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第三幕・平和の調停者編 第二話 哀しみは海より深く

 ジャックの下で魔界の治安維持を手伝う傍ら、私は自分専用の武器を生み出そうと妄想に妄想を重ねていた。そしてついに今、ケルに見守られながら渾身の妄想武器を現実化させた。

「やったぁ~!ついに私のオリジナル武器ができたよ~!見て見てケルちゃん!」

「それが前にお姉ちゃんがケルに聞かせてくれた『打ち出の小槌』?確か一寸法師っていうお話で出てくるんだよね?」

 ケルは私の手元に現れた金色の小槌をじぃ~っと見つめる。

 私は色々と候補を上げて妄想を重ねた結果、この打ち出の小槌を武器として現実化することに決めた。武器と言ってすぐに思いつくのは剣だったが、剣を振り回したことのない私には扱うのは難しいと考えた。それに戦闘に不慣れなため、近接武器で相手に近づいて戦うのは避けたかった。

 数日間ケルと一緒に考えた末、みんなをサポートして戦えるこの打ち出の小槌に決まったのだ。

「そうそう。願いごとや欲しいものを頭に思い浮かべて振ると、それをこの小槌が与えてくれるんだよ。試しに振ってみよっか。とりあえずアマナンでも思い浮かべて…」

 私は甘い果物のアマナンが欲しいと願いつつ、小槌を空中で振ってみた。すると、小槌から蒼白の光が溢れてアマナンが何もない空間から突如現れた。ケルは嬉しそうに尻尾を振ると、アマナンをキャッチしてすぐに噛り付いた。

「スゴイスゴイ!本当にアマナンが出たね!ちゃんと美味しいよ!」

「良かった良かった。妄想は大成功ってことだね。これで私も戦いの幅が広がるよ」

 私は果物をシャクシャクいわせながら食べているケルの頭を撫でる。

 私たちが武器の完成を喜んでいると、遠慮がちに部屋の扉をノックする音が聞こえた。私とケルが同時に返事をすると、扉を開けて家主であるジャックが入ってきた。

「あ、あの、急な話なんだけど、魔王様から配置換えの命令が今あって。二人は今すぐ人間界のヤマトの国に行って、ジークと一緒に殿様の軍の援軍だって」

「エッ!?凪さんと佐久間君のところってことは、ネプチューンの戦場ってことだよね?」

「う、うん。なんか戦況が思わしくないみたいだよ。人間側の被害がかなり深刻らしい。だからえりさんとケルが行って、少しでも戦況を変えてほしいと」

「うわ~。なんか責任重大だね」

 私が若干プレッシャーを感じていると、ケルが殊更明るい声で心配ないと告げてきた。

「大丈夫だよ!お姉ちゃんにはこの打ち出の小槌があるでしょう!きっと大活躍しちゃうよ!ケルもついてるし、心配しないで」

「ありがとう、ケルちゃん。そうだね!新しい武器を試す絶好の機会だ!この小槌を使って、言う事を聞かない魚人族を懲らしめてやろう!」

 私とケルが揃って盛り上がる中、ジャックは私が右手に持つ金色の小槌を見て顔をほころばせる。

「つ、ついにえりさん専用の武器ができたんですね!おめでとうございます!存分に戦ってきてください、と言いたいところですが、武器があるからと言って無理をしては駄目ですよ。ケル、ちゃんとえりさんを守ってあげてね」

「うん!ケルたちに任せて!」

 身支度を整えた後、私は獣化したケルに乗ると、ジャックに見送られながらホールスポットを目指して魔界を後にした。




 ホールスポットに飛び込み人間界へとやって来た私たちは、戦場の舞台となっているヤマトの国のシラナミ海岸へと向かった。

 ジャックに聞いた話によると、最近は昼過ぎから戦が始まり、日が落ちてからようやく両軍撤退するのだと言う。今はまだ昼前なので、恐らく戦の準備や軍議をしているところだろう。

「お姉ちゃん!見えてきたよ!ほら、あそこ!ウィンスもいる!」

 ケルの声に目を凝らすと、遠くの眼下にジークフリートの愛馬であるペガサスを発見した。陣地の垂れ幕の外で、干し草を食べているようだ。

 私は海岸から離れている、垂れ幕に囲われた本陣と思われる場所に降りるようケルにお願いすると、近い戦に向けて気を引き締めるのだった。


 本陣近くに着地すると、私たちの気配を既に察知していたジークフリートが出迎えてくれた。

 ジークフリートは私に手を差し出すと、ケルから下りるのを手伝ってくれた。

「よく来たな。えり殿、ケル。魔王城の襲撃があった時以来か。二人とも元気そうで良かった。特にえり殿はしばらく目が覚めなかったと聞いていたから心配していたんだ」

「ごめん、心配かけて。サラマンダーとの一戦でかなり体力と精神力を消耗したみたいで」

「あとお城から落っこちた時に瓦礫に頭をぶつけたからかもね」

 ケルは一回転して人型に戻ると、ジークフリートの横にいるペガサスに手を上げて挨拶をした。二人は元が四足歩行同士だからなのか、前々から仲が良い。ウィンスはケルを歓迎するように一鳴きして答えた。

「ちょうど今作戦会議の真っ最中だ。二人も一緒に参加してくれ」

 私は頷いて返事をすると、ケルを促して本陣の陣幕に向かうジークフリートの後に続いた。


 本陣へとやって来ると、そこには星の戦士の凪と佐久間、そして凪の配下の幹部級と思われる人たちが、机を取り囲んで軍議を行っていた。机の上には周辺の海を含めたここ近辺の地図が広げられ、駒を置きながら戦略が練られているようだった。

 私たちが陣に足を踏み入れると、凪が話し合いを中断してこちらに顔を向けた。

「神谷殿、魔界の番犬殿、援軍に感謝するでござるよ。すまぬな、魔界からわざわざこちらに来てもらって」

「いえ、全然。魔界では敵の動きがない間は、基本的に私たちは待機の状態でしたから。むしろ頼ってくれて良かったです」

「うんうん。来たからにはたくさん活躍するよ!」

 ケルは手を挙げて凪にやる気を示した。

 恐らくケルと凪が言葉を交わすのは今回が初めてだろうが、お互いの情報は事前に耳に入れているのでそこまで他人行儀ではない。特に凪や佐久間は、援軍が決まった時点でジークフリートから予め魔界の番犬がどういう魔族か聞いているようで、ケルを見てもあまり驚いた様子はない。普通ならば見た目が幼く可愛いので、援軍が務まるのかと疑問が飛んできてもおかしくないところだ。

「頼もしいな。それでは早速二人も交え、現在の我が軍の状況のおさらいから始め、今日の作戦について引き続き話し合うとしよう」

 私とケルは机の前へと移動し、地図を覗き込みながら凪の説明を受ける。

 現在凪が率いるヤマト水軍は、連日攻め込んできているネプチューン軍によってかなりの被害が出ていた。軍は四つの部隊に分かれており、凪直属の武将集団、忍び集団、投擲集団、白集団があるそうだ。

 凪直属の武将集団は全員居合を扱うことができ、一番敵と渡り合える近接戦闘が得意な者たちだ。凪ほどの達人級な剣の腕を持つ者はいないが、それでも一刀で敵を両断できる者がごろごろいる。

