサキュアが舞台から離れて声がギリギリ届く距離まで飛んで来ていた。サキュアの最後の砦である親衛隊たちは、サキュアが近くまで来ているため異常なやる気と興奮状態になっている。

 サラマンダーとおじいちゃんは警戒を強めながらサキュアとの距離を測っている。今回の作戦である私の小槌をお見舞いするには、もう少し近づかなければならない。

「サキュア…。どうして魔王の命令を無視して戦い続けてるの?もう星の戦士と同盟を組んだから、これ以上戦う必要はないんだよ。今も戦い続けてるのは、サキュアの意志じゃなくて操られているからなんだよね?」

「はぁ?サキュアが操られてる?何寝ぼけたこと言ってんの?それにいつ誰が魔王様の命令を無視したっていうのよ。サキュアは今も昔も魔王様に絶対服従よ♪さてはサキュアを騙して魔王様の信頼を損ねさせようという作戦ね!なんて狡賢い女なの!?そんな卑劣な手にサキュアは乗らないんだから!人間を憎む魔王様のため、このサキュアが人間を根絶やしにしてやるんだから☆」

「ちょ、ちょっとサキュア!騙してなんてないってば!そもそも魔王から伝令で撤退命令がきてるでしょ!それにおじいちゃんからだって撤退しろって何度も言われてるはず!おかしいのはサキュアのほうだよ」

「無駄じゃお嬢ちゃん。いくら真面目に話してもこちらの話は通じぬ。ここを突破してサキュアを無力化し、この地から移動して洗脳を解除したほうが早い。恐らくここにいる親衛隊の機械魔族たちのどれかに洗脳をかけられていると思うんじゃが…」

 おじいちゃんはそう言うと立ちはだかる親衛隊を見回した。

 親衛隊の中のほとんどは機械魔族で構成されていたが、ちらほら他の種族も含まれている。中でも一番厄介なのが、魅了されたルナの街の兵がまるで人質のように一定間隔で配置されていることだ。メルフィナからこのところ兵の数が開戦前と合わず、兵を少しずつ奪われている可能性があるとの報告を受けていたが、まさに彼らのことだろう。同盟を組んでいる人間がいる限り、おじいちゃんお得意の強力魔法を使って敵を一掃することはできない。

「地道に敵を倒してサキュアを洗脳している当たりの機械魔族を探してもいいけど、さすがにこの数じゃ効率が悪いわね。魅了された人間がいるから竜化して私のブレスも使えないし。ここは作戦通り一点突破してえりをサキュアのところに連れて行ったほうが早いわ」

「なぁに?サラたちもその女の味方をするの?それじゃあアンタたちも裏切者ね!お優しい魔王様の信頼を裏切るなんて万死に値するわ!まとめて全員殺してあげる☆みんなぁ~!そいつら全員片付けちゃってぇ~♪」

 サキュアは親衛隊に命じると、一旦自分は後ろに下がった。

 サキュアの魅了で強化された親衛隊はビリビリ響くほどの雄叫びを上げると、一斉に私たち三人に襲い掛かってきた。


 サラマンダーはサキュアの直線上にいる敵だけを相手にし、一点集中で立ちはだかる敵を次々矛で仕留めていっている。私はそのすぐ後ろを追いかけ、背中や横から降りかかる火の粉はおじいちゃんに任せている。おじいちゃんは結界で私を守りつつ、サラマンダーが正面だけに集中できるよう、群がる他の敵の牽制を一手に引き受けていた。

 本気のサラマンダーはかなり強く、大型の機械魔族が相手でも三撃も叩き込めば無力化できるほどだった。

 そんな彼女の強さを目の当たりにしたサキュアは次第に焦り、精神的に追い詰められるにつれて言動がおかしくなり始めた。

「このままじゃ魔王様の期待を裏切ることになっちゃう…!どうにか、どうにかして殺さないと!みんなが次々裏切るこの状況で、魔王様を支えてあげられるのはサキュアしかいないんだから…!サキュアだけが、魔王様を守ってあげられる!助けてあげられる…!」

