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第三幕・平和の調停者編 第三話 炎帝との戯れ

 ネプチューンの戦場から戻って来た私は、ジークフリートと共に戦争の顛末を魔王に報告した後、再びジャックの家に世話になっていた。各地の戦場の状況を踏まえ、頃合いを見てまた戦場に駆り出すからそれまでジャックの手伝いをしていろと魔王に言われたため、私はケルと一緒に魔界の治安維持を継続中だ。

 ジャックとドラキュリオの頑張りにより、洗脳をして回る三つ目族は大分捕らえることができたようで、最近は魔界も少しずつ落ち着いてきている。このままいけばドラキュリオ軍を人間界の戦場に派遣してもいいだろうと魔王が言っているくらいだ。

(この調子で敵をどんどん追い詰めれば、クロウリーとガイゼルの戦場だけになって、みんなで協力して一気に敵を叩けるよね)

 私はジャックの配下が用意してくれたハーブティーを飲みながら、ケルと一緒にお菓子を摘まむ。

 私とケルは今、魔王に呼び出されたジャックの代わりにリビングでお留守番中だ。ジャックの配下から暴れる魔族の情報が入り次第、現場に急行する手筈になっている。

「魔王様の呼び出しって、やっぱり配置換えの件かなぁ。ケルたちまたどっかの戦場に援軍に行くのかも」

 ケルはクッキーの欠片を口の端にくっつけながら、もぐもぐと頬張りながら話す。私は思わず笑みをこぼすと、ハンカチを取り出してそれを拭きながらケルの話に同意した。

「多分その可能性が高いよね。この間ネプチューンの件を報告しに行った時も、またしばらくしたら別の戦場に行ってもらうって言ってたからね」

 私はハンカチをしまうと、口が綺麗になったケルの頭を撫でた。

「でも私たちの配置換えの話なんだったら、わざわざジャックさんを呼びつけなくてもいいのにね。私たちが直接魔王城に行って話を聞くのに」

「……おそらく魔王様はお姉さんの身を案じて、あえて城に近づけさせないんだと思います」

「け、ケルベロス!?びっくりした!」

 目線を上に上げて魔王の意図を考えていた私は、いつの間にか撫でていた少年が入れ替わっていて驚いた。グレーの毛並みを持つケルベロスは、驚かせてすまないと苦笑した。

「えっと、あえて城に近づけさせてないって、どういうこと?」

「この間のサラマンダー軍による魔王城襲撃事件。あれは僕たち魔王軍が星の戦士たちと同盟を結ぶ前日に起こりました。タイミング的に考えても、あれが偶然とはとても思えません。クロウリー側にこちらの情報が漏れていたのは明白です。つまり、魔王軍に内通者がいるということ」

「な、内通者!?」

「はい。内通者はおそらく、僕たち幹部の中にいると魔王様は睨んでいます。そもそも星の戦士との同盟を知っていたのは、魔王様が心を許す身近な幹部級の者たちだけですからね」

「そ、そんな……。身内にクロウリーと繋がっている者がいるなんて…」

 私はショックを隠し切れず、そのまま言葉を失った。私自身も襲撃時は裏切者の可能性は確かに考えていたが、改めて他人の口から聞かされるとショックが大きい。身近な人物と言われると尚更だ。

「そのため、魔王様はお姉さんを安易に城へと近づけないのでしょう。内通者が誰だか判明していませんし、城に潜んでいて不意打ちを喰らって怪我でもしたら大変ですから」

「……ネプチューンの戦場から帰って来た日、魔王城に泊まるんじゃなくて、ジャックさんの家に戻れって言ったのはそういう理由からだったんだ」

「はい。ジャック殿は同盟の件について何も知らなかったので、内通者候補からは除外されますから。ジャック殿は信頼できると判断したのでしょう」

「なるほどね~。戦場のことであれこれ指示出すだけでも大変なのに、色々考えてるのね魔王も」

 クロウリーとの決戦の前に、私はいつか魔王が心労で倒れるのではないかと心配してしまう。ハーフの件だけでも苦労しているというのに、ろくに人の話を聞かないネプチューンを始め、彼の周りには問題が山積しすぎている。よくあるRPGのゲームや漫画に登場する魔王も、こんなに苦労している者はいないのではないだろうか。



 私とケルベロスがその後もまったりティータイムを過ごしていると、ジャックが意外な人物を連れて帰って来た。

「た、ただいま、二人とも。特に何も異常はなかったかい?」

「おかえりなさい、ジャックさん。特に異常は~…」

「ジャック殿の背後に異常な気配がありますね」

「それはもしかしなくとも妾のことを言っているのか犬っころ!無礼じゃぞ貴様!」

 ジャックは苦笑いすると、背後で興奮しているネプチューンを宥めた。

「なんか意外な組み合わせだね。どうしてネプチューンがジャックさんの領域に?確か今魔王に言われて自分の領域で謹慎中なんじゃなかったっけ?」

 私はジャックに八つ当たりしているネプチューンに話しかけた。

 ネプチューンは戦場から撤退した翌日、魔王に今までの経緯の説明を受けたそうだ。何度も魔王の話を遮り文句ばかり言うので、一通り説明するだけでもかなりの労力がかかったと聞いている。

 その後は命令違反の罰として、一旦魚人族は全員謹慎ということで、指示があるまで領域で大人しくしているよう言われていたはずだった。

「いい加減飽きたからじゃ。どこにも出歩くなと言われると、かえって出歩きたくなるものじゃろう。だから妾だけでもどこぞの戦場に派遣しろと直訴してやったのじゃ。七天魔である妾の援軍ならば、どこでも歓迎されよう。それに、気分転換に暴れるのに戦場はもってこいじゃ」

「別に戦場はあなたのストレスのはけ口ではないのですがね。気性の荒い魚人族の考えそうなことです」

「なんじゃと犬っころ!野蛮な獣人族も戦場でしょっちゅう溜まった鬱憤を晴らすため、思い切り暴れておるじゃろう!人のことは言えんぞ!」

「あなたたち魚人族と一緒にしないでもらえます!?獣人族は無闇に命を奪ったりはしませんし、あなたたちのような残虐性は持っていません!わざわざトドメを刺さず、いたずらに苦しめる行為をするなど、僕たちからしたら考えられません!正々堂々勝負しますからね、僕たち誇り高き獣人族は!」

 相手が一族の女王だとしても一切物怖じせず、ケルベロスは正面から喰ってかかった。ネプチューンも自分よりずいぶん背の低いケルベロスに向かって真っ向から対立する。前回に引き続き、本当に獣人族と魚人族は相性が悪い。

「なにが誇り高き獣人族じゃ!だったらこっちは気高き魚人族じゃぞ!陸でも海でも生きれる妾たちは、貴様ら下等生物と違って気高い生き物なのじゃ!当然、敬われ畏れられるべき存在じゃ!その妾たちに歯向かうのならば、厳しく仕置きするのは当然であろう!」

「気高き?敬われる?冷酷で残忍な魚人族のどこが気高いと?まだ弱き者を助けるを信条にしている吸血鬼一族の方がよっぽど気高いと思いますが」

「ハッ!人間の娘の生き血を啜る一族のどこが気高いのじゃ!あそこは一族の歴史が古いだけのただの根暗じゃ!暗い領域に好んで住みつきおって。王子もまだ悪戯好きの我儘な子供だからのう。あれでよく妾と同じ七天魔を名乗れるわ。将来もきっとたかが知れとるの」

 ずっとイライラを募らせていたケルベロスだったが、ネプチューンの最後の一言を聞いてプツンと切れたようだった。今まで感じたことのない殺気が唐突に内から発せられる。その場にいる全員がハッとした顔でケルベロスを見た。

「……今の言葉、すぐに撤回していただけますか。キュリオは確かに普段不真面目ですが、やる時はやる男です。見かけによらず一族たちの信頼も厚い。内包する魔力も多く、将来は歴代の吸血鬼王の中でも一、二を争う強さになるはず。たかが知れる男ではありません」

 初めて本気で怒っているケルベロスを目の当たりにし、私とジャックは二人して声を失う。ドラキュリオと一緒にいる時はよく口喧嘩をしているが、一番年が近く本当は仲が良いのだと知ってはいた。しかしまさかここまでドラキュリオのためにケルベロスが腹を立てるとは正直思ってはいなかった。

 ネプチューンもただならぬ殺気を感じ取り、少し驚いた表情をしている。

「な、なんじゃ。そこまで本気で怒らずとも。…確かそなたと吸血鬼の王子と魔王様は昔から遊び友達であったか。……仕方あるまい。これから妾とそなたとその小娘でサラの戦場に行く故、無駄話はこれくらいにしておこうかの」

「無駄話…?勝手に終わらせてもらっては困るのですが。まだキュリオを貶めた言葉を撤回してもらっていませんから」

「ぬぬ!貴様、女王である妾が先に折れて話を終わらせてやろうというに、何たる物言いを!七天魔の妾とそなたでは強さの格が違うのじゃぞ!?本気を出せばそなたなど妾の水魔法で一撃じゃ!」

「だからなんですか?僕はケロスのように腕っぷしは強くありませんが、親友を悪く言われて素直に引き下がるような男ではありません。獣人族は曲がったことが大嫌いなので、たとえ相手が強がろうが、真っ向から受けて立ちます!」

 ケルベロスの気迫のこもった言葉に、私は内心感動してしまった。ケルベロスでは七天魔のネプチューンに敵わないのは私も始めから分かっていたが、それでも友達の悪口を撤回させるためにここまで啖呵が切れるとは、まだ子供ながらも実に立派だと見直した。