 忍び集団は基本的に情報収集や工作、攪乱を担当している。ヤマト水軍を裏で支える者たちで、兵数はそれほど多くはない。表立って戦うのは得意ではないが、隠密行動からの暗殺には長けた者たちだ。

 投擲集団はヤマト水軍の要で、軍の船を動かす船乗りたちが所属し、弓矢や砲撃の技術も兼ね備えた者たちだ。戦の序盤で活躍し、混戦になる前に何発もの砲撃を魚人族にお見舞いし、戦いのリズムを作る一番重要な部隊だ。ここ数日で一番被害が出ている部隊で、人的被害はもちろん、船や大砲も多く破壊されている。積み込んでいた火薬が大量に海に流れ出し、日に日に海が汚れていっている事態も見過ごせないと言う。

 白集団はどこの部隊にも属さない者たちで、大半が下級武士や徴兵された民だ。陸地での戦では騎馬や歩兵をしたりするが、基本的には他の三部隊の兵数の補充としてくっつけられる。一番人数が多く、個々の兵力は一番低い者たちだ。

 武士の家系ではない徴兵された民たちは、なるべく前線に出ず補給や伝令に回すようにしているらしい。殿様である凪なりの民に対する配慮なのだろう。本音としては兵として徴収するのも避けたいのだろうが、こんな事態だから致し方ない。

 ヤマト水軍の説明を受け、大体の被害状況や敵軍とのこれまでの戦いを聞き終えると、ようやく私たちが来る直前のところまで話が戻ったようだ。

「それで、結局今日はどうします?神谷さんとケル、でしたっけ。その二人が援軍に来てくれたとはいえ、そう簡単にこっちの劣勢が覆るとは思えないんスけど」

 佐久間は隣に立つ主に問いかける。

 彼の発言を受け、私は久しぶりに顔を合わせた同じ異世界人を見た。以前と同様に学ラン姿の佐久間は、今日も腰に刀を一本差していた。私と違って長く戦場にいるので、きっと刀で戦うのにも慣れているのだろう。

(やっぱり異世界転移するならあれくらいの年がベストだよね。体力もたくさんあるし。私みたいに二十代折り返しに戦場はキツイわ)

 私は背が低いせいで机の地図が見れないケルを抱っこしていたが、腕が疲れてきたため一旦彼を下ろした。

「そうだな…。ところで、神谷殿の能力は何でござるか?その能力次第で戦術の幅が広がるのでござるが」

「あ、まだ言ってませんでしたね。私の能力は一日三回妄想を現実にする能力です。今日はもうこの私専用の武器を生み出すのに一回使ってしまったので、あと二回分しか能力が使えないんですけど」

 私は打ち出の小槌を見えるように掲げた。全員が首を傾げ、私の能力についてもそうだが、小槌を見ながらそれのどこが武器だという疑問を持ったようだ。

「能力についてもツッコミを入れたいところスが、その武器も何なんスか。七福神の一人が持ってそうな小槌ですけど。振ると小判でも出るんスか?」

「残念ながら小判は出ないんだけど、硬貨なら出せるよ!実は私の能力って妄想の種類によって体に負担がかかるものでね、この武器を生み出す時に一寸法師の打ち出の小槌をイメージしたんだけど、さすがにそんな万能武器を生み出すことはできなくて…。体に負担がかかりすぎるし、願ったものを何でも出すっていう効力はそもそもの能力の禁止事項に当たるらしくて、中途半端な打ち出の小槌になっちゃったんだ」

 私の説明に、またもケル以外が?マークを量産していく。とりあえず代表して同じ異世界人の佐久間が質問を重ねる。

「話す度に疑問がどんどん増えていくんスけど…。まず能力の禁止事項って何スか」

「妄想を現実にする能力ってとっても夢がある能力なんだけど、一日三回しか使えないじゃない?だから能力の使用回数を増やす妄想をできれば最早やりたい放題できるんだけど、その妄想だけは現実化できないんだよね。禁止事項みたい」

「なるほど。魔法のランプと同じ理屈ッスね」

「そうそう!」

 佐久間が納得する中、他の者たちは全然ついてきていない。凪はひとまず佐久間一人に理解させることを委ねた。

「じゃあその打ち出の小槌の禁止事項って何スか。確か一寸法師って、打ち出の小槌で大きくなったり、食料や金銀財宝出したりしてませんでしたっけ?」

「そうそう。一寸法師に出てくる打ち出の小槌は、欲しいものや願い事を願いながら振ると、それが実現するんだよ。最初はそのイメージで生み出そうとしたんだけど、願いながら振って何でも出せたら、私の元々持っている能力とあまり変わらないじゃない?小槌は回数制限なしで使える武器だし、チート過ぎちゃうわけよ」

「あぁ、だから禁止事項に当たっちゃったわけですか」

「そういうこと。結局私が手にしたことがあるものしか小槌で出せないし、一寸法師にちなんで『大きくなれ』とその対義語の『小さくなれ』しか使えない中途半端な小槌になっちゃったのです」

「エッ!?メチャクチャ限定的じゃないスか!物が出せるのは便利でいいにしても、大きくなるのってそこまで需要ありますかね?」

「あ!馬鹿にしてるな~!大きくなるって実はすごいんだからね!獣化したケルちゃんが大きくなったら竜化した竜人族とも普通に戦えちゃうんだから!」

 私がムキになって言い返すと、ケルが獣化して加勢してくれた。私は早速小槌を振ってケルを大きくする。蒼白に光った小槌はケルに力を発動させると、みるみるうちにケルを巨大化させた。ライオンよりも二回り以上大きかったケルが、さらに竜と渡り合えるくらい大きな体格となった。

 巨大な番犬に見下ろされ、人間たちは萎縮して息を呑んだ。しかし、恐怖が心を支配する前に、明るいケルの声とはしゃいで興奮する元気な尻尾を見て、すぐに緊張は解けたようだ。

「スゴイスゴイ!見て見てお姉ちゃん!ケルおっきくなっちゃったよ!これならケロスと交代しなくても、魚人族をモグラ叩きみたいにバシバシ叩ける気がする!」

「アハハ。モグラ叩きねぇ。でも的が大きい分、敵から狙われやすくなると思うよ。危ないから戦闘慣れしてるケロスと交代したほうがいい気がするな」

「!?確かに!大きいから避けにくいかも!むぅ~!やっぱり小さい方が良い?」

 ケルは振り回していた大きくてフサフサの尻尾をしょぼんと垂らした。

「ほう!神谷殿の武器はすごいでござるな!一瞬で番犬殿を巨大化させるとは!番犬殿が囮となって戦場をかき回してくれれば、大分他の部隊が動きやすくなるでござるよ」

「魚人族と獣人族は犬猿の仲。囮としては確かに最適な人選だが、ケロスが引き受けてくれるかどうか」

 ジークフリートは私の小槌で一旦元の大きさに戻ったケルを見て言った。ケルはにこっと笑うと、狂気のケロスへと人格を交代した。

「囮なんて気にせずオレは勝手に暴れるぜ。気に喰わない魚人族を片っ端からぶっ叩いてやる!囮に利用したければ勝手にすればいい」

「お前ならそういうと思ったぞ。凪殿、ケロスは縦横無尽に戦場を駆け回ってくれる。我々は注意が逸れた者たちからどんどん突き崩して行けばいいだろう」

「了解した。毎日被害が拡大している故、そろそろ敵にも大打撃を与えて戦況を五分に戻したいところでござる。今日は敵本陣深くまで攻め込めればよいが」

 凪が腕を組み難しい顔をする。凪の配下たちも低く唸った。その内の一人が、大津波さえなければ臆せず攻め込めるのに、と愚痴をこぼした。

「大津波って…」

「敵のネプチューンの水魔法、というかもはや海魔法ッスね。大津波を喰らってもう何隻も船を転覆させられてるんスよ。武士の皆さんは重い甲冑を着ている人も多いし、溺れてそのまま死んでしまう人も多くて」