「な、なんか、サキュアが更におかしくなり始めてない?」

「イカン!この感じ、魔力が暴走するぞ!」

 サキュアは突然頭を抱えて叫び出すと、おじいちゃんが危惧した通り感情を爆発させて魔力を暴走させた。その瞬間、私たちを殺そうと取り囲んでいた親衛隊たちの魅了が数倍に強化された。その途端ほとんど足を止めずに進軍していたサラマンダーの足がピタリと止まってしまう。

「くっ!これは想像以上に強力な魅了ね!私の矛で貫けないなんて!」

「サラ!儂が援護をする!なんとか前進するんじゃ!このまま足を止め続けると力と数で押し潰されるぞ!」

「言われなくてもそのつもりよ!困難な戦い程竜人族は燃えるからね!」

 サラマンダーはおじいちゃんの魔法援護を受けながら、攻撃力と防御力が跳ね上がった敵と戦い続ける。それまで大した怪我がなかったサラマンダーだったが、ここにきて見る見るうちに血が流れ鎧が損傷していく。

(あの強いサラマンダーがどんどん怪我を負っていく!おじいちゃんも援護をしてるけど、敵の魅了強化が強すぎる!おじいちゃんの結界すらすぐに壊れちゃうほどだし)

 私は自分に張られた結界を見つめる。先ほどから攻撃を受けるとほぼ一撃でヒビが入り、次の一撃で破壊されることが続いていた。その都度おじいちゃんが素早く結界を張り直しているが、その分魔力の消費も激しい。

(なんとかしてこの状況を変えないと!今こそ私の妄想の出番だよね!ここまでずっと後ろからついてきているだけだったし、役に立たないと!)

 私は精神を集中させると、この八方塞がりな状況を変える妄想を捻り出した。

(とにかくこの強化された敵を無力化できたら一番なんだけど。そしたら一気にサキュアのところまで行けるし。無力化が無理でも弱体化できる妄想とか……。う~ん。束縛とか動きを制限する妄想は?)

 私が心の中でブツブツ呟いていると、敵側からも私のようにブツブツ呟く声が聞こえてきた。

「サキュアが、サキュアがやらなきゃ。サキュアの全てを捧げて魔王様のお役に立たなきゃ。魔王様がサキュアの全て。たくさんたくさんお役に立って、魔王様に愛してもらうんだ。魔王様。魔王様。魔王様。魔王様!」

「ひ、ひえ~!怖すぎ!もはやホラーだよ!」

 私はあまりの呟きに集中力を乱してしまう。その間も先頭にいるサラマンダーは怪我を負いながら一歩一歩突き進んでいるので、すぐに気を取り直して妄想に戻った。

(とにかく強力な敵の動きを止める妄想をしよう!何か良いアイデアは……っ!!コレだ!)

 砂漠に目を落とした私は、絶好の妄想素材を手に入れた。すぐに閃いた妄想を頭の中でイメージして固めていく。

(砂漠と言えば誰もが知るコレだよね!コレなら広範囲の敵を一気に封じることができる!邪魔者さえいなくなれば後は距離を詰めてサキュアにチェックメイトだ!)

 私は蒼白の光を発すると、出来上がった妄想を早速解放した。私たちの足場以外の砂漠が水分を含んだ流砂となり、次々と敵は自らの重みで流砂へと飲み込まれていく。すぐに力ずくで脱出しようともがき始めるが、もちろん私の妄想がそんな甘い事を許すはずがない。お約束通りもがけばもがくほどズブズブと砂に埋まっていく仕様になっている。

 突如能力を発揮した私に、サラマンダーとおじいちゃんは目を瞬かせて驚いている。

「これは驚いた!やるのうお嬢ちゃん!あの魅了で凶暴化した者たちを一網打尽じゃ!強い力で暴れれば暴れるほど身動きが取れなくなるとは、考えたのう」

「能力に回数制限があるって言うからあまり当てにしてなかったけど、人間にしてはやるじゃない。私と一騎討ちした時もそうだったけど、なかなか胆が据わっていて見どころがあるわ。また今度手合わせしてもらおうかしら」