 さすがにそろそろ間に割って入ろうかとジャックがおろおろしていると、ネプチューンがそっぽを向きながらふて腐れた表情でポツリと呟いた。

「………悪かったのじゃ。さっきの言葉は撤回する」

「エ?今、ネプチューンが謝った?」

 私は夢でも見ているのかと我儘女王様を凝視したが、ネプチューンはすぐに背を向けると玄関の扉を開けて外へと向かう。

「油を売っていないでとっとと援軍に行くぞ!サラと戦っている参謀が妾の力を当てにして待っているからの!」

「……行っちゃった。まさかあのネプチューンがこんなにあっさり謝るとは」

 私が目をパチクリさせて閉まった玄関の扉を見ていると、殺気を解いたケルベロスがにっこり笑って種明かしをした。

「『親友』という言葉を出せば、十中八九謝罪すると思いました。ネプチューンは親友だったリアナ姫をとても大事にしていましたからね。自分の身に置き換えれば、親友を悪く言われれば腹を立てることくらい分かるでしょう」

「あぁ!だから素直に謝ったのね。親友のキュリオの悪口を言われたケルベロスの気持ちが分かったから。へ~。そこまで計算して親友という単語を出すとは、本気で怒っていながらも頭はすごく冷静だったのね」

「ふふ。僕はケロスのように荒事は向いていませんが、この頭脳で戦うことができます。叡智のケルベロスとして、格上の魚人族相手でも遅れは取りませんよ」

 胸に手を当て笑顔でサラッと答えるケルベロスに、私は見直すどころか感心してしまった。

(見た目は幼い子供でも、十分恐ろしい策士だわ。戦わずして七天魔のネプチューンを簡単に退けるなんて。将来ケルベロスはクロロ以上の参謀になりそう…)

 私は怖いような楽しみなような複雑な心境を抱きながら、ケルベロスと一緒に領域の魔法陣へと向かったネプチューンの後を追いかけるのだった。




 魔法陣を使ってマシックリック近郊へとやって来た私たちは、壊れた飛空艇を修理している空賊たちを横目にしばらくクロロを求めて歩き回った。なかなか見つからないため、人格がケルへと戻った魔界の番犬が、匂いを頼りに私たちを導くことになった。

 足が疲れたからもう歩きたくないとネプチューンが駄々をこね始めた頃、ようやく飛空艇の中で修理作業をしていたクロロを見つけた。なかなか見当たらないと思ったら、やはり屋内で作業をしていたのだ。

「おや。皆さん。お早いお着きですね。魔王様からネプチューンの援軍と聞いたので、てっきりあと二、三日は来てくれないかと思っていましたよ」

 クロロはバルブを閉めて持っていた工具を道具箱にしまうと、軍手を取りながら珍しいものでも見るようにネプチューンを見て言った。

 もちろんネプチューンはその一言で一気にご機嫌斜めになってしまう。

「妾自ら援軍に来てやったというに、なんじゃその言い草は!元人間の分際で無礼じゃぞ!もっと盛大に妾の援軍を歓迎せよ!」

「わぁー。すごく助かりますー。ネプチューンがいれば百人力ですねー」

「貼り付けた笑顔にメチャクチャ棒読みではないか!貴様完璧に妾を舐めておるな!」

 ネプチューンは興奮しながらトライデントでクロロを殴ろうとするが、ことごとく全部結界で防がれていた。

 ケルはクロロの味方のようで、いい気味だとご機嫌に笑っている。いつも無垢で純粋な心を持っているケルも、魚人族に対してだけは辛口な態度のようだ。

「はいはい二人とも。ふざけるのはそこまでにして、今後のことについて話し合おうよ。まずここの戦況がどうなっているのかも聞きたいし」

「全くもってえりさんの言う通りですね。私としたことが貴重な時間をネプチューンに消費するところでした。まずは現況をご説明しましょう。操舵室までご案内します」

 クロロは頭を切り替えると、修理道具を持って操舵室へと歩き出した。

 ケルもその後について歩き出したが、私はイライラを募らせているネプチューンが心配で声をかけずにはいられなかった。

「……だ、大丈夫ネプチューン?言い方はアレだけど、本当はクロロだってネプチューンが援軍に来てくれて良かったって思ってるよ。口が悪いだけだから、あまり気にしないで」

「…フン!別にお主に慰められるほど妾は凹んでないわ」

「う、うん…。でも物凄くイライラしてるよね」

「イライラもするわ!水中ではなく陸地にいるのじゃからな。歩きにくくて仕方ないわ。はぁ~。人の足は慣れぬのじゃが、致し方あるまいな」

 ネプチューンは術式を展開させると、己に何やら魔法をかけた。ピンクの煙とキラキラ輝く光が人魚の尾を包み込むと、魔法が発動してネプチューンの足が人のものへと変わった。

 私は人の素足に変わったネプチューンの足を見て、まるで人魚姫のようだと思った。

「すご~い!魚の尾じゃなくて人間の足になった!魔法でそういうこともできるんだね!だったら最初からそっちの足にしてればよかったのに。ずっと歩きにくかったでしょ」

「妾からしてみればこっちの足も慣れていないから歩きにくいのじゃ。しばらく歩けば慣れるがの。リアナがいたころはこっちの足もよく使ったが、最近はとんと使っていなかったからのう。ほら、行くぞ。犬っころたちが待っておる」

 ネプチューンは魔法で水色のサンダルを取り出して履くと、少しぎこちなく歩きながら、廊下の角で待っているケルたちを追いかけた。私はネプチューンが転びそうになったらすぐに助けられるよう、その後ろをゆっくりついて歩いた。



 飛空艇の操舵室に案内された私は、部屋に入るなりキョロキョロと物珍し気に中を見回した。操舵室というだけあって、色々な計器やボタンがついており、船首に面する方は全部窓ガラスで開放的になっている。部屋の中央には一際大きな機械があったが、操舵用のハンドルみたいなものはついていなかった。

(ここで飛空艇を操作するんじゃないのかなぁ?)

「もしかして、ハンドルをお探しですか?えりさん」

 私が何かを探すようにあまりにも部屋を見回しているので、クロロがニコニコ笑いながら訊ねてきた。こういった表情をする時は、生き生きと機械や自分の研究を話したい時なのだと最近は分かってきた。

 自ら地雷に飛び込んでしまったと私は内心後悔する。

「十数年前の旧式の飛空艇ですと、操縦するのに操舵輪が使われるのが一般的でしたが、最近はこの魔晶石による操作盤で操縦するのが主流になっているんですよ。えりさんの世界では魔晶石はないとお聞きしたので、この操作盤は初めて見るんじゃないですか?」

「うん、そうだね。私の世界では空を飛ぶ乗り物は飛行機って言って、こんな感じの操縦桿で運転するんだ。だからこんな石の操作盤なんて初めて見たよ」

 私は身振り手振りを交え、テレビで得た飛行機の操縦知識を披露すると、複数の色の魔晶石が収まっている操作盤を改めて見た。

「ていうか、この石でどうやって操縦するの?全然使い方が想像つかないんだけど」

「今はまだあちこち修理中で実際に飛空艇を飛ばしてお見せすることはできませんが、この石はそれぞれ回転するようになっていまして、浮力で高度調整ができるのがこの緑の風の魔晶石。火力でスピード調整するのが赤の火の魔晶石。飛空艇の機器類を管理し、翼の駆動や飛空艇の操縦を担っているのが、この複数ある紫色の雷の魔晶石です。それぞれの石を上下左右に回転させながら飛空艇を操縦するんです」

「こ、この何個もある石を手でクルクル回しながら操縦するの!?メチャクチャ難しそうなんだけど!どのくらい回していいかとか全然分からなくない!?特に魔晶石に印とかついてなさそうだし」

 私はツルツルした表面の魔晶石を睨む。不器用な自分なら、加減を間違えて石を回し、即墜落させる自信がある。

「一応ちゃんとそれぞれ限界値が設定してあるので、ある程度回したらそれ以上回らなくなりますよ。それに風の魔晶石は上下のみ、火の魔晶石は左右にしか回転しません。高度調整とスピードだけですからね。複数ある雷の魔晶石が一番繊細な操作が求められますが、こればっかりは慣れですね。その都度微調整を繰り返しながら運転する感じです」

「ふ~ん。これ一人で全部操作して運転するの?」

「基本は一人ですが、常に横に補助がつきますね。補助が計器類を見ながら大まかな数値を伝えてどれくらい石を動かせばいいのか伝えるんです。その情報を元に操縦士が判断し操縦します。竜人族に追い回されるような緊急時には二人で操作することもありますね。とても二つの手では間に合わない状況が多々ありますので」

「すんごい頻発しそうな緊急時の例えだね、それ。操縦士さんが気の毒だわ」

 私は苦い顔をして、サラマンダー軍と二年以上も戦い続けている空賊に感服した。

 飛空艇に興味を持った私に更にクロロが解説をしようとした時、いい加減痺れを切らしたネプチューンが私たちの間に割り込んできた。

「ええい!いつまで妾を待たせる気じゃ!そんな人間の造った機械などに興味はない!さっさと戦況の説明と作戦を話すのじゃ!」

「…全く。これからが面白いところなんですが、仕方ありませんね。ケルが色々触って壊してしまう前に作戦会議といきましょうか」

 クロロは目をキラキラさせながらあちこち触りたそうにしているケルを捕獲すると、そのまま首輪に指を引っかけて無理矢理地図が置いてあるテーブルへと連行した。私とネプチューンもテーブルへと集まる。


「それではまず現状のご説明からさせていただきます。現在サラマンダー軍と交戦を続けておりますが、日に日に飛空艇の被害が拡大しておりまして、修理しようもないほど破壊されてしまうものが増えています。マシックリックから毎日数機補充されますが、このままではいずれ飛空艇不足に陥るでしょう」

「む~。サラマンダー軍相手に地上戦になったら勝ち目がないよ。上空から攻めるほうが絶対有利だもん。そうなったら浮遊魔法が使える軍をぶつけるしかなくなるね。キュリオの軍とか」