「ネプチューンの大津波は戦場の盤面を一気にゼロに戻す荒技だ。味方の魚人族でさえその場に留まるのが困難なほどだ。あの技のせいで人間軍も迂闊に敵陣奥深くまで攻め込めないのだ」

 佐久間とジークフリートの話を聞き、私はしばし目を閉じて考え込む。一休さんのようにたっぷり間を取ってから、私は最善の解決法を提示した。

「その大津波って、私の小槌で防げるんじゃないかなぁ。小さくなれを発動させれば」

「………え?マジッスか?」

「マジッス。大津波を小津波にしちゃえば転覆するほどの波はこないよね。妄想の力で自分に浮遊魔法をかけるから、もしもの時は私がいち早く前線に行って、被害が出ないように大津波を小さくするよ。それならいつもより被害が抑えられるんじゃない?他にも苦戦しているところに行って、魚人族を小さくしちゃおうか。そうすれば敵の戦力も低下するでしょ」

 私の提案を聞き、みんなの表情が次第に明るくなっていった。劣勢続きの戦で少し気持ちが沈んでいたようだが、どんどんやる気が満ちていく。

 その後部隊の配置や攻め込み方を話し合い、私たちは午後のネプチューン軍との戦に備えた。




 軽い昼食を済ませた後、私たちは海の向こうから現れたネプチューン軍を迎え撃った。迫りくる魚人族は目の奥をギラギラさせ、下等生物と認識している人間を蹴散らしてやろうという気が満々である。

 隣に立つケロスを見ると、魚人族たちと全く同じ目をしていた。さすが犬猿の仲だ。

「ねーちゃん!早速連中の出鼻を挫いてくる!大きくしてくれ!」

 ケロスは獣化すると、早く早くと頭を擦り付けてきた。私は頭を撫でて落ち着かせると、打ち出の小槌を振ってケロスを巨大化させた。

「よぉ~し!そんじゃ派手に暴れてくるぜ!ジーク!ねーちゃんの守りは任せたぞ!」

 ケロスは大きな牙を剥き出し、鋭い爪で地面を蹴ると、海を泳いだり波に乗って攻め込んできている魚人族に突っ込んで行った。

 離れた距離でも分かるほど大きな獣が近づいて来ているのを見て、魚人族側は俄かに騒がしくなった。

 ケロスは敵が動揺しているのもお構いなしに、海面に大きな手を叩きつけた。その瞬間高い水飛沫が海で上がる。

 敵前線で上がった水飛沫を眺めながら、凪は配下に進軍の号令を出す。

「奇襲は成功でござるな。敵が奇襲に浮足立っている隙に、各部隊進軍し敵を各個撃破せよ!今日こそは敵大将ネプチューンと直接対決するでござる!」

 凪の号令を受け、各部隊を乗せた船は進軍を開始した。私たちを乗せた一番大きな船も前の船に合わせゆっくり動き出す。この一番大きな船は戦を支える補給船で、火薬や砲弾、矢がたくさん積まれている。この船から各船へ適宜補給が行われるのだ。

 戦を始める際、凪と佐久間は大抵この船に乗船するが、敵の布陣を把握次第どんどん船を乗り移って前線へと移動していくそうだ。今日もこれから魚人族と交戦しながら前線へと向かっていく予定である。

「それじゃあえり殿。俺たちは空から味方を援護するとしよう」

「そうだね。ここからは作戦通り、地上と空で二手に分かれよう。二人も気を付けてくださいね」

 私は浮遊魔法の妄想を現実化させながら凪と佐久間に声をかける。

「あぁ。そちらも十分気を付けるでござるよ。ネプチューンとその側近の男には特にな」

「側近の野郎に遭遇したら即知らせてください!日向さんの仇ッスから!」

「勇斗!お主はまたそうやって心を乱して。先日それで不覚傷を負ったことをもう忘れたのか?」

「うっ……。すみません…」

 佐久間は罰が悪そうに目を逸らした。

 日向という名は、確か以前まで凪の側近を務めていた者の名だ。この世界に来てから佐久間がとても世話になり、剣の師匠でもあったと聞いた。戦争の最中、つい最近ネプチューンの側近に討たれてしまっていたはずだ。

 佐久間はその恩人である日向の仇を取りたい様子だが、その気持ちが前に出過ぎて怪我をしてしまうほどらしい。凪が叱るのも無理はない。

「佐久間君、あまり気負いすぎないようにね。佐久間君にもしものことがあったら、凪さんが悲しむよ」

「は、はい…。気を付けます」

「うむ。正に神谷殿の言う通りだな。日向の代わりに拙者の側近になったのだ。そう何度も側近を失っては困る」

 凪が寂し気に微笑むと、佐久間は言葉を詰まらせて黙り込んだ。少しは反省したようだ。


 私とジークフリートは頷き合うと、空から敵に対処するため船から飛び立った。私は浮遊魔法、ジークフリートは愛馬のペガサスに乗って前線へと向かう。

 既にケロスは単身で敵軍の中盤を引っ掻き回しており、魚人族はかなりの被害を受けていた。ただ体が大きい分ケロスもいつもより敵の攻撃を喰らっており、紫の毛並みがあちこち血に染まっていた。

「ジーク!やっぱりケロスがすごい傷だらけになっちゃってる!早く援護しないと!」

「あぁ!俺たちも加勢してなるべく攻撃を散らそう」

 私とジークフリートはモグラ叩きのように海面ごと魚人族を叩いて回るケロスを後ろから追いかけ、剣や小槌で援護した。

 私に向けられた攻撃は全てジークフリートが大剣で防ぎ、小さくなれの小鎚で私は敵に対抗した。突如一寸法師のように体が小さくなった魚人族は、状況を理解する前に波に呑まれて消えていった。

 私の武器の性能に魚人族が気づく頃には、もうかなりの魚人族が小さくなって海に呑まれた後だった。一応魚人族は海の中でも普通に息ができるので、死にはしていないと思う。



 開戦して二時間以上が経つが、戦況は五分五分どころかヤマト水軍が少し押しているほどだった。連日劣勢に甘んじていたが、今日はこのままいけば人間側優勢で終盤までいけそうだ。

「ねぇジーク!一旦ケロスを下がらせない?地上の凪さんや佐久間君もここまで追いついてきたし、あの怪我じゃそろそろケロスも限界だよ」

「……そうだな。ネプチューンの本陣近くまで迫っているし、そろそろ危険な気配が近づいてきているところだ。えり殿!ケロスを小さくして一旦治療に下がってくれ。俺は一直線にこちらに向かって来ている敵側近を迎え撃つ。凪殿にもそう伝えてくれ」