「いやいやいや!それは全力でお断りします!もう二度とあのブレスは喰らいたくない!」

「ほれサラ。余計な話はそれくらいにして今の内にサキュアを確保じゃ」

「はいはい。流砂にかからなかった鳥人族の相手は任せたわ。私とえりは本命に取り掛かる。さぁ!お仕置きの時間よサキュア!」


 サラマンダーは怪しく目を光らせると、身動きが取れなくなった敵を足場に跳躍しながら真っ直ぐサキュアを目指す。私は浮遊魔法でその後を追いながら、サラマンダー接近に狼狽えているサキュアを見て同情の眼差しを向ける。あちこち怪我で傷ついてボロボロだが、サラマンダーは今日一番の力を体中に漲らせていた。昨日ケロスを容赦なくぶっ叩いていた時同様、やる気十分である。

「そ、それ以上来ないで!魔王様に言いつけてや、ガハッ!?」

 話している途中で、サラマンダーの矛による衝撃波の遠距離攻撃が容赦なくサキュアを襲った。軽々と後方に吹っ飛び、浮遊魔法が解けて砂漠の上に倒れ込んだ。

 流砂地帯を抜けたサラマンダーは砂漠の上に降り立つと、いつもの妖艶な笑みを浮かべながら倒れ伏すサキュアに近づいた。

「機械魔族に操られていようが何だろうが関係ないわ。悪い事をした子にはたっぷりお仕置きしないとね。覚悟はいい?サキュア」

「なな、何がお仕置きよ!サキュアは何も悪い事なんてしていない!全部、全部アンタたちが悪いのよ!サキュアは悪くない!サキュアはいつも魔王様のために」

 頭を抱えてブツブツと呟くサキュアの瞳は、とても正常な人の目ではなかった。身の内の魔力がまた暴走し、彼女の体を蝕んでいく。

 このままではサキュアの体が先に限界を迎えてしまうと思い、私は小槌を持って彼女に一歩近づいた。

 しかし私が小槌を振る前に、サラマンダーのお仕置きが一片の躊躇なく敢行された。

「魔王様に対する愛が深すぎて本当に何も見えてないようね。それだから機械魔族なんかに付け入れられるのよ。盲目的に相手に尽くしているだけじゃ恋は進まないわ。時には相手と駆け引きし、追ってくるよう仕向けないと。今のままじゃ絶対に魔王様には振り向いてもらえないわよサキュア。特に魔王様は奥手のようだから、周りを巻き込んで少し強引にでも攻めないとね」

 サラマンダーは恋愛指南をしながら手を休めず矛でサキュアをぶっ叩いていた。清々しいほど手加減がなく、サキュアの華奢な体にどんどん青痣を作っていく。私はその恐ろしい光景を見ながら、小槌を握って自分の出番をずっと待っていた。

(サラマンダーだけは絶対に敵に回してはいけない!凛々しくてカッコイイお姉さまだけど、やっぱり怖すぎる!絶対将来尻に敷かれるよフォード)

 私は思わず一目惚れしているフォードの身を案じてしまった。

 それからサラマンダーの気がようやく済んだところで、私は魔力の暴走が無理矢理落ち着かされたサキュアに近づいた。もうあちこち痣だらけでぐったりしている。

 私は小槌を構えると、念じながらサキュアに振り下ろした。

「サキュアよ、小さくなれ~!」

 小槌から溢れ出た蒼白の光を浴びたサキュアは、私たちの見ている前でどんどん小さくなっていき、最終的に一寸法師サイズで止まった。

「よし!これでサキュアをこの戦場から移動させれば…って、アレ?何この機械?いつの間にこんなところに転がって」

 私が一寸法師サイズのサキュアの隣に転がっていた小型の機械に手を伸ばしかけたその時、横から目にも止まらぬ速さでサラマンダーの矛が伸びてきた。矛は一撃でその機械の中心を捉え貫通した。

「あ、あっぶなぁ!手を貫かれるかと思った!どうしたんですか急に?せっかく調べようと思ったのに壊れちゃったんですけど」

「……女の勘よ。一刻も早く破壊しておいたほうがいいと直感が告げていたわ。もしかしたらこの機械魔族がサキュアを洗脳していた元凶かもしれないわね」

「エッ!?こんな小さいのが!?ていうかこれも機械魔族の一種なんだ。蜘蛛みたいな形してるけど、なんか気持ち悪い。…それにしても、さっきまでこんなのいなかった気がするんだけど。突然出てきましたよね?」