「えぇ…。ですがキュリオの軍ではあまり竜人族と相性が良いとは言えません。竜人族は悪魔族が得意とする魅了や混乱などの精神魔法の耐性が強い方ですから。それに竜化されてしまうと吸血鬼族お得意の体術が効果半減ですからね」

 クロロの話は尤もだと、ケルは可愛い顔に皺を寄せて唸る。

「空へと逃げる臆病者どもは、妾の津波で地上に引きずり降ろしてくれるわ。そしてそのまま水中に引きずりこんでしまえば我らの勝ちよ。簡単ではないか。人間どもの空飛ぶ艇などあろうがなかろうが関係ない」

「妾の津波でって、ネプチューンの津波ってそんなに空高くまで作り出すことができるの!?凄いね!」

「あ、当たり前じゃろう!妾を誰だと思っておる!七天魔であり、魚人族を統べる女王であるぞ!その程度のこと造作もない!」

 私が素直に驚き感心すると、気分を良くしたネプチューンは胸を張って威張った。

 しかしケルとクロロは白けた表情をしてネプチューンを見ている。

「ちょっと。なに純粋なお姉ちゃんを騙そうとしてるの。魔族なら誰でも分かる嘘つかないでよ」

「さすがに空まで届く津波は誇張表現すぎますね~。ここが海上ならまだしも、普通の陸地で大津波を発生させるのは無理でしょう。えりさんはすぐ鵜呑みにするので冗談もほどほどにしてください」

「な、嘘とはなんじゃ!妾が本気を出せばできない……こともない!妾の本気の本気を見たこともないくせに、勝手にできぬと決めつけるな!」

「空を飛ぶ竜人族を呑みこむほどの大津波が本当にできると?……できないに一票」

「ケルも一票!」

「ぐぬぬぅ~~!貴様らぁ~~!」

 ネプチューンの怒りのボルテージが急上昇していくので、ひとまず私はネプチューンの味方になって落ち着かせることにした。前々から思っていたが、彼女は怒りの沸点がすこぶる低い。側近のタイガはいつも苦労していることだろう。

「お、落ち着いてネプチューン!私は嘘だなんて思ってないから!おじいちゃんからも水魔法はネプチューンが一番凄いって聞いてるし、本気の本気を出せばきっとできちゃうよね!」

「そ、そうじゃ!水魔法において妾の右に出る者はいないからな!大津波に限らず、大きな鉄砲水で竜人族を撃ち落とすことも可能じゃぞ!」

 私が加勢したことで少し気持ちが落ち着いたのか、ネプチューンは一指し指に水の玉を集めると、それを撃つような仕草を私に見せながら話す。

 私はこれ以上話がこじれて説明が中断しないよう、クロロにウィンクをして話を進めるよう合図を出した。

「それではネプチューンは鉄砲水で手当たり次第竜人族を撃ち落とす役ということで」

「なに?撃ち落とす役じゃと?」

「ケル、もといケロスは、獣化して敵の攪乱をお願いします。竜人族に狙われている飛空艇があれば、優先的にその竜人族を攻撃してください。報告では、えりさんの武器の力を使うと巨大化して戦えるそうですね。竜とも渡り合えるサイズだとか」

「そうそう!お姉ちゃんの小槌でおっきくしてもらうと、すっごく大きくなるんだよ!サラよりかは小っちゃいけど、小型の竜なら対抗できると思う」

 ネプチューンが疑問を挟もうとしたが、クロロは綺麗にスルーしてケルに指示を与える。ネプチューンは抗議の声を上げようとしたが、あることに気づいてぐりっと私に顔を向けた。

「そうじゃ。そなたの武器…。そなたの武器と妾の魔法が合わされば、大津波など簡単に起こせるではないか!フフン!これでもう竜人族など恐るるに足らん!妾とこやつのタッグで一網打尽じゃ!…今更じゃが、そなた名はなんと言ったか」

「えりだよ。神谷えり。本当に今更だね」

 私は半ば呆れながら自己紹介をする。きっと興味がないことは右から左に流してしまっているのだろう。側近だけでなく魔王も気の毒になってきた。

「よし!参謀よ!次の戦い、妾はえりと一緒に戦うぞ!星の戦士と言えどこやつは弱い人間じゃ。誰かが傍にいて守ってやらねばならんじゃろう。特別に今回は妾が守ってやる。その代わり、えりはその武器で妾を援護するのじゃ。そなたが力を貸せば、一日でこの戦場を妾が終結させてみせようぞ!アーハッハッハ!」

「え、えっとぉ~、私はどうすれば?」

「はぁ~。仕方がありませんね。ネプチューンの精神安定剤として一緒にするしかありませんか」

 高笑いするネプチューンにため息をつきながらクロロは言った。魔王軍の参謀を務めるクロロでも、ネプチューンの扱いは難しいようだ。

「む~。ケルはお姉ちゃんがネプチューンと一緒なのは心配なんだけど」

「心配しなくても大丈夫ですよ。えりさんには最初から私がついておくつもりだったので、ネプチューンが癇癪を起こしてえりさんを傷つけないよう、私が見張っておきます」

「注射や解剖の危険からいつも逃げ回っていたクロロに守られる日がくるとは。よろしくお願いします」

「おやおや。すごい言い草ですね。それならネプチューンから守り切った暁には、今度は髪でも一房もらいましょうか」

「こわっ!ネプチューンよりある意味怖いから!」

 私は脳内でクロロとネプチューンのどっちがマシか真剣に考えてしまう。

 その後詳細な軍の配置や今までの飛空艇での戦い方、空での戦いで注意することを教えられ、来たるサラマンダー軍との戦いに備えた。




 故障した飛空艇の修理が終わり、おまけに各種機能向上の改造まで施し終えた次の日。私たちは空賊団の飛空艇の一つに乗り込んだ。

 甲板で空を見上げていると、少々きつめの風が吹き抜け、私のポニーテールを荒々しく揺らした。隣に立つネプチューンも、波のようにウェーブのかかる水色の髪をなびかせ、髪が乱れると文句をこぼしている。

「それにしてもサラマンダー軍は律儀だねぇ。いつも飛空艇が直ったのを見計らって攻めてくるなんて。飛空艇を修理する暇も与えずに攻めて来れば、あっちの圧勝なのにね」

「サラは正々堂々真っ向から全力で捻じ伏せるのが好きだからなー。それに強い相手と長く戦いたいっていうのもあるんじゃね。竜人族は好戦的で戦闘狂だから。オレも戦うのは好きな方だけどさ」

 戦前なのでケルからバトンタッチしたケロスは、甲板の柵に足を乗せて手すりから少し身を乗り出して遥か下の地面を覗き込んでいる。私は誤って落っこちてしまわないよう、彼の服の裾を念のため握りしめている。

「ネ、ネプチューン?なんか顔色が悪いけど大丈夫?気分でも悪いの?」

 私は隣に立つネプチューンが、出発前と打って変わって色をなくした顔になっているのに気が付いた。怒りの沸点が著しく低いので、いつも興奮して頬が紅潮していることが多いのだが、今は真っ青を通り越して唇まで白いくらいだ。

 私は身を乗り出しているケロスをきちんと甲板に立たせてから、ネプチューンの体調を気遣った。

「う~ん。船酔いとかかなぁ?気持ち悪かったりする?」

「……べ、別に。妾はいつも通りじゃ…」

 顔を覗き込むと、ネプチューンはフイッと顔を逸らして目を合わせようとしない。見るからに具合の悪そうな彼女に首を傾げていると、ケロスがさして興味がなさそうに原因を指摘した。

「そんな心配しなくても大丈夫だよねーちゃん。大方空を飛ぶのが怖くてビビッてんだろ。魚人族は基本海中で生活してるから、陸ならまだしも空の上は落ち着かないんだよ。いつも魔王城でも絶対に庭園の端とか歩こうとしないし」

「そうだったんだ。じゃあ、高所恐怖症ってやつだね」

「ち、違うぞ!妾は別に高いところなどこれっぽっちも怖くないわ!今はただ、普通に気分が優れぬだけじゃ」

 いつもの調子で言い返してきたが、傍から見ても彼女がかなり無理をしているのは明らかだった。

 素直じゃないネプチューンを見て、ケロスはわざと彼女を地上が見下ろせる柵の方へ押そうとする。

「コラ!何をする犬っころ!離さぬか!」

「怖くないんなら柵のところに行っても平気だろ。せっかくだから上からの景色でも堪能したらいーじゃん」

 髪を振り乱し全力で嫌がっているネプチューンが気の毒過ぎたので、私はケロスを抱っこして回収した。

「ほらほら。人の嫌がることはしないの。…それにしても、犬猿の仲なのによく高所恐怖症だって知ってたね。魔王城でネプチューンのこと観察してたの?」

「ちがうよ。前にレオン様に聞いただけ。レオン様が魔王城でずいぶん前にネプチューンと喧嘩した時に、ネプチューンを庭園の端に追い詰めたら様子がおかしかったって」

「なるほど。それで高所恐怖症だとレオンさんが見破ったのね」

「だからそれ以降は、レオン様もネプチューンと魔王城でやり合う時は庭園の端に追い詰めないよう配慮してる」

「っ!?なんじゃと!?配慮!?」

 柵から十分遠ざかり甲板の中央に移動したネプチューンは、初めて聞く事実に目を見開いた。

「へぇ~。そうなんだ。犬猿の仲って言っても、優しいねレオンさん」

「そりゃあね!レオン様は豪快で一見ガサツに見えるけど、中身は優しい紳士だから!いくらネプチューン相手だって嫌がることはしないよ。どっかの我儘女王と違って人望も厚いしね!」