 ジークフリートは正面を見据えると、ケロスに近づく強い気配に向かって行った。

 私は少しバテ気味のケロスに近づくと、声を張り上げてこちらに逃げるよう指示する。

「ケロス!怪我の手当てをするからこっちに来て!」

「何言ってんだよ!オレはまだまだ暴れたりねぇぞ!いつもいつも獣人族を馬鹿にするこのウロコ馬鹿どもをもっと蹴散らしてやらねぇと!」

「そんな血だらけで何言ってんの!早く来ないと一寸法師みたいにケロスも小さくしちゃうよ!」

「エェ~~!ってちょっと、分かった!分かったから!今そっち行くから小さくしないで!」

 私は蒼白の光を纏う小槌を振りかぶっていたが、大人しくケロスが来たので一寸法師サイズにするのは止めてあげた。通常の大きさにケロスを戻すと、彼の手当てがてら船上にいる凪と佐久間と合流した。

「凪さん!佐久間君!」

「おぉ!神谷殿!ッ!?救護班!すぐに番犬殿の手当てを!」

 凪は私が抱っこしているケロスを見ると、すぐさま近くにいる救護班を呼び寄せた。私は味方陣営が魚人族の相手をしてくれている間に、ジャックに持たされた薬草を取り出して手当てを始めた。

「イデデデデ!ねーちゃんもっと優しく!ジャックみたいに優しく丁寧に頼むよ!」

「優しく丁寧にしたって、これだけ怪我してたらどうやっても痛いです。男の子なんだから我慢だよ!」

 凪が呼んだ救護班は、私の反対側に座って慣れた手つきで治療していく。私もジャックのところに身を寄せている間に、応急処置のやり方はマスターしていた。

 どんどん包帯でグルグル巻きにされていくケロスを見ながら、凪は戦況を確認してきた。

「だいぶ敵陣深くまで進軍できたが、ジークフリート殿はどうされた?更に前線に?」

「ジークなら近づいて来ている側近を迎え撃つって言って一人前線に残りました。ケロスを狙っていたみたいで」

「側近!?」

 佐久間は目の色を変えると、ジークフリートがいるであろう前線を睨みつける。

「勇斗。拙者に同じことを何度も言わせるなよ」

 ピリッとした静かな声音を聞き、佐久間は一瞬で頭を冷やした。見た目は物腰柔らかで穏やかそうな殿様だが、どうやら怒ったらかなり怖そうだった。

 治療が終わったケロスは、包帯が巻き付く尻尾を窮屈に感じながら立ち上がると、前方から近づく気配に毛を逆立てた。

「どうやらジークと交戦を始めた側近だけじゃなく、親玉のネプチューンまでお出ましのようだぜ」

 私たちは海からよじ登り船に乗り込んできた周りの魚人族を蹴散らすと、船首へと行き珍しく間近まで迫ってきたネプチューンを視界に捉えた。

 女王ネプチューンは常に後方でふんぞり返っており、今まで滅多に前線には出てこなかった。後方で優雅に構え、気が向いた時にだけ大津波を起こして味方を援護する。気分屋で自由人な我儘女王様だ。

「下等生物どもが、今日は珍しく奮闘しているではないか。醜く太った魔界の犬っころまで援軍に来ておるし。星の戦士も一人増えたかの?」

「み、醜く太ったって何だよ!大きくなったって言え!魚ババア!」

 ケロスは人差し指をネプチューンに突き付けながら、犬猿の女王に喚き返した。すると間髪入れずにネプチューンがこちらに言い返してくる。

「誰が魚ババアじゃ!どこぞの族長に似て口の悪い奴め!フン!今更泣いて謝ったって、子供だからとて許しはせぬぞ!妾の波に呑まれて海の藻屑と消えるがいい!」

 ネプチューンは手にしているトライデントに魔力を集めると、大津波を起こす準備に入った。波打つ髪は膨大な魔力に揺れ、波で造られた椅子に腰掛けながらネプチューンは妖しく笑っている。

 人間側はネプチューンが魔力を練り始めたのを見て、慌てふためき始めた。あと一分もしない内に敵の大技が炸裂するだろう。

「誰が泣いて謝るか!バーカバーカ!こっちにはねーちゃんがいるんだからな!ねーちゃん、大津波が発動したら小槌をお見舞いしてやれ!なんだったら今ネプチューンを小さくするのもアリだぞ」

「いやぁ、この距離じゃネプチューンを小さくするのは間に合わないかな。とりあえず前線に行って、大津波の発動直後を狙うよ」

「全軍!地上から神谷殿の援護だ!魚人族が神谷殿を狙わないよう、注意をこちらに引きつけよ!」

 私はヤマト水軍の援護を受けながら、ネプチューンの近くまで空から接近した。

 ネプチューンは私の存在に気づいたようだが、星の戦士一人くらい取るに足らないと思ったのか、そのまま魔力を溜めて大津波を引き起こした。

「さぁ!水の中で生きれぬ下等生物たちよ!波に呑まれて溺れ死ぬがいい!」

 ネプチューンは魔法を発動させて大津波を発生させると、躊躇なく味方ごと波に呑みこもうとした。

 私は打ち出の小槌を構えると、人為的に発生した大津波に向かって小槌を振りかざした。

「小さくなれ!!」

 小槌は蒼白の光を発すると、十メートル近くあった大津波を三十センチ程に小さくしてしまった。ネプチューンはもちろん、魚人族全員が呆気に取られてしまう。

「な、な、なんじゃそれは~!妾の溜め込んだ渾身の魔力が、小さな波に変わったじゃと~!小娘が!何てことをしてくれる!」

 ネプチューンは逆上すると、水の刃を私に向かっていくつも飛ばしてくる。私は浮遊魔法で躱すと、身の危険を感じてさっさと退散した。



 凪たちと合流しようと元の場所に戻ろうとしたが、すでに凪たちは敵側近と戦うジークフリートのところに移動していた。私は空からそれを確認すると、ジークフリートの戦いを見守っている凪の横に着地した。

 ジークフリートはペガサスを上手く操りながら、海面を移動して戦う素早い側近相手に戦っていた。側近は魔法でも使っているのか、海の上を平然と走っている。もしかしたら魚人族は海の上くらい歩けてしまう種族なのかもしれない。

 側近は両手に釵を持っており、ジークフリートの懐に上手く入り込んで攻撃している。大剣のジークフリートは間合いが遠いので、懐に入られると防御するのにも苦労する。

 若干押され気味のジークフリートを見て、私は凪に問いかけた。

「大丈夫かな、ジーク。……もしかしてあの男が、凪さんの側近を?」

「あぁ。そうでござる。見ての通り、魚人族で一番の武を持つ男でござるよ。あのジークフリート殿でも苦戦するほどでござる」

「………くそ。やっぱり強ぇな」

 佐久間はギリッと奥歯を噛みしめると、ジークフリートたちの戦いを熱心に観察する。少しでも仇の弱点を探ろうとしているようだ。

 前線に並ぶ船の一つでジークフリートたちの戦いを見守っていると、なんとネプチューンが私を追ってここまでやって来てしまった。

「逃げ足の速い小娘め。ようやく追いついたぞ」

「ゲッ!追いかけてきたの!?来なくていいのに」

「なんじゃと!?妾の大津波を台無しにしておいて生きて帰れると思うでないぞ!……む?なんじゃタイガ。いつまでジークと遊んでおる。さっさと片付けてそこの隠密侍をやっつけよ。妾はこの小娘の仕置きで忙しいからのう」

 ネプチューンはトライデントを構えると、水の刃を出現させる。私が敵の攻撃を恐れ後退ると、ケロスが私の手を取って避けるのを手伝ってくれた。水の刃を次々躱す私に、ネプチューンは次第に癇癪を起こし始める。