「もしかしたら透過魔法でも掛けられていたのかもしれないわね。対象から姿を見えなくする魔法よ。思いっきり心臓部を破壊しちゃったみたいだけど、うちの天才参謀が調べればもっと詳しいことが分かるかもしれないわね」

 矛から抜き取った機械魔族をジロジロ観察していると、おじいちゃんがこちらに向かって叫びながら飛んできた。

「お~い!作戦は大成功のようじゃな~!」

「おじいちゃん!こっちこっち!サキュアの洗脳が解除されたみたいだよ!」

 私はおじいちゃんを手招きしながら、一寸法師サイズだったサキュアを元に戻した。予期せず洗脳が解除されたため、元のサイズに戻しても問題ないと判断したためだ。サキュアは洗脳が解けた反動なのか、今はもう気絶している。

「やはり洗脳が解けたのか!先ほどサキュアの魅了が一斉に解除されたから、恐らくそうなんじゃないかと思ったんじゃ。洗脳の元凶は何だったんじゃ?」

「多分コレね。私が矛で破壊したら洗脳が解けたみたいよ。透過魔法がかかっていたみたいで、サキュアを小さくしたら魔法が解けて姿を現したようね」

「透過魔法か…。なかなか姑息な手を使ってくるのう。これは後でクロロに調べてもらうことにしよう」

 おじいちゃんはサラマンダーから壊れた小型の機械魔族を受け取る。

「さぁて!後はもうクロウリーの息がかかった魔族を掃除するだけね!ここからはもう好き勝手に暴れていいんでしょう?」

「そうじゃな。一つ注文をつけるなら、逃げ足の速い三つ目族を優先に倒してほしいくらいじゃ。後は好きに暴れていいぞ。儂もそうするつもりじゃ。ここ数日魅了で馬鹿みたいに強化された連中を相手にしてストレスが溜まっておったからのう。景気よく超級魔法でもぶっ放すか」

「あらいいわね。私も竜化してブレスでもお見舞いしようかしら」

 私は気絶しているサキュアの面倒を見ながら、物騒な会話を繰り広げて歩き出す二人の背をただ見送るのだった。




 無事に砂漠の戦場が終結したその日の夜。私は再びメルフィナの家にお世話になっていた。終結を祝って振る舞われた美味しい夕食を食べ終わり、今は緊箍児の外れたケロスに膝枕をしている。昼間散々緊箍児によって痛い思いをしたケロスのリクエストで、気が済むまで今夜は膝枕をしてあげることになったのだ。

 今この家にいるのは私とケロスと家主であるメルフィナ、それとメルフィナと意気投合したサラマンダーに、洗脳から解放されたサキュアだ。おじいちゃんは一足先に魔王城に報告へ戻っている。

 私はケロスの頭を撫でながら、サキュアの恋バナ相談に乗っているメルフィナたちの話に耳を傾けていた。

「やっぱり今回洗脳されて命令違反をしたのは痛かったんじゃない?相当なマイナスポイントよソレ。アンタやえりの話を聞く限り魔王は意外に優しいらしいけど、恋人になる道のりとしてはちょっと後退したでしょうね」

「うわ~ん!やっぱりそう思う?不愛想メイドにサキュアの愛しの魔王様が取られちゃう~!」

「でも見方によっては深く愛しているからこそ、強力な洗脳にかかってしまったと言えるわね。そこを魔王様にアピールしてはどうかしら。そして今度は洗脳されないように、片時も魔王様から離れないとお伝えするの。多少強引に攻めないとあのすまし顔は崩せないわ」

「そうなのよ!魔王様はガードがとんでもなく固いのよ!しかもいつもメリィがいいところで邪魔してくるしぃ!ねぇサラ!今度魔王様に会う時に援護射撃してくれない?少しでも魔王様に振り向いてもらいたいの!」

「いいわよ。やるなら徹底的にやりましょ。まずは見た目を変えるのもありね。サキュアは華奢だから可愛さをアピールしているけれど、悪魔族だから色香も十分使えるわよね。印象をガラッと変えてみたら」

 三人がサキュア大改造計画で盛り上がる中、私は耳を澄ませてそれぞれが話す色気の出し方などを興味津々で聞いていた。オタク街道まっしぐらだった私としては、今までの人生で色気のスキルなど不必要なものだった。しかし、二十代も折り返しとなった今となっては、そろそろ色気の一つや二つ覚えておく必要があるだろう。