「コラ犬っころ!最後の一言は確実に余計じゃぞ!…………レオンの奴め、余計な気遣いを」

 ネプチューンはケロスを一喝した後、もごもごと何か言っていたが、風の音が強くてあまり聞き取れなかった。



 今日の戦いに参加する全ての飛空艇が同じ高度に達した頃、クロロが配下を数人連れて甲板に現れた。クロロの配下なので予想はしていたが、全員生気のない顔をしていることから不死者だと分かった。

 クロロは私たちの前にやって来ると、クロロの軍をよく知らない私のために配下を紹介してくれた。

「お待たせしました。空賊たちへの指示は完了しましたよ。後はサラを迎え撃つだけですね。一応ご紹介しておきます。彼らは私の軍の幹部クラスです。それぞれの種族のまとめ役をしてもらっています。彼は見覚えがあるかと思いますが、鳥人族をまとめている者です。こちらは見ての通り魚人族を、彼女は悪魔族の不死者をまとめてもらっています」

 クロロの紹介を受け、魚人族を除いた配下たちが軽い会釈をしてくれる。

「この間は魔界で助けていただいてありがとうございます~。おかげでオイラたち大した怪我せずにすみました」

「あの時はどうも。助けが間に合って良かったです」

「今日はオイラたち鳥人族は攪乱を担当させていただくんで、援護のほどよろしくお願いします」

「はい!任せておいてください!」

 私が鳥人族の幹部と和やかに話していると、まだ気分が優れぬままのネプチューンが、一歩身を乗り出して魚人族の幹部に話しかけた。

「おぉ!お主、久方ぶりじゃのう。よりによって死して元人間に使われておるとは、魚人族の風上にもおけん奴じゃ。今日こそは妾の仕置きをお見舞いしてくれようぞ!」

「ゲッ!なんで女王様がここに!?おい!聞いてねぇぞ大将!」

「別にあえて前もって言う必要はないかと思いまして。同じ魚人族ですし、連携も取りやすいでしょう」

「まさか、それが理由で今日急遽俺の隊を呼んだのか?」

「はい。そうですが」

「なんてことしてくれたんだ大将!ッ!?」

 クロロに抗議する中、ただならぬ殺気を感じ取った魚人族の幹部は、急ぎクロロの背中に隠れた。

「何をコソコソ参謀の背後に隠れておる。大人しくその身を妾に差し出さぬか」

「お、お、俺はもう大将の配下だ!女王様の下僕じゃねぇんだよ!大将!俺たちは別の飛空艇に移らせてもらうぜ!」

「コラ!待たぬか!」

 ネプチューンの制止を無視し、不死者魚人族部隊はサァーッと速やかに撤退していく。

 クロロも珍しいものでも見るかのように目をパチクリさせている。てっきり同じ魚人族なので、女王とは仲が良いとは言わないまでも友好的だと思ったのだが、全然そうではなかったらしい。むしろ一切関わりたくないという強い意志が見て取れる。

「ノイル!俺たちを隣の飛空艇まで連れてってくれ!」

「え?ここ配置じゃなかったっけ?どうでもいいけど、オイラたち人力輸送部隊じゃないんだけど。魚人族はみんな重くて運んで飛ぶの大変なんだよなぁ」

「いいからつべこべ言わずに運べ!サラマンダー軍と戦う前に俺たちが使い物にならなくなってもいいのか!」

「え。何それ。どういうこと?」

 ノイルと呼ばれた鳥人族の幹部は、必死に懇願してくる同僚の圧に押され、渋々隊の者たちに命じて魚人族の輸送を開始した。

 ネプチューンは逃げる元配下に追い縋ろうとしたが、さすがに事情を察したクロロがそれを阻止した。魚人族たちはクロロに感謝し、無事に隣の飛空艇へと移っていった。

(魚人族は自分たち以外を下等生物と見なしているって聞いたけど、クロロの配下の人たちはクロロのことを大将って呼んで慕っているのね。……よほど生前ネプチューンに色々とトラウマを植え付けられたのかしら)

 私は興奮して少しだけ顔色がマシになったネプチューンを見て思う。

「若干兵の配置が変わりましたが、まぁ問題ないでしょう。当初の予定通りえりさんはネプチューンの補佐を。ケロスは巨大化して立ち回ってください。私が援護をします。…ん?何だか顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

「あぁ。ネプチューンは高所恐怖症みたいなの。だからあんまり甲板の端には行かせないほうがいいね」

「高所恐怖症!?初耳です。ほう、そうですか」

「貴様、何やらよからぬことを考えているだろう!別に妾は何ともないぞ!えりたちが勝手に高所恐怖症だと決めつけているだけじゃからな!」

「はい。そういうことにしておきますね」

 クロロは眩しい笑顔でそう言うと、握った弱みをいつか有効活用しようと悪い参謀の顔をした。

 嫌な予感しかしなかったネプチューンはクロロに釘を刺そうとしたが、遠くの空からついにサラマンダー軍が姿を現したので話を遮られてしまった。

「やっとお出ましのようだぜ、竜人族たちが。ねーちゃん!早速巨大化させてくれ!」

「わかった!あまり無茶はしないでねケロス!巨大化しても竜の方がやっぱり大きいんだから」

 私は獣化したケロスに打ち出の小槌を振る。巨大化したケロスは飛空艇から飛び立つと、前に出て先鋒の竜を待ち構えた。

「日に日に戦闘が激しさを増していますからね。急な旋回や揺れの衝撃があるかもしれません。くれぐれも飛空艇から落ちないよう気を付けてくださいね。えりさんは前科がありますし」

「前科って…。私だって好きでお城から落っこちたわけじゃないんだけど」

「まぁもし落っこちたとしても、ネプチューンはともかく、えりさんはお助けしますのでご安心を」

「なっ!?妾も助けよ馬鹿者!」

 すかさずツッコミを入れるネプチューンに苦笑しつつ、私は大挙して押し寄せたサラマンダー軍を迎え撃つのだった。




 竜化した竜人族の群れと交戦を始めた私たちは、個々の戦闘力では劣りながらもかなり善戦していた。

 竜人族の基本戦闘スタイルは、二人一組のペアとなり、一人が竜化してもう一人がそのペアの背に乗って戦うようだ。騎乗している方が細かく指示を出し、場合によっては飛空艇に飛び移って、乗船している空賊やクロロの配下を攻撃してくる。

 サラマンダーもそうだが、竜人族の愛用武器は矛のようで、全員が自分専用の矛を持っているようだ。戦いの最中興味本位で観察してみたが、同じデザインの矛を持っている者が誰もいない。一つ一つ特注品なのかもしれない。

 サラマンダー軍は先鋒の特攻を巨大化したケロスに阻まれ、そのままケロスに先制攻撃を許して出鼻を挫かれて以降、戦いのリズムに乗れていないようだった。

 ケロスを倒して士気を高めようとするも、絶妙なタイミングでクロロからの魔法援護が入るため、なかなかケロスを攻略できずにいる。

 各飛空艇に乗っているクロロの配下である不死者たちは、鳥人族が攪乱、魚人族が水魔法による遠距離攻撃と飛空艇に乗り込んできた竜人族の排除、悪魔族が魅了や敵ステータスを下げる妨害魔法を担当している。三種族とも連携がきちんと取れており、さすが参謀直属の配下といったところだ。

 そして私はというと、ネプチューンが魔法で出した水の玉を片っ端から打ち出の小槌でどんどん巨大化させていた。もはや作業ゲーと化している。

「アハハハハ!魔族の中でも戦闘力の高い竜人族と言えど、てんで大したことないのう。妾の鉄砲水ですぐに怯むではないか。よし、えりよ!そろそろ巨大津波を披露するとしよう!」

「いやいやいや!さすがに魔法で津波を発生させるのはやめたほうがいいんじゃ。私の武器で巨大化はできるだろうけど、竜相手じゃすぐに空に逃げられちゃうと思うよ」

「同感ですね。それに、海じゃないこの地では本来の力の半分ほどしか威力がないのでは?更に言うなら、戦後にここ一帯の地面が水でぬかるんでいると、飛空艇の着陸と離陸の際に支障が出ます。そういうわけで魔力を無駄に消費するだけなので止めたほうがいいでしょう」

 私の横で、魔法や自作の銃を使ってケロスの援護をしていたクロロはそう言ってネプチューンを押し留めた。クロロはケロスの援護をするだけではなく、甲板に設置されている伝声管で操舵室に色々と指示も送っている。時折念話で星の戦士のフォードにも指示を送っているようだが、戦争中だというのにその度に口喧嘩をしているようだ。どうやら彼とは相性が悪いらしい。

「妾の津波で呑み込んでしまえば話が早いものを。鉄砲水では全滅させるまでに時間がかかるぞ」

「全滅って…。殺すのが目的じゃないんだから。戦闘不能に追い込んで撃退すればいいんだよ。ひとまず今の調子でやっていけば、キャアッ!?」

 私たちが注意を払っていたのとは逆方向から竜が接近し、思い切り飛空艇に体当たりされた。激しい横揺れにバランスを崩し、私は思い切りつんのめった。派手に甲板に転ぶかと思ったが、意外にも横から手が伸びてクロロが受け止めてくれた。

 ちらりと隣を窺うと、ネプチューンは見事に尻もちをついており、容易に怒りが沸点に達していた。

「あ、ありがとうクロロ…。もろに敵の攻撃を喰らっちゃったけど、艇壊れてないかな?」

「あの程度の体当たりだったらいつもよく喰らってますから大丈夫ですよ。さすがに五、六回喰らうとヤバイですが。ネプチューン、魔力の暴走だけは止めてくださいよ。あなたのお守りまではできませんので」