「ぐぬぬぅ~~!さっきからちょこまかと避けるでないわ!犬っころもチョロチョロと目障りじゃぞ!妾の獲物を助けるでない!」

「オレは魔王様からねーちゃんの護衛を頼まれてんだよ。魚ババアなんかにねーちゃんを殺らせるもんか」

「貴様!またババアと言ったな!毛皮を剥いで、妾の足ふきマットにしてくれようか!」

「へっ!やれるもんならやってみろ!お前よりオレたちのレオン様のほうが百倍強くておまけに人望もあるんだからな!」

「な、なんじゃと~!?待て!この生意気な犬っころ!」

 口喧嘩でネプチューンの気を引いてくれたおかげで、すっかり標的が私からケロスへと移った。ケロスは私にウィンクをすると、ネプチューンを連れて隣の大きな船へと移って行った。もうあちこち怪我をしてボロボロだというのに、また私が狙われないように気を回してくれたらしい。口が少し悪く血の気が多いが、根はやっぱり優しい子なのはケルと変わらないようだ。

 私はケロスの身を案じつつ、苦戦しているジークフリートに視線を戻した。ちょうど敵の攻撃を弾き、一旦大きく距離を取ったところだった。

「ジークフリートさん、大丈夫スか!?」

「あぁ。やはりかなりの手練れだな。ネプチューン殿の側近は」

 ネプチューンにタイガと呼ばれた男は、気性が荒いと言われている魚人族にしては物静かで冷静な思考の持ち主という感じだった。少し見た戦いぶりを見ただけでも、無駄な動きが一切無く淡々と標的の命を狙っていたように思う。見た目は鋭い歯や目を持ち、サメのような背びれを持っている。実際の魚類の中で考えたら、サメは血の匂いに敏感で超攻撃で人間を襲う、有名な映画にも扱われる存在だ。同じサメの姿をしている彼は、生まれつききっととても強いに違いない。

 息を整えたジークフリートは再び大剣を構え直したが、敵に挑む前に凪の言葉に遮られた。

「ジークフリート殿。申し訳ないがここからは拙者に代わってもらえぬだろうか?」

「凪殿?」

 凪はジークフリートの前に進み出ると、仇であるタイガに刀の切っ先を向けた。その瞬間辺りにピリッとした空気が漂い、静かな殺気と闘志が体の内から発せられた。

 タイガは真正面からその殺気を受け取ると、油断なく武器を構えた。

「自分はどちらが先でも構わない。女王様からも殿様をやっつけるように言われたからな」

「……凪殿。隙だけは見せぬように。至近距離から噛みつかれた場合、最悪骨ごと喰いちぎられかねない」

「うむ。心得ておる。何人か被害にあった者も見ているでござる」

 私は二人の物騒な会話を聞き、ビビりながら近くにいる佐久間に訊ねた。

「い、今の。噛みつかれたら骨ごと喰いちぎられるって何!?」

「あぁ、ほら。あいつベースがサメ男じゃないスか。だから顎がメチャクチャ強くて歯も鋭いんですよ。それで今まで何人かあいつの餌食になって、腕や肩を喰いちぎられた人がいて。基本的には武器で戦うみたいなんスけどね」

「え、じゃあ、そのよく聞く日向さんって人も、もしかして喰いちぎられたの?」

「いえ。日向さんは釵で心臓を一突きされたのが致命傷で、特に齧られてないッス」

「あ、そうなんだ」

 逆に拍子抜けしつつ、私は張り詰めた二人の真剣勝負を見守る。

 両者ともまだ一定の距離を保ったまま、お互いに一歩ずつ横移動しながら間合いやタイミングを計っている。張り詰めた空気が続き、私は無意識に何度も唾を飲み込んでしまった。

 そして隣の船でネプチューンの仕業と思われる水柱が上がった瞬間、二人の戦いの火蓋は切って落とされた。



 凪は隠密能力を使用しないまま、まずは正攻法でタイガに斬りかかった。タイガは釵で受け止めたが、私には凪の剣筋がそもそも速すぎて目で追えていなかった。受け止めた時に始めて凪の刀が見え、攻撃したことが分かったぐらいだ。

 その後も凪は自分の間合いの内側に入られないよう、休まず攻撃を繰り出し続けた。武器のぶつかり合う音を聞きながら、私は横に移動してきたジークフリートに早速解説を求める。

「ねぇジーク。あのタイガって人とさっきまでやり合ってたから実力分かるよね?凪さん勝てそう?今のところ五分五分?私全然攻撃が目で追えてなくて。二人とも動き速すぎ」

「……そうだな。今のところは五分五分といったところだが、徐々に敵の動きの方が速くなってきている。時間をかければかけるほど、凪殿の方が後手に回り始めるだろうな」

「そんな!だったら早くやっつけないと!隠密能力で敵が姿を見失っている内にバッサリとさ!そもそも何で最初から隠密能力使わないんだろう、凪さん」

「俺も思ってました、それ。隠密能力をフル活用すれば、いくら相手が強い魚人族だとしても、凪さんだったら絶対負けないのに」

 私と佐久間は若干興奮気味に凪の戦いを観戦する。せっかく星から授かった能力があるというのに、この大事な場面で活用しないのは勿体ない。

 ジークフリートは凪の一切容赦ない剣筋を見ながら、戦いの素人二人組に解説する。

「実力差がかけ離れているなら能力を使ってもいいだろうが、今のところ二人の実力は拮抗している。拮抗している状態で隠密能力を使用し最初から姿を消すと、一見有利に思えるだろうが、敵の出方が予想しづらいという点がある。凪殿の姿が見えていないということは、敵の警戒レベルは最大ということ。全方向を警戒する分隙が生まれるかもしれないが、それさえも釣りで手痛いカウンターを喰らうかもしれない。それどころか、最初から見たこともない技を使用して勝負を決めにくるかもしれない。……というように、最初から姿を消すとイレギュラーな出方をされる可能性が高いということだ。それならば最初は正攻法で攻め、ある程度探りを入れながら戦ったほうがいいと判断したのだろう」

「へぇ~。なるほど。まさかそんなことまで考えていたとは。私なんか単純に能力使ったほうが有利じゃん、としか考えてなかったよ。奥が深いねぇ」

「深いッスねぇ~。なんか将棋みたいな、戦略の読み合いッスね。俺なら仇相手に血が上って、普通にそこまで深く考えずに能力で正面突破してますよ」

 素人二人組は感心しながら奮闘している凪を目で追う。凪は段々と劣勢に回り始め、片足を軸にその場から動けなくなっている。タイガはそんな凪の周りを走りながら、物凄いスピードで視界の外側を狙って攻撃を仕掛けている。タイガは長身の割に身軽で素早く、武器の扱いも洗練されて無駄がなかった。

 戦っている二人は言葉を交わすこともなく、無言で命のやり取りを続けている。お互いのことしか目に入らず、黙々と相手を攻め続け、攻撃を防ぎ続けている。

 私はふと戦っている凪の表情に注目した。憎き仇を相手に必死な形相で挑んでいるのかと思いきや、凪の顔は怒りも憎しみもない、ただ目の前の相手に真摯に向き合っている真剣な表情だった。戦う前は殺気のこもる張り詰めた空気が漂っていたはずが、不思議と今はそのピリついた空気が消えている。