(こっちに来てから散々魔王やクロロに色気の欠片もないって女を否定されてるしね。良い機会だから参考にさせてもらいましょう)

 そういう訳で私が話に参加せずに聞き役に徹していると、不意にサキュアと目が合った。サキュアは私をじっと見つめると、突如勝ち誇った目で私を見下してきた。

「どっかの誰かさんみたいに色気も持たずに生まれてこないで良かったぁ☆おまけに可愛さもないなんて絶望的~♪あなたのお陰でなんだか勇気が湧いてきたわ。やっぱり底辺を見ると元気づけられるみたい」

 満面の笑顔を浮かべるサキュアの言葉に、私がキレたことは言うまでもない。

「サ~キュ~ア~!小槌で小さくしてモグラ叩きしてあげようか!?」

「ま、まぁまぁ。図星だからってキレないのえり。アンタも色気がないの自覚してるんだったら少しは研究して身に付けたら?」

「そうね。わざわざ女の武器の一つを放棄するのは勿体ないわ。いくら地味なあなたでも、磨いてみればどうにかなるかもしれないわ」

「フフン。まぁ磨いても披露する相手がいなさそうだけど♪あぁ、でもキュリオには気に入られてるんだっけ?もし色気が無くても貰ってくれるんだったら、キュリオの優しさに縋り付くしかないわね~」

 三人からの情け容赦ない物言いを受け、私のライフは一気に瀕死に陥った。サキュアに怒っていたはずなのに、もう怒る気力さえなかった。

「うぅ。女同士だからこその手加減なしのフルボッコ。男に言われても凹むけど、女同士も堪えるわ」

「こっちはアンタのためを思って言ってやってるんだけどね。それでアタシより年上とはあり得ないわ」

「うぅ。また言葉の刃を」

 私が胸を押さえてしょぼんと肩を落とすと、それまで目を閉じて大人しくしていたケロスが口を開いた。

「ねーちゃんに変なこと吹き込むなよな。ねーちゃんはそのままで十分良い女だ。何も変わらなくていい。オレたち番犬が保証する」

「……ケロス」

 膝枕されながら私を見上げるケロスは曇り一つない瞳で、その言葉が本心から言っているのだと分かった。単純な私はその言葉一つで気持ちを浮上させると、にっこり笑って礼を言った。

「ありがとう、ケロス。ちょっと元気出た」

「へへ。ねーちゃんはやっぱ笑ってるほうがいい。……おいコラお前ら。ねーちゃんにデタラメ吹き込んでイジメてんじゃねぇよ。ねーちゃんをイジメるやつはオレたち番犬が許さねぇぞ」

 ひょいっと体を起こしたケロスは、サキュアたち三人をじっと睨みつける。

「何がデタラメよ!れっきとした事実をサキュアたちは言ったまでです~!どうやらまだお子ちゃまには色気の重要性が分からないようね」

「何が重要性だ。少なくともオレたち番犬とキュリオ、魔王様は今のままのねーちゃんが気に入ってる。変わる必要なんてない。ついでにじっちゃんやジークだって多分今のねーちゃんが好きだ」

「は、ハァ!?何を根拠に!?何を根拠に魔王様が気に入ってるって言ってんのよ!?聞き捨てならないわよその一言は!」

 サキュアは目の色を変えると、椅子から立ち上がってケロスに詰め寄った。

「根拠も何も、オレとキュリオと魔王様は子供の頃からの付き合いだから見てればすぐ分かる。何が好きで何を大切にしてるかなんて」

「なるほど。それはこれ以上ない根拠ね。あなたたちは確かに昔からの付き合いだから、反応を見ればそれくらい分かるでしょうね。悪かったわね、えり。どうやらあなたはそのままでいいみたいよ」

「へ?は、はぁ」

 私は小首を傾げながら答える。

 その後はあり得ないを連呼するサキュアとケロスの喧嘩が勃発したが、好きにさせておけとサラマンダーに言われたため、私は酒を飲むメルフィナとサラマンダーの横に避難して、二人の喧嘩を静かに見守るのだった―――。


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