 クロロは魔力の異常な高まりを感じ取り、ネプチューンが暴走する前に釘を刺した。

「何がお守りじゃ!無礼者め!ぐぬぬぅ~!よくも妾に手をつかせたな!こうなったら水龍を作りだし丸呑みにしてくれようぞ!」

 ネプチューンは魔力を練ると、水魔法でたちまち水の龍を生み出した。私の武器で巨大化させずともかなりの大きさの龍だ。私の世界で伝わる四神の一つ、青龍でも見ているかのようだ。

 結局ネプチューンは私の補佐など必要とせず、もう好き勝手に暴れまくっている。

「手当たり次第近づく竜を撃退してくれるみたいだし、とりあえずネプチューンはしばらく放っておいて大丈夫かな?」

「えぇ。私たちはケロスの援護とサラマンダーの動きに注意しましょう。幸いサラマンダーはまだフォードと戯れているようですね」

 クロロは三つ飛空艇を挟んだ先に飛んでいる大きな飛空艇に目を凝らした。

 戦争開始直後から、サラマンダーはフォードが操縦している飛空艇の周りを飛んでいる。爪や尻尾で攻撃したり、時々口から炎を出して翻弄していた。

 フォードは空賊団の頭であり、他の飛空艇の細かい指示も与えている。こちらの指揮系統を断ち戦争を有利に進めるならば、一番に狙うべき相手である。

 クロロもフォードに念話でフォローして飛空艇の配置を指示したりしているが、空賊団を動かすにはやはり頭であるフォード自身でなければならない。

 今はまだ大丈夫そうだが、もしもの時はフォードがサラマンダーにやられる前に助けに行かなければならない。

「フォードが時間を稼いでいる間に、できるだけ多くの竜人族を排除しなきゃね。ケロスやネプチューンも頑張っていることだし、そろそろ私もとっておきを出そうかな!」

 私は打ち出の小槌を握りしめると、不敵な笑みを見せて空を飛ぶ竜を眺めた。その不穏な気配に、クロロは嫌な予感がすると表情を引きつらせた。

「あなたがそう根拠のない自信に満ちていると、なんだか無性に不安な気持ちになるんですが。一体何を企んでいるんです?とっておきだなんて初めて聞きましたが。作戦会議の時は一言も言っていなかったじゃないですか」

「フッフッフ。だって戦争が始まってから思いついたんだもの。ひょっとしてこの方法なら竜を無力化できるのではないかとね」

「戦争が始まってからって、それついさっきじゃないですか。そんな思い付きの策を勝手にとっておきにしないでください。やる前からもう大した効果がない気がします」

「ひど~い!本当に良い作戦なんだってば!」

 私は冷たい視線を向けるクロロを引き寄せると、名案だと自負する作戦を耳打ちした。

 クロロは一度目が点になると、すぐに微妙な顔つきになる。そしてう~んと唸りながら首を大きく捻った。

「一人じゃ無理だからクロロに協力してもらうことになるけど、上手くいけばきっと敵が弱体化すると思うんだよね!」

「……なんだかとても子供だましのような気がしますが。それにえりさんより私の負担の方がかなり大きい気が。結局上手くいくかは私の風魔法次第でしょう。下手したら味方も被害を受けますし」

「大丈夫!私の妄想の力で屋外にいる味方には結界を張っておくから!強力な結界を複数人に張ると体に負担がかかりすぎちゃうけど、これを防ぐ程度の結界だったら大して体に負担はかからないだろうし」

 私は早速精神を集中させて結界の妄想に取り掛かる。

「私はまだ作戦に同意したわけではないんですが。はぁ~。もう言っても聞かないですね」

 クロロは大げさにため息をついて肩を落とすと、私が提案した作戦を実行すべく、飛空艇の高度を上げるよう操舵室に伝えた。



 飛空艇の高度を上げ、風上へと移動した私たちは、作戦を実行すべく甲板の縁に立った。

 私は打ち出の小槌を両手で持ち、クロロは私の真後ろに立つ。

「それじゃあクロロ、風魔法の準備はいい?」

「風魔法の準備はいつでもいいですが、心の準備は全然ですね。もう一度聞きますが、本当にやるんですね?この子供だましのような作戦を」

「もう!往生際が悪いなぁ!それに子供だましって。竜にだって目と鼻はあるんだからきっと効果は抜群だよ!怪我をさせるわけじゃないし、とっても平和的な撃退方法だと思うけど」

 私が自信満々に言うと、クロロは覚悟を決めたというより諦めた表情を浮かべて風魔法を待機させた。

「わかりましたよ。そこまで言うならやりましょう。成功すればある意味怪我をするより質が悪い所業ですが。竜人族が怒り狂って突っ込んできた時は、ネプチューンに任せるとしましょう」

 クロロのGoサインを受け、私は真正面を向いた。

 そして打ち出の小槌に『ある物』が沢山欲しいと願うと、甲板の向こうに広がる空に向かって小槌を振った。

 蒼白の光に包まれて出てきたのは粉末状の何かで、それは空を舞うと散り散りに流れていく。すかさず後ろに立っていたクロロは風魔法を操ると、その粉を敵軍に向けて誘導した。私はきちんと効果が現れるよう、小槌を振って絶え間なく粉を量産していく。

 私たちの乗っている飛空艇の一番近くにいた竜人族は、その降り注ぐ大量の粉に気づくと急ぎ口を塞いだ。

「奴ら、まさか毒を撒いているのか?近くに味方も多く、いる、の…に……っ!クシュン!ハ、ハ、ハックション!ま、まさかコレ!」

 鼻まできちんと塞ぎきれていなかった竜人族は、その粉を鼻から吸い込みたちまちくしゃみが止まらなくなってしまった。竜化しているペアの竜人族も、竜のまま盛大なくしゃみを連発する。

 無防備になっている敵に気が付いた空賊たちは、これ幸いと大砲を撃ちこんだ。傷つきながらも粉は容赦なく降り注ぎ続け、竜人族たちはたまらず一旦戦線を退いていく。

 くしゃみが止まらないその背中を見送ると、私は満面の笑みを浮かべて喜んだ。

「やったぁ!作戦大・成・功!効果てきめんだったね、大量の胡椒は!」

「………戦争中に胡椒を振りまいて戦うなんて、あなたぐらいしか思いつかないでしょうね」

 風の魔法を操りつつ、クロロはどこか呆れた調子で言った。

 この作戦、私の真後ろで風を操っているクロロが一番重要で、彼が上手くコントロールしてくれないと敵に胡椒を浴びせるどころか自分たちが被弾する恐れがある。一応飛空艇を風上に移動させたので大丈夫だとは思うが、念のため細心の注意は必要だ。

「よ~し!次は辛いもの好きの私オススメ、激辛パウダーをお見舞いしよう!」

「今度はかなり悪意のあるものを…。口で吸いこむだけでなく、目や鼻に入ったら地味に辛いですね」

「きっとまた逃げ出しちゃうね!私の世界では辛い料理ってブームになるほどだから、結構辛いよ!勇猛果敢な竜人族と言えど、むせちゃうんじゃないかな」

「楽しそうですね、あなたは。ですが先ほどのように動きを封じてからの集中砲火はいいかもしれません」

「う~ん。私は別に大砲で追い打ちをかけるつもりまではなかったんだけど。あくまで平和的な撃退方法としてこの作戦を提案したので」

 私は胡椒を一旦止めて、激辛パウダーに変更しながら答える。

「平和的というか、私からしてみればキュリオが好みそうな悪戯のように思えますね。ここにキュリオがいたら間違いなく悪ノリしてもっと酷いことをするでしょう」

「あはは。確かに。容易にその絵が想像できるね。……さて、第二弾いくよ!クロロ」

 私は赤い粉末を次々小槌から出すと、クロロの風へとのせた。クロロは器用に風の流れを複数生み出すと、各方面へと激辛パウダーを届けていく。

 そして休むことなく赤い粉末を出していると、やがて各所から竜人族の悲鳴が聞こえてきた。

「ぐあぁぁ~~!!目が、目がぁ~!!」

「ゴホッ!ゴホッ、ゴホ!鼻の奥が痛い!目が沁みる!喉が!」

 激辛パウダーの効き目は予想以上で、竜たちは隊列を乱して次々と戦線を離脱していく。目をやられた竜人族は視界がままならないので、大砲に被弾しながらとにかく高度を上げて安全地帯へと逃げていった。

「クソ!口の中が燃えるようだ!水、水!」

「水なら妾が溺れるほどくれてやろう!そら!」

 あまりの辛さに唇を赤くしている竜人族に向かって、ネプチューンは水龍をけしかけた。

 その後もネプチューンは右往左往する竜人族を見て楽しそうに笑うと、水龍を何匹も生み出して追い打ちをかけた。

「アーハッハッハ!愉快愉快!海を統べる女王が、ついに空をも制してしまったか!いつも我が物顔で飛んでいる竜人族が他愛もない」

「別にあなた一人の力でこの戦場を制したわけではないですがね」

 クロロが少し脅すように風魔法をネプチューンに向ける素振りをすると、彼女はすぐに目を瞑って顔と鼻を押さえた。竜人族の惨状を見て、激辛パウダーがかなり危険な物だと認識したらしい。

 私の妄想の結界は体の負担を減らすために私とクロロとネプチューンは対象から省いているので、誤って吸い込むと大変なことになるだろう。

「わわ、わかっておる!えりと貴様の力も大いにあろう。とにかく!敵兵力は大幅に削れ、残す脅威は大将であるサラぐらいじゃろう。もう直接乗り込んでもいいのではないか?」

 ネプチューンは目を開けると、フォードの艇とやり合っているサラマンダーを目で追った。

 竜化しているサラマンダーは、フォードが能力で操る大砲の弾を器用に躱しながら、翼で風を起こして戦場に舞っている激辛パウダーを吹き飛ばしていた。クロロが風魔法で逆流させているが、サラマンダーの起こす風のほうが強すぎて負けてしまっている。さすがにサラマンダーほどの実力者だと、大人しく激辛パウダーは喰らってくれないようだ。