(凪さんの目も、戦う前は静かな殺気を纏っていたのに、今はもっと純粋な、相手の一挙手一投足を見逃さない、考えすら見透かすような目。感情に突き動かされて戦うんじゃなくて、ただただ純粋に、目の前の強者に集中している感じ…)

 凪とタイガの戦いぶりに、周囲で見守っている両軍の兵は瞬きすることも忘れて見入ってしまった。


 いつまでも続くかのように思われた実力の高い二人の戦いも、やがて終わりが訪れた。

 タイガの攻撃を始めは上手くいなしていた凪も、今はもうあちこち斬られて血を流していた。視界の外から縦横無尽に仕掛けてくるタイガに、凪は最小限の動きで防御に徹し続けていたが、ついに全てを諦めたのか、刀を鞘に閉まってしまった。

「エッ!?凪さん、刀を鞘に納めちゃったけど!?」

「いよいよ本気ッスね。出ますよ、全力を乗せた一撃。凪さんの居合が!」

「居合!?あの有名な、鞘走りからの抜刀術ね!漫画で言うなら超最強技!」

「漫画…?神谷さんて…、もしかしてオタクなんですか?」

「え!?ちがうちがう!いたって普通のOL!」

 私は焦って否定すると、凪の戦いに集中するよう佐久間を注意した。

 凪の抜刀の構えを見て、タイガも一度走り回るのを止め、慎重にゆっくり外側を歩き始める。凪はタイミングを計るように、抜刀の構えを崩さず片足を軸にしたまま、ジリッジリッと相手に合わせて体の向きを微調整した。

 息をするのをためらってしまうほど、見守る兵たちもその戦いの結末に引き込まれていた。次の立ち合いで、全ての決着がつくであろうと。

 無言の読み合いと駆け引きの中、タイガが先に仕掛けようかと思い立った時、唐突に凪の能力が発動した。蒼白の光が体から発せられると、跡形もなくその場から姿を消した。

 タイガは一瞬虚を突かれたが、すぐに我に返って横に飛びのいた。凪の居合が飛んでくると判断してのことだろう。しかし彼の判断はハズレ、着地したところに凪の居合の斬撃がドンピシャで飛んできた。凪は姿を消したと同時に刀を抜いたのではなく、タイガの避ける初動を確認してから刀を抜いたようだ。

 凪の居合を喰らい、タイガの右腕は宙を舞った。凪の姿が見えない私たちは、それを見てようやく凪の攻撃が当たったことを知る。

「ぃやった!凪さんの居合が炸裂した!さっすが殿だ!やっぱり凪さんの剣術は誰にも負けねぇよ!」

「すごい!あの強い側近に一撃入れるなんて!片腕だったらもう絶対凪さんの勝ちだよね!?」

「あぁ!ついに日向さんの仇が討てる!俺の手で討ちたかった気持ちもあるけど、俺の腕じゃ敵わないからこの際仕方ない」

 佐久間は両手を握りしめ、嬉しそうに仇が討たれるその瞬間を待った。

 しかしいくら待ってもその瞬間は訪れず、姿を消していた凪は能力を解くとタイガの目の前に現れた。



「凪さん!?」

 佐久間が動揺する中、凪は右腕を押さえて警戒を解いているタイガと向き合った。タイガは片腕ではもう勝ち目が薄いと思ったのか、早々に諦めて無防備になっている。たとえ目の前の凪に斬り捨てられても構わないという感じだ。意外に潔い男のようだ。

「………どうした。俺はあんたの側近を討った仇だろう。殺さないのか?今更何を躊躇する必要がある」

 自分の命に係わることだというのに、タイガは淡々と凪に問いかける。

「…確かにそなたは拙者の大事な片腕である側近を討った男だが、今ここでそなたの命を奪っても、日向が戻ってくるわけでもない。そして、そなたの命を奪ったからとて、日向の無念を晴らせるわけでもない」

「エッ!?凪さん!?どうして!」

 佐久間は信じられないという顔で凪の横顔を見つめる。凪の真正面に立つタイガも、理解できないという顔をしている。

「無念を晴らせない?俺を殺しても無念を晴らせないなら、女王様や魚人族全てを根絶やしにして無念を晴らすつもりか?だとしたらそれは不可能な話だ」

「まさか。そんな大それたことなど考えておらぬよ。そもそも魔王軍と同盟を結んでいる故、本来ならばそなたらと戦う理由などないのだから」

 凪は抜いていた刀を鞘に納めると、側近の命を奪ったタイガに語り掛けた。

「日向の無念はそなたに討たれたことではない。最後まで拙者の傍でこの戦争の行く末と新しく訪れるであろう時代を見れぬことだ。今回初めて直接そなたと刃を交えて分かった。日向とそなたの戦いは、正々堂々互いの全力をぶつけて戦った結果なのだと。戦争をしているのだ。日向に限らず、当然多くの人間が殺されている。今更それの一つ一つを取り上げて、仇を取ろうなどとは思わん。拙者も同様に多くの魚人族を今まで手に掛けているのだから。…だが、そなたと戦った拙者だからこそこれだけは言える」

 凪は確信に満ちた声で側近の最期の想いを告げる。

「日向はそなたのような強者と最後に戦えて、幸せだったはずでござる。殺戮を楽しみ、命を弄ぶのを楽しむ他の魚人族と違い、そなたは武の高みにいて純粋な力と技で敵を正面から捻じ伏せている。敗れた相手がそなたなら、日向も後悔はしていないでござるよ」

「……強者と戦えて幸せだったと考えるとは、竜人族みたいな考えを持つ者が人間にもいたんだな。それじゃああんたは俺の命を奪いもせず、俺の事を許すのか?大事な側近を奪った俺を」

「もちろん許すつもりはないでござるよ。一生、許すことはできない。あの者を失った痛みや哀しみは、一生消えることはない。この深い、深い哀しみは、忘れることも、手放すこともできない。ずっと抱えて、日向を忘れぬように生きていくのだ。それが想いを、命を背負うと言うことでござる。道半ばで倒れた者の分まで精一杯生きることこそ、残された者の務め。……憎しみに塗れた復讐や仇討ちは、鬼となりて己を滅ぼす。待つのは破滅だけでござるよ」

「凪殿……」

 凪の名を呟いたジークフリートは、兜の奥からじっと凪を見つめていた。私はいつもと若干違う声音に違和感を覚えて彼を見上げてみた。兜があるせいで表情は窺い知れないが、ジークフリートの纏う空気には強い哀しみが滲み出ていた。

(ジーク…?どうしたんだろう)

 凪の言葉を聞いた途端、ジークフリートの様子が少しおかしくなった気がしたが、彼の小さな気持ちの乱れはすぐに鳴りを潜めてしまった。

「だから此度は命を取らない代わりに、右腕だけ頂戴したでござるよ。拙者がそなたに勝った証としてな。なかなかの武でござった。今まで戦った中でダントツでござるよ」

「それはどうも。俺も今まで戦った人間の中であんたが一番強かったよ。なにせあんたは片足を軸にして大して動かずに俺の攻撃を防ぎ続けていたからな。そんな芸当はよっぽどの武がないとできない。……はぁ。でも俺としては女王様に見つかる前に、いっそのこと殺してくれたほうが良かったんだがな」

「あ、あいつ!凪さんに見逃してもらっておいて偉そうに!俺はまだ全っ然許してないし気が済んでないんだからな!バランスが悪いから左足もちょんぎってやろうか!」

 佐久間は獲物を狙うハンターのようにタイガを睨みつける。日向の主君だった凪が命までは奪わないと決めたので、さすがに佐久間もこれ以上タイガの命を狙う訳にはいかず、せめて気が済むまで怒りの殺気を向けるのだった。




 実力者同士の一騎討ちが終わり、私がほっと一息をついたその時、隣の船からケロスが助けを求めながら乗り移ってきた。

「ジークぅ~!!もう限界だ!ババアの相手変わってくれ!」

「コラ犬っころ!ババアじゃないと何度言わせれば分かる!」

 ケロスに引き続き、ネプチューンが真っ赤な顔をしながらこちらの船に移ってきた。

 ケロスはジークフリートを盾にするようにグイグイ前に押し出すと、私の後ろに陣取りふぅ~っと息を吐いた。人型の姿で怪我の手当てをしたので、包帯が破れないように獣化をせずに今まで上手く逃げ回っていたようだ。かなりお疲れのご様子だ。

「なんじゃ。ジークはまだ戦線離脱していなかったのか。タイガは何をしておる。……ん?タイガ…?なんじゃその怪我は。ま、まさかお主、その腕、隠密侍にやられたのか!?……ック。ククッ、…アーーハッハッハッハ!!な、なんてザマじゃ!人間如きに遅れを取るとは!いつも何でも卒なくこなすお前が!アハハハッ!お前が妾から笑いを取るのは数十年ぶりか!ハハッ!今までで一番面白いかもしれん!」

 自分の側近が腕を一本失ったというのに、何故かネプチューンは大爆笑だった。彼女の笑いっぷりに私たちはドン引きで、周りの魚人族たちもタイガを哀れそうな目で見ていた。

 更にネプチューンは笑いながら、持っているトライデントでタイガの傷口を殴り、彼の未熟さを罵った。

「いくら星の戦士が相手とて、利き腕を持っていかれるとは油断が過ぎるぞ!そんな渾身のボケで笑いを取りにこられても、クフッ……妾も困るぞ!」

 何がそんなに面白いのか、ネプチューンはツボに入ったようで、ずっとお腹を押さえて笑いをこらえきれずに笑っている。その間もトライデントを振り上げガンガン殴っているので、タイガは顔をしかめながらとりあえず落ち着くよう進言する。

「イ、イタッ。…ちょ、女王様。そろそろ落ち着いてください。全然何も面白くないですから。別に笑いも取りにいっていないので」

「これが笑わずにいられるか!というか、笑っていなかったら、そなたは今頃妾に殺されているぞ。側近のくせに人間に負けた、魚人族の面汚しとしてな」

 ネプチューンの声のトーンが下がり、一気に辺りに冷たい殺気が駆け抜ける。冷酷で残忍な魚人族の頂点に立つ女王。その本気が垣間見えた。

「……別に俺は殺されても一向に構いませんよ。女王様のお守りをするのにもとっくの昔に疲れていますし。リアナ姫がいなくなってからは今までの五倍ぐらいしんどくなっているので、そろそろ楽にしてくれると助かります」

「な、なんじゃと!?貴様!妾の側近のくせに愚痴るとはどういう了見じゃ!それにお守りとはなんじゃ!お守りとは!失礼な!女王である妾の側近を務めることは、大変名誉なことなのじゃぞ!誰でもできることではないのだからな!タイガは幼馴染だから特別に任命してやっているのじゃ!」

「…そりゃあ誰でもできないでしょうよ。我儘放題な女王様に対処できる者は限られていますからね。昔から付き合いの長い俺だから務まっているんです」

 声を荒げるネプチューンに対し、タイガは目を逸らしながら淡々と答える。周りにいる魚人族もタイガの味方なのか、うんうんと深く頷いていた。

(あの側近さんはネプチューンと幼馴染なのか。さっきの大爆笑からの容赦ない殴りを見る限り、昔から色々苦労してそうだなぁ)

 私だけでなく、先ほどまで怒りの瞳を向けていた佐久間でさえ少し憐れんだようにタイガを見つめている。直属の上司というのはどこの世界でも重要らしい。

「我儘放題じゃと!?妾のどこが我儘じゃ!」

「やることなすことほぼ全てですかね」

「なんじゃとタイガ~!お主わざと妾を挑発して殺されようとしておらぬか!?いつもはもう少しオブラートに包むじゃろう!」

「あ、気付きました?今日は意外にも冷静ですね。いつもは全然人の話を聞かないのに」

「ぐぬぬぅ~~!」

 ネプチューンは自分より少し長身の幼馴染を睨みつけると、殺さない程度にまたガンガンと殴り始めた。私は二人の主従関係を見ながら、頭の中で勝手な妄想を膨らませていく。

(我儘な人魚の女王に有能なドS幼馴染側近か…。なかなか需要がありそうね。あのタイガって人、冷めた印象を受けるけどイケメンの部類だし。ネプチューンと並ぶととてもお似合いではある)

 私が自分の世界に浸っていると、ネプチューンは側近のお仕置きを後回しにして、人間側の総大将である凪と向き合った。

「妾の側近が世話になったのう、隠密侍。自分の側近が討たれた故、同じように妾の側近を討とうとしたか。右腕を斬り落としたまではよいが、トドメを刺すまでには至らなかったか。惜しかったのう。まぁ、下等生物にしてはよくやったほうか」

 ネプチューンは凪にトライデントを構えると同時に、周囲に水の刃を出現させる。ネプチューンは一戦交える気満々だったが、凪は一向に刀を抜こうとしなかった。いつまで経っても凪が戦う姿勢を見せないため、ネプチューンは何か策でも弄しているのかと訝しんだ。

「貴様、何故武器を取らぬ!?何か企んでおるのか!?」

「何も企んでなどござらぬよ。始めから拙者たちはネプチューン軍と事を構えるつもりはござらん。もう我が軍と魔王軍は同盟を結んでいるのだから、戦う必要性がない。そなたの軍が攻め込んでくるから、迎撃しているに過ぎない。…そもそも勘違いしているようだが、拙者はもうタイガ殿の命を奪うつもりはないでござるよ」

「な、なに…?タイガは確かお主の側近を討った仇であろう。何故みすみす仇を見逃すようなことを。理解ができぬ」

 ネプチューンは訳が分からないと首を傾げた。

「親友のリアナ姫を失い、海より深い哀しみと絶望を味わった女王様には到底理解できない至高な考えですよ。まぁそもそも、死んだ状況が全然違いますしね」

 タイガは右腕を斬られた傷口の肩を止血しながら言う。私は気になる単語を聞き、隣にいるジークフリートに訊ねる。

「ねぇジーク。親友のリアナ姫って…」

「あぁ。ネプチューンはリアナ姫ととても仲が良くてな。よくお茶会をして魔王城に入り浸っていた。それにネプチューンは人の話を聞かないことが多いが、姫様の話だけはいつも熱心に聞いていたな」