「そうですね。残りの竜人族の相手はケロスや他の飛空艇に任せて、私たちは大将と直接対決といきましょうか」

 伝声管を使って航路を指示すると、私たちの艇は深紅の竜へとゆっくり舵を切った。



 フォードの飛空艇と合流した私たちは、まずサラマンダーを挟み撃ちにして数的有利を作りだした。サラマンダーには胡椒や激辛パウダー作戦は通用しないので、私はネプチューンの水龍を巨大化させて戦いを補佐した。

 サラマンダーはフォードの操る大砲の弾、ネプチューンのけしかける水龍、クロロの繰り出す魔法を躱したり、硬い鱗で耐え忍んでは強力な攻撃で反撃をしてきた。その度に尻尾や爪が船体に当たり、何度も激しい衝撃が飛空艇を襲った。頭の良いクロロは浮遊魔法で少し宙に浮き揺れを無効化していたので、私は遠慮なく彼にしがみ付いて転ぶのを防いでいた。

 ちなみにネプチューンは尻もちをついたり顔から甲板にダイブしたり、その都度悲鳴を上げて悪態を吐いていた。元々本来の人魚の足ではなく慣れていない人の足なので、尚の事踏ん張りが利かないのだろう。結果的にその怒りと苛立ちを全て魔力に換えて水龍に注ぎ込んでいた。

「やっぱり七天魔の一人でしかも竜だから、防御力と体力が高いね~。全然倒れる気配がないんだけど。私たちが来る前からフォードが体力を削ってたはずなのにねぇ」

「竜人族は魔族の中でも体力・頑丈さ・力の三冠で一、二を争いますからね。基本スペックがどれも均等に高いんですよ。唯一魔力や魔法に関してだけは他の種族より劣りますが」

「ぐぬぬ!サラの奴め!このままでは妾の体が転んで痣だらけになるではないか!おい参謀!さっさと決着をつけるぞ!」

 癇癪を起こし始めているネプチューンに、そうは言われても、とクロロは渋い顔をした。

 ネプチューンが援軍に来てくれたおかげでいつもより善戦しているくらいなのに、これ以上決着をつけるほどの余力はないと顔に書いてあった。

(ネプチューンが牽制してくれているおかげか、魔王城で喰らった『あの』強力ブレスもやってこないしね。昨日の作戦会議の時にクロロが言ってたけど、ネプチューンが本気を出せば水魔法でブレスを相殺することも可能だって言うのは本当だったんだ)

 私は地団駄を踏む我儘女王を少しだけ見直した。

「ネプチューンとやり合うなんて何十年ぶりかしら。いつも海に引きこもっていてろくに相手してくれないんだもの。久々の手合わせだから、俄然燃えるわね」

「これ以上燃えなくていいわ、熱く苦しい。いいからさっさと降参するのじゃ。ピンピンしているように見えるが、実際はあちこち傷だらけなのは分かっておるぞ。女のくせにそなたは昔から傷に無頓着すぎる」

「あら。心配してくれているの。ネプチューンは昔から心を許した女には優しいわよね」

「や、優しくはないわ全然!普通じゃぞ普通!」

 ネプチューンは口でサラマンダーに翻弄されており、冷静なクロロはネプチューンを討ち取られないよう密かに結界を準備していた。

「それにしても、魔王様の決定にあれほど反発していたあなたが、よく魔王軍に戻ったわね。大事なリアナ姫を傷つけた人間を根絶やしにすると息巻いていたのに。どういう心境の変化かしら」

「……魔王様に始めから全部事情を聞かされたからな。二人きりで腹を割って話をしたのは何時ぶりだったか。リアナ姫を亡くし、先代様を亡くしてから、あの子も少しは成長したようじゃな。まぁ、一人前というにはまだまだ遠いが」

「…そう。じゃあ私もこの戦いが終わったら、魔王様と腹を割って話そうかしら。ネプチューンが言う成長、この目で見極めさせてもらうわ!」

 ギラリと目を輝かせると、サラマンダーはネプチューンに向かって急降下してきた。落下途中で竜化を解いたサラマンダーの手には矛が握られており、確実にネプチューンの急所を捉えていた。

 ネプチューンはトライデントを召喚すると、一切怯むことなくその攻撃を受け止めた。

「ぐぅっ!?」

「甘いわね!」

 トライデントで矛を受け止めたネプチューンだったが、上から落ちてきた重力も相まって力負けをしてしまった。そもそも最初から力の強さは竜人族に分があるので、真正面から勝負を挑まれれば魚人族に勝ち目はない。

 サラマンダーはそのまま力で押し切ろうとしたが、事前に張っていたクロロの結界に弾かれ仕方なく甲板に着地した。

「くっ。これから大逆転をするつもりじゃったのに、余計な真似をしおって」

 ネプチューンは軽く痺れた手をブラブラさせながらクロロに強がって見せた。

「それはそれはすみませんね。ですがあなたを失うと我々の戦力は一気に低下してしまうので、間違ってもここであなたが負けるようなことがあってはならないのですよ」

「フン!妾が負けることなど万に一つもないから安心せよ。妾は魚人族の女王なのじゃからな」

「あらあら。ずいぶん強気じゃない。純粋な力だけじゃなく、矛の腕前も私の方が上だというのに。私に勝っているのは魔力だけだけど、それで私に勝てるのかしら」

「手負いの竜がよく吠える。案の定かなり傷だらけじゃが、本当はやせ我慢をしているのではないか」

 サラマンダーとネプチューンの視線が交錯し、見えない火花が散っている。武器を構える二人は凛々しく、そしてとても美しい。海を統べる女王対空を統べる女帝。不謹慎ながら、とても絵になる光景だなぁと私は呑気なことを考えてしまった。

 睨み合う二人を見守っていると、ふとサラマンダーが待機している私に気が付いた。目が合うと、妖艶な笑みを浮かべて楽しそうに話し出す。

「あなたは確か、魔王城で殺し損ねた星の戦士じゃない。わざわざまた私に会いに来るなんて、あの夜の決着をつけにきたのかしら。いいわ。あなたもまとめて相手をしてあげる」

「エッ!?いやいや!私は別に決着をつけにきたわけでは!ていうか、あの日の一騎討ちはどう考えても私の負けだから。これ以上の手合わせは不要です。心置きなくネプチューンと戦ってください。私は戦うとしてもネプチューンの補佐ぐらいしかしないので」

「あら。遠慮しなくていいのよ。あなたも、ついでにクロロも全力で来るといい。まとめて全員相手してあげるわ。そうじゃないと、この私は止められないわよ!」

 サラマンダーは魔力と殺気を解放すると、圧倒的な力で私たちを威圧してきた。

「言ってくれるではないか。魚人族の女王として、これ以上舐められるわけにはいかん!」

 ネプチューンも魔力と殺気を解き放つと、迎え撃つ構えを見せるサラマンダーに向かって行った。



 ネプチューンが間合いを詰めてサラマンダーに突きを繰り出す直前、いつの間にか横付けされていた隣の飛空艇から男の大声が響いてきた。

「ちょっと待ったぁ~~!!女一人相手に、多勢に無勢だぞお前ら!恥ずかしくないのか!」

 私は大声に肩をビクッとさせると、こちらの飛空艇に飛び移ってきた声の主を見やった。

 あまりの声のでかさに、思わずネプチューンも攻撃の手を止めてしまったほどだ。

 空賊団の頭である星の戦士のフォードは、まるで正義の味方のような顔をして甲板を歩いてくる。クロロは私と出会った当初に見せた、氷のような冷たい瞳を宿らせると、抑揚のない声で端的に告げた。

「馬鹿は放っておきましょう」

「ば、馬鹿…?」

 あまりの冷えた声に、私はただ同じ言葉を繰り返してしまう。

(クロロがこんなにあからさまに冷たい態度を取るのは珍しい。ちょっと人間嫌いっぽいところはあるけど、基本的に礼儀正しくて時々腹黒いだけなのに。どんだけ嫌われてんのフォードは)

 私が何とも言えない表情をフォードに向けていると、彼はクロロの一言を聞き取ったらしく、怒った顔をしながらずんずん歩いてきた。

「おい参謀!誰が馬鹿だ!聞こえてたぞ!」

「聞こえていたなら馬鹿は黙っていてください。こちらはサラマンダーとの戦いで取り込み中なんです。空気も読めない馬鹿は存在価値すらありませんよ」

「だから俺様は馬鹿じゃねぇ!つか三対一で戦うとか卑怯だぞお前ら!そんなリンチみたいな真似、この俺様が許さねぇ!」

 かっこよく言い放ったフォードだったが、その場は怖いくらいシーンと静まり返った。私はこの状況で何を言っているんだという目を、クロロは引き続き突き刺すような氷の瞳を、ネプチューンは馬鹿なんだなという目をそれぞれ向けた。

(普通の人間同士の喧嘩ならフォードの言ってることも分かるけど、相手はあのサラマンダーだからな。むしろ三人束になってかかってもこっちが負けるかもしれないのに)

 私が不安げな顔をしていると、一度サラマンダーから距離を置いてネプチューンがクロロに訊ねてきた。

「おい参謀よ。あの人間はどこぞの馬鹿じゃ」

「あぁ。あなたは二年以上前に数回しか戦っていないので分かりませんか。あれは空賊団の頭で、一応星の戦士の力を授かった男です。名前は覚える価値がないので、馬鹿と呼んで差支えないでしょう」

「差し支えあるわボケ!おい!聞こえてるからな全部!」

 近くでフォードが吠えているのを無視し、ネプチューンは記憶を遡って会話を続ける。

「このマシックリックから一番近い海で、確かに数回交戦したことがあったのう。飛空艇から発せられるスピーカーの声しか聞いていなかったから、実際に会うのは初めてじゃな。なるほど。下等生物の良い代表格じゃな」

「彼が下等生物ならば、他の者は皆もれなく上等生物に格上げが必要ですね。一括りにされるのは心外ですから」

「ふむ。考慮しよう」

「おいコラてめぇら!さっきから人のこと好き勝手言いやがって!サラマンダーの次はお前らだからな!」

 フォードの叫びを聞き、クロロは怪訝そうな表情で彼を見つめる。聞き間違いでなければ、サラマンダーの次と彼は言った。

「えっと、フォード。サラマンダーの次って、もしかしてサラマンダーと一騎討ちをするつもりとかじゃあ、…ないよね?」

「もちろんそのつもりだ。そのためにこっちの飛空艇に移ってきたんだからな」

「………正真正銘の馬鹿じゃな」

「もはや疑う余地のない、誰もが認め、納得するほどの馬鹿です」

「だからうるせぇぞそこ二人!もう黙って見てろ!」

 フォードはサラマンダーの真正面に立つと、妖艶な微笑みを崩さず立っている炎帝を見据えた。

「良い機会だ。この一騎討ちで俺たちのこの長い戦いに終止符を打とうぜ」

「……その瞳、どうやら本気みたいね坊や。覚悟を決めた男の目、悪くないわ」

 サラマンダーは構えを解いていた矛を振り回してもう一度構え直す。フォードもそれを受けて腰から短剣を引き抜いた。

(フォードの武器は短剣…。矛と比べたら全然リーチがないけど、大丈夫なの?)

 戦い始める前から私は不安しかなかった。

 クロロとネプチューンは止めるのも億劫だと判断したのか、もうすっかり傍観の構えだ。

「もし坊やが勝ったら、大人しく全軍撤退し、魔王様にも謝罪の申し入れをしてあげるわ。ただし!………私が勝った場合は、今残っている飛空艇全部を灰にしてあげるから!さぁ、それでも私と戦う覚悟は揺るがないかしら?」

「あぁ!揺るがない!一度決断したことをそう簡単に覆すのは男じゃねぇからな!たとえ俺たち空賊団の命である飛空艇を賭けられたとしても、男には引いちゃいけねぇ時ってのがあるんだよ!」

 サラマンダーの問いかけに迷いなく即答したフォードは、銀縁フレームのゴーグルを装着してやる気満々といった感じだ。

 そしてサラマンダーはそんな彼を見て、一瞬とても嬉しそうな顔をしたように私には見えた気がした。

 向かい合う二人は心の中で示し合わせたかのように同時に動き始めた。この地の戦の勝敗が決まる、運命の一騎討ちが今始まった。



 始めから予想していた通り、戦いはサラマンダー優勢で進んでいた。矛は間合いが広いので、フォードが懐に入る暇など一切ない。フォードはただひたすらサラマンダーの攻撃を躱すことに集中していた。

 私はサラマンダーの見事な矛捌きに目を奪われながら、寸でのところでその攻撃を躱し続けているフォードを見直していた。

「サラマンダーが文句なしにすごいのは分かってたけど、フォードもすごいね!まだ掠る程度しか攻撃を受けてないよ!私勝手にフォードは飛空艇の操縦とか修理しかできない人だと思ってた。戦闘もこなせる人だったんだね」

「フム。ただの馬鹿ではなかったか」

「……彼はただの馬鹿ではありませんよ。天才の中の馬鹿です」

「「天才の中の馬鹿?」」

 私とネプチューンは声を揃えて首を傾げた。

「こと機械に関してだけは、私の次ぐらいに頭の良い人間でしょう。彼ら空賊団が揃いで履いているあのブーツは『ジェットブーツ』と呼ばれているもので、風の魔晶石が内蔵されている代物です。主に素早さが向上し、跳躍も通常の倍の高さまでできる優れものです。……一般のものならば」

 最後に含みのある言い方をされ、私とネプチューンはもったいぶるなと眉間に皺を寄せる。

「ですが彼の履いているブーツは更に違法に改造されており、風の魔晶石を増やし、火と氷の魔晶石も組み込んで上手く基盤を作り変えています。彼が飛空艇の修理に忙しく飛び回っている時に普通のブーツと性能が違うことに気づき、一度だけ見せてもらったことがあるんですよ。大変不本意ながら、見事としか言えない仕上がりでしたね。性能ギリギリの限界点を計算し尽して組み立てられた基盤でしたから」

「クロロがそこまで褒めるなんて。すごい機械が内蔵されたブーツなんだね」

「一般のものより更に素早さを高め、小さい力でも瞬間的な加速が生み出されるように設計されています。更に氷の魔晶石で足裏の滑りを良くしていますから、体を傾けるだけで少しの距離なら滑れます。そして火の魔晶石の性能で自由にブレーキも可能ですし、おまけに蹴りの威力も上がっています。サラマンダーの攻撃をなんとか躱せているのも、あのブーツを履いているおかげでしょう」

「なんじゃ。結局のところ機械オタクということか。武に優れているわけではないのじゃな」

 ネプチューンは真剣な顔つきで攻撃を躱し続けるフォードをつまらなそうに眺める。

(いくらすごいブーツを履いているからって、サラマンダーの攻撃がちゃんと見えていないとそもそも躱せないんじゃないかなぁ。武はよく分からないけど、動体視力は良いんじゃないかな)

 私は頑張れと心の中で応援しつつ、フォードの雄姿を見守った。


 思い切り戦うには少し狭い甲板の中で器用に立ち回りつつ、フォードは反撃の機会を窺っていた。

「どうしたの坊や。いつまでも逃げ回ってちゃ一生勝てないわよ。それとも、いっそのこと降参でもする?」

「冗談!そろそろ準備が整うところだぜ!毎回サラマンダーとの一騎討ちに備え準備してきた、とっておきの秘策がな!」

「秘策ですって?」

 サラマンダーが少し警戒を強めた直後、いつの間にか周りに集合していた飛空艇から、空賊団の子分たちが顔を出した。皆一様に短剣を手にして甲板の縁に立っている。

「お頭~!遅くなりました~!」

「ついに運命の時ですね~!俺ら応援してますんで~!」

「存分に男見せてください!お頭~!」

 子分たちは口々に声を発してから、その手に持っている短剣をサラマンダーに向かって投げつけた。頭を想う子分たちのささやかなる援護射撃は、残念ながらサラマンダーに一撃も入れることができないまま、全て矛で弾かれたり躱されてしまった。

「もしかして今のが秘策?なんだか随分期待外れね」

「心配すんなよ。こっからが秘策だ」

 空振りに終わった子分たちの短剣は、よく見ると地面に落ちるギリギリで宙に浮いていた。フォードの星の戦士の力、飛行付与能力だ。どうやら前もって子分たちの短剣に飛行付与能力をつけていたようだ。

 フォードは能力で短剣を自分の周りに集めると、ようやく攻撃の構えを見せた。

「なるほど。数十本の短剣を飛び道具にしてやり合おうというわけね。でもその数を操って戦うには、かなり繊細なコントロールが必要となるわ。坊やにそれができるかしら?女の扱いより大変よ」

「へっ!期待してるとこ悪いが、俺様たち空賊団はド派手なのが好きなんでね、こっからはがむしゃらに行かせてもらうぜ!」

 フォードは空中に浮かぶ短剣を操ると、サラマンダーに向けて数本放った。またそれと同時に走り出し、間合いを詰めていく。

 サラマンダーは死角に回り込んだ短剣の本数を確認しつつ、まずは前方から迫りくる短剣を矛で薙ぎ払う。しかし矛と短剣が接触した直後、突如短剣から氷魔法のようなものが発せられた。

 サラマンダーは少し凍り付いた矛の先に目を見開いたが、事態の把握より死角より迫る短剣を躱すことを優先した。

「なに今の!?突然短剣から冷気の爆発?みたいなのがあったけど!」

「……なるほど。あの短剣にも仕掛けが施されているようですね。仕掛けるとしたら柄の中でしょうか。恐らく今のは柄の中に氷の魔晶石を仕込んであったのでしょう。急速冷却して爆発するほどの基盤を入れて。この調子なら全ての短剣に仕込んでそうですね」

 サラマンダーは武器で弾くと危険だと判断したのか、次々と短剣を躱していく。まるで後ろにも目がついているのかと思うほど華麗に躱す彼女だったが、何の前触れもなく二つの短剣が至近距離で爆発した。

 サラマンダーは背中と右足を被弾したが、すぐに何事もなかったように態勢を立て直す。その顔は痛みに耐える顔ではなく、予想外の攻撃に喜びを感じている顔だった。

「今の不意打ちはよかったわ坊や。衝撃を与えることが爆発の条件ではないのね」

「あぁ。この俺様特製の空賊団専用短剣は、普段は柄をいじると内蔵されている魔晶石の力を刀身に纏わせて戦える優れものだが、俺の飛行付与を与えた時だけ別の使い道ができる。飛行付与能力を解除すると強制的に爆発するようにいじってあるんだよ」

「あら。とっても楽しい機能ね。いつ爆発するか分からない緊張感。なかなか良い駆け引きができそうだわ」

「冷気の爆発で凍るか、火の爆発で火傷するか、雷の爆発で痺れるか…。あんた好みの演出だろ?」

「えぇ。少しはマシな勝負ができそうで安心したわ」

 間合いが近い二人を見つつ、ネプチューンは小さくため息を吐いた。つまらなそうな顔をしている彼女に、私はどうしたのかと声をかける。

「あの人間はやっぱり馬鹿じゃな。何故有利な飛び道具があるのにわざわざあんなに間合いを詰めているんじゃ。間合いの外でサラが弱るのを待っていればいいものを。あれでは矛で薙ぎ払って胴を真っ二つにしてくれと言っているようなもんじゃぞ」