「へぇ~。そうなんだ。じゃあリアナ姫が亡くなった時はとてもショックだったろうね」

「ショックなんてもんじゃねぇよ。自分のとこの魔界の海が怒りと哀しみで渦を巻いて天に届くほど、魔力が一時大暴走したって聞いたぜ」

「そんなに!?それ天変地異レベルじゃん!それはすごい哀しみようだね…」

 ケロスの話を聞き、私は思わず声が大きくなってしまうほど驚いた。

 ネプチューンはリアナ姫のことを思い出したのか、表情を曇らせて苦痛に耐えるような顔をする。

「妾には理解できぬ。妾は…、たとえリアナを殺した人間全員を根絶やしにしてもこの怒りと哀しみが薄れることはない。妾のかけがえのない、友との時間を奪った奴らを、絶対に許しはしない…!」

「……そんなに明確な復讐心を持っていながら、何故そなたは我が国を攻めて時間を無駄にしているのだ?大事な者の仇を討ちたければ、たとえそなたが気に喰わぬ弱き人間相手でも、今は協力して一緒にこの戦争を引き起こした元凶を討つべきではないのか?」

「戦争を、引き起こした元凶…?それは貴様ら人間のことだろう!貴様らが妾の大事なリアナを殺したのだ!先代様を想うあの子の優しい心を踏みにじりおって!人間界にさえ戻らなければ…!」

 悔しさを滲ませて叫ぶネプチューンに、凪は一度私たちの方を見てから顔を窺うと、再びネプチューンに向き直り少し戸惑いながら口を開いた。

「魔王殿から何も聞いていないのでござるか?リアナ姫は七天魔の一人であるクロウリーに唆されて人間界へと行き、我ら星の戦士の裏切者であるガイゼル王の策により命を落としたと。そなたが憎むべきは我々人間ではなく、クロウリーとガイゼル王の二人でござるよ。その二人が今回の戦争を引き起こした元凶でござる」

「クロウリーと、ガイゼル…?そんな情報初耳じゃぞ。貴様、妾を謀り上手く煙に巻こうとしておるな。そうはいかぬぞ!そんなみえみえの嘘に妾が騙されるとでも?魔王様からもそんな話一度も聞いたことがないわ!」

「人の話をろくに聞かない女王様はそうでしょうね。俺は参謀から聞いて全て知っていましたが」

 怪我の手当てを終えて後ろで控えていたタイガは、そっぽを向きながら後ろでぼそっと呟く。

「…………。今なんと申したタイガ?」

 裏切るような側近の一言を聞き、女王はぐるっとタイガを振り返る。

「あの隠密侍の言う事が正しいというのか!?妾は初耳じゃぞ!一体いつそんな話が出た!?」

「人間と同盟を結んだ日にすぐ魔王様からの使者が来たじゃないですか。女王様は人間と同盟を結んだことに腹を立て、ろくに話も聞かずに使者を追い返したでしょう。その日の夜に今度は参謀がわざわざ来てくれましたが、それも癇癪を引き起こして問答無用で追い返しましたよね。俺はその時に事情を全て聞かされましたので、ちゃんと知っていましたよ」

「な、な、何故それを早く妾に言わない!?何のための側近じゃそなた!?」

「言いましたよ何度も。ですがいつも右から左に聞き流しているでしょう。何なら今も毎朝魔王様から使者兼撤退命令が来ておりますが、ご存知ですか?いつもろくに用件を聞かずに追い返せの一点張りですが」

「ぐ、ぐぬぬ。妾は朝は弱いのじゃ。知っておるじゃろう。朝に使者など出されても対応できんのじゃ」

「昼は昼で戦争に出てしまい忙しく、夜は夜で水浴びと昼間の疲れで眠く対応できないと仰っていますよね。それで毎度代わりに俺が対応しても、俺の話を右から左に聞き流すのでは、一向に女王様の持つ情報が更新されないのですが」

 毎日の苦労が言葉の端々から感じられ、私たちはただただタイガに同情の眼差しを向けてしまった。


 ネプチューンは口をわななかせると、突如振り返ってキッと凪を鋭く睨みつけると、トライデントを高々と掲げて言い放った。

「興が削がれた!全軍撤退じゃ!帰って魔王様を問い詰めるのじゃ!………全く、妾に恥をかかせおって。フェンリスめ」

「魔王様に当たるのはお門違いですよ女王様」

 ボソッと悪態を吐く女王に、タイガは呆れもせず淡々とたしなめた。

 ネプチューンの命に従い、続々と魚人族は撤退していく。意外な結末となったが、今日限りでこの戦場は終結となるだろう。ケロスと凪を始め、みんなの頑張りのおかげだ。

「最後の星の戦士」

「あ、はい。何でしょう」

 タイガに呼ばれ、私は少し緊張しながら答える。常に真顔で淡々と話し、サメのような鋭い目をしているので、魔王とはまた違った怖さがあるのだ。私が内心ビビっているので、隣にいるケロスが低く唸って威嚇してくれている。

「お前の能力で小さくなった同族を集めてくるので、後で戻してもらえるか。女王様に見つかったら、面白がって手当たり次第叩き潰そうとしてくるかもしれん。気づかれぬ間に早く戻さなくては」

「えっ…。面白がって味方にそんなことしちゃうの?危ない思考回路の持ち主だねネプチューンは。連れて来てくれたらすぐにでも戻しますので」

「あぁ、頼むぞ」

 タイガはネプチューンがさっさと引き上げたのを確認すると、まだ撤退せず残っている魚人族に小さくなった同族の回収を命じた。その後もテキパキと各所に撤退や怪我人の手当ての指示を出し、気性の荒い魚人族たちを上手く従えていた。

 私は彼の働きぶりに感心しながら、屈んでケロスの取れかかっている包帯を直してあげる。

「タイガさんは働き者だね~。タイガさんがいなくなったら魚人族は崩壊するね、きっと。タイガさんほどの優秀な側近、魚人族にいないと思うもん。凪さんには申し訳ないけど、タイガさんの命を奪わなくて本当に良かった」

「へっ!うちのケルベロスだって超優秀だぜ!レオン様の側近として、オレたち三人も引けを取らないんだからな!魚人族にだけは絶対負けねぇ!」

 私は妙なライバル意識を発揮しているケロスを見て笑うと、お疲れ様と頭を撫でて今日の活躍を労った。これくらい当然だと威張って顔を背けるケロスだったが、その尻尾は褒められて嬉しそうに揺れていた。

 佐久間は海の上で指示を出している仇を見ながら、どこかすっきりした表情を浮かべる凪に近づいた。

「これで、日向さんの仇は討ったってことでいいんですかね」

「……満足のいく一騎討ちができたからな。拙者の気は済んだでござる。片腕を奪って日向に捧げることもできたしな。勇斗としては納得がいっていないだろうが。勇斗は勇斗で、全てが終わったら一騎討ちを申し出てみるか?その方が気持ちの整理もつくだろう」

「いえ。俺の実力じゃ敵いませんよ。凪さんですら結構押されていたじゃないですか。…それに、凪さんが命を奪わないって言ってるんですから、これ以上俺も何も言いませんよ」

「そうか……」

 吹き抜ける潮風を感じながら、佐久間は苦労人で働き者の仇を見て笑う。

「何より、殺さず生きてる方が、あいつにとっては地獄のような日々みたいですから!仕える主を選べないとは可哀想ですね。俺は凪さんが主君で良かったです!」

 仇に対する怒りが薄れ、隣で明るく笑う佐久間を見て、凪も目を細めて笑う。

 大事な者を失った哀しみは消えることはないが、それでも乗り越え前に進むことはできる。

 凪は魚人族が引き上げていく遠い海面を見つめながら、心の中で亡き側近に今日の結末を報告するのだった―――。

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