「ま、真っ二つ…。う~ん。私は戦いの素人だから詳しいことは分からないけど、あの短剣も数に限りがあるものだし。全部無くなってからじゃ間合いを詰めにくくなるから、今の内に短剣で攻撃できる間合いに入ろうとしてるんじゃない?」

「ふ~む。それも一理あるかもしれんが、でもどっちにしろ間合いを縮めるとあの短剣の爆発機能が使えなくなるのではないか。至近距離にいては自分まで爆発の巻き添えを喰うことになるじゃろう」

「ネプチューン。もう忘れたんですか。彼は天才の中の馬鹿ですよ。自分が被弾することなどお構いなしです」

 クロロの言葉に目を丸くしたネプチューンは、急ぎ正面に顔を戻してフォードの戦い方を見る。

 クロロの言う通り、フォードは自分が巻き添えになるのも構わず、何のためらいもなく短剣の爆発を利用していた。一番効果的であろうタイミングを見計らって、時には自分も一緒に喰らいながら、それでもあのサラマンダーと互角に戦っていた。

 一騎討ちを見守る子分たちは、傷つきながらも戦う頭の姿に目を奪われ興奮していた。こういう熱い一面を知っているからこそ、彼らはフォードの下に付いているのかもしれない。

 短剣の数が残り十本を切る頃には、二人ともあちこち凍っていたり焼け焦げたりしてボロボロになっていた。

「私は魔族だから頑丈だけど、そろそろ人間の坊やには限界かしら?」

「んなことねぇよ。俺様は神の子に言わせると、悪運が人一倍強いらしいからな。この程度じゃまだまだくたばらねぇぜ」

 負傷した影響でフォードの足は震え、鮮やかな緑の髪は汗と血で肌に張り付いていた。誰がどう見てももう立っているのがやっとの状態だ。鎧を着ているサラマンダーと違い、体中火傷と凍傷もすごい。

 真剣勝負の一騎討ちとはいえ、私はもう手を出したくてたまらなかった。

(魔王城を間違って破壊しちゃうほど抜けてるお調子者だと思ってたけど、こんなに傷だらけになるほど戦うなんて。本当はすごい人だったんだ)

 私は空賊という職業柄、心の中で彼を少し軽視していた部分があったが、今回の一騎討ちでとても見直していた。

「だが……、そろそろ短剣も尽きそうなんでな。次で勝負を決めさせてもらう!」

「っ!?臨むところよ!」

 サラマンダーが返し、二人の最後の攻防が始まる。


 まず始めに短剣の爆発を利用して視界を遮ったフォードは、ジェットブーツで側面へと回り込むとすかさず短剣を追加する。サラマンダーは爆発し切る前に放たれた短剣を上空に弾き飛ばすと、がら空きになったフォードに直接矛を突き刺す。

 横腹を軽く抉られながら辛うじて致命傷を躱したフォードは、自分の真後ろに隠しておいた短剣を一気に四本投入した。お互いにかなりの至近距離での爆発だ。

 四本分の冷気の爆発が起こり、フォードとサラマンダーは揃って後方に吹き飛んだ。

「ぐぅ…。人間のくせに、なかなか無茶なことをするわね坊や…。ッ!?」

 片膝をついて鎧を押さえているサラマンダーに、間髪入れずに死角から最後の短剣が放たれた。蒼白を纏う星の気配に気づいた彼女は、なんとかその場から距離を置こうと横に飛んだ。しかし最後に放たれた短剣は元々フォードが持っていた特別なもので、その短剣だけは風の魔晶石が埋め込まれたものだった。

 短剣が爆発すると、辺りに疾風の刃が駆け抜けた。甲板すら斬り裂くほどで、横に飛んで避けようとしたサラマンダーさえも斬り裂いていった。両足を斬り裂かれ咄嗟に着地できなかった彼女はそのまま床に倒れ込む。

 この一生で一度の好機を逃してはならないと、フォードは歯を食いしばって酷い血塗れのまま、倒れ伏すサラマンダーに駆け寄った。

「サラマンダー!!」

 最後のトドメを刺す勢いで名を呼んだフォードは、懐に手を入れると内ポケットから何かを取り出した。そして次の瞬間、私たちが耳を疑うような一言を彼は告げた。

「好きだ!!付き合ってくれ!!」

 サラマンダーは目の前に差し出された物を見つめ、時間が止まったかのように動かない。フォードが内ポケットから取り出したのは、サラマンダーの瞳や髪と同じ、深紅の宝石がついた髪飾りだった。

 一騎討ちを見守っていた私とクロロ、ネプチューンは、突然の愛の告白に開いた口が塞がらなかった。

「な、な、な、なんじゃあの馬鹿は!何を言っておる!?あのサラ相手に告白じゃと!?よりによって人間が竜人族に!?相手にされるはずがないじゃろ!」

「ま、まさかの展開だね…。この状況で告白するなんて。そもそも二人とも今命のやり取りをしてたのに」

 私は力なく笑い、隣に立つクロロを見上げた。案の定理解できないという氷の眼差しを向けている。

 髪飾りを差し出しながら少し緊張した面持ちをしているフォードを見て、フッとサラマンダーは表情を緩めた。張り詰めていた空気を解くと、髪飾りを受け取ってゆっくりと立ち上がる。

「ここしかないってタイミングの良い攻めだったわね。いいわ。今回は私の負けよ。坊や」

「俺の、勝ち……?つ、ついに、ついに!俺の勝ちだぁ~~!!」

 大怪我しているのも忘れてガッツポーズをすると、フォードははしゃぎながら子分に手を振った。ずっと見守っていた子分たちも大歓声を上げて頭を祝福している。

「やりましたねお頭~!ついにサラマンダーに認められましたよ!」

「メッチャかっこよかったです!さすがオレたちのお頭~!」

「魔族相手にも怯まない!頭は男の中の男です!」

 子分たちの称賛の嵐を聞きながら、ネプチューンは体を震わせてサラマンダーに歩み寄る。

「お、お、お主。人間の好意を受け取るとは本気か…?仮にもお主は竜人族の長であろう。常に強きを求める竜人族が、よりにもよってあんな馬鹿な人間と付き合うなどと…!」

「あら。別に私は坊やと付き合うなんて一言も言っていないわよ。私はただこの戦の負けを認めただけ。今回はもう矛を収めて、大人しく魔王軍に復帰するわ。頑張った坊やに免じてね」

「はぁ~~~。そうか。ビックリさせおって。妾はてっきりあの人間と恋仲になったのかと思ったぞ。…でもそうじゃな。よく考えればか弱き人間に竜人族が好意を抱くはずがないな」

「それはどうかしら」

 うんうんと頷いて納得していたネプチューンは、サラマンダーの否定を聞いてピタッと動きを止める。

「純粋な戦う力だけが強さではないわ。私たち竜人族が常に上の高みを目指して求める強さとは、どんな相手にも屈しない強き精神を始め、逆境にも諦めない強き心、時には自分の弱さを認める勇気。強さには色々なものがあるわ。その点から言えば、坊やは十分見どころのある男よ」

 サラマンダーはプレゼントされた髪飾りにそっと口付けると、兜を脱いでそれを深紅の髪に差した。そして止血もろくにしていないフォードの下へと歩いていく。

「ま、ま、待てサラ!そなた全然まんざらではないのか!?いつの間に男の趣味が悪くなった!」

 取り乱すネプチューンを見ながら、私も意外なカップル誕生に驚いていた。

「いやぁ~、まさかの両想いなのかな?二年以上戦い続けていた二人だし、お似合いと言えばお似合いなのかな」

「…どうやら馬鹿と交流しすぎたせいで、サラにも少し馬鹿が移ってしまったようですね」

「あはは。とことんフォードには厳しいね」

 私は苦笑いを浮かべると、怪我の手当てをすべくフォードへと歩み寄る。

「それじゃあ私たちはもう撤退するわ。また機会があったら遊びましょう、坊や。ちゃんと傷の手当てもするのよ。それ以上はしゃぐと終いには死ぬから」

「大丈夫だって!俺様こう見えてしぶといからよ!」

「フフ。そうね。……髪飾り、有り難く貰っておくわ。いきなり坊やの恋人にはなれないけれど、私をサラと呼ぶ権利ぐらいならあげるわ」

「エッ!?………。サ、サ、サ、サラ……?」

 フォードは耳まで真っ赤にして緊張すると、ゴーグルを外してからそれはそれは大切そうに惚れた女の名を口にした。

 サラマンダーはフォードの初々しい反応にどこか満足すると、妖艶な笑みを浮かべて彼を呼び返した。

「次に会う時は、今よりもっと男を磨いておくことね、フォード。私は強い男が好きだから。…さぁ!全軍撤退するわよ!」

 深紅の長髪をなびかせ、サラマンダーは周囲の空に響き渡る凛とした声で告げた。戦場にいた竜人族たちは、長の号令に従って次々と撤退していく。サラマンダーも深紅の竜へと化すと、空の彼方へと飛んで行った。

 フォードはサラマンダーを見送りながら、背中からバタッと甲板に倒れ込んだ。その顔はまるで茹蛸のように赤い。

「お頭~!ついに名前呼び達成ですね~!坊やからすごい進歩ですよ!」

「オレたちも応援し続けた甲斐があったなぁ!」

「一途なお頭の粘り勝ちってやつだな!」

 子分たちが無邪気に騒いでいると、やがてフォードが片腕を突き上げて喜びの号令をかけた。

「勝鬨だ野郎ども~!!」

「「「「おおぉぉぉ~~~~!!!」」」」

 みんなでワイワイ騒ぎ始める空賊たちに、クロロやネプチューンはついていけないと首を振っていた。

 私はジャックの薬を出してフォードの横に腰を下ろすと、嬉しそうに笑う彼に釣られて笑みを浮かべながら怪我の手当てをするのだった―――。


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